阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第31号
羽ノ浦山系の地質と古生物

地学団体研究会吉野川グループ
   石田啓祐(1)・須鎗和巳(1)
   寺戸恒夫(2)・東明省三(3)
   久米晶明(4)・祖父江勝孝(5)
   細岡秀博(6)・橋本寿夫(7)

I.はじめに
 羽ノ浦山系には、今から約1億年前の白亜紀に堆積した盆地型の浅海層が分布している。これらの地層は二枚貝・アンモナイト等の貝化石を多く産することで知られており、勝浦川盆地のものと並んで古くから研究が始められた。YABE(1927)、SHIMIZU(1930)は、これらの地域に分布する地層を表1のように区分した。また羽ノ浦頁岩、持井砂岩から産するアンモナイトにより、それらの年代が下部白亜系に属することを明らかにした。その後、山下(1949)、中居(1968)をはじめとする研究によって、当地域の下部白亜系は、立川、羽ノ浦、傍示、藤川の4つの地層に区分され、より詳細な層序が明らかにされたが、田代ほか(1982)の指摘にあるように、羽ノ浦層の年代が勝浦川盆地と羽ノ浦山系では異なっていること、また羽ノ浦山地では傍示層の分布がはっきりしないことなどの問題が残されていた(以上表1)。


 今回地学班は、羽ノ浦山系の地質調査を行い、白亜系各層の分布と地質構造を明らかにすることができた(図1)。また多くの地点より二枚貝、アンモナイト等の大型化石および放散虫をはじめとする微化石を発見することができ、これによって地層の詳細な年代を決定することができたので報告する。


II.羽ノ浦山系の地質
 羽ノ浦山系は比高約100m、南北幅約1kmで、東西延長4.5kmの細長く伸びた尾根を形成しており、地層あるいは断層の伸びの方向と調和している。羽ノ浦山系には、図1に示すように主として白亜系の砂岩・泥岩層が分布しており、南縁には断片的に古生層や、断層に伴なう蛇紋岩が見られる。
白亜系はほぼ東西走向で、中〜高角度に傾斜しており、屋根の方向と緩く斜交する断層を隔てて、その南側の地層は北へ、また北側の地層は南へ傾いていることから、図2に示すように本来は、向斜を形成していたと考えられる。以下各地層について説明する。


1.古生界
 南麓の取星寺および上山路西方に分布する。檜曽根層群(須鎗、1956)に属する緑色凝灰岩および泥岩からなり、著しい擾乱を受けて準片岩化しているが、南部の阿南地域では檜曽根層群の石灰岩や泥岩から二畳紀の紡錘虫や放散虫を産する。東西走向で北または南へ高角度に傾斜する。北側の白亜系とは断層で境され、断層に沿って破砕された蛇紋岩を伴う。蛇紋岩は内手付近では幅100mに及ぶ。また、明見北方の取星寺登り口には蛇紋岩に伴って高度の結晶片岩が見られる。これは、黒瀬川構造帯に属するシルル紀以前の岩石と考えられ、同様の岩石は西方の阿南市金石に分布する。
2.白亜系
 当地域の白亜系は、下位より立川、羽ノ浦傍示、藤川の四層に区分される。
 立川層
 立川層は浦ノ浦山系の南縁に分布する。層厚は150m以上。粗粒の長石質砂岩、礫岩を主として上位に青味をおびた泥岩層を挾む、礫岩はチャート、酸性凝灰岩、花崗斑岩よりなる小〜中円礫で粗粒砂岩中に挾在する。砂岩中には、珪化した木片が含まれる。また泥岩からはシジミ類をはじめ淡水〜汽水性の貝化石を産する。なお本層を切る断層に沿って、破砕された蛇紋岩が分布する。
 本層は羽ノ浦山系の尾根より南側斜面にかけて分布する。また、北側山麓の櫛渕町佐山に分布する。層厚約240m。基底には厚さ10m程度のチャート円礫岩(図3)とその上に重なる泥質の暗灰色石灰岩があり、石灰岩からは、有孔虫のオービトリナ・シュクエンシスを産する。主として泥岩及び泥岩勝ちの砂岩・泥岩から成り、酸性凝灰岩薄層を挾む。また、砂岩・泥岩からは、海性の介化石を多産する。


