阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第25号
市場町の方言

言語班 川島信夫・森重幸・金沢浩生

はじめに
 市場町総合調査の一環として、下記の二点から報告する。広汎な方言の世界を短期間で捕えた結果、断片的なものを独断、速断したところも多いと思われる。

(1)語法,表現上注目されたもの
A 代名詞
 1.一人称代名詞
  対等以下に対して、男子はオラ,女子はウッチャを用いる。県東部の女子のウチ,県西部のウッチャと異なっており、その中間に位置する市場のウッチャは注目される。
 2.事物代名詞(卑称として人にも用いる)
  ○コト サスン ジャ。(堺目、男子)〈魚類図鑑の図を指して〉
  ○アイラワ メンザシー ナー。(堺目、男子)〈ああいうのは珍しいねえ〉
   コト,アト,ソトのように用いる。コイト,アイトと同じ。コイラ,ソイラのような複数形もある。
B 副 詞
 イッチョモ
  ○オヤクッサンノ テマエデ マエーモ イッチョモ イケーデナー。(堺目,男子)
  〈お薬師さんの手前で、前にも少しも進めなくてねえ。〉
 ガイニ
  ○ガイニ ヒエル。(堺目,男子)〈ひどく冷える。〉
 セイイッパイ
  ○ヨーケ オッタ。モー セイイッパイ オッタ。(堺目,男子)
  〈たくさん居た。もう、無数にいた。〉
  ○キー エー ナー。モー セイイッパイ キー エー。(堺目,男子)
  〈(漁師らは)気が良いねえ。もう、感心するほど気が良い。〉
  のように、最上級の修飾に用いる。
 ヨケ
  ○イチバン ヨケ イトル。(相栗,男子)〈いちばん多く(嫁に)いっている。〉
  ヨーケ,ヨケ,ヨケと長短やアクセントに種々相がある。
C 補助動詞,助動詞
 1.存 続
  テアル,チャール,リョル,ジョル
  ○ココエ オイテアル。(遠光,男子)
  ○ココエ オイチャール。(仁賀木,男子)
  質問法による調査ではテアル,チャールが共存している。
  ○アメガ フンリョル。(伊月,男子)
  ○タバコ ツクイジョル。(遠光,女子)
  リョル,ジョルも共存している。
2.断 定 ジャ
 ○ソレワ サヌキ デャロー。(遠光,男子)
 ○ホージャロー ナー。(法寺谷,男子)
 ○ナイダート オモウナー。(相栗,男子)
 推量形で上記三例が採取された。デャロー,ジャローは県西部で多分に個人差を示しながら存在しているのと同形である。ダーは県南部のものと同形である。
3.丁 寧 デャス
 ○ホーデャス ナー。(遠光,女子)
 デスの古形を思わせるデャスである。
D 形容詞
 ○サヌキニ チカナイ デワナー。(堺目,男子)〈讃岐に近いですよねえ〉
 近イ→近ナイは、日本語形容詞の一性格を考察する上で大きなポイントとなるものであろう。近ナイのナは、静カナ,キレイナ等、形容動詞の連体形の語尾を思わせる。阿波言葉の辞典(金沢治)に、木屋平の形容動詞としてオーギレナ(気が大きい)を挙げ、その次の項にオーギレナイ(同)が挙がっているが、今後さらに掘り下げて調査していきたい。
E 助 詞
 1.文末助詞 ヨ,ヨナー
  ○ソンナコト ナイヨ。(箸供養,女子)
  ○ナンジャヨナー。マー ソレガ フツージャヨナー。(堺目,男子)
  ○ホナニ イワンデモ オキルヨ。(仁賀木,女子)
  本来は女性語と思われるが、男子にも多用されるようになった。阿波郡のもっとも特徴的な文末助詞である。
 2.文末助詞 デカ,デワ
  ○ダイブン マワルン デカ。(大俣,男子)
  ○ホレグライ キツイ デワ。(堺目,男子)
   丁寧な疑問に用いるデは、阿波の代表的な文末助詞であるが、これにカやワを付けて丁寧な断定が付く形は西部に多く、板野、名西以東では激減する。当地方は、県西部と同様これを多用する。
3.間投助詞 ダ
 ○カヨイヨッタ シトガダ トッテインダワイ。(堺目,男子)
  これも全県的に用いられるが、当地方にも多い。
F 表現法
  ○アカマツ カウケンノー。オーケナノガ オッタラ オクッテ オクレ。
  (堺目,男子)〈赤松君(サンショウ魚を)飼うから大きいのがいたら送っておくれ〉
   話者の話の中での相手の科白であるから果してこの通り言ったものかどうかわからないが、オクレという依頼形が阿波山  分的なものを感じさせる。(当地方の山分性については、アクセントの項でも述べる。)
(2)市場町と白鳥町五名地区における語アクセントの比較
 国語アクセント類別語彙表の二音節名詞第三類について市場町、白鳥町五名地区で調査を行ったが、うち特徴的な11語,7名について対照してみる。


○大影ノ学校ノアタリニナッタラ アレカラ カミエ ハイッタラ オーカタ モー
サノキベンミターナモンデスナー。(仁賀木,男子)
○オクノ方ハ モー サノキベンガ オーイデスナー。(遠光,男子)
○コトバワ カワリャーヘンケンド ナマリデスナー。(遠光,男子)
 これが住民の証言である。奥とはどこか。犬の墓以北,大影小学校区等いろいろの説がある。
○イッショニ ツッキャイシトリマスケンネー。ソリャー イリマジッタコトバニナッ
トリマスワ。(堺目,男子)
○コトバワ 土地ニツイタモンデスケン 讃岐ーイキャー シトリデニ 讃岐ノナマリ
ニ ナッテイマスワ。(堺目,男子)
 これが大影地区の人の意見である。他の境界部では、相当の影響が見られるのにこの地区では、それが余りない。上図ABCが大影地区の人,DEFGが五名地区の人であり、両者には、はっきりした差異がある。貝,鯛,波の海にちなんだ三語だけは、讃岐分の人も頭高型になっている。五名地区の嫁さんの過半数は阿波出身である。しかるにその影響がほとんど及んでいない理由について、今後さらに詳しく調査したい。
○大影地区アクセントの特徴
 語アクセントについては大影,境目地区は白鳥町五名と境を接しながら、全く阿波下郡型を示したが、
○ホンデモ シットロ ワイ。
○ナジンデ シモトルケンナー。
○ミチガ トーットルケンナー。
 のように頭高型が顕著であり、山城,一宇,木頭等のいわゆる山分型の傾向が見られた。阿波山分の範囲については、森重幸によって解明されつつあるが、讃岐山脈側の山分性についても論及されるであろう。


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