−老いぼれと面罵せし彼をわれ愛す 「若き特権」もたちまち過ぎむ(筏井嘉一)− 徳島社会学会では、今回の石井町学術調査において、養護老人ホーム「気延荘」の入居者のお年寄りを対象に、「お年寄りの余暇の過ごし方についての調査」を面接調査の手法を用いて行い、またこれと並行して石井町のそれ以外のお年寄りを対象に、「お年寄りの生活についての調査」をアンケート調査の形で実施した。この調査は、高齢化社会の急速な進行のなか、お年寄りに豊かな余暇をひいては豊かな老後の生活を送っていただくために、われわれとして何をなすべきか、何ができるか、いかなる施策が講じられるべきかを模索しようと実施したものである。以下調査結果を報告する。
第1部 養護老人ホーム「気延荘」での面接調査 1
調査人数 19名(男5名・女14名) 2 平均年齢 72.9歳 3
平均入居年数 6.8年 1.現在の楽しみ Q−1.あなたの現在の楽しみを、次のなかから選んでください(いくつでもよい)。 1 テレビを見る 2 ラジオ・音楽を聞く 3 読書をする 4 ゲートボールをする 5 ゲートボール以外のスポーツをする 6 楽器を演奏したり、けいこごとをする(長唄、小唄、民謡、大正琴など) 7 散歩・外出 8 世間話・おしゃべり 9 その他( ) 9.その他 人形作り・舞踊・手芸 将棋・碁・マージャン 旅行(海外旅行)・和裁
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老人ホームの限られた居住空間の中での生活では、余暇の過ごし方は制限されたものになってしまう。 2
予想どおりテレビを見る人が多く、次に散歩・外出が多かった。 3
気延荘の入居形態は一部屋に2人が同居をして生活しているが、テレビは各部屋に2台ずつあった。つまり各自が自分専用のテレビを所有しており、同じ部屋に居ながら別々の番組を見ることが可能になっている。 4
健康の自信のない人は、テレビを見るなどの内向的、また比較的健康な人は外向的な余暇活動を好む傾向がある。
2・テレビと視聴番組の傾向 Q−2.テレビを見ていますか。 1 はい 2 いいえ (1 はいと答えた方は) SQ1 どんな番組を見ていますか。
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全員がテレビを見ているという結果であり、余暇生活にテレビはなくてはならない存在のようである。 2
視聴番組の傾向は、単純明快なストーリーの時代劇・現代物ドラマが好まれるようである。 3
健康に関する番組を見ている人がいたが、これは高齢者自らが健康に留意している傾向を示しているようである。 4
一日中テレビを見ている人が多数見うけられたが、これはテレビの存在の悪い側面を示しているように思われる。
3.ラジオと視聴番組の傾向 Q−3.ラジオは聞いていますか。 1 はい 2 いいえ (1 はいと答えた方は) SQ1 どんな番組を聞いていますか。 SQ2 どんな番組を放送してほしいですか。 1
ラジオを聞いている人は1名のみであったが、この人は目が不自由でラジオが唯一の楽しみのようであった。 2
主にニュース・スポーツ番組を聞いているとのことである。 3 番組は、今までどおりでよいとのことである。 4
テレビの家庭への普及率が100%を越えた現在、ラジオは必然的にテレビの存在の前に隠れてしまったようである。しかし、目の不自由な人たちにとってラジオは唯一の楽しみであり、また情報源でありその存在価植は現在でも決して失われていないのである。
4.ゲートボールのおもしろさ Q−4.ゲートボールをしていますか。 1 はい 2 いいえ (1 はいと答えた方は) SQ1 ゲートボールはどこにおもしろさ、魅力がありますか。
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ゲートボール人口は年々増加の傾向にあるが、老人ホームでも参加者は増えている。 2
ゲートボールのおもしろさ・魅力は、勝負の楽しみにあるというのが多かった。このようにゲートボールで勝負を楽しむということは、精神の代謝を高め、なおかつ老人ボケの防止にもつながるのではないだろうか。 3
ゲートボールを通じて老人ホーム同士の交流を深め、また地域との交流を拡げることは重要なことである。 4
