阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第29号

鷲敷町の方言

方言班 川島信夫・森重幸・金沢浩生

1 鷲敷なまり
 徳島県の方言は、大きく分けると「北方」と「南方」、「山分」と「里分」になる。鷲敷町は、そのうち「南方」であることははっきりしている。「南方」を阿南市を中心とする(うわて)と、海部地方の(なだ)に分けると(うわて)に入るが、その南端という位置から(なだ)に近いところもある。また、「山分」と「里分」の区画では「里分」に入るが、丹生谷の門戸として山分的な要素もかなり多い。
 ふつうに方言というと「大阪サカイに阿波ケンド」のように、ある一つの言葉(単語)が他の地方と異っている場合をさしていう。こんな意味で「鷲敷の方言は」と尋ねられたときに、「即これだ。」と示せるようなものはない。しかし、鷲敷の町内で、鷲敷の人同志が気安く話し合っている時には、やはり、「鷲敷なまり」ともいうべき言葉全体の雰囲気がある。これは文字で表現するのは難しいのでテープコーダーで録音することにした。
 録音は中山地区と百合地区の方々に参加していただいた。そのうちここには百合地区のものの断片から「鷲敷町なまり」をかいまみることにする。
(1)百合での会話
 テープにとったものの一部を文字化してみる。話題は先年の豪雨に当り長安口ダムの放流によって起きた水害についてである。
 話者は、A(男大正7年生)が中心で、これに言葉をはさむのがB(女大正6年生)C(男調査負)D(男明治37年生)。
 アンダーラインの―は注目個所、〜〜は不明瞭な個所。文中の〜〜は聴取り不能の発言である。
A ワレワレ アンナ ケイケン シタコトナカッタナ。(1)(B ホンデデ(2)
 我々 あんな 経験 したこと無かったな。 それでだろか
ウチクノ オバーハンガ アノ シゴトニ イクトキニナ。)コノクライノ
私の家の おばあさんが あの 仕事に 行く時にな。 この位の
クモイキデ コノクライノ アメアシダッ(3)タラ コノクライ フルダ
雲行きで この位の 雨あしだったら この位 降るだ
ロ(4)ノ(5)ー ッテ ユーノワ モー(C カゲンガ…)エー、ホナッテ イ
ろう と 言うのは もう 加減が ええ、 だって
カダヤッテ(6) ツナイドルダロ。ハリガネ ツナイデ ナガサレンヨーニ
筏だって いでいるだろ。 針金(で)つないで 流されぬ様に
フネヤッテ ツナイドル。ホイ(7)タラ ホノ モリスルノニ ヒトバンジュー
舟だって つないでいる。すると その 守番する為に 一晩中
ネントキガ ヨーケ(8) アッタケンノ(9)。(C ウン。ウン。)ホヤケン(10)
寝ないときが 何度も あったからな。 ええ。ええ。だから
ワカルンジャワダ。ダイタイ コー コノクライノ クモダッタラ ドノ
解るんだよ。 大体 こう この位の 雲だったら どの
クライ クルダロノー、 コンドラ ガイナゾー ユーテ アラー ワカ
程度(水が)来るだろな、 今度は 凄いぞ(と)言って 大体 解
ルンジャワダ。(D 〜〜〜) ホヤケンドモ アノトキワ モー ビックリ
るんだよ。 それでも あの時は もう 驚か
ササレタ。(C フーン。) ホナケン アレ テンサイ
された。 ふーむ。 だから あれ(は) 天災(とか)
ジンサイ ユータッテ チョット デテコンダロー。
人災(とか) 言っても ちよっと(結論は)出て来ぬだろう。
(D フーン。)ジンサイ ユータ トコロデ アメガ フッタノワ
ふーむ。 人災(と) 言った ところで 雨が 降ったのは
テンサイジャワナ。 アメガ フッタケン ミズガ タマッタンデ ヌク
天災だよね。 雨が 降ったから 水が 溜ったので 抜く
ノガ オクレタンワ ジンサイデ アッテモ……。(C 笑う) コレ
のが 遅れたのは 人災で あっても……。 これ
ワ チョット アノ キリツカンノデ ナイカト オモウガノ。
は ちょっと (結着)つかぬので(は)ないかと 思うがな。
(2)百合なまり
 言葉のなまりは、アクセント(発音の高低)やイントネーシヨン(音声の抑揚・音調の変化)でまず感じられる。次には、言葉の切れ目や終りの部分である。断定の助動詞(ダ、ジャ、ヤ)や終助詞(ナー、ネー、ノー)とか、接続詞(サカイ、ケン、キン)など。また、言葉にふくらみをもたせる形容詞や副詞(マタイ、ヨーケ)などにもよく現れる。ここでは、前にあげた百合の、ごく一部の会話文からその一端にふれてみる。(数字は前例文の下線の番号。)
(1)ナ.終助詞。徳島県下で最も勢力のある里分言葉の代表。
(2)デ.疑問助詞。これも阿波弁を特徴づける有力な里分言葉。
(3)(4)ダッ・ダロ断定助動詞。里分の言葉であるが、これの終止形「ダ」はどこにもない。
(5)(9)ノ・ノー.終助詞、山分系の言葉。
(6)ヤ.断定助動詞。なだ系の言葉。ただし、これの終止形はここにはない。
(7)ホイタラ.接続詞。「そうしたら」の音韻変化で、県下一般。
(8)ヨーケ.副詞。里分一般の言葉
(10)ケン.接続詞。里分を中心にした阿波弁の代表の一つ。
(11)ジャ.断定助動詞。県下全般の言葉。