 傍示層
 羽ノ浦山系の屋根より、北側斜面及び西部の北側山麓に分布する。層厚約220m。羽ノ浦層泥岩の上に重なる礫岩ないし粗粒砂岩に始まり、礫混りの砂岩及び砂岩・泥岩互層を主として上位に泥岩層が重なる。基底部付近に炭層を挾み、また中位の砂岩・泥岩互層には、灰紫色の凝灰岩が挾在する。羽ノ浦中学校北方の羽ノ浦町山分、森川家下ではこの挾炭層を嫁行していたことがあり、炭層を挾在する砂岩からは瀕海性環境を示す三角貝(図版V)を多産する。
 藤川層
 本層は、羽ノ浦山系の北側斜面から山麓にかけて分布する。層厚約180m。よく成層した黒〜暗灰色泥岩を主として基底部に小礫混りの粗粒砂岩〜砂岩互層を伴う。櫛渕町野神では、基底の砂岩にはグルーブ・キャストが見られ、下部層はタービダイトの特徴を示す。また、泥岩には1〜10cm程度の細粒の淡緑色酸性凝灰岩層が伴い、比較的保存のよい放散虫及び海綿骨針を産する(以上図4参照)。


III.産出化石と白亜系の年代
 1.産出化石
 羽ノ浦山地の白亜系各層からは、図1に示す各地点より以下の年代決定に有効な二枚貝、アンモナイト及び放散虫を産する。
 立川層
 Loc.1 岩脇北採石場の灰青色泥岩
  Nanonavis sp.
  Tetoria (Paracorbicula) sanchuensis (YABE & NAGAO) …Up. J.-Neoc.
  Gramatodon (Nanonavis) yokoyamai YABE & NAGAO…U. Neoc.-L. Alb.
  Nemocardium? sp.
 Loc.2 古毛の泥質砂岩
  Cyrena (Protocyprina) naumanni NEUMAYR…Neocomian
  Asarte sp.
 羽ノ浦層
 Loc.3 羽ノ浦中学校南の砂質泥岩
  Hamulina? sp. cf. H. cylindrica…Barremian?
 Loc.4 古毛北の「青石」砂岩
  Ptychomya densicostata NAGAO…U. Neoc.-Albian
 Loc.5 古毛北「向山越え」峠の石灰質泥岩
  Ancyloceras sp. …Aptian
  Hamulina? sp. cf. H. cylindrica…Barremian?
 Loc.6 上山路西の採石場の砂岩及び泥岩
  Pterotrigonia pocilliformis (YOKOYAMA) Neoc.-Albian.
  Ammonoceras ezoense (YABE) …Up. Albian
  Pseudothurmania sp. cf. P. hanouraensis YABE&SHIMIZU…Up. Haut. (-Barrem.)
  ammonoid (large shell)
  Gervillia miyakoensis NAGAO…Apt.-Albian
  Zamites sp.
  Clado phlebis?sp.
 Loc.7 覗石東のドライブイン北採石場跡の砂質泥岩
 echinoid
 Loc.14 牛落山の羽ノ浦頁岩(SHIMIZU、1930)
  Pseudothurmania hanouraensis YABE & SHIMIZU…Up. Haut.
  Hamulina? sp. indet.
  Pulchellia cf. ishidoensis YABE & SHIMIZU…Barremian
 Loc.15 古毛北の持井砂岩(SHIMIZU、1930)
  Ancyloceras giganteum YABE & SHIMIZU…Aptian
 Loc.21 牛落山東、国道脇造成地の泥岩
  Parvamussium sp.
  Pulchellia cf. ishidoensis YABE & SHIMIZU…Barremian
 傍示層
 Loc.8 羽ノ浦中学校北羽ノ浦炭鉱の砂岩
  Pterotrigonia pocilliformis (YOKOYAMA) …Neoc.-Albian.
 Loc.11 尾根付近の砂岩
  Gervillia sp. nov.
  Nipponitrigonia kikuchiana (YOKOYAMA) …Neoc.-Cenom.
  Pterotrigonia pocilliformis (YOKOYAMA) Neoc.-Albian
  Ptychomya sp.
  Corvicula sp.
  Exogyra sp.
 Loc.20 羽ノ浦中学校尾根道の灰紫色凝灰岩
  Dictyomitra puga (SCHAAF) Upper Barremian
  Thanarla conica (ALIEV) Up. Val.-L. Cenom.
  Archaeodictyomitra vulgaris PESSAGNO…Up. Val.-Aptian
  Thanarla pulchra (SQUINABOL) …Barrem.-L. Cenom.
 藤川層
 Loc.9 櫛渕町内開南のため池東
  Amphipyndax sp.…Aptian-
  Thanarla cf. elegantissima (CITA) …Haut.-L. Cenom.
  Archaeodictyomitra vulgaris PESSAGNO…U. Val.-Aptian
  Dictyomitra spp.
  Holocryptocanium barbui DUMITRICA…Apt.-Cenom.
  Holocryptocanium geyserensis PESSAGNO…Alb.-Cenom.
  Protunuma sp.
  Thanarla conica (ALIEV)…U. Val.-L. Cenom.
  Thanarla praeveneta PESSAGNO…U. Alb.-Cenom.
  Pseudodictyomitra sp. D of PESSAGNO…Upper Albian
その他
 Loc.10 東在所東の道路わきの石碑
  Ancyloceras giganteum YABE & SHIMIZU…Low. Aptian
  なお Loc.10 の石材の産地は明らかではないが、岩質は「青石」砂岩と同質であり、羽ノ浦層のものと考えられる。
2.白亜系の年代
 羽ノ浦山系の白亜系の層序は図4の柱状図で表され、上記の化石産地は、図4の各々の層準を代表する。また各層準より産した化石の示す年代は、同図右側のレンジ表のようになる。これによれば最下位の立川層の年代は白亜紀前期のオーテリビアン〜バレミアン期であり、最上部の藤川層は白亜紀中ごろのアルビアン末〜セノマニアン期と考えられる。また、その間にある羽ノ浦層、傍示層の年代は、バレミアン末〜アルビアン期と考えられる。


