阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第23号

牟岐町における農漁業従事者の健康調査

四国農村医学班・農村医学班

その1 アンケート調査結果
        四国農村医学班 井上博之・蔭山哲夫・多喜田静・浅利千鶴・岡本威男・日下静代

その2 集団検診結果
        農村医学班 加藤和市・阿部成宣・多喜田静・浅利千鶴・岡上秀子・宇川峰子・

                南与志子・高山郁郎・松田守啓・岡部千代・樫原恒代・新田都子・

                川長初美・谷玲子・宮崎喜代子・吉本公宏・渋谷啓治

 

その1 アンケート調査の結果

〈はじめに〉
 阿波学会が牟岐町で実施した総合学術調査に、農村医学班として参加し、農漁業従事者とその家族の健康についてアンケート調査を実施したので、その概要を報告する。

 

〈対象と方法〉
 調査日程の都合から、調査対象者は200名を予定し、このうち農業従事者100名は牟岐農協に、漁業従事者100名は牟岐東、牟岐中央、牟岐西の3漁協にそれぞれ人選を依頼し、何れも男女半々の抽出による名簿の提出を求めた。
 更に抽出条件として、農家では専農またはそれに近い経営主と主婦を中心に選び漁家も専業またはそれに準ずる経営の男女とした。
 調査昭和51年7月27日より30日までの4日間、牟岐農協を会場として、1日当たり50名宛参集ねがって調査した。
 その結果、農業従事者の100名は確保できたが、漁家は諸般の事情で最終的には70名となり、全体は170名の調査に終わった。

〈調査の結果〉

〔生活環境〕
(1)家族構成の状況をみると、農家100戸の総人口は568人で、1戸平均が5.7人(男2.7人、女3人)となり、漁家は1戸平均4.7人(男2.3人、女2.4人)である。
 また、61才以上の老人は、農家100戸のうちに男52人、女54人を占め、魚家70戸のうち男19人、女26人で、全体の170戸に対し、64.1%にあたる家庭(109戸)が老人をかかえている。
 それだけに、農漁家の生活全般にわたり老人問題が大きな課題とされる所以外でもある。
(2)対象者各人の仕事について、その従事割合をみると、完全な専業といえる者、つまり10割まで農漁業に従事しているのは、農家の男子が50人中15人、女子で50人中18人しかなく、意外に兼業度が高い。
 漁家では、男子34人中33人、女子では36人中12人と農家に比べて専業率が高くなっている。
(3)1日の生活時間を大別して平均でみると、忙しい時期は、仮業に従事する時間が農業者で男女とも9時間20分前後であり、漁家の男子も同程度の時間働いているが、女性では6時間半と少なく、それだけ家事に充てる時間が長くなっている。
 睡眠時間は農家の男子7時間30分、女子7時間に対し、漁家では男子6時問42分、女子6時間48分と僅かに短かい。
 ひまな時期は、何れも作業時間が1時間から1時間半ほど短縮され、それが家事と睡眠その他に充当せられ、標準といわれる8時間睡眠に近づいている。
(4)衛生面では、風呂、便所、手洗い、飲料水について調査した。
 イ 入浴は男女とも夏では1週間に7回以上、つまり毎日入浴している者が圧倒的に多く87%、冬になると毎日入浴は平均して64%に下がり、1週間に4〜6回の人が僅かにふえている。
 ロ 便所については、その設備が屋外だけしかない家が38%を占めているが、漁家は70戸のうち僅かに2戸だけであり、農家は100戸中62戸と特に多いのが注目され、老人の居る家庭が77%を占める農家の実情からみても、高令者の特に冬の健康管理面から一考を要する点といえる。
 ハ 手洗は79.4%まで流水式に改善されているが、今後は押上式への改良が望ましく、昔ながらの手洗鉢の利用に頼っている農家11戸、漁家12戸は、特に保健衛生上から早い機会に改善する必要があるといえる。
 ニ 飲料水については、農家は自家水が多くて77%を占め、水道は20%の普及に対し、漁家は94%まで水道利用である。また僅かではあるが、谷水等を利用している6戸については、水質等に十分な注意を払うことを忘れてはならない。
(5)嗜好について
 イ 酒類は毎日飲むと答えた人、農業者、漁業者何れも39%に当たる66人の平均でみると、男性では農業者が日本酒で0.29立(1.6合)、ビールで1.1本、漁業者は日本酒0.36立(2合)、ビールが1本である。
 女性は農業者4人、漁業者5人の回答で、日本酒なら0.18(1合)、ビールでは1本が平均である。
 ロ タバコは農業者で33人、漁業者で19人が回答しているが、実際の喫煙者はこれよりも多いと思われる。1日の平均量は農業者で22.7本、漁業者で24.2本となる。女性の喫煙者は魚家に2名あり、1日平均15本である。
 ハ 甘いものと塩からいものとの好き嫌いをみると、総体的にはどちらも好きでも嫌いでもなく、普通と答えた人が断然に多い。甘いものが好きな人は、農家の女子38%、漁家の男子32%、農家の男子28%、漁家の女子25%の順である。
 塩からいものが好きなのは、漁家の男子24%、同女子14%、農家の男子12%、同女子6%の順となっている。