2 鷲敷町の方言
方言の調査は、外来者が、短期間で精密なものをしようとしても無理である。例えば、大人が幼児を肩に乗せる「肩車」について聞いていくと次のような結果を得た。
 カタコマ(中山)カタウマ(和食)カタクマ(阿井)。
 また、センセコ(忙しそうに動く人)という言葉は、町史にも載せられているが、中山や和食できくと、年配の人でも知らぬという。誤植かと思っていたら阿井や仁宇ではよく使う言葉だという。
 話者の個人差もあろうが、こうなってくると、どうしてもその土地の者の研究に期待しなければならぬと思われる。そこで、ここでは町史に記載の方言や、最初の録音の内容を主として、その後の聞き取りを加えて、特徴的なものの一部を類別して挙げてみる。
(1)アクセントと音韻
 ヤマ(山)、スミ(炭)、ウマ(馬)、二音節の名詞だけあげたが、これらはみな第一音にアクセントがある。京阪式で阿波の標準的なものであり、下郡型(吉野川下流型)となっている。
 アカイ(赤い)南方型。カクス(隠す)里分型。ウツル(移る)下郡型。
 これらは当町の方言が、南方、里分の区画に入ることを示している。
「クヮ」オトー(父)サン トコイ メンクヮイ(面会)ニイクノニ……
「サ行→ハ行」 ソードー ヒタンジェ。イマ(今)デモ ツカ(使)イヨリマフデヨ
「イ音便」 サガイ(捜)テ サガイテ ヒタンヤケンド……
(2)名詞
アサイチ(朝のうち) イオ(魚)
イズミ(井戸) イツナゴロ(いつごろ)
ウミス(子を産んだあと) オマハン(あなた)
ガネ(蟹・かに) キリブサ(踵・きびす、かかと)
グモ(蜘蛛) ケカブ(消株・消滅した家)
ココ(この人) ゴージバイ(派手な高年者)
サブローゴト(がまがえる) シラメ(鱒の子)
デンデンムシ(蝸牛・かたつむり)
ヒヤ(へや・隠居所) ヨマシ(麦ばかりたいたもの)
リップクジョー(抗議状) ワンク(自宅)
 これらは多く古い言葉の残ったものである。そのうち、イオ、ガネ、などは海部系の言葉である。
 ガネについて中川孝氏がエピソードを語られた。昔、中山の人が、カニが正しいか、ガネが正しいか言い争いになった。結着がつかぬので、長老の勘田倍蔵さんに伺いをたてた。答えに曰く。「中山谷のような細い濁った谷におるのがガネ。那賀川のような清水に住むのはカニじゃ。」と。
 ゴージバイというのは、人間で言えば中年以上になって派手になって色づくからだというが、これは百合で聞いた言葉である。
(3)動詞
 アズル(持て余す。) 
 オエル(搗ける。)半日したらオエルと思う。
 コグル(くぐる。)鳥居さんコグッテいく。
 タチル(起つ。)ワシラ年中タチラサレヨッタ。
 タツ(閉める。)戸をタテル。
 ツエル(崩壊する。)道がツエトル。
(4)形容詞、形容動詞
 ウマーナイ(美味でない。)
 カターナッテ(固くなって)ヒマウ。
 チカーナル(近くなる)ケン
 オナシ(同じ)
 ガイナ(ひどい。乱暴な。強い。)
 チョスコイ(何でもない)
 ナマシー(生々しい)
 マタイ(ガイナの対応語)
 メンドイ(むつかしい)
 メンドラシー(体裁が悪い)
(5)副詞
 イッコモ(少しも)
 カサ(たくさん、非常に)
 シャント(運悪く。あいにく。全く。)
 ジョーニ(たくさん)
 タケタケ(端から端まで、ずうっと。)
 トドシュー(朝早く。)
 ヘンシモ(片時も、すぐに)
 ヤタラ(あまり)
 ヤット(長い間)
 ヨー(可能を示す副詞、打消しが多い。)
 ヨケ(より多く)
 このうち、カサとタケタケは、最も鷲敷らしい表現と思われる。
 カサについては、金沢治著、「改訂阿波言葉の辞典」には「昭和10年頃までこの語なし、那賀川上流のトラック用語がバスの運転手などの用語となり次第に住民の間に用いられたものの如し。現在40歳台のものは使わぬ。30歳以下のものがつかう。」と出ている。
 当町の年配の人々の意見を総合すると、発生年度は特定できぬが、昭和10より少し早い頃とされ、発生地の推定は、だいだい仁宇辺と一致した。とにかく、数量ばかりでなくて、「カサ寒イ。」「芝居がカサボチャヨーデケタ」。など、程度を示す語になったり、変化形が生まれたりして盛んに使われている。これは、当町を中心とした那賀、勝浦両川流域の外は、あまり聞かれない表現である。
 タケタケも、丹生谷筋以外には、あまり聞かれぬ言葉である。タケとは「丈・長」の意味であろう。「タケタケ歩イタ」など言えば川筋に添って、細長く平地と聚落の続く丹生谷地方にぴったりの表現ではあるまいか。
 ヨー、は「ヨーセン」(する事ができない)のように使うが、これは里分型である。同時に、「エーセン」という山分型の言い方も行われている。
 トドシュー(トノシューとも言う)やヘンシモは古い言葉で山分系である。
(6)助動詞
 断定(ジャ、ヤ、ダ) アルジャロ。アルヤロ。アルダロー。
三語ともあるが、終止形として盛んに使われるのは「ジャ」だけで「ヤ」は少なく「ダ」はない。
(7)助詞
疑問(カ、ケ、コ、カェ、カィ、デ) 間投(ナ、ナー、ネー、ノ、ノー、)接続(ケン、サカイ)
 「カ」と同じ位の勢力で、なだ系の「ケ」と山分系の「コ」も聞かれるのは本町の特徴である。これは「ナ」、「ネー」、「ノ」についても同じ。
 「ケン」を主流として、「サカイ」が聞かれるのも、なだ系の侵入である。


