阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第28号
貞光町の地質・地形

地学班 須鎗和巳(1)・寺戸恒夫(2)・

    大戸井義美(3)・久米嘉明(4)・

    祖父江勝孝(5)・石田啓祐(1)

I.まえがき
 貞光町はその全域が三波川変成帯に属しており、町内には広く結晶片岩が分布している(図1)。

結晶片岩は、既存の岩石が主に高い圧力を受けて再結晶した変成岩の一種であり造山運動(6)に伴って形成されると考えられている。三波川結晶片岩の原岩は、かつて海底に堆積した砂岩・泥岩・海底火山噴出物等である。したがって、これらの岩石の形成年代や構造を知ることは、日本列島の原形を造った造山運動を研究する上で重要である。
 また図2に見るように、貞光町は全国でも有数の地すべり多発地域であり、町内には30箇所に及ぶ地すべり指定地並びに危険箇所がある。

1)徳島大学教養部 2)阿南高専 3)吉野町吉野中学校 4)神山町神山東中学校
(5)脇町高校 (6)海底であったところが隆起し、山脈を形成する地殻変動

図2 日本の地すべり分布(農地地すべり調査グループによる)

 今回は貞光川沿いに露出する三波川結晶片岩類の層序と構造を調査し、隣接する秩父累帯に分布する地層との対比を行なった。また町内の地すべり地について、その分布と地質との関係を中心に調査を行なった。

 

II 地質
 II−1.三波川結晶片岩類の層序と構造
 図3に示すように貞光町内の貞光川沿いには北から南へ次の地層が分布する。


 点紋緑色片岩層:径1〜2mmの斜長石の白い点紋を含む。緑泥片岩を主体として、監せん片岩・石英片岩・絹雲母片岩を伴う。片理面の走向はほぼ東西で、北に40〜70°傾斜する。貞光町高橋の木綿麻(ゆうま)橋付近より分布する。
 泥質片岩層:黒色の泥質片岩を主体として薄い凝灰質片岩層を挟む。泥質片岩中には石英脈が多く発達する。EW〜N80°Wの走向で北に50〜80°傾斜する。貞光町高橋〜木屋付近に分布する。
 砂岩片岩層:中〜粗粒の砂岩片岩から成る。単層の厚さは30〜50cmである。EW〜N70°E走向で、10〜30°で波打つように傾斜する。貞光町端山(はばやま)付近の貞光川河床に分布する。
 泥質片岩及び緑色片岩層:黒色の泥質片岩を主体として、薄い砂質片岩、石英片岩層を挟む。貞光町猿飼〜鳴滝、一宇村土釜付近には緑色片岩を主体とする厚さ数10〜100mの緑色片岩層が挟まれる。ほぼ東西の走向で、波打ちながら南に20〜30°傾斜する。
 これらの岩類の構造を断面図で示すと図4のようになる。

すなわち、貞光川沿いの三波川結晶片岩類は、端山付近に軸部を持つ緩いドーム状背斜を構成しており、背斜の軸部には砂岩片岩層が分布し、それをとり囲むように黒色片岩層が分布している。したがって、これらの地層は見かけの下位から砂岩片岩、黒色片岩、点紋緑色片岩の順に重なっていることになる。また、変成度はこの順に高くなっている。
 II−2.貞光川沿いの三波川帯と秩父累帯の地層の対比
 四国中央部吉野川峡谷に分布する三波川結晶片岩類は、小島ほか(1956)により、大歩危、川口、小歩危、三縄、大生院(おおじょういん)の5層に区分されている。貞光川沿いの黒色片岩層及び点紋緑色片岩層は剣山グループ(1975)により三縄層主部に対比されている。
 近年、筆者らのメンバーによって、四国西部の愛媛県八幡浜−内子地域の三縄層に相当する緑色片岩中の石灰質片岩から、三畳紀後期を示すコノドント化石が発見された(須鎗ほか、1980)。また須鎗ほか(1982)は、徳島県神山町・木頭村・上勝町付近の秩父累帯北帯に分布する地層群を微化石により区分した。その結果秩父累帯北帯の塩基性火山噴出物は三畳系に、黒色千枚岩は下部ジュラ系に、砂岩勝ち互層は中・下部ジュラ系に属することが明らかにされた。さらに須鎗(1981)は秩父累帯北帯と吉野川峡谷の三波川帯を対比し、主として両地帯の緑色岩層は三畳系に、泥質岩層は下部ジュラ系に、砂質岩層は中・下部ジュラ系に属することを述べた。
 以上のことがらをもとに、貞光川沿いの各岩層と吉野川峡谷の三波川帯及び秩父累帯北帯の地層群とを対比してみると表1のようになる。したがって貞光川沿いの点紋緑色片岩層は三畳系に、黒色片岩層は下部ジュラ系に、そして砂岩片岩層は中・下部ジュラ系に属すると考えられる。これは、先に述べた見かけの層序とは全く逆の結果であり、上位の点紋緑色片岩の方が古く、下位の砂岩の方が新しいことを意味している。すなわち、貞光川沿いでは三波川帯の地層が、堆積後の構造運動により大逆転している可能性が強い。このような推定は、各地層の変成度のちがい(見かけの上位ほど変成度が高いこと)をも統一的に説明することができる。