健康のためにゲートボールをすることは、高齢者のスポーツ参加への関心の高まりの傾向を示している。健康維持のために、今後とも積極的に活動してほしいものである。 5
ゲートボールは、高齢者のスポーツ活動の代表と言える。だが、高齢者のものというイメージをぬぐい去り、若い世代にも普及させ、世代を超えたスポーツにしなければならない。
5.スポーツ活動への参加意識 Q−5.ゲートボール、ラジオ体操以外に、何かスポーツをやっていますか。 1 はい 2 いいえ (1 はいと答えた方は) SQ1 やっているスポーツは何ですか。 (2 いいえと答えた方は) SQ2 何かスポーツをやってみたいと思いませんか。あるとすればそれはどんなスポーツですか。 1
ゲートボール・ラジオ体操以外のスポーツをやっている人は、1名のみであった。やはり健康に自信のない人が多く、やりたくても体がいうことをきかないという状態である。 2
その1名の人は、輪投げをやっているということであった。輪投げは室内でできるものであるが、スポーツというよりゲーム的要素が強い。 3
年齢が上がるにつれて必然的に身体の運動能力は低下し、また病気などの障害によりスポーツ活動への参加意識は低下する。スポーツ活動への参加の条件は、なによりも身体が健康であるということである。また高齢者のためにゲートボール以外の新たなスポーツの開発が必要と思われ、スポーツ活動への参加意識を向上させなければならない。高齢者の多くが、スポーツをやりたくないのではなく、病気などが障害となってできないことから参加意識が低下しているのである。
6.訪問される喜び Q−6.誰の訪問が、一番嬉しいですか。次から選んでください。 1 家族(子供、孫など) 2 友人 3 慰問団(ボランティア) 4 その他( ) 5 誰の訪問も受けていない 6 誰の訪問も嬉しくない
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老人ホームに入居しているお年寄りの最大の喜びは家族の訪問である。 家族、特に子供や孫の来る日を指折り数えている姿が印象深い。 2
老人ホームを社会から閉鎖された場所として見るのではなく、コミュニティの問題として考えてみる必要がある。老人ホーム周辺の住民が、暖かい配慮で積極的に接することが大切なのである。老人ホームをとり巻く社会環境が、入居者の生活に大きな影響を及ぼすわけである。
7.慰問団の訪問と嗜好傾向 Q−7.慰問団(ボランティア)が来てくれるとしたら、どんな慰問団に来てもらいたいですか。次から選んでください。 1 楽器の演奏 2 演劇 3 落語 4 宗教家などの講話 5 人形浄瑠璃 6 その他( ) SQ1 慰問団にやってもらいたい事を具体的におっしゃってください(例えば国定忠治の芝居)。
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慰問活動は福祉問題の重要な課題であり、今後の積極的な活動が望まれる。芝居のような演劇を好む傾向が強く、その場合時代劇や現代物のドラマを演じてほしいとの希望が強かった。テレビなどの媒介を通じたものとは異なり、生で見られる臨場感、演出者とのコミュニケーションが、より大きな感動を与えるのである。 2
慰問団にやってもらいたい事については、多くの人が演劇を好み、またカラオケ大会や落語の希望もあった。大衆芸能の劇団、レコード歌手などが慰問団として自主的に、老人ホームに訪問されることを望みたい。ホーム生活に変化を与えるという意味でも重要なことである。 3
「やかましいのは嫌である。」という多数の意見を聞いた。これは高齢者の嗜好の傾向と特徴を示し、楽器演奏を好まぬ理由でもある。慰問で最も大切なことは、希望するものを事前に調べて活動することであり、押しつけ的な慰問活動は慎しむべきであろう。
8.若い世代との交流 Q−8.若い人(10代、20代)たちと、話をしてみたいとおもいませんか。 1 はい 2 いいえ SQ1 それは何故ですか。
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はい、と答えた人の多くが、若い人の考え方を知りたいとか、また平和とか生き甲斐の話を一緒に語りたいという意見であった。ただ若い人が来てくれたならば話をしてみたいということであった。若い人が積極的に接していこうとする姿勢を持たない限り、世代間の交流はできない。また若い人を受けいれるという姿勢を、高齢者側が持つことも大切である。若い人と高齢者の交流の場を早急に作る必要があるのではないだろうか。 2
