阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第31号
羽ノ浦町における小・中学校教師の教職能力の現状と問題点

徳島教育社会学会

   平木正直・原田彰・坂野信義

I 研究の目的
 羽ノ浦町の昭和59年度予算のうち、教育費の占める比率は約26%、類以町村に比べると、この数字は極めて高い数字であり、町・議会わけても住民の教育に対する関心が非常に高いことを示している。地域と密接に結びついた教育懇談会、教育の原点に基づいた新任教員研修会、意欲的に教師の専門知識・技術の向上を図ろうとする教育研究会など、教育に対する羽ノ浦町独特の路線が設定されつつある。
 「教師教育」の時代といわれ、養成教育と現職教育の有機的統合の必要性が強調される今日、各市町村教育委員会は、教師が専門職として生長していくための現職研修を重要視し、企画・実施している。
 そこで、本研究においては、羽ノ浦町における義務教育諸学校、すなわち小・中学校の教師の資質・能力に関する諸問題を、基礎的実証的に明らかにすることを目的に、教師の資質・能力に関する教師自身の自己診断の方法を用いた調査研究を行い、徳島県における小・中学校の教師の調査データーとの比較を試みた。調査にあたっては、資質・能力を大きく3領域にわけた。それらは、1 教授活動を進めていく上での能力(教授能力)2 訓育活動を進めていく上での能力(訓育能力)3 学校や学年・学級を経営していく上での能力(経営能力)である。そして各3領域は、教授能力と訓育能力をそれぞれ5カテゴリー、経営能力を6カテゴリーに細分化し、1カテゴリーについてはそれぞれ33項目を設定して、調査においては資質能力として計48項目に細分化した。
 調査対象には、羽ノ浦町の公立小学校2校、公立中学校1校(男35人、女28人、計65人)、徳島県内の国立小学校1校、国立中学校1校と公立小学校18校、公立中学校5校(男191人、女168人、計359人)で選んだ。


II 教授活動とその能力について
1.教授活動に必要とされる能力
図II−Iは、5カテゴリーに分類した教授能力のうち、教授活動を実際進めていく上で、教師が最も必要であると思うものを1つ選択した結果を帯グラフにしたものである。


 同図から、次の3点が明らかである。
 (1)全体として・教育観などの「教師の基本的心構え」が最も必要なものと考えられ、続いて教材などの「応用実践能力」が必要とされている。県の調査データーと比較してみると、必要とされる順位は同じであるが、「教師の基本的心構え」、「表現能力」の割合は増加し、「応用実践能力」、「知識・技術」は割合が5〜6%低下している。
 (2)性別においては、県の調査データーでは殆ど差はなかったが、このデーターでは男性が「基本的心構え」、「応用実践能力」、「評価する能力」などにウエイトを置き、女性が「知識・技術」、「表現能力」などにウエイトを置いていることがわかる。
 (3)年代別においては、年令とともに「基本的心構え」が増加し、逆に「応用実践能力」は減少してくる。この傾向は、県の調査データー結果とほぼ変らないが、このデーターにおいては30代、40代と「応用実践力」が半減し、50代の「知識・技術」の減り方が極端である。
 2.教授活動と重要項目
 上記の5カテゴリーごとに、3項目ずつの具体的能力計15項目を提示し、教授活動を展開する際に最も重要であると考えるものを3項目させた結果をまとめたものが、図II−2である。


