阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第31号
羽ノ浦町の方言

方言班

   川島信夫・森重幸・上野智子・

   金沢浩生

 方言班は羽ノ浦町の方言について、アクセント・語彙・語法について、それぞれ分担して調査を行った。徳島県方言全体の中から羽ノ浦町に関するものを抽出したもの、本調査を糸口にして、新しい課題に取り組んだもの等、さまざまな立場から研究したものだが、便宜上、それらを各章に配した。なお上野班員は四国女子大学の学生を引率して、実地調査の演習を実施したが、その成果については後日、同大学の紀要等に発表される。本調査に際して町役場をはじめ、町民各位に絶大なるご協力を賜わり、一同深く感謝している。


方言区画上の羽ノ浦町


 徳島県の方言は、先学によって右図のように五大分されている。また、上郡(かみごおり)下郡(しもごおり)を合わせて「北方」(きたがた)「うわて」と「なだ」を合わせて南方(みなみがた)と呼んでいる。羽ノ浦町は「うわて」地域の中央に当る。
 「うわて」は「なだ」との共通点が多いが、「うわて」の特徴は下の4頂目が挙げられる。
(1)文末詞「ナー」を基調としている。
(2)「なだ」と共通した自立語が多い。
(3)南山分に見られるような副詞「カサ」(キョーワ カサ 暑イ)を使わない。
(4)「なだ」にある疑問の文末詞「ケ」を使わない。


I アクセント
 羽ノ浦方言のアクセントを他の地域と比較すると下表のようになる。


 羽ノ浦アクセントは徳島市を中心とした、いわゆる徳島型と同じである。(徳島型は本県の美馬・三好と山間部を除くほとんど全域の型である)そのうち、三音節動詞と形容詞については昭和30年代の調査で差異が認められた。しかるに、その後の調査で次のような年代による変化が生じた。
(1)三音節動詞 第二類「生きる」類(生きる、建てる、逃げる…)が徳島市型ではイキルであるのに、羽ノ浦の
 70才以上の人は イキル。
 40才代は イキルとイキルが相半ば。
 若年層は イキルが圧倒的に多い。
(2)三音節形容詞 第一類(赤い、浅い、厚い…)が徳島市型ではアカイであるのに、羽ノ浦の
 70才以上の人は アカイ。
 40才代はアカイ アカイが相半ば。
 若年層は    アカイであるがアカイにも抵抗感はない。
(3)形容詞 第二類(白い、青い、暑い…)が徳島市ではシロイであるのに、羽ノ浦の
 40才代に シロイがみられた。
 20才以下では シロイとなり、シロイにも抵抗を感じない。
 このように目下アクセントが動きつつあり、今後の状況についてはよく調査・検討をしてみたい。