IV.まとめ
 羽ノ浦山系の白亜系の地質調査を行い、産出化石にもとづく年代決定を試みた。その結果は以下に要約される。
 1.羽ノ浦山系の白亜系は下位より立川、羽ノ浦、傍示、藤川の4層に区分される。
 2.これらの4層は羽ノ浦山系とゆるく斜交する断層の南北両側に向かい合って分布していることから、基本的には向斜構造をなしてると考えられる。
 3.羽ノ浦山系では最下位の立川層の年代は白亜紀前紀オーテリビアン〜バレミアン期より古くはない。また最上位の藤川層の年代は白亜紀後期セノマニアン期に及ぶ。

文献
松本達郎・小畠郁生・田代正之・太田喜久・田村 実・松川正樹・田中 均、1982:本邦白亜系における海成・非海成層の対比。化石、31、p.1−26.
中居 功、1968:徳島県勝浦川盆地の白亜系層序―とくにアンモナイトに基づく時代論―.地質雑、74、p.279−293.
SHIMIZU, S, 1931:The marine Lower Cretaceous Deposits of Japan, with special reference to the ammonites-bearing zones. Sci. Rep. Tohoku Imp. Univ., 2ndse., Geol., 15, p.1−40.
YABE, H., 1927:Cretaceous stratigraphy of the Japanese Islands. Sci. Rep. Tohoku Imp. Univ., 2nd ser., Geol., 11, p.27−100
山下 昇、1949:徳島県勝浦川盆地の白亜紀層について、地質雑、55、p.117−118.
 付、羽ノ浦山地周辺の化石産地
 以上に示した化石産地以外に、羽ノ浦山地周辺からは次の地点より化石を産する(図1参照).
 櫛渕層
 Loc.12 櫛淵町萱原北の採石場の泥岩
  Parvamussium sp.
 Loc.13 櫛淵町大谷の砂岩
  Inocersmus sp.
  Inoceramus cf. uwajimensis YEHARA…Coniacian
 立江層
 Loc.16 羽ノ浦町宮倉西の砂岩・泥岩
  Inoceramus japonicus NAGAO & MATSUMOTO…Santonian
  Inoceramus cf. schmidti MICHAEL…Campania
 Loc.17 羽ノ浦町宮倉北東の砂岩
  Apiotrigonia (Apiotrigonia) minor (YABE & NAGAO) …Cenom.-Camp.
  Cucullaea sp. (sp. nov.)
 Loc.18 立江町中村の泥岩
  Apiotrigonia (Apiotrigonia) minor (YABE & NAGAO) …Cennom. -Camp.
  Inoceramus cf. schmidti MICHAEL…Campanian
  Inoceramus cf. Balticus B■HM…Campanian
 Loc.19 立江町青木の砂岩
  Gauthiericeras sp.…? U. Turon, Coni.
  Mesopuzosisa cf. densicostata MATSUMOTO…Tur.-Con., ?Sant.
  Gaudryceras cf. tenuiliratum YABE…Turon.-Maastr.

 

図版I説明
スケールは100μ,A:2,4−6,8,13;B:1,3,7,9−12,14,15
1−3:傍示層,Loc.20.4−15:藤川層,Loc.9.
1.Thanarla conica (ALIEV)
2.Thanarla pulchra (SQUINABOL)
3.Dictyomitra puga (SCHAAF)
4.Archaeodictyomitra vulgaris PESSAGNO
5.Holocryptoccanium geyserensis PESSAGNO
6.Holocryptoccanium barbui DUMITRICA
7.Holocryptoccanium sp.
8.Thanarla praeveneta PESSAGNO
9.Pseudodictyomitra sp. D of PESSAGNO
10.Amphipyndax sp.
11.Protunuma sp.
12.Dictyomitra sp.
13.Dictyomitra sp.
14.Thanarla conica (ALIEV)
15.Thanarla cf. elegantissima (CITA)

 

(1)徳島大学教養部 (2)阿南高専 (3)徳島県教育センター
(4)石井町石井中学校 (5)脇町高等学校 (6)小松島市芝田小学校
(7)小松島市児安小学校


徳島県立図書館