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I はじめに 和食町は地質学的にみて、大きく2つの単元に区分される。そのひとつは町内の北半部に分布する秩父累帯南帯の地層群であり、もうひとつは町内の南半部に分布する四万十帯北帯の地層群である。これら2つの地層群は町内中央部北側を東西に走る断層―仏像構造線―を挾んで接している(図1参照)。
秩父累帯南帯には石灰岩、チャートが多く、これらは今から2.5―2.2億年前の古生代末〜中生代初めの海底に堆積したと考えられていた。四万十帯北帯もチャートを含む海成層であり、その年代は中生代中〜後半(今から約1.5―0.7億年前)と考えられていた。 一方、これらの地層は複雑に変形しており、本来の地層の重なりや、構造は不詳であった。 近年、微化石とくにコノドントや放散虫の研究が進み、多くの地層からこれらの化石を抽出して地層の年代を決定することができるようになった。また地層の堆積構造に関する研究が進み、地層のでき方や堆積環境についてもしだいに明らかにされてきた。その結果、秩父累帯や四万十帯の地層の年代および形成に関しても新たな見直しが始められている(石田:1981・1983,須鎗:1982,須鎗ほか:1982)。 今回の調査では、鷲敷町に分布する秩父累帯・四万十帯の地層に見られる堆積構造をもとに、地層のでき方に関する考察を行なった。また、微化石による地層の年代決定を行なった。 なお依頼事項の、いわゆる火山灰土壌についても調査を行なったので併せて報告する。 II 秩父累帯南帯 秩父累帯南帯に分布する地層は、砂岩・泥岩を主体として酸性凝灰岩層を含み、チャート、石灰岩、チャート礫岩、塩基性熔岩を伴う。これらの地層は東西に近い走向で、北へ高角度で傾斜する。 チャートは珪酸(SiO2)を主成分とする堆積岩であり、青灰色や赤色を呈し、硬くてガラスのように割れる。チャートにはコノドントや放散虫などの微化石が含まれることが多い。コノドントとは魚類に近緑な原始的な生物(原索動物)の消化器官であり、大きさ1mm足らずの歯状をしている(図版1参照)。放散虫は、大きさ0.1〜0.3mm程度の海生動物プランクトンであり、殻が化石となって残る。鷲敷町内の秩父累帯南帯からは、図版1・2に示すように氷柱観音北方ならびに対岸のチャート(Loc.1・2)、北地北方の大竜寺山南斜面の石灰岩(Loc.3)より、中生代三畳紀(約2.2億年前)のコノドントならびに放散虫の化石を産する。 一方、氷柱観音北方道路沿い(Loc.1)や唐杉北方の大竜寺山南側斜面(Loc.4)では、チャート層の周囲の酸性凝灰岩より、中生代ジュラ紀(約1.6億年前)の放散虫化石を産する(図版3参照)。 このように、秩父累帯南帯では、石灰岩やチャートの年代が周囲の酸性凝灰岩や砂岩・泥岩より古い場合が多い。
  次にチャート層の構造を見ると、チャート層は厚さ数cmの縞状互層から成り、それらには、層内褶曲と呼ばれる小褶曲が発達することが多い。図2は氷柱観音北方のチャート層に見られる層内褶曲の例である。また、層内褶曲の発達したチャート層に伴って、チャート角礫岩が産することがある。チャート角礫岩とは図3に示すように、チャートの角礫状岩片から成る礫岩である。町内では氷柱観音付近や北地北方に分布する。チャート角礫岩層には石灰岩や塩基性熔岩のブロックが含まれている。 以上に述べた地層・岩類の産状から判断すると、秩父累帯南帯の地層は次のようにして形成されたと考えられる。すなわち図4に示すように、中生代ジュラ紀(約1.6億年前)の秩父累帯南帯では、砂岩・泥岩および酸性凝灰岩の堆積している海底に、しばしば海底地すべりに伴って、三畳紀(約2.2億年前)の石灰岩やチャートから成る地層が運び込まれた。このような新しい地層に挾まれて産する古い地層のブロックはオリストストロームと呼ばれている。また図5に示すように、充分に固結していないチャート層が海底地すべりにより移動する際に、層内褶曲やチャート角礫岩が形成されたと考えられる。
 
III 四万十帯北帯 町内の四万十帯北帯には、砂岩層、泥岩層、砂岩・泥岩互層が広く分布する。これらの地層は東西〜N70Eの走向で、北または南に中〜高角度で傾斜する。百合谷および南川の道路沿いでは、泥岩に伴ってチャートや玄武岩熔岩を産する。百合谷の泥岩に伴う玄武岩熔岩は、枕状構造をしている(図6)。これは図7に示すように玄武岩熔岩が、海中や海底の泥の中に噴出した時に特徴的に形成される構造である。
 
四万十帯北帯では、図8に示すような整然とした砂岩・泥岩互層が多く見られる。これらの地層を詳細に観察すると図9のように級化構造が認められる。級化構造は砂・泥の粒子を混濁して密度の高くなった流体(混濁流)が海底を流れ下った時に形成される。その様子は図10のような簡単な実験でも確かめることができる。また密度の高い混濁流が海底を流れ下る際には、海底の泥の表面に、木片や小石等によって、図11・12のようなひきずり痕(グルーブ・キャスト)ができる。したがって、グルーブ・キャストの方向を調べることによって、これらの砕屑物が運ばれて来た方向を推定することができる。なお四万十帯の砂岩層中にも海底地すべりによってすべり込んだと考えられる砂岩塊(図13)や、砂岩層ブロック(図14)が見られる。