II 語彙
 方言語彙のうち、南方系に属するとみられるものを挙げる。
(1)名詞
 アバー 子供が店に人る時の挨拶「おばちゃん」の意
 アンニャン 兄さん
 カナ 鉋 撥音の省略
 カラケシ 消し炭
 カンテキ 七輪
 ツブシ  かかと
 テンゴ  いらぬこと,お節介
 ネキ   傍ら,脇
 フルツク ふくろう
 ワタエ  女子の自称
 ンネ   姉
(2)動詞
 カキツク(カ五) 暑イケン カキツカレン。(暑いから取りすがりつかないで)
 コッサエル(ア下一) オ団子 コッサエトクンヨ。
 タチル(ラ五) ソコエ タチットレ。
 テガウ(ワ五) 女ノ子ヲ テガウ。
 ポール(ラ五) ホンナン モー ポーットケ。
 モエル(ア下一) 一本 植エトッタラ ナンボデモ モエル。
(3)補助動詞
ア 進行存続態 トー(とる) トラ(とるわ)
 両親ガ勤メトーダロ。ホナケン……
 大キナ跡ガ デケトーデー。(出来ているじゃないの!)
 ムコテワ 忘ッセトーヤラ知ランデヨ。
 コンマイ時ノ事ッチャ ヨー覚エトーゾナー。
 飲ム マーリガ来トーケン 飲マナイカンチューテナー。
 姐サン。ホレ オ歓ビ クレトラ。(下さっているよ)
イ 進行存続態 ヨー(よる) ジョル
 イツデモ ミヨー デー(見ているじゃないの)
 ツクイヨートコ(作っている所)
 調子 ワルー ナンジョルト思タラナ。(なっていると)
 ウイヨー(売っている)
 優勝シタ言ヨッタ。
ウ 付与表現 タル(てやる)
 コラエタッテクレ(許してやってくれ)
 仕込ンダル ジャノ ユーテ…(仕込んでやるだの言って…)
エ 完了強意 マウ 〜テマウ(しまう 〜してしまう)
 ヤッテマウゾ(懲しめてやるぞ)
 〜シテモータ モンジャモン(〜してしまったものだから)
 上記は音韻現象としても説明されるが、当方言にはこの種のものが多いので表現法の項でも挙げることとする。
(4)形容詞
 オトマシー 嫌だ、厄介だ。
 オキョイ  大きい。
 カシコイ  利口だ。(子供を褒める時) 
 サムロイ  アノ人ワサムロイ(もろい)死ニ方シタナ
 ジャラコイ つまらぬ、張り合いがない。
 トロコイ  愚かだ、勢いがない。
 メンドイ (稀)恥しい。
形容詞の連用形はウ音便せず、若カーナイ、痛ターテのように長音化する。
また動詞「なる」につく時は、オーキナル、オーキナットルと短呼する。
(5)形容動詞
 イヤミナ  不快だ。
 オトコギナ 義侠心がある、男らしい。
 ガイナ   気が強い。
 シェワナ  厄介な
その他、北方にはない形容動詞が多く、造語力も強い。
形容動詞の語幹の用法も多い。
 スキケン ヒッツクンジャ(好きだからくっつくのだ)
 イヤケン モンテキタ(嫌だから帰ってきた)
形容動詞の連用形はナ行イ音便に準じてイ音便する
 ホナイ シェラレン(そんな(こと)してはだめ)
 ドナイ ション(どうしているの)
(6)副詞
 〜アマッテ 10日アマッテ 休ンドル(〜以上)
 イッコモ イッコモ 見ン(少しも)
 イッシニ イッシニ 言ヨル(いつも)
 エー ソンナコト エーセン(否定について不可能、ヨーも用いる)
 オモイサマ 頭 オモイサマ 打ッタ。
 ケッコー ココマデ ケッコー 来タンヨ(来ることができた)
 ショーミ ヨワッタナ、ショーミ(困ったね、ほんとうに)
 スッパリ スッパリ ヤスミニ ナッテモタ。(みんなが仮病を使ったところ、学校が)きれいに休みになった。
 ナンシニ ナンシニ ホンナコト ショーニ(反語)
 ヒトイキ ヒトイキ 休ンドッタ(一時)
 ホン 酢デ アエタラ ホン旨イ(実に)
 ヤーヤー ヤーヤー言う。大騒ぎする。
 ヤンダ ヤンダ 見タコトナイ(余り)
 副詞は、北方に較べて多様で誇張法等ユーモラスなものが多い。擬声・擬態語も多い。
(7)助動詞
 ア 推量・意志(ウ)
  ソンナ コト アロカイナ(反語)
  短呼するのが特徴。
 イ 比況(ヨーナ、ミタナ)
  砂ヨーナ コトワ ナイケンド。
  「の ヨウナ」とはならず、名詞に直結する。
  トラミタナ 猫。
 ウ 希望(タイ)
  行キタ ナッタラ 行クワヨ。
  連用形が、〜タナルとなる。
(8)感動詞(ホレ)
 マタ ホレ 考エトクワ。(またそのうちそれ考えておくよ)副詞とも文末詞とも考えられなくはない形。海部では、
 チョット コイ マー
 ヤメトキ ホレ
 ソーカナ モシ
のような文形感動文末詞があり、それとの類以がある。
(9)係助詞
 口デコソ ジャケンド 女ノ手デワ イロイロト…(口でこそ言うのは安けれど…)。
全県に「こそ」による係り結びがあるが、羽ノ浦でも結びはないが、上記の例がみられた。