いいえ、と答えた人の多くが、若い人の話は理解できないし話が合わないという意見であった。世代間の断絶といえばそれまでだが、相互の接触・交流を深めることによって、世代を超えてコミュニケーションは可能であると思われる。「持ちつ・持たれつ」の気持ちを持つことが大切である。
9.現在の悩み Q−9.あなたの、今一番の悩みは何ですか。お差し支えなければお聞かせください。
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意外にも悩みがないという人が多く、これは残り少ない余生に対してのあきらめの気持ちからのようである。また病気などがそれに拍車をかけて、今さら悩んでみても仕方がないということでもあろう。年齢が上がるにつれて、この傾向は強まるようである。 2
病気の悩みは最も深刻な問題であり、福祉の充実と共に、老人医療体制の再検討の必要を痛感する。高齢者のためのカウンセリングの相談所などを設置し、病気などからくる精神的な苦痛・悩みの相談ができる窓口を早急に作るべきであろう。人間的な医療活動を望みたい。 3
病気からくる悩み・不安は、生き甲斐を消失させ、同時に厄介者だという意識から周囲の人に対して気がねするようになり、疎外意識を生みだし孤独化に陥る要因ともなる。
10.若いときの思い出
Q−10.あなたにとって、若いときの一番の思い出はどんなことでしょうか。 1
多くの人が青春時代を戦争中に過ごしており、歴史の犠牲となっている。苦労話や苦い思い出が多いのは当然であろう。楽しい思い出はないということは、暗い過去を象徴しているようである。 2
「楽しい思い出はすぐ忘れ、苦しい思い出はいつまでも残る。」とある人が述べていた。特に老人ホームに入居しているお年寄りは、在宅のお年寄りよりも苦労の数が多いと推察され、また過去をあまり話したがらないという特徴があるように思われる。
11.生き甲斐に対する意識 Q−11.あなたの今の生き甲斐はどんなことですか。
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生き甲斐はない、という人が多かったが、これは悩みがないということと同じで、残り少ない余生に対してあきらめの気持ちからきているようである。 2
健康維持が生き甲斐であるという人が多数いた。これは健康に対する関心の高まりの表れとも言えるが、同時に周囲の人に迷惑をかけたくないという謙虚な気持ちの表れでもあろう。病気になると本人よりむしろ世話をする側の苦労が、大変なものである。介護の問題は、老人問題の中でも早急に解決しなければならないものである。多くの人が、他人の世話にはなりたくないと望んでいるのである。 3
生き甲斐の質問の意味自体が、よく理解してもらえなかったようである。しかし生き甲斐を見い出すこと自体、老人ホームという生活空間の中では難しいのではないだろうか。これによっては、ホームのお年寄りに生きがいを与える施策を今後の課題として、福祉政策の中で考えてゆかねばならないだろう。
12.高齢者の要求・希望
Q−12.あなたが、今一番求めているもの(欲しいもの)、やってみたいことをおっしゃってください。 1
多くの人が、今の老人ホームの生活に満足しているようである。老人ホームの快適な環境は、ホーム職員のゆき届いた世話、およびホーム周辺の住民の温かいコミュニケーションによって作られている。今回調査した気延荘は、比較的立地条件もよくホーム内の雰囲気も明るかった。それは入居者の明るい表情から容易に察することができた。生活環境をよくすることによって、入居者の不満を最少限にすることができるのである。 2
財産の有無は、高齢者にとって重要な意味を持つ。子供や孫の訪問の際に、お年寄りの気持ちとしてこづかいの一つでも与えたいのは当然であり、また生活に潤いを与えるためにもお金は必要なものである。老後のための貯蓄は、安定した余生を送るため、そして生き甲斐を見い出す手段のため、余暇を楽しく過ごすためにも、絶対に必要なものと思われるのである。
