はじめに 農村医学会として、阿波学会の学術調査に参加するのは、50年の神山町(1)、51年の牟岐町(2)についで、今年(52年)の調査が、第3回目である。前二回とも、その地域住民、農協等の熱心な御協力を得、それぞれ、特徴、かつ、興味ある結果を得ることができた。よって、52年の調査も、病院業務も特に多忙で、また、酷暑期ではあったが勇躍、熱意をもって、山城町に赴くべき健診調査班を編成した。 私達の経験によれば、医療の機会と、機関に恵まれない山村の巡回健康診断は、地域住民の方々の期待が大きいばかりでなく、健診の実施そのものが、地域住民の健康意識の向上に果たす役割は、極めて大きいものがある。この故に、集団健診の普及とその内容の向上に、さらには、健康管理のために、使命感に燃えた努力を怠らないことが、私達の責務であろうと考える。 さて、今年度の健診でも、過去2回と同様に、厚生連本部井上らによるアンケート調査、徳島大学医学部栄養学会岸野教授らによる栄養、体力調査も同時に施行せられた。 調査実施日は、昭和52年8月2日より、5日に至る4日間であった。 調査対象者と健診方法 調査対象者は表1に示したように、男子、109名、女子102名で、山城町を三名、大野、河内、川口の4地区に大別し、各地区のほぼ中心地の学校、農協等を健診会場とした。一会場、約50名の対象者である。この対象者の選択は、山城農協に依頼した。また、原則的に、農業者は対照としたが、一部、非農業の人々も混じている。その状況は、この報告その1に詳しいので省略する。
調査内容は、一般の内科的診察、検尿、検便、胸部、胃部の間接レ線撮影、心電図検査、採血による貧血検査、肝機能検査、血清脂質の測定等を施行した。その方法、正常値、指導の基準値等(3)を表2、表3に示した。心電図判定はミネソタコードにしたがい、渡辺らの方法(4)によった。
健康診断結果 以下、項目別に健康診断結果の概略を述べる。 1、一般診察結果および血圧 本報告の前半を占める井上らのアンケート調査によると、男子43%、女子47%が慢性疾患をもち、その疾患別では、高血圧35%、胃疾患32%、心臓病16%、リューマチ性疾患14%となっている。これらの自覚症状、ないし、既往症に留意しつつ、私達は、健康診断を実施したが、一般診察所見、血圧測定結果等は以下のよううである。 a、血圧について 血圧測定結果を表4に示した。WHOの基準による境界域高血圧、および高血圧を異常とすると、その異常者率は男子27.5%、女子21.6%であった。これは、訴え率よりやゝ低いが、季節的要因を考慮すると、ほぼ、匹適するものと考えられる。
高血圧者率は、男女、それぞれ、15.6%、12.8%で、一昨年神山町の9.3% 10.2%、および、昨年牟岐の5.0%、11.8%に比すると、かなり高い高血圧者率であり、ことに男子において著るしい。 b、循環器疾患について 聴診上、弁膜症が1名にみられ、心電図を加味して診断すると、WPV症候群、心筋硬塞が各1名みられた。 c、呼吸器疾患について 慢性気管支炎および、気管支喘息が4名みられた。 d、消化器疾患について 胃病の訴え率は、ことに高率であったが、触診上、著明な上腹部圧縮を訴え、潰瘍等の胃疾患の考えられたもの11名、胃切除手術をうけているもの1名がみられた。 肝腫脹は、2名に明らかであったが、その硬度、辺像触知の状態から、特に要精検とは考えられなかった。 e、骨、関節疾患について 整形外科領域に属する疾患としては、著明な腰痛があり、背椎疾患が考えられたもの5名、背椎側弯1名、いわゆる神経痛6名、肩関節周囲炎4名、膝の変型が認められたもの8名であった。また、痛風患者も一名認められている。 訴えの中で認められたリューマチ性疾患とくに慢性関節リューマチ患者はみられず、これらの骨、関節、神経痛等を、いわゆるリューマチと一般的に称しているものと考えられる。 