III 表現法
1.敬譲表現
(1)丁寧
 デス 奥サンガ 偉イント 違イマスデ。
  車ニ乗ッテ行クンデヒョー。
  違ウンデスンヨ。
 マス 入レヨレシマヘナンダ。(入室させていませんでした)
  戻シテクレマシタガナ。
  デケマヒョーカイナ。
 ダス ソーダスデ(そうですか)
 ガース ソレヨレヨーケ グヮーシタワ。(それよりたくさんございましたよ)
 ゴワス ゴワシタンヨ。(ございましたよ)
 ナン(ナフ) ソーダスデ。(そうですか)→ソーナンデ。
                      ソーナフデ。
 「ホーナフデ」は古い用法として、羽ノ浦を中心に「うわて」地域の特徴であったが、今回の調査では聞くことが出来なかった。
(2)尊敬
 ンス  安ウニ センセヨ(客が店の人に)安くしておきなさいよ。命令形の用法しかない。
 ナシタ モー 止メナシタンデ(もうお止めになったのですか)
 ナハル 昔ダッテ ミナハレ。
     先生、炊事長 ナハンリョッタナ。
     剣道、優勝ナシタデー。(〜じゃありませんか)
(3)謙譲
 オンジル(存じる) アリガトーオンジマシタ。
 以上の敬語表現はいずれも古い層にしか用いられず、若い層は共通語を用いるほかない。この点、方言にレル、ラレルを用いる地域と比べて敬語表現習得に時間を要する。
2.婉曲的依頼
 モラオーカ ミセテ モラオーカイネ。
 クレヘンデ ミセテ クレヘンデ。
敬語表現法の否定を、今、「婉曲的依頼」と仮りに名づけた表現で補う。
3.反語表現
 アランデカ アロカイナ
 アライデカ アラントカラニ
 アラザイナ
「ある」の反語には、上記のようなものがある。
4.その他の音韻変化(約音)による表現
 ・〜センナン(ねばならぬ)
 参観日ニ イカンナンシ(行かなくてはならないし…)
 ・〜チャ(といえば)
 アノ人ッチャ ドシタンエ(あの人ったらどうしたの)
 ・カマン(かまわぬ)
  一人デスルケン カマンモン(一人でするから構わないよ)
 ・ヤー(やら)
  何ヤー シランケンド…(何やら知らないけど)
(10)文末詞
 ジェ(ぞえ)
  ナニ シテ 遊ブンジェ。(何をして遊ぶの?)
 ジョー(じゃわ)
  ワイモ イクンジョー(僕も行くんだよ)
 カイネ
  次ワ ウチガ 呼バレヘンカイネ(先生に次は私が呼ばれるんじゃないかしら)
 ガナ
   戻シテ クレマシタガナ(何と返してくれましたよ)
 カイト(反間 かんと)
  ソンナ時ワ ヤメトカイト。(止めておかなくては…)
 ナ
  メガネ カケン ヨーニスルナ。(目を大事にして大きくなってもメガネをかけないようにするわね)。
子供の自分の生活態度の改善への提言である。


IV 民俗語彙
 今年は羽ノ浦町の左官職関係のものを収集した。以下、五項目に分類して掲げることにする。なおこの調査に当たっては、増本才吉氏(明治41年生)に特別のお世話になった。厚く感謝の意を表する。
(1)道具関係(33語)
 イノミ
 ウチズミ(ゴテ)
 カキオトシ
 カワラヅチ
 キゴテ
 クシ
 コテ
 サイクゴテ
 ジョーギ
 スイヘイキ
 スミゴテ
 セッカイ
 センマイドーシ
 ソトズミ(ゴテ)
 タイルキリ
 タイルヅチ
 タガネ
 チリバケ
 ツマミ
 ツヤダシ(ゴテ)
 トンカチ
 ナカクビ
 ネリクワ
 ネリバコ
 ヒキゴテ
 ブロックゴテ
 マルメン(ゴテ)
 メンツキ(ゴテ)
 モトエ
 モトクビ
 ヤナギバ
 レングヮゴテ
 レングヮヅチ


(2)材料関係(15語)
 アカハネ(ヅチ)
 アサギ(ヅチ)
 オカジ
 オード(ヅチ)
 オロシドロ
 カガリ
 カベシタ(ダケ)
 カラズミ 
 クロツチ
 ケシズミ
 コミ
 ショーエン
 スサ
 タツダケ
 ネズミ(カべ)
(3)工法関係(28語)
 アラカベ
 ウク
 ウチカベ
 ウチズミ(ツキ)
 ウワヌリ
 オーツカベ
 カベシタ(カキ)
 キワヅケ
 コカベ(カキ)
 コテツケ
 サマカベ
 シタジ
 シバメン
 ジャバラ(ツキ)
 ソトズミ(ツキ)
 ソトカべ
 チリ
 ナカヌリ
 ハケビキ
 ハリコミ
 ヒク
 ヒケル
 マバシラ
 マルメン
 メジツキ
 メンツキ
 メントリ
 モルタル
(4)人間関係他(9語)
 アマイ(マタイ)
 コロ
 サクイ
 シサゲ
 ツモリイチバイ
 ヌツタリハゲタリ
 ネバイ
 ハドイ(カタイ)
 ヤリコト