13.結び 今回実施した面接調査は、実証的研究の上で大変重要なものであり、単なる統計処理分析で終わらないところに価値がある。 この調査を終えた数日後、長野県の老人ホームが山崩れの被害に合って、多数のお年寄りが亡くなられた。これは自然災害の被害を受けたということより、なぜそのような危険な場所に老人ホームを建てたかということに問題があるのではなかろうか。 現在の福祉問題を暗示しているようである。 福祉の未来的展望としては、まず人間的なコミュニケーションをとり戻さない限り、真の福祉は実現できないということが言えるのである。(杉村眞一 記)
第2部 石井町在宅老人のアンケート調査 1
調査対象 石井町老人クラブ30名。藍畑小学校児童の祖父・祖母107名 2
調査方法 集合調査および配付回収調査 〔調査対象集団の特徴〕 F−1 あなたは 1.男 2.女 F−2 あなたの年齢は( 歳) F−3 現在、仕事をもっていますか 1.もっている 2.もっていない F−4 あなたの配偶者はご健在ですか 1.いる 2.いない F−5 あなたにお孫さんはいらっしゃいますか 1.1〜3人いる 2.4人以上いる 3. いない F−6 あなたの家族構成を教えてください 1.1人暮し 2.老夫婦のみ 3.その他
藍畑小学校児童の祖父・祖母を中心に調査したので、比較的若く、有職者の率も高く、家族の人数も多い。
1.現在の楽しみ
Q−1 あなたの現在の楽しみを、次のなかから選んでください(いくつでもよい)。 1.テレビを見る 2.ラジオを聞く 3.音楽鑑賞 4.読書 5.ゲートボール 6.ゲートボール以外のスポーツ 7.将棋・碁・マージャン 8.楽器演奏・けいこ事(邦楽・民謡・踊りなど) 9.散歩・外出 10.料理 11.庭いじり 12.手芸 13.旅行・観光 14.パチンコ 15.家事 16.交際 17.機械いじり 18.工作 19.茶道 20.華道 21.詩・和歌・俳句 22.スポーツ見物 23.映画・観劇 24.釣り 25.買物 26.寺参り・宗教活動 27.休養 28.親類の訪問 29.その他( ) 30.楽しみは何もない 1
テレビを見ている人は86.9%と非常に多い。 2
旅行・観光も47.5%と多く、性格の似ている寺参り・宗教活動37.2%と合わせると、84.7%に達する。 3
庭いじり33.6%、散歩・外出24.0%と意図的に体を動かしてはいるが、積極的にスポーツをしている人は12.4%と少ない。
2.テレビはどんな番組を見ているか Q−2 テレビはどんな番組をみていますか。次のなかから三つまで選んで○印をつけてください。 1.時代劇(水戸黄門など) 2.現代物のドラマ(太陽にほえろなど) 3.サスペンス・推理物 4.NHKの朝の連続ドラマ 5.スポーツ番組(プロ野球・大相撲など) 6.クイズ番組 7.日本の映画 8.外国の映画 9.歌番組(民謡・歌謡曲など) 10.昼のドラマ 11.趣味などの教養番組(英会話・囲碁など) 12.ワイドショー・アフタヌーンショー(三時のあなたなど) 13.ニュース・報道番組 14.プロレス 15.バラエティー番組(ドリフの全員集合など) 16.ドキュメンタリー番組(シルクロードなど) 17.インタビュー番組(徹子の部屋など) 18.政治番組(政治討論会など) 19.芸能番組(落語・漫才など) 20.漫画(サザエさんなど) 21.モーニングショー(ルックルックこんにちはなど) 22.深夜番組(11PMなど) 23.その他( ) 1
時代劇は54.7%の人が見ており、最も人気が高い。 2
NHKの朝の連続ドラマは34.3%の人が見ている。単一の番組としては圧倒的な高率を示している。 3
歌番組・現代物のドラマ・スポーツ番組は、3人に1人は見ている。 4
ニュース、報道(32.1%)、政治番組(20.4%)共、よく見られている。
3.テレビは何時間見ているか。 Q−3 テレビは一日何時間ぐらい見ていますか。 1.1時間以内 2.1時間から3時間 3.3時間から5時間 4.5時間から7時間 5.ほとんど一日中見ている(7時間以上) 6.まったく見ない
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3〜5時間見ている人が半数近くを占めている。 2
5時間以上見ている人が32.7%もあり、国民平均をはるかに超えている。 4.専用のテレビを持っているか Q−4あなたは家族のテレビとは別に、自分専用のテレビをもっていますか。 1.もっている 2.もっていない 専用テレビを持っている人が57.7%もある。家にはテレビが2〜3台あるのが平均なのだろう。