 この図より、「子どもの心理や発達について正確に把握する力」などの児童心理に関する知識や技術、「教科の専門知識や教授方法などの知識や技術」、「授業分析や学習内容、学習集団を組織したりする力」などの実際的実践力が重要であることが指摘される。この点においては県の調査データーと同じ傾向を示している。
 項目別においても同様の傾向がある。「子どもの心理や発達についての知識や技術」という児童心理学に関する項目と「学習内容の組み立てや学習集団の組織化」という応用実践能力の項目は、ほぼすべての年代にわたって過半数以上の教師が最重要項目とみなしている。以下、「教材把握研究能力」、「授業研究能力」、「児童総合評価能力」、「教育観の確立」の順となる。
 ところで、「教育観の確立」や「子供を総合的に評価する力」などの項目では、40代、30代とそれぞれ突出した高い評価を示している年代もあるが、「知識・技術」、「応用実践能力」の3項目は全体的にどの年代を通じても重要視されていることがわかる。一方、教授活動の最も基礎技街的な「表現能力」についての重要度評価が低いが、これらの項目の重要性を再認識する必要があると考えられる。
 3.教授能力と自己評価
 図II−3は教授能力各項目について自己評価させた結果を性別にまとめたものである。県の調査データーでは男性が女性より全体的にやや高目の自己評価をしていたが、この調査データーの結果では男女ほぼ同じ自己評価をしている。


 図II−4は、経験年数別にみた教授能力の自己評価の結果を示したものである。全体として、ほぼすべての項目にわたって経験年数が多いほど自己評価が高く、経験年数が少ないほど自己評価が低くなっており、職能成長の概念があてはまると考えられる。

ほぼ県の調査データーと同じ結果を示しているが、経験年数の多い人の自己評価がこの調査データーの結果の方がやや高い傾向を示している。項目別にみると、「教育観の確立」は経験年数による自己評価差が一番大きい。このことから、教師としての根本的倫理観などはやはり経験を積み人格的成長をしながら共に育くまれていくものであることがわかる。「積極的に新しい知識や技術を吸収し、活用する能力」については、県の調査データーでは経験年数の少ない教師の評価が低かったが、今回の調査ではどの年代も高い自己評価をしている。積極的に知識を吸収し技術をみがきより立派な教師になるよう努力している羽ノ浦町の教師像がうかがわれる。「教授方法・教具についての知識や技術」については、県の調査データーに比べて経験年数の多い教師(管理職)がより厳しい自己評価をしている。


III 訓育活動とその能力について
 1.訓育活動に必要とされる能力
 図III−1は、訓育能力を5カテゴリーに分類したものの中から、訓育活動を行なう際に、教師が最も必要であると思うものを1つ選択した結果を男女別及び年代別にまとめたものである。


 同図から、次の3点が明らかである。
 (1)全体として、最も必要なものとして「教師としての誠実さ使命感」が示されており、続いて子どもと教師間、子ども間の「開かれた関係」、カウンセラーとしての「子どもの状況把握能力」が必要とされている。この結果は、ほぼ県のデーター結果と一致する。
 (2)男女別では、男性の方が「子どもとの親密な人間関係」を必要としており、女性の方がより多く「カウンセラー能力」を必要としている。県のデーターと違う点は、女性の方がやや多く「誠実で使命感」のカテゴリーを必要としている点である。
 (3)年代別では、「誠実で使命感」のカテゴリーは年代ごとに必要度が増加している。県のデーターでは、「開かれた関係」のカテゴリーは年代が増すごとに必要が減少しているが、この調査では30代、40代に必要度が多く、30代、50代に減少している。
 2.訓育活動と重要項目
 5カテゴリーごとに3項目ずつ具体的能力計15項目を設け、訓育活動を展開する際に最も重要であると考えているものを選択させた。図III−2はその結果を年代別にまとめたものである。