参考
 次に掲げる会話は、文化庁の緊急方言調査(昭和56年〜58年)に示された場面設定の会話の要領に従って昭和59年8月21日、羽ノ浦町老人福祉センターで収録したものである。
  協力者  男性 浅野武応氏 明治33年生まれ 中ノ庄字西角16
 (話し手) 女性 磯田定子氏 大正9年生まれ 宮倉
女 コンニチワ。ゴキゲン オヨロシーカイナ。
男 アリガトー ゴザイマス。
女 コンド アノー 孫ハンガデケナシタンヤッテナー。
 (お出来になったんだってね)
男 エー。サー エットブリニ マゴガ デケテナー。
 (久しぶりに)
女 ホーデ。ホリャー オメデトーゴザイマス。
 (それは)
男 ヨロコンドンジャワ。
女 ホーデ。男ノ子ジャッテナー。
 (そうですか)
男 エー。ホテ ジョーブナナ。ジョ−ブナ コジャワ。ゲテトンガナ。ホラ ホンマニ。
女 ドーセ カワイラシー コーダー。
 (子だろう)
男 ホリャー イガッテ イガリマクッテナー。ナイテ 元気ナ 子ジャワ。
 (大声を出して)
女 ホーデー。ホリャー 元気ガ アッテ エーデー。
 (そうですか)(いいじゃないの)
男 エー。我ガ子ヨリ 孫ガ 可愛イッテナー。
女 イエー。孫ッテ可愛イナー。ワタシモナー。孫ガデケタトコ。モー ウレシー
 (ええ)
 テナー。ホナ アカチャン ミシェテモラオーカイネ。
 (見せていただこうかしら)
男 ホージャナ。ホナ ヨメガ オルケン ヨメニ ユーテ ミルワナー。オバーモオルシスルケンナー。ココエ 連レテクルワーナー。
 (おったりするからね)
女 アー ホーデ。スマンナ。
男 バーチャン オルンカ。アノ ○○サンガ ヨロコンデキテクレトンヨ。孫ノ顔ガ 見タイトイヨーケン キテ ミセテアゲテ。
女 マー カワイラシー 子ー。シッカリシタ子ーデー。誰ニ以トンダロカ。オ父サンニ以トンデー。
 (※長音)(子じゃないの)
 (似ているのかな)
男 マー ワカランケンド ドッチゾニ 似トンダート 思ウナー。
 (どちらかに)
女 コノ マー 可愛ラシー子 ドーゾ。ホテナ。コレ ナンジャ ホン ココロダ
 (どうだろう)
 ケノナー。品物ジャケンドナー。赤チャンニナー。着シェテアゲテ 呉レルデ。
男 ホーデ。ホリャー マー アリガトーガース。オイ。アノ ネーサンヨ。オマイ。
 コレ。ナンジャ。オヨロコビ クレトラ。モラワナ イカンワ。
 (下さっているよ)(挨拶をして有難くいただかなくてはいけないよ)
女 ネーサンワ ホテ 元気ナンダロ。
男 エー。親モ 元気デナー。ホテ 乳モ ヨーケ アリー 喜ンドンジャワ。
 (そして)(あるし)
 ホンナニ 心配カケテ 気ノ毒ナナー。
女 ホナイ ユーホドデ ナインジャワ。ホン、ナ。
 (ほんの、ね)
男 アリガトーオンジマス。ホナ マー チョット 座シキー 上ッテツカハレ。エットブリニ来トンノニナー。
 (存じます)(へ)(下さい)
女 イエー。アリカトーガース。キョーワ 日ガ エ−ケント オモーテナー。
 (ええ)(いいから)
男 ホナケンド オ茶デモ 飲ンデ インデ モラワント ホンマニナー。マー アガッテツカハレ。
 (往ンデ)
女 ホーデ。ホンナニ オッシャルンデアッタラ オ茶ダケ 呼バレテ イネワー。
スマンナ、シェワ カケテ。
 (世話)


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