5.現在の健康状態は Q−5あなたの現在の健康状態はいかがですか。 1.非常に健康である 2.やや健康である 3.あまり健康でない 4.健康でない。 健康に不安を持っている人が3人に1人(30.4%)いる。
6.家族生活についての満足度 Q−6 あなたは現在の家族生活についてどの程度満足していますか。 1.非常に満足している 2.やや満足している 3.少し不満である 4.おおいに不満である 家庭生活について満足感を持っている人は84.6%と非常に多い。 7.老人ホームにはいるかどうか
Q−7 将来、老人ホームにはいりたいと思っていますか。 1.入所する予定でいる 2.もし身体の具合が悪くなったら入所するつもりである 3.入所するつもりはない 4.わからない 1
老人ホームに入所するつもりのない人が63.5%と多い。 2
「わからない」と答えた人と無回答とを合わせると20%を超える。
8.老人福祉政策についての考え Q−8 あなたは、現在の政府・地方自治体の老人福祉政策について、どのようなお考えをおもちですか。 1.老人ホームの充実に力をいれてほしい 2.在宅福祉(ホーム・ヘルパー、福祉電話、家庭巡回制度など)の充実のほうに力をいれてほしい 3.わからない 1
在宅福祉に力をいれるべきだという意見が老人ホームの充実という意見よりわずかに多い。 2
「わからない」と無回答とを合わせると60%を超える高率である。
9.老人医療の一部有料化について Q−9 老人医療が、一部有料化されたことについて、あなたはどうお考えですか。 1.一部有料化はしかたないと思う 2.無料にもどすべきだ 3.わからない 1
老人医療の一部有料化はしかたないと考えている人が64.2%もある。 2
健康でない人(Q−6で3・4と答えた人)も、66%は一部有料化はしかたがないとしている。
10.生き甲斐について Q−10 あなたの今の生き甲斐を、次の中から一つ選んで○印をつけてください。 1.仕事 2.子供・孫の成長 3.趣味・レジャー活動 4.奉仕活動(ボランティア活動) 5.地域社会活動(地域の役職を引き受けるなど) 6.宗教活動(八十八ケ所巡り・寺院参拝など) 7.友達づきあい 8.その他( ) 9.特に生き甲斐といえるものはない 1
子供・孫の成長に生き甲斐を感じている人が半数近くいる。 2
他には10%を超えるものはなく、ばらついている。
11.結び 石井町藍畑小学校児童の祖父・祖母を主な対象として、お年寄りの余暇と福を中心にアンケート調査を実施した。余暇に関しては、家庭内ではテレビ・ラジオの視聴が中心を占め、家庭外では旅行・観光・寺参り等を楽しみにしてい像が浮かぶ。テレビについてはお年寄りの視聴時間が長いこと、専用テレビの所有率が高いことが気になる。お年寄りの家族生活の中で果たすテレビの役割は更に検討されるべきであろう。 福祉に関しては、調査対象が児童の祖父・祖母が多いことが影響していると考えられるものがある。孫のいる家族生活であるから、家庭生活について満足感をもっているお年寄りが85%と多いのもうなづけるのである。生き甲斐に関しても「子供・孫の成長」を挙げる人が高率(47%)を示している。老人ホームに入るつもりのない人が多い理由もここから推測できるだろう。 福祉政策については、「わからない」「無回答」が極端に多くなり、切実な関心をもっていないことがうかがえる。「老人医療の一部有料化」についても現状肯定の意見が目立ち、保守的な傾向もうかがえる。(長沢 寛二 記)
第3部 総括と展望 (1)老人ホームの問題 老人ホームは、1963年に制定された老人福祉法に根拠をもち、養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホームの3種類がある。今回の調査で取り上げた「気延荘」は養護老人ホームである。 老人ホームは家族に代わって老人の生活保障を行うものであるがゆえに、老人ホームの機能は家族のそれと本質的に同じでなければならない。しかし、実際には相当差があって、入所を考えた老人が入所日が近づいて入所拒否をしてしまう例も少なくないときく。わが国の場合、老女の子との同居率はなお高く1980年で69%を占め、老人扶養も子との同居による家族扶養が大勢を占めている。このような背景のもとでわが国の場合、老人ホームを一種の棄老制度のように見なす養老院時代の感覚が残っていて、老人は老人ホーム入所に対して相当の抵抗感をもっているのである。