阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第28号
貞光町住民の栄養および健康

医学班

その1 栄養調査
   医学班 黒田耕司・幸下雅俊・阿部ミドリ・森口 覚・藤井 尊・橘 勝康・高間重幸・生地昭子・

        角田みどり・細川容子・水沼俊美・鈴木和彦・岸野泰雄
その2 健康意識調査
   医学班 幸下雅俊・黒田耕司・阿部ミドリ・森口 覚・藤井 尊・橘 勝泰・高間重幸・生地昭子・

        角田みどり・細川容子・水沼俊美・鈴木和彦・岸野泰雄

その1
 我々医挙班は阿波学会総合学術調査の一環として、農村医学班の調査と並行して、貞光町住民の栄養調査を実施した。貞光町は徳島県の北西部にあり、吉野川のほぼ中流部南岸にあって山間傾斜地を生かした葉たばこ、平坦部の水稲を中心とした農業と、交通の要所としての地の利を得た商業の町である。今回は食物摂取量調査、生活時間調査、みそ汁の塩分濃度調査を実施し興味ある結果を得たので報告する。
 〈調査方法〉
1)対象
 徳島県美馬郡貞光町の2農協(貞光、端山)に加入している農業従事者のうち、男82名、女91名、計173名に対して栄養調査を実施した。年令は男女それぞれ20代2名・0名、30代8名・7名、40代33名・40名、50代38名・43名、60代1名・1名で、男平均48.7才、女平均48.8才であった。
2)期間
 昭和56年8月4日から8月7日までの4日間にわたり実施した。
3)栄養調査
 a)食物摂取量調査
 食物摂取量調査を行う数日前に食事調査表を各自に配布し、調査日の前日に摂取した食物の種類と目安量を記入してもらい、調査日に持参するよう依頼した。調査日には個々の面接により食品モデルを提示し、各自が記入した食品目安量を調査員が再確認した上でグラム数に換算した。栄養摂取量および食品群別摂取量などの算定には、国民生活センター(東京都港区高輪三丁目13の22)の電子計算機を使用した。
 b)生活時間調査
 食事調査表に記入を行った日の生活時間をメモしてもらい、面接時に調査員が不明瞭な点を再確認し、生活時間の推定を行った。消費エネルギーは、沼尻らの方法を用いた。各労作の活動代謝は以前の報告と同様の値を用いた。肥満度は標準体重法によった。
 c)みそ汁中の塩分濃度の測定
 みそ汁中の塩分濃度の測定は、以前の報告と同様に行い、全研社製の食塩濃度計により塩分濃度を測定した。
 〈調査結果および考察〉
1)貞光町住民の食品群別摂取量
 貞光町住民の食品群別摂取量を、性、年令、身長、体重、労作強度を考慮した食糧構成基準を100%として比較すると(図1)、穀類は男女とも高く、蛋白質食品では、卵類、豆・大豆類が高く、魚介類の摂取は低かった。油脂類は魚介類とならび基準値を下まわっているが、盛夏の調査であり、嗜好面の影響が大きいものと考えられる。淡色野菜は、全平均が、383.7%と最も高く、特に女性で411.1%であり、その内訳は、ほとんど西瓜によるものであった。この事は果実類摂取に影響を及ぼし、摂取を低くしたものと考えられる。海草類(特にワカメ)の摂取が高いのは、これまでの他の地域と同様であり、徳島県の食物摂取の特徴と考えられる。これは、ワカメの保存性、ワカメに対する嗜好、食習慣等が、魚介類とちがって地理的な制約をうけにくいものにしていると考えられる。
2)年令別にみた食品群別摂取量
 図2〜図8は、性別、年令別に各食品群の摂取量を1)と同様に食糧構成基準を100%として比較したものである。なおこの図において20才代と60才代の対象者数が少ないので、考察から除去した。穀類は、各年令層で高く、男女の差は少なく、砂糖、菓子類は全般的に低いが、やや女性で高い傾向を得た。摂取量の低かった油脂類は全年令で低くなっているので、夏期の影響と考えられる。魚介類も摂取量の低い食品(図1)であったが、30才代の女性で特に低く、逆に肉類は30才代が高かった。卵類は女性が全年令で高いが、年令差はなく男性では、年令が高くなるにつれて摂取量も高くなる傾向がみられた。豆・大豆類は全般的にみると年令とともに摂取量も高くなると考えられるが、男女別にすると、はっきりした傾向はみられなかった。緑黄色野菜、淡色野菜は、女性において30才代の摂取量が高く、特に淡色野菜は各世代を通じて、基準量をはるかに上回っていた。海草類は全世代を通じて高く、特に40才代の女性に著明であった。これは先に述べたように、徳島県の特産物であるワカメをみそ汁に人れる食習慣のためで、他県とはちがった興味ある点である。牛乳の摂取量は全世代を通じ低いが、30才代の女性でやや高い傾向がみられた。乳製品の摂取が高いのは、調査期間が夏であったためアイスクリーム等の摂取が増加しているためであった。