d、その他の疾患について 一般診察の中で、その場で、一応診察できたものは、以上の他、婦人において、自律神経失調、または、更年期障害と考えられたもの3名、婦人科的手術施行後のもの3名があった。 皮膚科的なものでは、アオバアリガタハネカクシ皮膚炎1名、白癬症3名、湿疹3名、肩部の脂肪腫3名があった。また、脱疽も2名に認められている。 この他、下腿静脈瘤1名、甲状腺腫1名、子宮筋腫(下腹部腫瘤触知)1名、眼疾患、副鼻腔炎も各1名認めている。 下腿浮腫は2名に陽性であったが、とくに病的なものとは考えられなかった。 以上の如き、一般診察所見の中で、特徴をあげれば、井上らの調査で明らかな如く、高血圧、胃疾患、骨関節疾患が、三大疾患として挙げられる。また、嗜好についても、細かい報告があるが、健診中の問診等よりして、男性のアルコール類の嗜好は、平地部の人達よりも、かなり多いのではないかとの印象をうけた。 2.肥満度について 成人病予防の鉄則は、まず、肥満を防ぐことにあると言われている。この肥満度につき、加藤らは、昨年の牟岐町の調査(2)の中で、農業者、漁業者の比較で、非常に興味深い結果を得ている。そこで、今回の山城町でも、肥満度を測定し、表5、図1に示した。この肥満者率は低く、男性は比較的やせ型、女性はやや肥満の傾向があることが知られる。肥満者率の比較を、牟岐町の結果と比すると、図2のようで、男女とも、牟岐町民よりは、はるかに低率である。
3、胸部間接レ線診断結果 胸部のレ線診断結果は、表6に示したように、要精検者は3.8%であった。一般的な、要精検率と考えられる。
4.胃部間接レ線診断結果 同様に表6に示した。男子の要精検率30.6%、女子16.8%、男女計14.4%であった。一般診察所見の項でも述べたように、胃疾患、ことに潰瘍性疾患は、かなり高率に認められる。三好郡下における他の健康診断(5)でも、胃疾患は、多いとの印象があり、よりマクロ的にみると、日本の農村では、胃腸疾患、高血圧の多発が知られており、今回の山城町の結果も同様であると言うことができる。 5.心電図診断結果 ミネソタコードによる診断結果を表7に示した。高血圧者率に比例するように、とくに男子に左室肥大が認められた心筋梗塞1例、また、WPW症候群も発見せられている。しかし、格別特徴的なものはない。
6.検尿結果 尿蛋白陽性者は、男子に僅かに2名と少く、女子は0、また、尿糖陽性者は男女とも皆無で、特筆すベき好結果であった。 7.血色素量よりみた貧血者率 表8に結果一覧表を、表9に、年令別の血色素量を示した。貧血は、一般に女子に多く、近年日本女子の貧血者率(6)(7)、は10数%前後であるから、女子の貧血者率はやゝ多いと言える。一昨年の神山町女子の貧血者は10.2%であった。
男子における貧血は、通常数(7)%であるが、さきに、神山町で15.2%の高率にみられたことを報告したが、山城町では、神山よりもさらに高く19.3%の高率であった。平均値でみる限りでは、さほどの貧血ではないけれども、やゝ貧血の部に属する人が、ことに、40〜50才代に高率で、季節的要因も否定することはできないが、健康保持上の一つの問題点であろうと考えられる。 8.肝機能 血清GOT、GPT、Slpの三酵素よりみた肝機能検査結果は、表10に示した如くで、異常者は殆どみられなかった。
血清総蛋白量は、平均値男女とも、7%以上で良好であったが、男子がやゝ低く、異常者率も高かった。神山町では、平均値低く、異常者率も高率を示して、栄養摂取上の問題点であろうことを指摘したが、山城町では、同様な傾向は認められるけれども、さほどの変化でなかったことは喜ばしい。 ZTTの女子における異常者率10,8%はやゝ高いようだが、その原因は不明である。しかし、病的異常とは考えられない。