本調査で「老人ホームに入所するつもりはない」とする回答が63.5%を占めたのもこうして事情を表わしていると考えられる。 しかし、老人扶養の責任は、老人によって養育されて家族・親族の責任であるとともに、老人がその発展を支えた社会(国や地方公共団体)の青任でもある。その意味で、施設福祉と在宅福祉のいずれに力点を置くかは別として、政府・地方自治体による老人福祉施策が今後いっそう推進せられることが求められる。ことに、子孫のない老人、遠居老人など家族・親族的扶養を期待できない老人の社会的(公的)扶養は必須であり、このための施策が積極的に講じられなければならない。 老人ホームについてはさしあたり上述の養老院時代の棄老感覚の払拭が重要である。1982年で老人世帯の中に占めるひとり暮しの割合は10.8%に達しているが、65歳以上の人口に対する老人ホームの老人収容率を見ると、世界の主要国では8.6%(フィンランド)から少なくとも3.7%(アメリカ)に達しているのに、わが国の場合わずかに1.4%にすぎない。わが国の老人は、ホームに入所するよりもひとり暮しを選び、またホーム入所は遠居の子の恥になると考える傾向がある。こうした傾向を排除するためには、当面、老人ホームの充実とあわせて、気延荘にも見られたホーム入所老人たちの明るい笑顔を積極的にPRし、前時代的な養老院感覚を一掃する必要があるのではないだろうか。 (2)余暇生活をめぐる問題 高齢者の生活において中心的な問題をなすのは、健康の悪化、職業生活からの離脱、稼得能力の減退・喪失、家族内での地位・役割の変化、社会活動からの離脱、加齢に伴う自立性の減退と依存性の増大などである。これらの生活問題が意識のレベルにあらわれ、老人は、孤独感や不安感の増大、あるいは生きがい感の喪失といった問題にさらされることになる。この場合、定年を延長して高齢者に仕事の場を確保するとか、老人の家族における地位・役割を維持・確保するとかの対策ももちろん重要だが、これだけでは十分でない。老後生活が「青少年期に次ぐ余暇を享受すべき時期」(高橋紘士)であるとするならば、老後の余暇生活の充実こそがそうした孤独感、不安感、生きがい感の喪失からの脱却のためのカギを握っていると言える。 わが国の老人の余暇生活の現状は、テレビ視聴、旅行、散歩、園芸などの、気晴らしとか退屈しのぎのための余暇活動に集中し、その意味で貧しい余暇生活を送っていることは、他の調査によっても指摘されているところだが、本調査の結果にもうかがえる。他方、生活の充実感を得るため、あるいは積極的に友人関係を深め人との交流を強めるための能動的余暇活動は、皆無ではないが、相対的に低い割合においてしか認められない。 ところで、後者のタイプの余暇活動とりわけ趣味性の強い余暇活動の場合、余暇活動を行うのに多かれ少なかれ技能および習熟を要求されるものであり、過去における余暇経験が必要である。しかるに、現在の高齢者の多くは、気延荘の老人たちの若い時の思い出が苦労、子育て、仕事、戦争であることが示唆するように、過去に決して豊かな余暇歴をもってはいない。つまり、独身期および子の独立期における余暇投資が不十分であったということである。 だが、老人にとって余暇活動は、気晴らしとか退屈しのぎにとどまらず、他人との交流の喜び、生活の充実をもたらすものであってこそ、生きがいの確保や孤独感・不安感の解消につながるものであろう。そして、老年期における能力の低下や、経済情勢や、世代間ギャップの拡大の現実を考慮した場合、仕事に生きがいを追求し家族に孤独感の解消を求めることのできるのは少数の老人であり、大部分の老人にとっては、余暇活動による生きがいの追求、孤独感の解消の方が現実的であるといえる。とすれば、単に気晴らしとか退屈しのぎのためのものにとどまらない、生活の充実や他人との交流のための能動的余暇活 動の開発・推進こそが、老人の生きがい対策として、また孤独感解消のための対策として急務となるであろう。 ところで、こうした能動的余暇活動を十分に展開するためには、なによりも老人自身が主体的な余暇意欲をもつことが不可欠であるが、ある意味では今日のテレビを始めとする受身的な情報源の台頭は、こうした能動的余暇活動への意欲をそぐ傾向にある。それゆえ、種々の教育的活動による老人の余暇意欲の開発が望まれる。 