3)栄養摂取量
 表1は貞光町住民の栄養摂取量を示したものであり、図9はそれを農耕従事者の一日あたりの栄養所要量に対する比率としてあらわしたものである。摂取エネルギーは、所要量に比べやや低いが、生活時間調査で得られた消費エネルギーと比べると、男では消費エネルギーの方が上回り、女ではほぼ等しい事がわかった(表2)。肥満との関連では、女性に肥満傾向のある事がうかがわれた。たん白質は、ほぼ所要量を充たし、肥質は、所要量より低かった。カルシウム、鉄もほぼ所要量を充たしている。鉄で女性が低いのは、所要最が15gから12gに変わったためで現在の12gを基準にすれば、ほぼ充たされているものと考えられる。ビタミンA、B1、B2は所要量より低く、ビタミンCは所要壁を約2倍上回っている。最近問題となっている総摂取エネルギーに対する糖質エネルギー比は、男女とも高いが、盛夏の調査を考慮に入れると、必ずしも、農村的な食生活を営み続けているとはいいがたく、今後検討の余地のある所である。脂肪のエネルギー比率もやや低いが、盛夏で18〜19%というほぼ所要量に近い比率が得られた事は、好ましい点であると考えられる。
4)年令別にみた栄養摂取量
 次に年令別にその栄養摂取量についてみたが(図10〜図16)年令差のでた栄養素は男子のビタミンCと男子の脂肪エネルギー比であり、ビタミンCは年令が上昇するに従って摂取がさがる傾向を示した。しかし所要量を十分に充たしているので問題はないと考えられる。脂肪エネルギー比は年令が上がるに従い、比率は高くなり、30才代の男子は特に低い値であった。その他の栄養素については、ビタミンA、B1、B2も全年令で低く、糖質エネルギー比は全年令でほぼ等しく高かった。カルシウムは、全年令でほぼ所要量を充足しているが、ワカメのほかに牛乳などカルシウムの供給源の摂取が食習慣化すれば、徳島県の栄養状態、健康状態はさらによくなるものと考えられ、今後さらにこれらの点について考える必要があろう。食塩摂取量(表3)は男15.05g、女15.41gでやや全国平均より高い。高血圧予防のため、今後の栄養指導上の問題である。しかしながらみそ汁の食塩濃度は、男平均1.10%、女1.11%でほぼ好ましい濃度であり、みそ汁以外の漬物、しょう油等の摂取過剰に気をつける必要があるものと考えられる。図17はそのみそ汁の塩分濃度の度数分布を示したものであるが、かなり多くの人が1%の標準濃度を超えており、食塩の摂取に余り気をつけていない人が多いと考えられる。コレステロール摂取量(表4)は、男459.3mg、女474.3mgで両者ともほぼ全国平均値を示した。しかし卵等の摂取の高い人にコレステロール摂取量が1000mgをこえる場合もみられ、血清コレステロール値等の関連を考えながら指導する必要がある。繊維の摂取量は大腸ガンや糖尿病等種々の成人病と関連があるといわれている。貞光町男子で6.5g、女子で6.1gで全国平均の5gよりやや高く、このような食生活を保っていくことが、肝要と思われる(表5)。
 〈まとめ〉
 調査時期が一年を通じて最も暑く、食欲の低下しやすい時であるので、栄養摂取状態の良否を正確に判定するのに困難な点があるが、夏期に魚介類の摂取が少ない事や、ビタミンC以外のビタミンA、B1、B2等の摂取が所要量より少ないといえよう。夏期の調査であるので、食塩摂取量が平均より高い事は、ある程度予想できるが、無意識に食塩を摂取しないように栄養教育をする必要があろう。第2項で述べるように一応知識としては、食塩の取りすぎはよくないという事は熟知されている。次に海草類、特にワカメの摂取の高い事は、少なくとも過去の調査とほぼ同様であり、徳島県の自然とともに、失なってはならない食習慣と考えられる。また農家という特性を生かし緑黄色野菜の自家栽培を行い、不足するビタミンの補足を考えるとともに繊維摂取量の高い点を保つべきと考える。