9.血清コリンエステラーゼ値 昨年度、DTNB法によりオートアナライザーを使用して測定し、その意義等につき検討(8)(9)中である。この正常値は6.4±1.0UMSH/minである。他の研究者の報告(10)(11)でも、一般に農業者は、低値を示す傾向があるが、山城町住民も同様の結果であった。その意義については、なお判然としない。近年、血清コレステロールを農薬の中毒との関連よりも、血清脂質あるいはその代謝と関連づける報告(12)がみられ、私達もその傾向を認めており、今後さらに追究検討するべき問題と考えられる。
10.血清脂質について 血清総コレステロール、血清中性脂肪の測定結果を表12、13に示した。その平均値、年令別の変化は、特記すべき特徴はないように思われる。ただ、近年、食生活の改善とともに、農村住民のコレステロール値も漸次上昇しつつある如く思われるが、なお、郡市居住者、都市近郊農村の人達よりは低い。この点、より望ましいコレステロール値はなにか、今後さらに検討すべき課題と考えられる。 指導規準値として、目下、私達は200mg/dlより239mg/dlの間をやゝ高値のものとしているが、むしろ正常値の域内に入れるべきかもしれない。
11.血清尿素窒素と血糖値について 表14に、その結果を示した。窒素窒素の異常値は、軽度上昇であって、尿検査、血圧等に異常のない人達で、健康上問題のない人達であった。
血糖値については、尿糖全員正常であった結果と一致し、特筆すべき好結果であった。
(考察と結論) 一言で言えば、山城町住民の健康診断結果は、従来より知られている通りの、旧い日本型の健康状態をそのまま残していると言える。すなわち、高血圧と、胃疾患と、骨、関節疾患が自他覚的ともに多かったことである。また、その他の検査所見からみれば、よい面では、肥満者が少いことであり、特筆すべき好結果は、糖尿病が一名も認められなかったことなどであろう。また指摘できる悪い点は、貧血者率がやゝ高く、ことに、男子においてこれが認められたことである。 昭和50年の神山町住民の調査結果で、私達は、40〜50才代男子の貧血者率が高いこと、低蛋白血症者が、多く認められたことを以て、その特徴とし、男子中高年者の健康管理の重要性を強調した。 山城町住民では、低蛋白はあまり認められないものの、貧血は多く、これを単純な加令現象とは考えず、今後健康の管理上の問題点とし、改善目標とすべきものと考える。この貧血と、高血圧、胃疾患、骨関節疾患の多いことは、山村と言う自然環境の影響も否定できないものの、生活、栄養摂取面での後進性が考えられ、健康管理、指導上での課題であろう。
文献 1)坂東玲芳、井上博之ほか:神山町農家と農民の健康状態について 郷土研究発表会紀要22号、P159―190、阿波学会、徳島県立図書館、1976 2)加藤和市、井上博之ほか:牟岐町における農漁業従事者の健康調査 郷土研究発表会紀要23号、P151―193、阿波学会、徳島県立図書館、1977 3)巡回成人病健康診断の内容の解説と判定規準、徳島県厚生連、1977 4)渡辺孝、生方茂雄:異常心電図―ミネソタコードと臨床、―近代医学会、東京、1974 5)坂東玲芳ほか:農業者健康モデル地区育成事業に参加して、四国の農村医学、No3、P27―31、1977 6)坂東玲芳ほか:農村婦人の貧血に関する研究 日本農村医学会雑誌、Vol23、No3、P466―467、1974 7)野村茂編:生活と貧血、医歯薬出版、東京、1973 8)久保博ほか:PTNB法による血清コレステラーゼ値について 第3回四国農村医学会で発表、1977 9)樫原恒代ほか:当病院におけるコリンエステラーゼ値異常者について 第3回四国農村医学会で発表、1977 10)里沢和雄ら:農村地域住民のコリンエステラーゼ活性値の分布、日本農村医学会雑誌 Vol25,No.3,P208―209,1976 11)井坂信之ら:茨城県地区住民の
chE
のDTNB法における自動分析値について、日本農村医学会雑誌、Vol25,No.3,P210―211,1976 12)平井和光ら:柑橘農村地域における血清コリンエステラーゼに関する疫学的研究、日本農村医学会雑誌、Vol26,No.3,P576―577,1977 |