阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第30号
鴨島町の方言

方言班  川島信夫・金沢浩生・森重幸

1.調査の方法
 鴨島町は吉野川中流域の中核をなしている町であるが、吉野川の舟運と、早くから開通した鉄道によって古くから徳島市の影響を強く受けている。そのため言語現象においても徳島市と殆んど変わるところがない。
 また町内の旧6町村の各地についてみても、他の町村のような大差はみられない。
 そこで今回の調査では、本町の方言の現状を見るために、自由な会話と、指定した言葉のアクセントの録音をした。
 会話の録音は、老年層の思い出話で、昔の生活と、それにともなう語彙(い)となるべく自然な「鴨島なまり」の収録をはかった。
 また、古い俚言の消滅度と、本町の俚言が、他町村あるいは全国との比較でどんな位置にあるかということを見るための調査も行った。これの調査は、質問法によって行い、質問は主として国立国語研究所の「日本言語地図」の調査項目によった。
 調査語は、カマキリ、サトイモ、などの動植物名や、眉毛、かかとなどの身体の名称、その他である。
 また、民俗語彙として、桶、瓦関係の語いを聞き取り法によって調査した。


 2.鴨島なまり
 「鴨島なまり」とは、鴨島の人同志が、気安く話し合っている時の、言葉全体の雰囲気のことである。文字で表現することは難しいのでテープレコーダーで録音することにした。
 そのうちのごく一部を文字化してみる。場所は森藤で、話者はA、桑田光一(明治38年生)、B、小川孝一(大正9年生)C、三木力(明治42年生)の各氏。話題は、昔の2月の農作業についてである。
 アンダーラインの──は注目個所。〜〜は不明瞭な個所。文中の〜〜は聴取不能の発言である。
A ニグヮツ(1)ヤヮー ホイ(2)タラ モー ムギノ クサデカ(3)エ サブ(4)イ ノ
 二月などは そうすると もう 麦の 草(取り)かい 寒いの 
 ニ〜〜ソリャ アイワ  サイサイ セナンダ(5)ラ イカンケンド(6)
 に  それは 間(の手入れ)は 度々 しなかったら いけないけれど
 ナー。(7) (B、ヒーテナー。)
 ねえ。       挽いてねえ。
C ソノ ユー アノ ヨコビキッチュ(8)ーケンド アレ ホーリマンガ
 その 言う あの (横挽き)と言うけれど あれは (放り馬鍬)
 チュー コノ ヘンデワナー。 ンマングヮデワ ナインジャケンド
 と言う この 辺ではね。  馬鍬では ないのだけれど
 ホーリマングヮト イヨッタ(9)。
 (放り馬鍬)と  言っていた。
B ホーリマングヮ ホーリマングヮ(10) イヨッタナー。
 (放り馬鍬)  (放り馬鍬)(と) 言っていたねぇ。
C エー。 アノ ナニー イタラ ヨコフリッチューワナー アレオ。
 ええ。 あの あそこへ 行ったら (横振り)と言うよねぇ あれを。
 ヨコイ(11)フルケン(12)ヨコフリッテ。(笑)(B アレモ トコロニ
 横へ    振るから    横振りと       あれも 所に
 ヨッテ チューウジャロ。) (A ン、 ソージャ(13)ナマエワ チガウ
 よって 違う  だろ。     うむ、 そうだ 名前は 違う
 ジャロ。) (イーカタ チャウナ。) ホーリマングヮッテ コノヘン
 だろ。    言い方 違うね。   (放り馬鍬)と この辺
 デワ。 アレデ アノ マー コーコーシテ ズーット イクンヤ
 では。 あれで あの まあ こうこうして     ずーっと 行くのは
 ソートー テマ カカルデー(14)ナー。 (B アレワ セコイ(15)ワー。)
 相当  労力 かかるじゃないかねえ。     あれは 苦しいよ。
 言葉のなまりはアクセント(音の高低)やイントネーション(音声の抑揚・音調の変化)でまず感じられる。次には言葉の切れ目や終わりの部分である。前にあげた会話文の注目点を順にみて、鴨島なまりの一端にふれてみる。
 (1)ニグヮツ。カとクヮ、ガ、グヮの区別がある。県下全般にあるもので、古い標準語音である。
 (2)ホイタラ。そしたらの変化。サ行がハ行の音になる。県下全般。
 (3)デカイ。デカは県西の特徴。
 (4)サブイ。ムがブになる。県下全般。
 (5)セナンダ。里分のことば。山分はセザッタ。
 (6)ケンド。県下全般。阿波方言の代表
 (7)ナー。里分のことば。山分はノー
 (8)チュー。というの変化。県下全般。
 (9)イヨッタ。〜ヨルの現在進行形も県下全般。広く西日本におよぶ言い方。
 (10)ト抜け。助詞の「と」がぬける。県下全般。
 (11)ヨコイ。へ(エ)がイとなる。県下全般。
 (12)ケン。県下全般、とくに里分のことば。山分にはキン、キニがある。
 (13)ジャ。県下全般。海部方面ではヤ。ダはない。
 (14)デー。県下全般。阿波方言の特徴。
 (15)セコイ。県下全般で苦しいの意となる。
 以上は、鴨島なまりの、ごく一部であるがこれからも、鴨島の言葉は、そのまま阿波方言、それも、徳島市を中心とする里分方言であり、その中に少し県西方言が入っていることがわかる。


