阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第31号
羽ノ浦町における農業従事者の健康状態

農村医学班

  加藤和市・原田武彦・小原卓爾・

  宇野由佳・南与志子・岡部チヨ・

  大上博枝・井出公代・宮崎真由美・

  尾崎いずみ・森本雅美・西改恵美子・

  篠原静・大久保順子・大野礼子・

  花野公代・槙野浩之
(以上 徳島県厚生連・阿南共栄病院)

  井上博之・蔭山哲夫・川人信二・

  林まゆみ・北詰恒子・遠藤博久・

  正田茂・江本茂子・杉本英雄

(以上 徳島県厚生連・健康管理部)

  成谷茂孝・田上直彦・日下静代・

  七条宜浩

(以上 徳島県農協中央会営農生活部)

羽ノ浦における農業従事者の健康状態
1  健康と農業との関連に関するアンケート調査結果
  農村医学班
 私ども農村医学班は、本年度も総合学術調査に参加して、羽ノ浦町内の農業者を対象に総合的な集団健康診断を行うとともに、健康と農業との関連に関するアンケート調査を実施した。
 健康診断の結果は別稿で報告し、ここではアンケート調査のまとめの中から、主な項目を抽出して報告する。
 まず、調査の対象は、羽ノ浦町内で専業またはそれに近い状態で、農業を営んでいる農家の経営主61人と、主婦132人の合計193人について、8月1日から連続4日間にわたって調査した。
 その性別、年令別構成や平均年令は左の表(1)のとおりである。


 調査用紙は事前に各人に配布し、それぞれ記入された回答用紙を、健康診断の当日に会場で受けとり、内容をチェックしながら面接して、調査の正確を期した。
 これら対象者の中には兼業農家も含まれているので、兼業の状況を収入の割合と仕事の割合との両面から見たのが表(2)と表(3)であって、従来の調査地にくらべると、兼業化はそれほど進んでいないといえる。


 表(4)は健康増進と、し好(嗜好)についての調査の中から、とくに比率の高い特長的なものを拾い出した。クヨクヨしないで、睡眠や休養を十分にとり、年1回の健診を受けている人も多いが、食べ物と、し好の面では甘いものが好きで、味つけの濃い方を好む人の率が高く、これらの結果は、高血圧や肥満につながるもので、成人病との関連が心配される点である。


 次に、農業者の疲れが、自覚症状としてあらわれる「農夫症々候群」の8項目の調査では、表(5)に示したように、男と女の間に差がみられ、女性では「肩こり」と「腰痛」の訴えが高く、男性では年令的な関係からか、「夜間のトイレ」が多く訴えられている。


 これを訴えの程度により、定められた基準で採点し、評価してみると表(6)のようになる。


 総合点が2点以下で、対策を必要としない人が、男で6割、女で4割程度、何らかの対策を要する3点から6点までの人は、男で3割、女で5割、さらに7点以上で高度の対策、つまり治療の必要な人が男女ともに1割弱となっている。
 こうした疲れの積み重ねが慢性疲労となって、病気につながったり、思いがけない事態を招く素地になる場合もあることの自覚が大切だといえる。
 次に、1日の仕事が終わった時点での疲れを、自覚にもとづいて調査してみた。
 表(7)、1 の「ねむけとだるさ」(身体的疲労)の項目では、男女ともに「横になりたい」が断然多く、「目がつかれる」「足がだるい」と続き、「全身がだるい」「ねむい」等の訴えも高く出ている。

 2 の注意集中の困難さを示す、精神的な疲労では「一寸したことが思い出せない」をトップに、「根気がなくなる」「物事が気にかかる」等の訴えが注目され、3 の「局在した身体違和感」つまり、神経感覚の疲れでは、さきの農夫症の調査結果と同じように、「腰痛」と「肩こり」が突出しており、農作業という毎日の仕事が、手作業と前かがみの多い、不安定な姿勢による作業が多く、しかも、それが長時間続けられることに起因していると考えられる。
 表(8)と表の(9)は、一般に「持病」とよばれている慢性的な病気についての調査を示したものである。
 今回の対象者は、現に農業に従事している人たちであり、一応は健康な人ばかりと考えられるのであるが、男性で31%、女性で26%、つまり、3人に1人〜4人に1人の割合で、何らかの慢性的病気、いわゆる持病をもっており、高血圧と胃病がその代表選手となっている。


 次に、成人病対策の一つとして、とくに脳卒中や心臓病の素地になる高血圧に備えて、自分の血圧の平常値を知っておくことは、非常に大切なことであるが、その調査結果を表(10)に示した。