3 民俗語彙〈筏流し〉
 言葉は生活と共にある。生活習慣がすたれると、その生活用語も消えてゆく。民具などとして残ったものには名前も残るが、形の残らぬものはどうしようもない。せめてその生活を言葉の上だけでも残しておきたい。そんな思いで調査したのがこの筏流しの民俗語彙である。
 筏流しの歴史などに就いては町史に詳しいので省く。以下、筏流しの語彙を、七項目に分けて掲げることにする。なお、この調査に当っては、河田貞吉氏(明治33年生)に特別のお世話になったことを申添えて感謝の意を表したい。
(1)乗り手、他
イカダノリ
 乗り手の一般的な呼び名。労働用語ではイカダシ、流筏業者など。
センドー
 ハナトコ(花床)に乗る梶取り。ハナノリともいう。熟練者がなる。
トモノリ
 トモトコ(艫床)に乗る梶取り。
ナカノリ
 水量が多く危険な時に、荷くずれなどの事故に備えて乗りこむ補助員。普通は、谷口土場か三崎廻りの終りまで。
イカダカキ
 筏組み人夫。筏を組むことをカクという。一隻につき3.5人役が標準。
カジケズリ
 梶作りの職人。はじめは筏師の器用な者がしていたが、やがて専門職となった。
アテガイ
 水先を見ること。筏の行く先を定めて筏を操ること。
(2)筏本体
ヒトクミ
 筏1組みのこと。イッセキ(1隻)ともいう。ふつうは6口連結したものであって、これが標準であるが、都合により多少増減する。通常約4500才(約17立方メートル)
ヒトクチ
 筏1口のこと。ヒトトコ(1床)ともいう。13.5尺(約4m)の木材10本前後をくくって筏に組んだもの。
ハナ
 ハナトコ(花床)のこと。一隻の筏のうち年頭の床。ここに梶をつけて船頭が操る。鼻床、端床と宛字すべきもの。

 ー隻の筏のうち、先頭から2番目の床。荷物台を置き、荷物を載せる。
モッコ
 一隻の筏のうち、ブとトモの間になる床。普通は3床で、この上にツミキ(積木)を載せる。
トモ
 トモトコ(艫床)のこと。一隻の筏のうち最後尾の床。ここにも梶をつける。ただし1人乗りの場合は梶なし。
(3)筏用材


