阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第24号

山城町農家と農民の健康状態(その1.アンケート調査の結果)

農村医学班

   井上博之・蔭山哲夫・浅利千鶴・

   香川房子・岡本威男・日下静代

〈はじめに〉
 阿波学会が恒例の総合学術調査を実施するに当たり、私たちは、農村医学班として参加し、山城町における農業従事者とその家族の健康について、アンケート調査を実施したので、その概要を報告する。

 

〈対象と方法〉
 山城町内における農家の中から、専業または、それに近い経営主と主婦を中心に、211名を抽出して対象者とした。
 調査票は事前に各人に配布し、昭和52年8月2日から4日間、同町内の4会場に参集の折、それぞれ記入して持参を求め、内容を確認の上でこれを回収し、集計に分析、考察を加えた。

 

〈調査の結果〉
〔1〕生活環境
1.家族の構成人員をみると、調査農家211戸の総人員は986人(男478人、女508人)で、1戸平均は男2.27人、女2.41人となり、全体では4.67人が平均家族である。
 実家族の人員だけで分類すると、トップは6人家族の38戸、次いで4人家族の37戸、3人家族の34戸、5人と7人家族が各31戸の順となっている。
 家族数の最も多いのは10人家族が1戸あり、9人が2戸、8人が6戸となり、反対に少ないのは、男1人ぼっち、女1人ぼっちの家庭がそれぞれ1戸あるのが目立っている。
2.農家収入の内容について、農業収入(林業を含む)とそれ以外の収入の割合別戸数を出してみた。それによると、農業収入が10割、つまり完全な専業農家は211戸中19戸の9%である。そして、9割収入は3戸、8割収入は8戸、7割収入は15戸とさらに低くなっている。
 6割収入以上で、農業収入が農外収入より多い家庭は52戸に止まり、全体の24.6%である。一方、農外収入の比率が高い家庭をみると132戸もあり、62.6%を占めて兼業化の強いことが伺われる。
3.対象者の仕事について就農状況をみると、林業を含めて完全な専業といえる者、つまり10割まで農業に従事している人は、男9人、(8%)、女22人(21%)で、5割以上農林業に従事する人は、男が45%にあたる49人、女は62.7%の64人となっている。また、農業に全然従事しない人が、男で13%、女で14%を占め、ここでも兼業化の進んでいることを示している。
4.1日の生活時間を、農繁期と農閑期に大別し、農作業、家事、睡眠、その他の各時間数をみると、男女間には大きな差は認められない。
 男女平均でみると、農作業に従事するのは農繁期で8時間15分、農閑期で6時間35分となって、県下平均より僅かに短かく、睡眠時間も若干少ない結果が出ている。家事の時間は全県調査の結果と変わらず、結局、その他の時間が長くなっているわけで、これが兼業の進行をあらわしていると解釈できる。
5.衛生面では、風呂、便所、手洗い、飲料水の4点について概況を調査した。
 (イ)入浴は季節的に夏と冬で大さな差があり、夏は1週間に7回、つまり毎日入浴する人が78%を占めているのに対し、冬の毎日入浴は11%しかなく、冬期は1週間に3〜4回の入浴者が多い。
 (ロ)便所については、構造や設備よりも、その設置場所を重点として調査した。それによると、屋外と屋内の両設備をもっている家庭は68%に上り、屋内のみの家庭が21%となっている。
 屋外だけしか設備のない家庭は11%で、全県調査の結果の約半分になっている。冬の健康面に関連して注目していたこの点は、ある程度改善されてきている。
 (ハ)手洗いの設備も、73%までが流水式で、県内調査とほぼ同じ程度まで改善されているが、昔ながらの手洗鉢利用の家庭が26%も残されていることは、衛生面から改善指導が必要といえる。
 (ニ)飲料水は、自家水利用が81%と最も多く、簡易水道が13%で、上水道に恵まれているのは僅かに4%の家庭である。また、その他に頼っている2戸については、自然の谷水等を利用している場合も考えられ、保健衛生の面から注意が肝要であろう。
6 嗜好については、酒類とタバコ、それに食べ物の甘辛の好みについて、その傾向を調べた。
 (イ)酒類では毎日のむと答えたのは、男が43%あるのに対し、さすが女は5%と極めて低い。ときどきのむのは男の36%より女が41%と高くなっている。のまないのは男の21%に対し、女は55%と半数以上を占めている。
 (ロ)タバコについては、男子の場合74%にあたる81人が喫煙者で、1日当たり11〜20本の人が45人(55.5%)と最も多く、次いで21〜30本が21人で、平均は1日25本となっている。女子の喫煙者は6人と少なく、1日平均17本である。
 (ハ)甘いものと塩からいものとの好き嫌いの傾向をみると、何れも普通と答えた人が男女とも圧倒的に多く、60〜79%を占めている。
 甘いものが好きなのは、男の22%に比べ女の36%が高く、塩からいものを好むのは、県内調査の結果と異なり、この地区では、男性の15%より女性が19%と上まわっているのが注目される。
 〔2〕家族の健康
1、現在、家族の中で病気になっている人は70人で、仮りに1人が1戸とみると、33.2%にあたる家庭が病人をかかえている勘定になる。
 病人を年代別にみると、加令傾向が強く、61才以上の老人が圧倒的に多くなっている。