 全体として、「開かれた関係」、「誠実で使命感」、「子どもの状況の把握」のカテゴリーに含まれる項目がどの年代にも比較的重要視されている。逆に「集団の組織遊びの指導」のカテゴリーの重要度は極端に低くなっている。
 項目別には、「子どもに共感し子どもから学びとること」、「教師としての使命感をもっていること」、「子ども愛にあふれていること」、「子どもの状況を正しく把握できること」、「人間として謙虚であること」などの項目がどの年代にわたっても最重要項目として上位に指摘されている。ほぼ県の調査データーと同じ傾向を示しているが、「誠実であってユーモアを解すること」の項目は今回の調査データーの重要度がより低い結果を示している。「子どもの遊びを指導すること」、「クラブサークルを指導すること」などの項目は、県の調査データーと同じく重要度が極端に低いが、このことは教師が子供への愛情がないのではなく、教師が多忙すぎてそこまで手がまわらないことを示しているのではないかと思われる。
 3.訓育能力の自己評価
 図III−3は、訓育能力の各項目について自己評価させた結果を性別についてまとめたものである。県の調査データーの結果では全般的に男性の自己評価が女性のそれを上回っていたが、この調査の結果では、反対にやや女性の自己評価が上回っている。中でも、「子ども愛にあふれていること」、「子どもと観密な人間関係をつくれること」などの項目は顕著である。


 図III−4は、学歴別にみた訓育能力の自己評価である。

教師の出身学校を師範学校系と教員養成学部・大学系及び一般大学・短大系の3系統に分類し比較したものである。師範学校系の教師は、ほぼ全項目にわたって「かなりもっている」前後の高い自己評価を示しており、豊富な経験からくる強い自信を示している。中でも「誠実で使命感」のカテゴリーは、「十分に持っている」に近い評価をしており長い教職生活で培かわれた内面的生長を物語っている。続いて、教員養成学部・大学系の教師がほぼ全般的に自己評価がやや高く、一般大学・短大系の出身教師が一番厳しい評価をしていることがわかる。「カウンセラーの能力を持っていること」、「子どもの遊びを指導すること」、「子どもの遊びに寛容であること」など直接生徒指導に関係する項目に対しては、どの学校系統の出身教師も低い自己評価をしている。このことから、カウンセラーの能力についてのより充実した研修・再教育の必要があると考えられる。この調査データーの結果はほぼ県の調査結果と同じ傾向を示しているが、羽ノ浦町の師範学校系出身の教師がより高い自信にみちた自己評価をしていることが印象的である。
 図III−5は、経験年数別にみた訓育能力の自己評価の結果を示したものである。

県の調査データーと同様に、経験年数の豊富な教師ほど自己評価が高くなり職能成長のあとがうかがわれる。中でも、「誠実で使命感」のカテゴリーにおいては管理職・経験年数の高い教師の自己評価が、県のデーターと比較してこの調査データーの結果の方がはるかに高いことが注目される。経験年数5年未満の教師の「カウンセラーの能力」についての評価が極度に低いことが明らかであるが、教師養成課程の中でこの能力の向上をはかる努力がもっと必要とされるのではなかろうか。


IV 経営活動とその能力について
 1.経営活動に必要とされる能力
 図IV−1は、6カテゴリーに分類した経営能力のうち、教師が最も必要と思うものを1つ選択した結果を帯グラフにまとめたものである。


 同図より、
 (1)全体をみると、「集団を統率し指導する能力」のカテゴリーが、44.4%と最高必要能力にあげられており、続いて「組織創造力」36.5%、「問題状況把握力」9.5%という順になっている。県の調査データーとほぼ同じ傾向を示しているが、この調査データー結果では「組織創造力」が11%程度増加している。
 (2)性別にみると、「組織創造力」のカテゴリーは、男性の方がより多く必要視しており、一方女性は「統率指導力」を最も必要としていることが明らかである。県の調査データーでは、ほぼ同じ割合で「統率指導力」を必要視していたのでこの点が大きく違っている。
 (3)年代別にみると、20代では「集団統率指導力」の必要度が顕著に高く現れ(57.7%)、30代では「組織創造力」(71.4%)、40代では「統率指導力」(46.7%)、又は50代では「組織創造力」と「統率指導力」が同じ割合で(31.3%)で必要としていることがわかる。県の調査データーでは、「統率指導力」は年代が増えるにつれて必要度が下降することが明らかであったが、この調査でははっきりとそういう傾向がでていない。
2.経営活動における重要な能力項目
 経営能力の6カテゴリーごとに3項目ずつの具体的能力計18能力項目を設け、経営活動を展開する際に重要であると考えているものを3項目選択させた。図IV−2は、その結果を示したものである。


