阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第25号
市場町の植物分布

徳島県博物同好会

          木村晴夫・加藤芳一

1.概観
 山地の大部分を占めるものは、アカマツの二次林であって、その間に常緑広葉樹や落葉広葉樹・針葉樹などが混在し、貧弱で人工のあまり加えられていないやせ山である。
 植林にはマツ・スギ・ヒノキなどの針葉樹があるがその面積はあまり広くない。県南の植林のようによく手入れされたものでなく、アカマツ亡国論のあてはまるような山地である。植林は非常に困難なもので、一般住民にとってはやりにくい事業である。国・県・町などが管理育成をはかるなど、その指導助成が望まれる。
 神社仏閣など、あちこちに自然林に近いものがあり、かなり繁茂した暖温帯樹林を呈しており、マツ類・カシ類・シイなどの大木が見られる。これらの林の終極相は暖帯のシイ−タブ林のたぐいを構成するものであろうが、現在はまだ完成した林相を呈しているとは考えられない。
 別項で述べるように、本町は雨量が少なく、土質もあまりよくないので、樹木の生育は良好とはいえない。従って県南のような美林はほとんどない。
 寒地性植物は比較的少なく、山の高度も低いので、ブナ帯までには達していない。同じ讃岐山脈でも大滝山にはブナがあり、寒地性植物がかなりあるのに比し、当地は比較的温暖なため、低寒地帯の植物がわずかに見られ、ミヤマシキミ・テキリスゲ・リョウブなどがある。
 暖地性や海岸地帯のものは、寒地性のものよりは多く、サツマスゲ・カシ類・クス類・フウトウカズラ・クスドイゲ・ウバメガシ・ヨウラクランなどがかなりの勢力で分布している。
 帰化植物はかなり多く、平地・低山地の開拓された場所などを拠点にして勢力をひろげており、山地の高いところなどには多くない。
 最近マツクイムシ禍が各地で問題になっている。本町はどうかと心配しながら歩いたが、割合にその被害は少ない。これだけアカマツが多い本町に、県東部海岸地帯のような惨害がおきれば大変なことである。やはり空気の汚染などの公害が少ないためであろうと思う。
 植物の種類や珍らしい植物も多いとはいえないが、オケラ・タカトウダイ・トキワススキなど北山ならではの植物も若干ある。大体において本町の山は低く、かつ中央南北に日開谷があり、それにそって立派な道路が走っているため、登山や作業のため入山しやすい。赤松幼令林の示すように、度々の伐採のせいや、最近毎年のごとくおこっている東部讃岐山脈の山火事などのために植生が更新され、貧弱な植物分布を示すようになったものであろう。

 

  

 

2.地質・地形
 市場町は讃岐山脈のほぼ中央にあって、南は吉野川、北は香川県に接し、東は板野郡土成町、西は阿波郡阿波町に接している。北に高く、南に低い山地が町の大部分を占めており、吉野川北岸にそって、全町の1/5ぐらいの平野部がある。山地の中央を日開谷が南に流れ、大雨のときは濁流が急に流れるが、平常は枯渇した天井川である。水量は乏しく、川原には大きな礫や小さい石がごろごろしていて、土質の悪さや、降水量の少ないことをあらわしている。
 吉野川にむかって多数の扇状地があり、その間に多くの溜池がある。これらの池は、その必要性にせまられ作られたもので、多年にわたる住民の生活の知恵ともいうことができる。
 山地は5〜600m級の山が多く、町のほぼ中央にある城王山が598.3m、大月の西方阿波町の境界線になっている753.1m高地、その北方にある774.5m高地などが高いもので、香川県境の境目では200mぐらいしかない。
 讃岐山脈は和泉砂岩層群に属し、吉野川に沿って走る中央構造線の北部、即内帯ということになっている。和泉砂岩層群は、紀伊半島和泉山脈から、淡路島を通り、鳴門市に上陸し、池田町・愛媛県に及んでいる。狭長な分布で、砂岩・頁岩・泥岩などよりなり、礫を包含することもある。本県と香川県との境界山脈となり、吉野川と平行するように、県北を東西に貫いている。
 これらの岩石が風化してできた表土は、概して地味うすく、岩石は風化しやすく、くずれやすい。
 各種の化石を産するが、大体において保存はよくない。主な化石としては、古代アマモ・二枚貝類・巻貝・ウニ・単体サンゴなどである。
 これら和泉砂岩層群は、上部白亜系に属すると考えられていて、地史的には若いものである。

 

3.気候(昭和49年による)
 年平均気温・最高気温・最低気温・降水量を月別に表にした。市場町を表わすために、比較資料として徳島市、南方代表として宍喰町、県奥地代表として祖谷の京上を併記した。

 イ,平均気温
 市場町は梢内陸性の気候をもち、徳島市とほぼ同じくらいの平均気温がある。宍喰にくらべると低温であるが、夏には三者あまりかわらない高温である。これが暖帯植物がかなり多い原因であろう。冬期はやゝ低温であるが、京上ほどのことはない。すなわち市場は夏は割合にあつく、冬はやゝ寒いということができる。