2.現在ケガをしている家族は、全体で11人と人数こそ少ないが、40代、50代に多いのは注目される。
3.治療の状況をみると、入院しているのは病気で6%、ケガで9%と少なく、残りの人は自宅治療あるいは通院治療であるが、何れの場合にしろ治療費の支出に交通費の負担が加わり、さらにその殆んどが就労を休んでいると考えられ、経済的にも圧迫を受けている。
4.寝たきり老人は、男6人、女3人の計9人で、43戸に1人の割となり、県内調査の平均(31戸に1人)よりは少ない。年令別には70才代5人、80才代4人である。
5.寝込んだ期間をみると、9人のうち6人までは1年以内であるが、2年以内と4年以内の人が各1人、さらに1人だけは5年以上も寝込んでいる。
 病人はもちろん、毎日その世話にあたる家族の心労も大変であろうと思われる。


 

 〔3〕疲労の調査
1.農夫症々候群
 (イ)対象者の自覚症状にもとずき、最近の1ヵ月間について、肩こり以下、8項目について調査した。
 その結果は、全県調査と殆んど同じ傾向にあらわれている。つまり、「いつもある症状」としては、肩こりの15%、腰痛の10%が目立って高い比率を示し、「時々ある症状」としても、肩こりの56%、腰痛の48%が断然高く、不眠の31%がこれに続いている。


 (ロ)これらの訴えを症状の程度により、いつもある……2点、時々ある…1点、ない……0点の基準で各人ごとに採点し、全員について分析した。
 それによると、全く自覚症状のない人、つまり0点の人は、男10,1%、女5,8%で、全体では8.1%となり、50年調査の神山町(6.4%)よりは高く、51年調査の牟岐町(8.2%)とほぼ似ている。
 段階別にみると、2点以下の対策を要しない人、つまり(−)の部に属する人は43.1%で他地区と大差がなく、対策の必要な(±)の部に属する人は45.5%で、神山町(50.8%)、牟岐町(55.3%)の何れよりも低い結果が出ている。
 ところが、高度な対策(治療)を要する人、つまり7点以上で(+)の部に属する人は11.4%を示し、神山町(5.5%)、牟岐町(4.7%)の約2倍に達して、農夫症の症状が強くあらわれていることをものがたっている。
 また、これら要高度対策者は、男の7%に対し、女は16%と2倍以上も高いのが注目される。


2.疲労の症状
 次に、1日の作業が終わった時点での疲労の自覚を中心に、自己診断法により、(イ)身体的疲れ (ロ)精神的疲れ (ハ)神経感覚的疲れの3群について調査した。
 (イ)身体的症状の10項目では、「横になりたい」がトップにあり、「足がだるい」「全身がだるい」「目がつかれる」「ねむい」と続いている。この傾向は、全県調査の結果とほぼ似た状況である。

  


 (ロ)精神的疲労では、全県調査や神山、牟岐両町の調査と殆んど同じグラフをえがき、対象者が肉体労働を中心とした農林業に従事しているだけに、この項では(イ)、(ハ)の各群より、はるかに低い比率を示し、「一寸したことが思い出せない」「物事が気にかかる」「根気がなくなる」が上位をしめている。
 (ハ)神経感覚的症状の10項目をみると、農夫症調査に示された結果と同様、「肩がこる」と「腰が痛い」が他を大きくひきはなして高い率を示し、特に肩こりは、他地区と同じ程度の訴え率であるのに対し、腰痛は、いままでのどの調査よりも高いグラフを示し山地農業の宿命ともいえる結果があらわれている。
 

 〔4〕対象者の病気
1.慢性的病気の有無
 俗に持病と呼ばれる慢性的病気に悩まされている人は、男が43%、女が47%で、全県調査の約2倍という高値を示し、昨年調査の牟岐町(36%)の記録を上回った。


2.慢性病の内容
 どんな慢性病が多いか、病名別にその内容をみると、高血圧が35%とトップに立ち、胃病が32%、心臓病16%、リウマチ14%と続いている。


3.病気と呼ぶまでは進んでいなくとも、医師から健康上、あるいは日常生活上の注意を受けたか、どうかを高血圧、心臓病、貧血の3点に限って調査した。それによると、注意を受けた人は男39人(35.8%)女54人(52.9%)となり、とくに高血圧の注意を受けた人が男女ともに多いのが目立つ。
4.血圧は常に変動するものであるが、自分の健康な状態の時の値を知っておくことは、健康管理上大切なので、この点を調べてみたところ、男女合わせて知っているのは53%と僅かに半数をこえる程度であり、残りの半数に近い人は、自分の血圧の平常値を知らないままで、毎日を過ごしている。
5.肥満度について、本人の感覚にもとづく外見上の調査では太りすぎと感じているのは男の11%に比べ女は28%と高い。

  