 
 

 町内の四万十帯北帯では、百合谷林道沿いのチャート層および珪質泥岩層(Loc.5)より、図版4に示す白亜紀中頃(約1億年前)の放散虫化石を産する。
IV 火山灰土壌 鷲敷町学原付近の畑に見られる黒色土壌について、図15に示すA・B2地点でハンド・オーガーによるボーリング調査を行なった。その結果、A地点では砂および砂状土が、B地点では泥、泥炭、礫層が認められたが、いずれにおいても火山灰起源の物質は認められなかった。 しかしながら図16に示したように、鷲敷町中山の中山自動車北東、千本家登り口の工事中の切り割には、地表から40〜45cmのところに、亜角礫に挾まれて、赤褐色(5YR5/8)の火山灰層が認められる。これは通称赤ホヤ(Ha)と呼ばれる約6,300年前の鬼界カルデラ(九州南方にあった火山で現在は海底)の噴出物である。

V まとめ 鷲敷町に分布する秩父累帯南帯、四万十帯北帯の地層について、微化石による年代決定を行なった。またそれらの地層に見られる堆積構造をもとに、地層のでき方に関する考察を行った。さらに火山灰土壌について調査を行なった。その結果、以下の知見が得られた。 1.鷲敷町の秩父累帯南帯の砂岩・泥岩・酸性凝灰岩層は従来考えられていたよりも若いジュラ紀(約1.6億年前)の地層であり、それらに挾まれて分布する石灰岩・チャートは、三畳紀(約2.2億年前)のものであり、海底地すべりによって浅所から運ばれてきた異地性の堆積物である。 2.同町の四万十帯北帯に分布する地層には、混濁流堆積物や海底地すべり堆積物が多く、その中には、白亜紀中頃(約1億年前)のチャート層や珪質泥岩層が含まれている。 3.鷲敷町学原付近には火山灰土壌は見られないが、同町中山付近には、6,300年前の赤ホヤ(Ha:九州南方の鬼界カルデラ起源)が分布する。 文献 石田啓祐(1981),那賀川層群チャート層の詳細な層序ならびにコノドント生層序―四国秩父累帯南帯の研究,その3―徳島大学教養部紀要(自然科学),Vol.14,p.107−137. ―(1983),徳島県高瀬峡の三畳系・ジュラ系珪質堆積岩類の層序と放散虫群集―四国秩父累帯南帯の研究,その4―.同上,Vol.16,p.111−141. 須鎗和巳(1982),四国東部の四万十帯に関する2・3の知見.四万十褶曲帯の形成過程,No.3,p.46−52. 須鎗和巳・桑野幸夫・石田啓祐(1982),御荷鉾緑色岩類およびその周辺の層序と構造.―その2.四国東部秩父累帯北帯の中生界層序に関する2・3の知見―.徳島大学教養部紀要(自然科学),Vol.15,p.51−71. 図版1
 秩父累帯南帯産の三畳紀コノドント(大きさは0.6〜0.8mm) 1.Gondolella
polygnathiformis 2.Xaniognathus tortilis 3.Epigondolella
spatulata 4.Epigondolella
primitia 図版2
 三畳紀の放散虫 水柱観音北の秩父累帯南帯チャートより産したもの。大きさは0.15
〜0.3mm。 1.Archaeospongoprunum sp. 2.Nofrema sp. 3.Hozmadia
sp.A 4.Pentactinocarps bispinosus 5.Poulpus sp. 6.Eptingium cf.
imanfredi 7.Triassocampe sp. 8.Triassocampe sp. 9.Triassocampe
sp. 10.Triassocampe sp. A 11.Nassellaria gen. et sp. indet.
A 図版3
 ジュラ紀の放散虫 永柱観音北の秩父累帯南帯酸性凝灰岩より産したもの、大きさは0.1〜0.2mm。 1.Dictyomitrella
sp. E 2.Hsuum sp. G 3.Protunuma sp. B 4.Spongocapsula
sp. 5.Stichocapsa sp. A 6.Tricolocapsa sp. D 7.Amphipyndax
sp. 8.Archaeodictyomitra sp. D 9.Hsuum
sp. 図版4
 白亜紀の放散虫 百合谷茶腕ケ淵県道沿いの四万十帯チャートおよび珪質泥岩より産したもの。大きさは0.1〜0.3mm。 1.Pseudo
dictyomitra sp. 2.Xitus sp. 3.Dictyomitra sp. 4.Novixitus sp.
B 5.Thanarla cf praeveneta 6.Thanarla conica 7.Protunuma
sp. 8.Archaeodict yomitra sp. 9.Archaeodict yomitra vulgaris. 10.
Zifondium sp. 11.Pseudoeucyrtis sp.
石田啓祐(徳島大学教養部)・須鎗和巳(徳島大学教養部)・寺戸恒夫(阿南高専)・
久米嘉明(神山町神山東中学校)・大戸井義美(吉野町吉野中学校) |