阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第29号

鷲敷町の水生昆虫

水生昆虫班 徳山豊・多田耕三

1 はじめに
 鷲敷町総合学術調査に参加し、鷲敷町を流れる主な河川において水生昆虫の調査に当たった。その結果を報告する。
 調査期間中に当たる8月上旬は台風接近により各河川の増水が激しく、水量が減るのを待って調査を行ったが、水生昆虫にかなり影響があったものと推測される。
 報告に当たり、日頃ご指賜わっている愛媛県新田高等学校の桑田一男先生、現地の案内と採集にご協力賜った鷲敷町中山の生杉孝晴氏に厚くお礼申し上げる。


2 調査地点と調査方法
 調査は図1に示した各水系に合計15の調査地点を置いて行った。

調査地点としては、比較的河床の状態が安定しており、多量の汚水等水生動物へ直接影響を与える物質の流入がないと思われる、早瀬を含んだ流れを選んだ。採集した水深は、60cm位までの深さで、底質は主に石礫、砂泥である。
 各河川と調査時の各調査地点の様相を述べると、那賀川は水量の豊富な全長約112Kmの県内第2の河川である鷲敷町内を流れる部分は、両岸にやや深い谷を形成する山地渓流で、その流れは特に激しくカヌー競技に利用される所でもある。水の色は平常も淡緑灰色を呈する。この濁りは近年ますます著しくダム構築が汚濁化をもたらした直接の原因といわれる。
 中山川は鷲敷町を東から西にゆるやかに流れる全長約7.5Kmの小河川である。上流部から中流部にかけては、清流が流れているが、下流部になるとやや汚濁が見られる。七浦谷、俊美谷、唐杉谷、■原谷は、中山川に流入する小渓谷で、いずれも平常時の水量は少なく、冷たい清流が流れる。
 南川は中山川の河口に合流する全長約5Kmの小河川である。比較的傾斜がゆるい、森林地帯を清冽な水が流れ、河床も安定している。中山川との合流点近くは、家庭排水などの流入により汚濁している。
 百合谷は那賀川に流入する全長約3.5Kmの小河川である。上流部は水量が少なく、両岸はコンクリートで護岸され、川底も荒れている。中流部は水田の中をゆるやかに流れ、下流部で水量が増え、早瀬も形成される。
 仙ケ谷は那賀川に流れ込む小渓谷で、周囲はスギ林である。平常の水量は少ないが湧水によるたまりが見られる。
 那賀川の調査地点1は、鷲敷キャンプ村下で、流勢が強く、川底には小さな石礫は見られない。丸みのある人頭より大きい石が、川底にしっかり固定している。調査地点2は、増水で川幅が広がり、流心部は激流となり採集が因難な地点である。調査地点3は、鷲敷小学校付近に見られる早瀬である。調査地点1、2に比べると、流勢が弱く、石礫が多く見られる。


 中山川の上流部に当たる調査地点4は、水が極めて清冽で、早瀬・平瀬・淵ができ、環境の変化に富んでいる所である。中流部に置いた調査地点5は、右岸がコンクリートで護岸され、汚水の流入が見られる平瀬を中心とした流れである。調査地点6は、水量もあり早瀬を形成する流れであるが、汚濁が見られ、ビニール類等のゴミも多い。


 南川の調査地点7はスギ林に囲まれた源流に近い流れである。調査地点8、9は石礫の多い安定した河床である。


 百合谷の調査地点10は、、早瀬の石礫底を中心とした流れである。
 七浦谷の調査地点11は浅い谷で、川底は左岸の斜面から土石が流入し、やや荒れが見られる。
 俊美谷の調査地点12は源流性の水量の少ない流れである。川底は岩盤が多く、小さなよどみも見られる。
 葛原谷の調査地点14は、水量の少ない山間の急峻な流れにできた、たまりを中心とする流れである。
 仙ケ谷の調査地点15は、湧水でできたたまりを中心とした所で、水底には落葉、枯枝が多量に沈んでいる。
 調査方法は、金属製のザル用いて、川底の石礫、砂泥をすくい取り、そこに見られる生物をピンセットでとり出した。調査地点一帯で、できるだけ多くの種を集めるように努めた。