第2に、余暇資源と余暇手段の平等な分配が必要である。今日、こうした資源や手段は購買力をもつ若い世代に傾斜的に配分されている傾向があり、さらに老人の間でも所得格差に基づいて不平等配分が目立つ。余暇資源と手段の平等的分配は、基本的には公平な所得保障のシステムを前提とするが、それはさておいても、能動的余暇活動に必要な用具や施設を公平に供給するシステムが工夫されなければならない。 第3に、余暇技能を学習するための機会の提供ということが必要である。先にも述べたように今日の老人は、若い時にけいこごとなどによって余暇技能を習得したものもかなりいようが、総じて貧困な余暇経験しかもっていない。こうした老人たちに対して、余暇活動に参加するために必要な技能・技術を学習する機会をさまざまな手段によって整備してやることが必要なのである。これは生涯教育システムの整備の一環をなすとも言える。こうした技能・技術の習得があってこそはじめて能動的余暇活動の展開は可能なのである。 以上のような点を配慮しての能動的余暇活動の開発のためには、政府や地方自治体による公共サービス、地域住民によるボランティア活動、私企業によるサービス提供の相互的な協力と補完が必要である。能動的余暇活動の十全な展開は、生きがいの確保や孤独感の解消に役立つだけでなく、老化の予防機能をも果たす。「さまざまな生活保障のための福祉サービスは、依存性の増大した老人への治療的サービスであるとするならば、余暇開発は、依存性の増大を前もって抑止する予防的サービスであろう。」(高橋紘士)治療も大切だが予防もまたそれに劣らず大切なのである。 石井町のお年寄りの像は、概して、水戸黄門や歌番組を見ながらテレビの前に寝転んでいる像であるが、わずかであれ能動的余暇活動への萌芽らしきものが見うけられるのは心強い限りである。 (3)老人医療費一部有料化をめぐる問題 1973年から70歳以上の老人と65歳以上の寝たきり老人を対象として医療費を公費で負担する制度が実施された。が、この制度がはじまってから、老人の受療率が増加し、病院の待合室が老人の談話室と化し、急を要する患者や壮年の仕事をもった多忙な患者が後まわしにされるようになったといった問題点がやがて指摘されるようになった。また、無料化に伴う老人の受療率の増加が自治体財政の悪化を招き、とくに多数の老人をかかえる市町村の国民健康保険の場合では、老人医療費の増大が財政の赤字を生み出してしまったのである。 とくに後者の事情が強く仂いて今回の一部有料化となったわけだが、これにはいくつかの問題点が含まれる。第1に、老齢と疾病は分かちがたく結びついていて、1974年の統計では、100人あたりの有病率は、55〜64歳で20人、65〜74歳で29人、75歳以上は37人と年をおって増加している。老化に伴う心身機能の低下と疾病の増加は医療サービスヘの需要を高めるものであり、この場合一部有料化は明らかに福祉後退の側面をもつ。第2に、差額ベッド、付添看護料、ハリ・キュウ、義歯等はもともと自己負担であった上に、医療費が一部有料化され、年をとっても安心して病気にかかれないという状況が強まった。第3に、老人に対する保健医療サービスは、予防、リハビリテーション等を含む包括医療サービスでなければならないが、現在の保険制度のもとでは予防医療は受けられず、またリハビリテーションも、施設や専門職員が不足している上に、健康保険の診療報酬点数が低くて受けにくい。予防やリハビリテーションの貧弱さがわが国に欧米諸国に比べてはるかに高い寝たきり老人の出現をもたらしているのである。こうした事情に加えての今回の一部有料化は、まさに泣きっ面に蜂という面がある。 こうした問題点があるにもかかわらず、石井町のお年寄りは64.2%が「一部有料化はしかたない」と回答しているわけで、現在のお年寄りたちの権利者意識の希薄さをのぞかせている。だが、われわれは、13.1%の「無料にもどすべきだ」とする意見のもつ重みを決して認識し忘れてはならないのである。
参考文献 上子式次・増田光吉編『日本人の家族関係』有斐閣、1981 北川隆吉 編著『高齢化社会と労働』中央法規出版、1983 山根常男ほか編『テキストブック社会学(7)福祉』有斐閣、1977 (石川義之 記) 〔謝辞〕 今回の老人調査では、養護老人ホーム「気延荘」の所長さんはじめ職員の方々、また石井町老人クラブおよび藍畑小学校の方々にご高配をいただいた。記して謝意を表するものである。 |