 ロ,降水量
 四者を比較して市場町は一番降水量が少ない。宍喰の多雨は言うまでもないが、京上では冬もかなり雨や雲のため降水量は大である。市場町では冬はとくに乾燥がひどい。


 ハ,クリモグラフ
 クリモグラフによれば、内陸性や外帯・内帯の傾向が比較的によくわかり、植生が了解できる。各地の最高気温の月と、最低気温の月の座標を結び、X軸となす角をしらべる。

  

  
 50゜〜90゜………内陸性気候
 90゜以下………表日本型(外帯)
 90゜以上………裏日本型(内帯)と考える。
グラフによると
 宍喰(37゜) 表日本型(外帯性がひどい)
 徳島(52゜) 表日本型( やゝ中間性 )
 市場(50゜) 表日本型(内陸性気候顕著)
 京上(70゜) 表日本型(裏日本型に近い)
この表によれば市場町は、内陸性気候を帯び、表日本型気候であることがわかる。すなわちかなり高温であるが、雨量は少なく、夏冬や昼夜の温度差が相当にあることになる。したがってこゝに生育する植物は、気温的には暖帯林ができ、乾燥という条件下では樹木の生育はよくない。土質の悪いことと相まってアカマツ林やヒムロ(ネズ)林のような植生が生じるのである。しかし50゜という境界線上にあるためと、山が低いなどの理由で、その植生や分布に及ぼす影響は顕著ではない。

 

4.植物分布の概況
 イ,アカマツ林
 全山といってよいほど赤松の幼令二次林である。下草はウラジロやコシダのほかススキ、雑木などいろいろである。北山と称する讃岐山脈には、各地にマツタケ山があるが、この地もマツタケがどこにでも生えそうな山が多い。切幡寺から上へのぼり、陵線付近まで行ってみたが、アカマツの純林で、人工は加わっておらず、落葉はかなりあってぼこぼこしていたが、地表植物もほとんど生えていない乾燥地であった。アカマツ林の組成の主なものをあげると、アカマツを第一層とし、その下にモチツツジ・ヒサカキ・ウラジロ・コシダ・ヤマモモ・コジイなどをともなった植生である。
 それではなぜこのように讃岐山脈には赤松が多いか、について考察してみたい。
 A,土壌条件 砂礫土が多く、通水性がよい反面、保水力・養分の貯蔵力が小である。ことに南斜面に発達した、傾斜地や扇状地は、降水があっても、すぐ流出してしまう。
 B,気候条件 降水量が極めて少ない。
 C,山が浅く、古くから山の伐採が繰り返されたこと。
また本県の植生の現状は、標高約500m以下は、暖温帯で常緑広葉樹が分布し、500m以上900mぐらいは冷温帯で、落葉広葉樹が生えている。
 元来アカマツの原植生林は少なく、海岸のクロマツ林や、山地岩場のアカマツ林など、若干自生するのがマツの原植生と考えられる。
 本県のアカマツ二次林の生成を見ると、広葉樹−伐採−陽樹であるアカマツの侵入−アカマツ二次林−伐採−アカマツ侵入二次林を繰り返し、広葉落葉樹の原植生に復元することができず、ついにやせ山となって、アカマツ亡国論が唱えられるような松山となる。しかしアカマツ自体は亡国樹ではなく、耐乾・耐貧栄養・耐寒性をもつ適応性の強い木で、むしろ救荒樹といえるもので、アカマツ興国論の原拠となるものである。従って本県や、市場町などにアカマツ林が多いことは、人工が度々加えられたことを示している。
 ロ,シイ林
 山麓・谷すじ・社寺など、人工のあまり加えられていない地には、シイ林が残っている。これは暖温帯を象徴する林であって、極相としてはシイ−タブとか、シイ−ヤブツバキなどの組成をもつ常緑広葉樹林となるものである。
 ハ,アラカシ林
 前者のシイよりも優勢な林であり、町内低山地にかなりの分布を示している。切幡寺のシリブカガシ、堺目のイチイガシなど、暖帯性のカシ類もある。仁賀木の八幡神社は、立派な社叢であるが、こゝに海岸によく生えるウバメガシの大木があった。ウバメガシは適応性が強い木であるが、こんな奥地でしかも大木になっているのは珍らしい。
 ニ,城王山項の自然林
 この山頂の社叢も立派なものである。中間温帯林として、暖温帯の常緑広葉樹と、冷温帯の落葉広葉樹とが混生している。まだ極相にまで至らないが、自然林として愛護したいものである。その組成の代表的なものを記録する。
 高木層 モミ、アカマツ、クロマツ、イヌシデ、コハウチワカエデ、イロハカエデ、コナラ、ホウノキ、カゴノキ、アサダ、ヤブニッケイなど