 自分自身の普段の血圧を知っている人は、男で45.9%、女で47%、平均が46.4%となり、つまり、自分の血圧の平常値を知っている人が、全体の半分に満たない状況で、対象者の平均年令が53.2才という点からみても、血圧に対する関心をさらに高める必要があるといえる。
 次は、農薬散布とそれによる中毒についての調査結果である。
 最近の農業は、作物の如何を問わず、除草剤を含めて農薬を使う機会が多く、その果たす役割と効果も大きいものがあるが、その反面、危険度もそれだけ高いわけであり、環境汚染とか公害など、社会問題にまでとり上げられるようになっている。農業者の場合は、直接にこれを取り扱い、自らが散布作業を行うので、慢性、急性を問わず、中毒の危険は見逃すことができない問題である。
 今回の調査では、農薬に原因があると思われる中毒症状の経験者は、表(11)の通り、男で16.9%、女で24.6%となり、特に女性では4人に1人の割合で中毒の経験があり、表(12)に示すような症状が出ている。


 これら中毒の原因を表(13)でみてみると、防除衣やマスクなど、防備の不十分によるといえるものが最も多く、身体の具合が悪かったり、自分の不注意による場合がこれに続いている。


 最近の農薬は、低毒性のものに変わってきたとはいえ、ハウス園芸の多い羽ノ浦町の農家では、それだけ散布の機会が多いわけで、安易な取扱いや散布は、絶対につつしむべきだといえる。一方、農業機械による事故やケガについても調査したが、その事例はごく少なく、高い比率や注目される項目もないので、内容は省略する。しかし、さいきん普及している農業機械は大型化し、動力化しているので、万一事故が起きると、生命にかかわるような結果を招く例が多いので、十分な注意が大切だといえる。
 最後に、健康管理の第一条件ともいえる、健診の受診についての調査であるが、今年になって健康診断等を受けた人は、表(14)のとおり、男で77%、女で77.3%の人が、何らかの検査や診断を受けている。しかし、表(15)で、その内容についてみると、部分的な検査を受けた人が多くて、ほとんどの人が総合的な健診とはいえない状況である。


 また、健診を受けなかった人について、その理由をきいてみると、表(16)のように「現在は健康だから」との答が最も多く、いろいろ、理由にならないような回答が出ているが、率直なところ、各人の健康意識の程度の問題だといえる。


 しかし、次に健診の機会が与えられれば………との問に対しては、表(17)のように、男で92%、女で約98%の人が受けると答えている。そして、検査の内容としては、ガン検診と血液検査に循環器系の検査を加えた総合健診を、殆んどの人が望んでいる。


 これからも、町行政と関係機関が連けいして、総合的な健診の機会を計画的に設けていくことと、今一つは、健康意識を高めるための、住民に対する健康教育の徹底を図っていくことが大切だと考えられる。
 以上が、アンケート調査結果の概要であるが、今回の調査に当たり、いろいろご協力を載いた羽ノ浦町農協と町当局の皆さんに厚くお礼を申し上げ、報告を終わる。

 