その2
 食生活は、地理的、文化的、社会環境と、人間の側の生理的、文化的要因により複雑な構造をとるものと考えられる。貞光町は、貞光川流域、吉野川中流の貞光・太田地区の商業、米作地帯、端山地区のたばこ農作地帯の主に3つに分けられる。貞光での大型スーパー、3店の進出や、山村部の道路網の完備は、地理的、文化的、社会環境をかなり均一化したものと考えられる。本項では、貞光町住民の健康意識、食生活意識、栄養知識等、人間の側の要因と食生活がどのような関連を持つかについて、考察を試み2〜3の興味ある知見を得たので報告する。
 〈調査方法〉
1)対象
 前項で述べた貞光町住民の173名(男82名、女91名)につき、食習慣調査および健康意識調査を行った。
2)期間
 前項で述べた同じ時期に調査を実施した。
3)食習慣調査、健康意識調査
 食習慣調査、身体症候調査、健康意識調査、食事に対する意識調査、栄養意識調査の各アンケート用紙を各自に配布し、記入を依頼し、面接時に調査員が不確実な点をもう一度説明した上で、各解答を得た。またこれらの各表の作製にあたっては、藤沢ら、細谷らの方法ならびにNHKの健康意識調査の方法を参照した。
 〈調査結果〉
 図1は貞光町住民の身体症候調査の結果を示したものである。女性の方がこれらの症状をもつものが多く、体がだるいとか指先のしびれ感、足が重い感じがする等の症状を持つ人が女性のそれぞれ38.5%、35.2%、26.4%にみとめられた。男性ではその他の症状、体がだるい、手足のしびれ感等の症状が上3位占めた。図2は健康意識調査の結果を示したものである。すなわち健康を維持するためにはどうしたらよいかという問に対して、90%の人が食事、70%の人が健康診断、過労をしないと解答し、男女差はみられなかった。運動に関しては、前項の生活時間調査で述べたように、常に労働で体を動かしているためか、約20%が解答するにとどまっていた。次に食事に対する意識に関してみると(図3)生きるため以外に、健康増進のためや、家族と食べる楽しみを重要視している者が多く、食事に対する意識が健全であるように思われた。これにもはっきりとした男女差があらわれていないが、食事と健康に関しては図2、3ともやや女性のパーセントが高く、自分の健康への関心のみならず、家族全員の健康に責任をもつ立場を考えると、好ましい事と考えられる。文化的要因としての住民の栄養知識を知る目的で行った栄養意識調査(図4)では、ア)、イ)、カ)を正しいと考える人が多く、男女とも、くだものは美容と健康に役立つからできるだけたくさん食べるという項への解答者がもっとも多かった。特に女性では75.8%の人が、正しいと考えているようであった。男性の第2位は食べたいものを食べていればよいという項で、34.1%の人が、また女性では、ごはんを腹いっぱい食べないと力仕事はできないという項への解答者が37.4%であった。キ)は正しい解答であるが、男性の方が女性よりも高い率を占めた点は興味ある事である。図5は、食習慣について示したものである。「はい」の数が多いほどよい食習慣であると考えられるが、男性は5つ「はい」と答えた人がもっとも多く、女性では8つ「はい」と答える人がもっとも多かった。実際の食事では、女性の方が栄養学上バランスがとれているように思われる。
 〈まとめ〉
 貞光町住民の食生活を規制する因子のうち主に人間の側の因子について考察した。女性は、身体症候等、健康に対する不安が多く、食事と健康との関連について正しい意識をもっており、食習慣にもそれが現われていた。男性は食事に対する意識も高いにもかかわらず、健康上の不安が少ないためか、実際の食習慣には、反映されていないようである。
  文献
 1)手塚朋通ら:脇町地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要,19,57,1973
 2)高橋俊美ら:宍喰地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要,20,73,1974
 3)中西晴美ら:上勝町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要,21,103,1975
 4)上田伸男ら:神山町の栄養調査、郷土研究発表会紀要,22,191,1976
 5)鈴木和彦ら:牟岐町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要,23,143,1977
 6)山本茂ら:山城町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要,24,131,1978
 7)鈴木和彦ら:市場町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要,25,123,1979
 8)森口覚ら:池田町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要,26,183,1980
 9)高間重幸ら:上板町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要,27,79,1981
 10)沼尻幸吉:エネルギー代謝計算の実際,第一出版,1978
 11)鈴木健:公衆栄養,医歯薬出版,1981
 12)厚生省公衆衛生局栄養課:昭和54年改定日本人の栄養所要量,第一出版,1979
 13)Painter, N. S. and Burkitt, D. P.:Br. Med. J.2,450,1971
 14)Jenkins, D. J. A., Reynolds, D., Leeds, A. R., Waller, A. L. and Cummings, J. H.,:Am. J. Clin. Nutr.,32,2430,1979
 15)藤沢良知ら:栄養指導ハンドブック,第一出版,1978
 16)細谷憲政ら:公衆栄養活動の展開,第一出版,1977
 17)NHK放送世論調査所:日本人の健康観,日本放送協会,1981

 

 図表


徳島県立図書館