 

III 地すべり
 山間斜面においては、重力によってたえず地表物質が降下運動を行なっている。その速さは一般には年間数mm程度ときわめてゆっくりしており、これはクリープ(匍行)と呼ばれる。クリープの影響は、図5に示したように、樹木の根元の曲がりや電柱などの傾斜によって認められる。

  

しかし、斜面を構成する土地の一部が、破断面に沿って断続的に、早いときは1日に数cmもの早さですべる場合、地すべりと呼んでいる。貞光町猿飼の地すべり地では図6に示すようにタバコ畑のコンクリートの土止めが地すべりによって大きく開いたひび割れを生じていた。地すべりの部分は図7に示すような構造をしており、頂冠部には滑落による崖が発達し、先端には押し出した土砂や礫によってふくらみを生じている。地すべりの底部にはすべり面があり、地すべり部分の粘土に地表水が浸み込んだ時など急速にすべりやすくなる(図8−10参照)。

  

   
 

 貞光町内の地すべり指定地ならびに危険箇所を表2に示した。

 

これによると、その合計は30箇所である。また地すべり指定地の面積は貞光町全面積(45.6km)の33%、地すべり危険地域を含めると44%にも及ぶ。
 これとは別に、筆者らの調査ならびに2万分の1空中写真判読による地すべり地の分布を図11に示した。

これによると貞光町の地すべり地は北向き斜面に著しく集中している。上記30箇所のうちN45°W〜N〜N45°Eの範囲を向いているものは23箇所(4分の3以上)であり、山中の集落分布ともほぼ一致している。その中には、吉良、家賀、横町、川見、三木栃、平野などが含まれている(図12・13参照)。これらは町域の中央部〜やや南に東西方向に分布している。

  
 また、これら地すべり地の分布と地質との関係を調べてみると、地すべり地の地柄の斜面はすべて北傾斜であり、これは前述の北向き斜面に地すべり地が集中していることとよく対応している。すなわち、当地域の地すべりは、斜面の傾斜方向と地層の傾斜とが一致した層面すべり型のものであるといえる。これに対し、貞光町内の南向き斜面では急斜面や急崖を形成しており、岩石崩落による崩壊地形が形成されている(横野西方、家賀道上南、吉良南の南向き斜面など、図14参照)。さらに地すべりの分布地域は、緑色片岩や泥質片岩など風化・変質しにくく、地すべりは見られない。以上のことがらを模式的に示すと図15のようになる。

  

 

IV.まとめ
 貞光川沿いに露出する三波川結晶片岩の層序と構造を調査し、隣接する秩父累帯の地層との対比を行なった。また町内の地辷り地の分布と地質との関係を中心に調査を行なった。その結果以下の知見を得た。
 1.貞光町内の三波川結晶片岩は見かけの下位から砂岩片岩、泥質片岩、点紋緑色片岩の順に重なっているが、上位ほど変成度が高いこと、秩父累帯北帯との層序的関係から判断して、地層全体が逆転している可能性がある。また原岩の年代は三畳系〜ジュラ系と推定される。
 2.北層は貞光町端山付近に軸部をもつ背斜構造を形成する。
 3.貞光町内の地すべりは緑色片岩や泥質片岩などの風化しやすい岩類の分布地域に多く、砂岩片岩分布地域には少ない。
 4.当地域の地すべりは基盤の結晶片岩類の構造、すなわち緩く北に傾斜した地層の構造と密接に関係した、層面すべり型のものであり、北向きの緩傾斜地に大規模なものが多くみられる。

文献
剣山研究グループ(1975):四国東部三波川結晶片岩地域の堆積盆の変化(その1)―貞光川地域の地質―。地団研専報、No.19、71−76。
小島丈児・秀敬・吉野言生(1956):四国三波川帯におけるキースラーガーの層序的位置。地質雑、62、30−45。
須鎗和巳(1981):秩父累帯の層序からみた三波川帯。「対の変成帯の地体構造論」シンポジウム(広島大学における講演)。
須鎗和巳・桑野幸夫・石田啓祐(1980):四国西部三波川帯主部よりの後期三畳紀コノドントの発見。地質雑、86、827−828。
―・―・―(1982):御荷鉾緑色岩類およびその周辺の層序と構造―その2。四国東部秩父累帯北帯の中生界に関する2・3の知見―。徳島大教養部紀要。15(印刷中)。


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