羽ノ浦町における農業従事者の健康状態
2  集団健康診断結果
 阿波学会の学術調査に参加して10年、県南では3度目の調査である。従って1昨年の鷲敷町との対比を意識しつつ調査をすすめた。
 調査は昭和59年8月1日より4日間、羽ノ浦農協にて実施した。対象は213人、女子が多く、男子の約2倍となったことと60才以上が59人(27.7%)にものぼり、40才代を上廻ったのが今回の特徴である。(表1)
 ちなみに過去10年間の対象者の年令をみると図1の如く、当初は60才以下の専業農業従事者を原則としていたためもあり、60才以上は少なかったが、最近はその原則をふまえながらも農業従事者の高令化の実状を無視することが出来ず、この3年間は60才以上の農業従事者が増加する結果となってしまった。
 検査によっては老人の正常値は成人のそれとは若干異るのが自然であるが、現在未だその物指しが完成されていない。従って、60才以上の受診者についても従来の成人病健診と全く同様な判定基準を今回も用いた。
 尚、図表はすべて鷲敷町の報告と同じ形式にした。
 先ず、問診で既往症なしと答えたのは、表2の如く、男子58.9%、女子で53.6%であり鷲敷町の夫々男子42.9%、女子34.9%を上廻っており、60才代でも男女とも半数に近い人々が既往症なしと答えていた。
次に主な既往症……
 次に主な既往症は表3の如く、男子では、高血圧8人(11.0%)女子では、貧血16人(11.4%)が夫々1位を占めていたが、男子の高血圧は60才代が多く、50才代では3名のみであり、受診者の高令化による現象である。女子の貧血はやはり40才代、50才代に集中している。
 また、手術を受けている人は、男子8人(11.0%)女子19人(13.6%)であり、いずれも診察時に手術痕を確認した。即ち、男子では、胃切除5人の他、心臓手術(40才代)、虫垂切除(50才代)、胆のう手術(60才以上)が夫々1人ずつあった。
 また、女子では、虫垂切除7人、婦人科手術5人の他に、胃切除(50才代、60才代)、胆のう手術(40才代、50才代)、甲状腺手術(30才代、50才代)が夫々2人、更にイレウス手術(60才代)が1人あった。
 いずれにしても、39才以下での手術既往は男女を通じて、30才代の甲状腺1人のみであり、この年令層の手術減少を強く感じさせられた。
嗜好では……
 嗜好では、先ず酒は表4の様に、飲まないは、男子で16.4%、女子では68.6%もあった。また、反対に毎日2合は男子の50才代、60才代に多くみられた。女子の飲酒は、時々を含めて31.4%であり、一昨年の鷲敷の43.3%より少ないし、男子の大酒飲みも40才代以下で少く、ただ、1人だけであった。
 また、たばこについては、鷲敷と殆んど同じで男子で56.2%、女子で1.4%にその習慣がみられた。本数については、1日20本をさかいに調べてみると、20本以上が喫煙者の3分の2を占めており、節煙の困難さを感じた。
肥満度(表6)
 箕輪法によって判定した。肥満(肥満度120以上)は男子で12.5%、女子では11.5%にみられ、年代別では、50才代の男子に21.7%と高く、女子は50才代で8.6%と低く、従来の成積とくらべると、かなり特異的であった。
 1方、やせ(肥満度89%以下)は30才代の男子に2人(25.0%)にみられ、50才代の男女にも17.4〜15.5%に認めた。即ち、50才代の男子、女子ともに普通体重の人の少ないのがめだった。それに対して、60才以上の群では全体としてバランスがよくとれていた。
 高血圧
 高血圧は男子4人、女子8人に認めたのみで、非常に少かった。(表7)その分類をIII、IV、V型にわけてみると、最大、最小共に高いV型は6人であり50才代に3人も認められた。60才以上の男子には、高血圧は認めなかった。
 尚、問診で高血圧治療中と答えた人が5人あり、うち4人は、当日の血圧は正常範囲であったが正確には、この4人も高血圧群に加えるべきであろう。(71男、45女、65女、57女)
 尿検査は表8の如く
 蛋白は、女子2人に認たが(+)の程度であり、そのうちの1人の61女はIII型の高血圧であった。
 糖尿は3人に見られ、表の如く、いずれもFBS(空腹時血糖)も高値を示してしていた。
 貧血は少く、表8の如く
 男では、Hb 13.0以下は1人もなく、女では、Hb 12.0以下が4人みられたが、いずれも40才代、50才代に集中してみられた。Hb 10以下の2人は、共に胃X−Pで要精検であったが、1人はポリープ、他は胃精検でも異常なしであったので、婦人科検査など更に貧血の原因究明が必要である。
 肝機能では表9の様に
 低蛋白は、40才代女子に1名のみであるが、GOT、GPT異常は夫々10人、13人に認め、共に男女差が殆んど認められなかった。GOT、GPT共に異常は数字の上にマークのついた9人であり、3ケタを示した2人はいずれも50才代の女子であった。血清コリンエステラーゼ(ChE)値の低下は4人に認められた。ALPの高値は、50〜60才代の女子に3人認め、ZTT異常も14人うち9人が女であり、女子に肝機能異常の多いのは意外な程であった。
 γ-GTP(表10)の高値は、15人に認めうち10人は、さすがに男子であり、50〜60才代に集中していた。飲酒との関係は下の表の如く、酒を飲まないグループ108人では3人(2.8%)、時々の60人でも3人(5.0%)に異常を認めるのみであるが、毎日2合以上の男子21人では、その7人(33.3%)にγ-GTP異常を認めている。尚、飲まないのに異常を認めた3人のうち、2人にはGOT、GPT等の肝機能異常を伴っていた。γ-GTPはアルコール性肝障害診断に有用であるがその他、肝汁うつ滞や慢性活動性病変、原発性肝がん等でもその値が上昇する検査でもある。
 HBV(B 型肝炎ウイルス)の感染調査(表11)
 HBs 抗原(+)は6人(2.8%)に認めたが5人は女子であった。その肝機能検査では、e 抗原(+)の49才女に、GOT53、GPT46と軽度の異常を認めたのみで、残りの5人には肝機能異常は認めず、又いずれも e 抗体(+)であった。(無症候性HBVキャリアー)
 一般に、HBs抗原持続陽性者(キャリアー)の e 抗原は30才頃までに弱毒 e 抗体に変化することが多いとされており、鷲敷の2人と同様に、49才で尚、e 抗原(+)はかなり特異的であった。
 一方、HBs抗体陽性は……
 一方HBs抗体陽性は、44名(20.7%)に認めたが、このグループは既に、HBVに感染し、現在は中和抗体をもっている訳であり、安心なグープである。それを性別、年令別にみると、下の表の様に、男女共に加令増加の傾向がきれいにみられた。
 私達は数年来、木頭村、木沢村を中心にHBV感染の疫学調査をしているが、それらの成績と一昨年の鷲敷町の調査を加えて比較したのが表12である。即ち、羽ノ浦町におけるHBs抗原、抗体の陽性率は、一昨年の鷲敷町や桑野、小松島の農協検診の結果とほぼ一致し、全国平均並みであった。
 脂質異常では、表13の様に先ず、総コレステロール(TC)では、20人に異常値を認めたが、低値の5人はいずれも男子であった。問題の高値は、50才代、60才代の女子に集中しており、鷲敷とは様相が異っていた。
 善玉と言われているコレステロール(HDL−C)の低値は女子5人にみられたが、いずれも比較的軽度であった。
 中性脂肪(TG)の異常値を示した27人の中では、ほぼ半数は低値異常であり、30才代、40才代の女子において多く見られたが、問題の高値異常も40才〜50才代の男子、女子に集中してみられた。高値の14人では6人が肥満であった。
 その他の生化学的検査では、表14の様に尿素窒素(BUN)は男子、女子共に8人ずつ軽度の異常が見られた。また、空腹時血糖(FBS)も7人が高値であり、50才代男子は完全な糖尿病と考えられた。更に痛風の原因である高尿酸血症が男子13人、女子15人に認めた。腎機能を表現する尿素窒素と尿酸値の異常が50才以上、とくに60才以上に多くみられたが、老化との関わりを無視することは出来ない。
 次にレントゲン検査では、要精検が胸部で3人、胃部で31人あり、59年12月現在、17人は未追跡に終っている。胃部については、17人が精検をうけているが、表15の如く、過半数の9人は異常がなかった。また、今年も胃がん1人、56才女子が発見され、当院で手術を実施した。
 心電図では、要精検が15人あり、表のごとく、60才上が8人を占めていた。
 以上の諸検査結果を総合的に判定すると「異常なし」は男子で30人(41.1%)女子では55人(39.3%)であった。その年代別分布は表17の如く、60才以上ではさすがに急減している。また、40才代の男子が意外と低率であった。
 一方、「異常あり」は表17の下段の如く、男子で34人(46.6%)であるが女子では65人(46.4%)にも認められ、40才代男子と共に高率であるのが目立った。後者の対象者は18人と少なかったがその11人に異常を認め、その内容は肝機能異常、高脂血症、高血糖、高尿酸血症であった。又、女子の異常率も鷲敷(31.1%)に比べて明らかに高く、高血圧と貧血は低率であり、肥満も多くないのに、肝機能、脂質、腎機能(多くは軽度であるが)の異常が鷲敷より多く認められ、40才代男子群と共に都市型成人病傾向を強く感じさせられた。