 亜高木層 イタヤカエデ、ウリハダカエデ、オオモミジ、ウラジロノキ、カヤ、シロダモ、リョウブ、ヒサカキ、アセビ、ハリギリ、カゴノキ


 低木層 ネズミモチ、アセビ、ヒイラギ、シロダモ、イヌガヤ、ヤブニッケイ、ツリバナ、ムラサキシキブ
 草本層 ミヤマシキミ、チジミザサ、ヒメシラスゲ、ハエドクソウ、ヤマトウバナ、ムラサキニガナ、オモト、コウヤボウキ、シロダモ、ミゾシダ、エビネ、ミヤマフユイチゴなどがある。
 ホ,谷川すじやその付近の植物
  タコノアシ 水湿地に多く花序がタコのアシのようになっている。


  カワラヨモギ 川原・谷すじ・海岸などによく生える。
  オオアブラススキ アブラススキは各地に普通なものであるが、オオアブラススキは少なくない。当町の山麓にはかなり多い。
 セトウチホトトギス S.49年高越山産を基準標本として記録されたものだが、木町にも生育していた。
 その他 オオルリソウ、ネナシカズラ、ニガクサ、アオナラガシワ、ハシカグサなどもある。
 ヘ,山麓の植物
  トキワススキ ふつうにいうススキは、秋に穂が出るが、これは7月頃早く出穂する。県内では脇町や本町でその生育が見られた。香川県にはかなり多いが、その南方分布を示している。切幡寺付近にある。
  タチドコロ 讃岐山麓では珍しい。
  サイコクイカリソウ バイカイカリソウとヤチマタイカリソウの雑種という。山麓にかなりあり、強壮剤として薬用。
  オケラ 讃岐山脈に分布、切幡寺西方の谷にあり、万葉集などにウケラが花としてよまれている。
  タカトウダイ 切幡寺西方の谷にある。鳴門市に少しあるが、当町にはやゝ多く珍しい植物である。
  サツマスゲ 楠根地の神社付近にある。暖地性のもので、分布的に珍しい。
  その他 コガンピ、ナンテンハギ、ヤマジノギク、ツクシハギなどハギ類、リュウノウギク、イヌヨモギ、シロヨメナなどの菊科植物、ワレモコウ、エンシュウベニシダなど。
 ト,ため池の植物
  A,堤防上 オガルカヤ、イシミカワ、ソクズ、アカメヤナギ、ノブドウ、ナンバンハコベ、ゴキヅルなど。
  B,休耕田 クサネム、シロバナサクラタデ、セリ、コマツナギ、ウリカワ、オオユウガギクなど。
  C,湿地の植物 シロガヤツリ 県内の分布は少ない。アゼテンツキ、ミズユキノシタ、ボントクタデ、シカクイ、イヌノハナヒゲ、アイバソウなど。
  D,挺水植物
  ニオイタデ 全体に白い腺毛がありよい香りがする。県内分布は少。


  ガマ・コガマ ガマは各地に多いがコガマは割りあい少ない。

 
  その他 ミクリ、ヒメミクリ、マコモ、フトイ、スズメウリ、ヌマトラノオ、コオホネ、ツルヨシなど。
  E,浮葉植物
   アオウキクサ 水田中に無数に生えることがある。
   サンショウモ シダ植物である。


   その他 トチカガミ、カガブタ、ホソバミズヒキモ。
  F,沈水植物 ホザキノフサモ(キンギョモ)キンギョなどを飼うときに水中に入れるのでこの名あり。花は挺水して咲く。

5.帰化植物
 帰化植物は、新しく開発されたり、外部との交通のはげしい場所に侵入する。本町にもかなり侵入があり、予想以上であった。しかし県東部の四市のように港・鉄道・道路などが発達していないので、比較的には多いものではない。本町には、マツクイムシによる汚染が軽微で、マツの被害が非常に少ない。両者は関連的な傾向を示すものであると思うが以下帰化植物の主なものについて解説する。
 イ,アレチマツヨイグサ 川原に群落あり。
 ロ,ザボンソウ 川原にあり、県内初記録。
 ハ,ブタクサ 花粉病の原因となるという。金清谷にある。
 ニ,ハキダメギク 徳島市城山などに大群落があるが、こゝでは僅かに侵入。
 ホ,ホテイアオイ 水上に大繁茂しているところがあり、本町でも池や湿地に侵入し、大きいのは1mもある。


 へ,オオニシキソウ 川原や荒れ地に侵入。
 ト,セイタカアワダチソウ 阪神や紀州には大群がある。本県は割りあい少ないが、本町には金清谷外数か所に分布。
 チ,ダンドボロギク・ベニバナボロギク ごく最近の帰化であるが、猛烈な勢力で繁殖している。本町にも山地開発地を中心にひろがっている。
 リ,シマスズメノヒエ 最近の帰化種、徳島市−石井−鴨島を経て本町に侵入。
 ヌ,メリケンカルカヤ 最近の帰化種、ダンドボロギクなどと競争で侵入繁茂している。
 ル,セイバンモロコシ 十数年前は、沖洲海岸など僅少であったが、近時鉄道河川、道路をつたって、至るところに生育し、本町にもあちこち見られた。
 オ,その他かなり古いものも含めて記録すると、スイレン、ヒガンバナ、ホソアオゲイトウ、アメリカセンダグサ、マルバルコウ、マルバアサガオ。


徳島県立図書館