オヤギ
 一番太くて床の真中にくる材木。親木の意味。この上に梶を立てる。またコットイを打って、ハナからトモヘのタテヅリの線をつなぐ。
トコ
 筏の底面になっている一連の材木。
ヨコギ
 花床の上に横に渡した2本のケンタ。横木の意。後の横木は、ハネギの枕になる。
ニモツダイ
 荷物台。特に太い2本のケンタをブ床に取りつけ、荷物台を作る。ニモツは自転車、弁当など。
ハネ
 ハネギ(撥ね木)。ツリアゲ、ツリコミなどとも呼ぶ。2間材2本。2番目の横木を枕にして前端はハナの床木に後端はブの床木に強く縛りつけて、ハナを浮き上らせるようにするもの。
スクミ
 筏を丈夫にするため各床を連結した2間材。ハタイタ2番の上で継ぎ目の上に中心がくるように取りつける。左右にあるので標準の1隻では計10本ある。
ハタイタ
 端板の意。各床の左右端にくる木材。ハタイタ2番はその内側の材。

サオビキ
 ハタイタの上に取りつけた細い材木。舟でいえば舷側に当る。波を防ぎ積木の囲いともなるもの。
ツミキ
 積み木。主としてモッコに乗せる。2間材と丈材は縦に間棒は横に積む。
(4)筏結束材
オオマワシ
 大廻し。1口をまとめる親綱。オヤともいう。古くは蔓の太いもので、後には針金(8番線)。
ヌイソ
 1本1の材木をオオマワシに縫いつけていく細い針金(16番線)。
コットイ
 オオマワシを止めるため材木に打ち込む樫の木の杭。幅6cm、厚さ3cm、長さ18cm位のクサビ形のもの。
ステップ
 コットイの代りに考案された止め。針金をヘアピン形に切ったもの。
ワリヤ
 割り矢。木材の間がつんでヌイソが通りにくい時に間に打ちこんで広げる楔。
タテ
 タテヅリ(縦釣)ともいう。ハナとトモをつなぐ針金(8番線)。
(5)梶その他
カジ
 梶。杉材で作り、筏の前、後方部につけて操縦するもの。長大な一見なぎなた型のもの。先端をカジサキと呼び、手元の握りをテトコまたはニギリという。
タテグイ
 立て杭。梶をとりつける50cm位の小柱。オヤギのトーケンから30cm位下った位置に打ちこむ。
カジマクラ
 梶枕。長さ約60cmの割木。上面に梶の載る溝を切り、タテグイの直後にとりつける。
コカジ
 梶枕の移動を止めるための棒。
カジヨセ
 梶を立て杭と梶枕にくくりつける針金。
カジマエ
 梶を取り付けること。「カジマエが出来る様になると一人前じゃ」といわれた
ミザオ
 水竿。下流の渕などでは梶をハネ上げて、竿で操る。この竿をミザオという。
(6)用材一般
チューオーザイ
 中央材。谷口(宮浜村)土場より下流で出した材木。川幅が広くなるので、この筏は1隻7口以上になることが多かった。
トーケン
 木材の末口。細くなるので普通の床はこれが先に向く。
イカバリ
 トーケンの対語。元口のこと。
ケンタ
 ケンボー(間棒)ともいう。1間材。
(7)その他用語
イッサイ
 1才。木材の体積単位。1寸角材の長さ13.5尺。0.00367立方メートル。
キリワケ
 切り分け。筏が岩脇や中島の製材所に着いたとき、キリハンと刻印によって筏を分解して各製材所に渡すこと。1隻全部が同じ売り先であれば必要はない。混合材は普通床単位で同じ売り先の材を組み、キリワケがしやすい様にしていた。
キリハン
 切り判。山床で造材したときナタで刻み付ける買手の目印。刻印に優先する証拠印とされていた。
ドバ
 土場。伐り出した木材の集積場。アバショ(網場所)トメバ(止め場)とも。
アバ
 網場。木材を止めるための網を張つた所。谷口に大きなものがあったが、下流にも要所に数か所設けられて洪水時の流出などに備えていた。
キリミズ
 切り水。渇水時で筏の流れぬ時、セキで水をため放流すること。三崎廻り(上那賀町)で行われた。
カワホリ
 川掘り。筏を通すため浅い川底を掘る仕事。
ジンゾクツナギ。
 筏を並列に密集してつなぐこと。流下は普通2日かかったので、仁宇などで宿泊した。そのとき川原にトモをつないだ筏がジンゾク(川魚の名)が並んだように泊っていたのでこう呼ぶ。


おわりに
 この稿を終わるに当って、録音に参加して下さった百合地の西谷健太郎、西谷スミエ、谷シゲノ、河田義夫、上原一義、中山地区の田中一馬、近藤邦好、前田静栄、中川孝、田中英二の各氏や、面接に応じて下さった多数の町民の方々に対し、深甚の敬意と感謝を申し上げたい。


徳島県立図書館