 

まとめ
羽ノ浦町の農業従事者、男子73人、女子140人の健康診断結果を要約すると
1.調査対象者では60才以上が59人(27.7%)も占めており、この群ではさすがに腎機能や心電図異常が多くみられた。
2.総合判定で「異常あり」は男子46.6%、女子46.4%であり、女子が意外と高率であった。
3.高血圧、貧血は非常に少なく、女子の肥満も多くなかった。
4.女子では肝機能異常が意外と多く、脂質異常の他に、軽度ながら尿素窒素、尿酸の高値が女子にかなりみられた。
5.手術既往は男子8人(11.0%)、女子19人(13.6%)であり、39才以下では僅か1人のみであった。
6.HBV感染調査は全国平均なみの結果であった。

 

文献
(1)坂東玲芳ら:神山町農家と農民の健康状態について、郷土研究発表会紀要:22,159,1976
(2)加藤和市ら:牟岐町における農業従事者の健康調査、郷土研究発表会紀要:23,151,1977
(3)坂東玲芳ら:山城町農家と農民の健康状態、郷土研究発表会紀要:24,105,1978(4)今川大仁ら:市場町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:25,139,1979
(5)坂東玲芳ら:池田町住民とくに農業従事者の健康状態について、郷土研究発表会紀要:26,195,1980
(6)右見正夫 今川大仁ら:上板町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:27,95,1981
(7)坂東玲芳ら:貞光町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:28,171,1982
(8)加藤和市ら:鷲敷町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:29,145,1983
(9)坂東玲芳ら:鴨島町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:30,97,1984


徳島県立図書館