3 調査結果と考察
 調査時に測定した気温・水温を表1に示した。


 採集した水生昆虫と昆虫以外の底生動物を地点別に整理したのが表2である。

全地点を通して水生昆虫が8目77種と、昆虫以外の底生動物が7種得られた。目別種数では、蜉蝣目(カゲロウ類)が最も多く20種、次いで毛翅目(トビケラ類)18種、蜻蛉目(トンボ類)14種、鞘翅目7種、双翅目6種、■翅目、半翅目、広翅目が各2種の順である。
 那賀川は3地点で26種の水生昆虫が得られた。那賀川のようなやや大きな河川は、小河川に比べると流れが単調であるから、1地点で得られる種数は多くない。調査地点1、2は流勢が強く、さらに増水の度に激流が川底を洗い、水生動物は定着しにくいと思われる。カゲロウ類は、調査地点1で得られた種と調査地点2で得られた種がすべて調査地点3に得られた。トビケラ類は、調査地点1、2において3種得られたが、いずれも石面に砂粒で巣を作る種である。かなりの流勢にも流されず、生息している。
 中山川の3地点では、42種の水生昆虫が得られた。水が清冽で、様々な環境を有する調査地点4では、流水性種、止水性種のいずれもが多く見られる。この川にはモンカゲロウ属の3種が生息している。水の清冽な山間の渓流から、時おり発見されるオナガミズスマシも得られた。トンボ類の幼虫、小型のゲンゴロウも多く、平地の池から姿が見られなくなったミズカマキリも生息する。この川で大きな現存量を占める種にヘビトンボがおり、かなり多くの個体が見られる。
 やや汚濁の見られた下流部にも、清水性種がかなり見られる。カワゲラ類の姿が見られないのが、この川の特徴である。
 南川の3地点からは、45種が得られた。カゲロウ類が17種と多く得られた。特に、調査地点8、9で、30種を越えるほど多くの種を得た。清冽な水が流れる、美しい自然環境が保全されている結果といえよう。調査地点7では、ムカシトンボ幼虫も採れている。
 百合谷の下流部も豊富な昆虫相が見られた。
 俊美谷などの小渓谷では、46種が得られた。ミヤマシマトビケラ属など山地性種の姿が見られる。
 今回の調査水系に広く分布する種には、チラカゲロウ、エルモンヒラタカゲロウ、ヒゲナガカワトビケラ、ウルマーシマトビケラ、ギフシマトビケラ、ニンギョウトビケラ、ヒラタドロムシ、アメンボ、ヘビトンボの各種があげられる。
 那賀川、中山川、南川、百合谷に見られ、山間の小渓谷に見られなかった種に、キイロカワカゲロウ、アカマダラカゲロウ、チガレトビケラ属があげられる。同じ傾向を示す種に、シロハラコカゲロウ、シロタニガワカゲロウがあげられる。
 フタスジモンカゲロウ、クロタニガワカゲロウ、ユミモンヒラタカゲロウ、ミヤマシマトビケラ属、フタスジキソトビケラ、マルバネトビケラ、ムカシトンボなども河川上流部、小渓谷に分布している。


 トンボ類は、那賀川を除いた河川、谷に分布しているが、コオニヤンマ、オジロサナエ、ダビドサナエ、コヤマトンボは比較的広く分布している。カワトンボ、ミヤマカワトンボは谷に多く見られる。
 カワゲラ類については、顕著な傾向は見られないが、オオクラカケカワゲラが那賀川だけに見られ、ヤマトフタツメカワゲラ、オオヤマカワゲラが比較的広く分布する。中山川のように全く採集されなかった地点、1種だけという地点も見られ、全体に生息密度が低い。
 採集例の少ない種として、ヨツメトビケラ、マルバネトビケラがいる。いずれも、清水のよどみの砂底で採集された。


 注目される種として、那賀川の調査地点3でオオシマトビケラが採集された。この種は汚濁に強いとされる種である。採集された幼虫の個体数は少ないが、その成虫が仁宇の橋付近、下流の阿南市持井橋付近で多数目撃された。那賀川にはかなり広く生息すると思われる。この種は、表2に見られるとおり、那賀川を除いた小河川、谷から全く採集されていない。小河川に見られた例は極めて少なく現在のところ吉野川支流の日開谷川、宮川内谷川、伊予川の3河川である。吉野川には広く分布し、現存量も大きい。また、勝浦川にも生息する。吉野川、勝浦川ともに近年増加の傾向にある。県内では珍らしい種といえないが、採集されない川の方がはるかに多く、その分布に局地性が見られる点、汚濁に強い種であることから水質の変化と何らかの関係があると予想される等から注目されるものである。
 燈火採集により、シマゲンゴロウ4個体を採集した。また、数ケ所の池でタイコウチ、ミズカマキリ、マツモムシ、オオアメンボ、アメンボ、ギンヤンマ、カワトンボ、小型のゲンゴロウ類を採集したはた、東内のため池と小仁宇のため池に流入する小流で、サンショウウオ幼体(種の判別困難)を5頭採集したことを付記しておく。


4 おわりに
 今回の調査で、水生昆虫8目77種と昆虫以外の底生動物7種を採集した。
 1地点で採集された種数は多く、全体に生物相が豊富である。
 今後、河床荒廃や汚濁化により、水生昆虫をはじめとする底生動物相に大きな変化が起こらぬよう、現在の自然環境を保全する努力が望まれる。
参考文献
1)津田松苗 1962:水生昆虫学、北隆館。
2)徳山 豊 1982:吉野川水系の底生動物相と生物学的水質判定、長期研修生研究報告書、徳島県教育研修センター。
3)徳山 豊、神野 朗、長池 稔 1982:貞光町の水生昆虫、郷土研究発表紀要第28号 阿波学会、県立図書館、p.45〜p.52。
4)河田 党 1959:日本幼虫図鑑、毛翅目。


徳島県立図書館