 〔5〕農薬散布
1.農薬散布の担当
 さいきんの農業は作目の何かを問わず、農薬を使う機会が多く、その役割りも大きいが、それだけに環境汚染や公害など、社会的な課題となってきている。
 農薬による健康障害も大きな問題となっているので、誰が散布するかを調査したところ経営主50%、主婦が36%、その他9%となっている。
2.中毒予防の措置
 農薬の中毒から身を守るため、散布時の予防措置にどれだけ留意しているかをみると、必らず守られているのは、防除衣13%、マスク59%、腕や手の被覆42%という結果であり、防除衣の着用が極めて悪く、総体的に防備は十分といえない。


3.農薬中毒の症状
 農薬の中毒と考えられる散布後の自覚症状についての調査では、男女に若干の差があり、男では1 頭痛、2 目が痛い、3 息苦しい、4 吐き気、5 皮フのかぶれ、の順であり、女では1 目が痛い、2 頭痛、3 息苦しい、4 ノドの痛み、5 吐き気の順となっている。
 これらの症状は、散布時の予防措置と注意によって、さけることのできるものであり、散布従事者の自覚が大切である。


4.作業衣の洗たく
 散布後における作業衣の洗たくについては、87%の人がその都度、洗剤で洗うと答えているが、約1割の人は、水洗いや時々洗う程度ですましている。何れにせよ農薬は毒劇物であり、その時には何の症状も自覚しなくても、慢性中毒という潜在的な恐ろしい障害のあることを忘れてはならい。
 〔6〕農業機械によるケガ
1.さいきんの1年間に、農機具によりケガをした人は、総数211人中、わずかに2人だけで、同地域は傾斜地も多く、農業機械作業には条件も悪いと考えられるが、また反面それだけに日頃の注意が行き届いているとも受けとれる。
 大きい理由としては、やはり大型機械等の導入が困難で、普及がすすんでいないためであろう。
 〔7〕救急の用意
1.救急箱および配置薬の設置
 家庭における救急の用意についてみると、救急箱は167戸(79%)、配置薬は190戸(90%)の家庭に設置されている。また、その90%までは業者からの購入である。
 軽症の病気や小さいケガ、成いは夜間の突然の場合などに備えて、何れか一方だけでも各戸に常備したいものである。また、折角常備されても、中味の点検や補充を忘れては意味がないので、時折に心掛ける必要がある。

  

2.保健資材の所有
 さいきん、健康器具や保健資材は、いろんなものが出まわっているが、対象農家211戸に対するそれらの普及率をみると、その率が高いのは1 体温計(99%)2 水枕(83%)の2点であり、次いで3 マッサージ機(49%)4 体重計(46%)5 氷のう(43%)等である。
 また、高血圧の人が多く、要注意者の比率も高いのに比べ血圧計の普及は低く、僅かに9%の20戸しか保有していない。「血圧は自分で測るもの」という一説もあり、さいきん手頃な価格で精密なホーム血圧計も出まわっているので、健康管理上、必需品と考えて備えたいものである。
 〔8〕健診と健康診断
1.今年になって、健診を受けたか、どうかをみると、受けた人は、半数に満たない41%の87人であり、残りの59%にあたる124人は受けていないと答えている。

  
2.健診を受けた人について、どこの施設で受けたかは、問題にとり上げることではないが、調査の結果によると、町の実施する健診が61%、農協健診が15%、その他一般病院24%の割となっている。
3.健診を受けた内容について、それを項目別に分けてみると、胸部と胃部のX線検査が多くて両者合わせて半数を上まわり、次いで、検便、検尿、子宮ガン、乳ガン、血液検査の順となっている。
 このうち、子官ガンと乳ガンは女性対象の検診項目であるから、女子の受診者だけでみると、その受診率は若干高くなるといえる。
4.健診を受けなかった人について、その理由を調査した結果は、現在健康だからという、いわゆる健診の必要性を認めない人が半数近くの48%を占め、次いで忙しくて行けなかった23%、一度受けているから17%等となっている。
 現在は健康だと自分で信じていても、それは確証のないことであり、自覚症状のあらわれない潜在疾病等を考えると上記の理由は理由にならないといえるし、健康だからこそ健診が必要なのだと自覚し、すすんで受診すべきであろう。
5.地区に検診車が巡回してくる機会があれば、こんどは受けるか、どうかをみると、全体の99%の人が受診すると答えている。行政や農協などが面倒をみて、計画的に健診の機会を設けることが先決といえる。
6.その場合、どんな検査を希望するか、内容別に希望項目をみると1 胃部 2 子宮ガン 3 胸部 4 血液検査 5 乳ガン 6 糖尿病の順で希望している。これらの要望に添った健診を計画すれば、受診率の向上にもつながり、効果もあがるといえる。

 

〈おわりに〉
 以上のとおり、山城町における農家と農業従事者を対象とした、健康に関するアンケート調査の集計結果に若干の考察を加えて、その概要を報告したが、今回の調査に当たり、各般のご協力をいただいた山城町農協をはじめ、町当局ならびに町教育委員会の各関係者に厚くお礼申し上げます。


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