 まず全体的傾向をみると、県の調査データーと同じ結果を示している。すなわち、「児童・生徒を管理・指導する力」をトップに、続いて「社会の状況や今日の教育課題を判断し、学校経営にいかす力」、目標設定・意思決定・企画力・コミュニケーションといったものが重要視されている。
 年代別にみてみると、「企画能力」、「統率指導力」、そうして「問題状況把握力」などのカテゴリーのほぼすべての項目は、どの年代にも高い重要度が与えられている。特に「児童・生徒を管理指導する力」の能力項目は平均約57%の評価を与えられている。続いて「社会の状況や今日の教育課題を判断し学校経営にいかす力」、「児童・生徒の保護者と十分にコミュニケーションをもつ力」、「学年・学級の教育目標を設定しその達成計画を立案する力」の順となっている。
 これらの能力項目は、子どもの教育に直接関係する項目であり、又校内・家庭内暴力が多い今日の世相や高度先端技術の進歩による教育材器の導入・社会の変化に対応しなければならないという教師の意識を反映していると思われる。
3.経営能力の自己評価
 図IV−3は、経営年数別にみた経営能力の自己評価を示したものである。

図より、県の調査データーの結果と同様に経験年数の豊富な教師ほど自己評価が高くなっており、職能成長の跡がはっきり現われている。特に管理職の立場にある教師は、「企画能力」、「組織創造能力」、「統率指導能力」などのカテゴリーをはじめ、ほぼどのカテゴリーも「かなりもっている」に近い自己評価をしている。経験年数が5年未満の教師に注目してみると、「企画能力」、「組織創造能力」などのカテゴリーは厳しい自己評価をしており、「児童・生徒を管理指導する力」、「校外の児童・生徒の行動を把握し指導する力」など直接教育に関係する項目は高い自己評価をしているようである。


V 教職能力と研修について
 これまで「教授能力」、「訓育能力」、「経営能力」について考案・検討を加えてきたが、最後にそれらの能力の研修希望項目の現れ方についてまとめてみたい。
 図V−1から3は、教授能力、訓育能力、経営能力それぞれの研修希望項目調査結果の上位10項目まで示したものである。


 全般的にみて、3つの能力領域の上位10項目に示されている項目内容は、ほぼ県の調査データー結果と同じであり、特に上位3項目は完全に一致している。教授能力の領域では、授業分析や授業研究・教授方法や教科内容についての知識や技術、学習内容や学級集団の組織化、児童心理学の知識など、基本的な理論と実践に深くかかわる「応用実践能力」や日常の授業活動場面に必要な基礎能力的な「知識・技術」の研修希望が多くなっている。注目すべきは、重要度が低かった「表現能力」カテゴリーの「発問能力」や「板書能力」の項目が研修希望上位項目として選ばれている点である。実際の教授場面では重要なのであろう。訓育能力領域では、カウンセラー能力、子ども集団組織創造力、子どもの状況把握力など日常の訓育活動の中で直接生徒指導に関係する生徒指導や理解の項目が研修希望項目としてあげられている。県の調査データーでは下位に位置づけられていた「教師としての使命感」など人格性に関係したものが上位に希望されているのが注目される。経営能力領域では、教育課題や情報を分析・処理しそれに基づいて教育目標を設定し児童・生徒を管理指導する力、又校外生活指導や保護者とのコミュニケーションなど重要度が高かった項目が上位にあげられている。特筆すべきは、羽ノ浦町では地域住民との交流が盛んであることを反映して、「地域の施設や文化財を活用していく力」の項目が上位希望項目として指摘されていることである。


徳島県立図書館