 3.表現上の特徴
 前に述べたように、方言の特徴は文(言葉)の終わりによく表われる。以下、短期間の調査であったが、それにもとづいて表現上の特徴点をあげ、県下を代表している若干の文末助詞について述べることにする。
(1)「ヨ」
 ソンナコト バッカリデワ ナイヨ。(中女→同)
 そんなこと ばかりでは ないわよ。
 アンタ ホナケン イカンノジャヨ。(中女→小女)
 あなた それだから いけないのよ。(いつものくせをたしなめる)
 カルインダローヨ。(中女→同)
(あの人は病状が)軽いのでしょうよ。
 エイチャン ネヨルヨ。(小女→同)
 栄ちゃん(なら)寝ているわよ。
 麻植・阿波の女性語の特徴である。少しきつく、押しつけがましい響きがあるので、同等以下に対してしか用いない。それだけに親密感がある。
(2)エ
 ソレ ナンボエ。(中女→中男)
 それ いくらなの。
 ホーエ。(小女→同)
 そうなの?
 エは「ye」と聞こえるから、ヤ行文末助詞の系統と思われる。
 女性らしい、柔かい問いかけである。
 アンタ マナベサン エ?(中男→小女)
 あんた 真鍋さん なの?
 モー インニョン エ?(青男→青女)
 もう 帰っているの?
 男子は子供や女性に対する時だけ、親愛の意をこめてこれを用いる。
(3)「デ」「ンデ」「デー」
 イク デ?(中男→同)
 行きますか?
 フロ イッタデ(中女→夫)
 風呂(に)入りましたか?
 イツ オカエッタンデ(老女→青男)
 いつ お帰りになったんですか?
 これは徳島県一円に行われる疑問の文未助詞である。
 コドモ ダコーデ(母→嫁)
 子供(を)(私が)抱いていましょうか?
 これも一種の疑問であるが、特に好意の申し出である。
 ウマイコト シトンデー。(中男→同)
 うまいこと しているじゃないの?
 ヨーナッキョルデー。(中女→嫁)
(子供)よく 泣いているじゃないの?
 アクセントが下がり調子となると「ではないの」の約となる。
 〔デカ〕
 ホンナモンニ ゼニ ハラエルデカ。(中男→同)
 そんな物に 銭(を)払えるものですか。(中男→同)
 エイガ ミニイカンデカ。(中男→同)
 映画(を)見に行きませんか。
 〔デカイ〕
 コッチカラ オシカケテ イクデカイ。
 こっちから 押しかけて 行きましょうか
 〔デヨ〕
 ハヨ イカナ ソンデヨ。(中男→同)
 はやく 行かないと損ですよ。
 〔デゾ(イ)〕
 ドーデゾイ。(中男→同)
 どうですか?
 〔デワ〕
 ヨワッタデワ。
 弱りましたよ。
 「デ」の複合形は美馬・三好が本場であるが、美馬に境を接する当地でも理解語と使用語の中間的存在で微妙である。
ウ、ヨウの拗音化
 コレ アギョー(老女→孫)
 これ(を)あげよう。
 ソレ トッチャロー
 ソレ(を)取ってやろう。
反語の形
 1)ドーショーニ。(どうしましょう。どうしょうもない。)
 2)〜セント カラ(ニ)。(〜しないでどうしょう。)
 3)ダレガ イコーゾ。(誰が 行くだろうか。)
 4)ナニガ イタケリャー。(何の痛いことがあろうか。)
 5)イタイツカ。(痛いって言うの?)


4.アクセント
 アクセントは、上郡型と下郡型の接点であるが、徳島市(下郡型)に近い。
 (1)山が。炭が。馬が。色が。犬が。など、二音節名詞の第3類は、ヤマガとなる。下郡型で、ヤマガとなる上郡型はほとんどない。
 (2)赤い。浅い。甘い。重い。軽い。など、三音節形容詞第3類は、アカイとなる北方系で、アカイとなる南方系はほとんどない。
 (3)移る。余る。守る。光る。照らす。など三音節動詞第3類は、ウツルの上郡型と、ウツルの下郡型との間で動揺している。


 5.方言地図と俚言
 共通語(いわゆる標準語)と異なる言葉を俚言という。
 その一例をあげると、カマキリ(カマキリ)。カタツムリ(デンデンムシ)。サツマイモ(リューキイモ、カライモ、ボケイモ)。トウモロコシ(ナンバ)。眉毛(マイゲ、マイノケ)。かかと(キビス)など、括抓内が俚言であるが、里芋(さといも)、茸(きのこ)、蛇については特徴があったので、「日本言語地図」と比べてみる。
 (1) さといも(里芋)
 鴨島町では、ジイモというのが一般的である。図のようにこれは吉野川中流に広く言われているものである。四国ではこの辺だけであり、全国的には、岐阜県の南部(美濃)地方だけに表われている。


 (2) きのこ(茸)
 鴨島町ではハッタケという言い方がある。これは徳島県の一部と香川の俚言で、他には愛知県の南半部にあるだけである。


 (3) へび(蛇)
 鴨島町にはグッチューがある。これは地図の上では全国にも無い、この辺唯一の例である。


 6.民俗語彙
 言葉は生活と共にある。生活が変ると、その用語は消えていく。木と竹でできた人間味豊かな桶なども、味気ないプラスチック製品に、その座を奪われてしまった。
 以下は、なつかしい桶と桶屋関係の語彙を、西麻植の多田滋氏に聞かせていただいたもののまとめである。
 A.道具
 桶屋の道具は、大工道具と共通するものも多いが、特殊なものがずいぶん多い。写真1 はその一部である。


 (1)定規類
○ ショージキダイ(正直台)。 真直ぐな角柱に平鉋を埋め込んだもの。クレ(榑)の勾配を正しくとる道具。
○ カタ(型)。 ウチガタ(内型)とソトガタ(外型)があり、クレの内と外の曲線をきめるもの。大小各種、最も多数あり。古い箱膳の桧板を利用して作ったものが多い。写真2


○ その他。ケビキ(罫引)。 ブンドキ(分度器)など。
 (2)かんな(鉋)類
○ マルガナ(丸鉋)。 ソトマル(外丸)と、ウチマル(内丸)の二種ある。それぞれの外側、内側を削るため、刃面は凹面、凸面となっている。写真3


○ イレギワ(入際)。 クレに底板の喰い込む個所を削る鉋。ケビキのような仕組になっている。写真4


○ その他。ソコマーシ(底廻し)。 カガミのケビキ(鏡の罫引)
 (3)のこぎり(鋸)類
○ ジャバラ。 キリ(錐)であけた穴に入れて挽く最も細かいノコギリ。
○ ヒキマーシ(挽き廻し)。 円形に挽き切る細いノコギリ。
○ ネコノテ。 アリサシ(蟻差)などの溝を切るための刃渡りの短い両刃鋸。写真5


 (4)刃物など。
○ セン。 クレを削るための曲った刃物。両端に握り柄が付いている。
○ アナクリ(穴繰)。 樽の栓などの穴を明けるための、大きな三ツ目錐のような刃物。
○ カリワ(仮輪)。 桶のカタ(型)を合わせるための鉄の輪。規格に合わせて大小各種多数である。
○ その他
 ヤリガナ (槍鉋)。タケワリ(竹割)。タケセン(竹削)。シメギ(締木)。ウチコミ (打込)。ヘラ(金べら)など。
 (5)たが類
○ クチワ(口輪)。 いちばん上、即ち口に最も近い処にくるタガである。
○ クチスケ(口助)。 クチワの下にひっついて、クチワの補強と体裁のために添えた輪。
 以下、7本のタガを持つ四斗樽について上から順に名称を並べると、ドウワ(胴輪)。ドウスケ(胴助)。ソコモチ(底持)。ナキワと(泣輪)。トメワ(止輪)。ナキワというのは、技術的にむずかしいので弟子が泣かされるので付いた名称だという。
○ タケノコ(筍)。 組み輪のこと。見た目が筍の皮のようであるからこう呼ぶ。
○ ネジワ(捻輪) 単純な竹輪。右と左があり二つをひっつけるとタケノコのようになる。
 (6)その他
○ クチマエ(口前)。 桶類の上面の外径。大きさの規格となる。
○ コガ、造り酒屋用の大桶。
○ マキハダ。 ヒノキ(檜)の皮で、フロ桶などの釜との透間を埋めるもの。
○ ガワイタ(側板)。 桶の側板(クレの集まり)。足のついたアシガワと、足のないジガワの二種がある。


徳島県立図書館