〔家族の健康〕
(1)現在病気やケガの人
 イ 調査対象170戸の中で、現在病気の人が45人(農家29人、漁家16人)あり、仮に1戸に1人とみても、26.5%に当たる家庭が病人をかかえている勘定になる。
 また、病人は男より女が多く、年令が高いほど人数も多くなっているが、30代から50才代までの人が15人もあり、家庭的にも社会的にも重要な立場の年代だけに問題は大きいといえる。


 ロ 家族の中で、現在ケガをしている人は女子2名で、農家1名(30代)、漁家1名(50代)と人数は少ないが、年代的には病気の場合と同様、問題点といえる。
 ハ これらの人の治療状況をみると、入院しているのは12名(病気11名、ケガ1名)で、残りの人は目宅治療あるいは通院治療であるが、そこにはやはり治療費の支出や交通費の負担があり、さらに大部分の人が就業を休んでいると考えられる。

(2)寝たきり老人
 対象170戸のうち僅か3人(農家2、漁家1)で、人数は少ない。この3人について寝込んだ期間をみると、農家の2人は1年以内であるが、漁家の1名は5年近く、本人の苦痛はもちろん、家族の心労も大変であろうと察せられる。


〔疲労の調査〕
(1)農夫症々候群
 対象者の自覚症状にもとづいて、肩こり以下8項目について調査した。
 イ 「いつもある」症状としては、肩こりが高率を示し、特に漁業者(29%)にこれが目立っている。次いで腰痛となっているが、腰痛は「時々ある」症状としても断然トップで、為を大きくリードしている。(農業者49%、漁業者50%)

 ロ 内容的には、肩こり、腰痛、不眠が漁業者に高率であり、夜間頻尿、手足のしびれは農業者に高い率が出ている。息ぎれと腹はりは、いつもある人が零であるのも注目される。
 ハ これらの訴えを症状の程度により、いつもある……2点、時々ある……1点 ない……0点の基準で8項目を採点し、分折してみると、全く自覚症状のない人、つまり0点の人は農業者10人(男6、女4)と、漁業者4人(男2、女2)の14名で、全体の8.2%となる。

◎採点基準
  いつもある 2点
  時々ある  1点
  ない    0点
  8項目の合計点
  2点以下の−(マイナス)の部に属する人、つまり別に対策を要しない人は68人(40%)にすぎない。
  3点から6点までの±の段階で、対策を必要とする人は94名にのぼり、全体の55.3%を占め、さらに7点以上で高度な対策(治療)を必要とするもの、つまり+の部に属する人は8名(4.7%)である。
 ニ.これを農漁別、男女別にみると大きな差は認められないが、農家よりも漁家にその比率が高く、男よりも女子に高点者が多いのが注目される。
  最高得点者(重症)は9点で、各階層とも昨年度に調査した神山町より低い結果となっている。
  全体的には、その程度に若干の差こそあれ、農夫症の症状があらわれていることは見逃がせない事実である。
(2)疲労症状の調査
  対象者の自覚症状を中心に、A身体の疲れ、B精神の疲れ、C神経感覚の疲れの3項目を1日の仕事が終わった後の状態について調査した。

◎疲労症状の調査(1日の仕事が終わった後の状態)


 イ.A群の身体的疲労症状の10項目についてみると、農漁別、男女別の何れもその順序に多少の違いはあるものの、全体的には次のような結果が出た
   1.横になりたい………(46%)
   2.足がだるい………(32%)
   3.ねむい………(31%)
   4.目がつかれる………(28%)
   5.全身がだるい………(21%)

 ロ.B群の精神的疲労では、対象者の大部分が農作業や漁業など、肉体的労働に従事従事しているだけに、A、Cの各群よりもやや低い訴え率であった。
   1.一寸したことが思い出せない……(26%)
   2.根気がなくなる……(18%)
   3.いらいらする……(15%)
   4.物事が気にかかる……(15%)
   5.きちんとしていられない……(10%)
 なお、農漁、男女の各別についてみると、漁家の女性が僅かに高い率を示している。
 ハ.C群の神経感覚的疲労症状では、農夫症々候群の調査に表われたとうり、肩こりと腰痛の訴えが特に多く、毎日の仕事が手作業と、前かがみの姿勢による作業のくり返しに起因していると考えられる。
  なかでも、肩こりは漁家に多く、とくに女子が72%と高いのが注目され、反対に腰痛は農家に高くなっている。


   1.肩がこる……(49%)
   2.腰が病い……(25%)
   3.口がかわく……(15%)
   4.マブタや筋肉がピクピクする……(12%)
   5.頭がいたい(11%)

〔対象者の病気〕
(1)慢性的病気の有無
 イ.慢性的病気をもっている人は、対象者170人のうち62人あり、全体の36%(男35.7%、女37.2%)の人が何らかの持病に苦しんでる。
 ロ.男子では漁家の23%より農家が44%と多く、女子では反対に農家の32%に対し、漁家が44%と高くなっている。
(2)慢性病の内容
  どのような慢性病が多いか、病名別にその内容をみてみると、
 イ.男子では農漁とも胃病がトップにあるのが目立ち、心臓病と腎臓病がそれぞれ2人宛、農業従事者にあるのに、漁業者には見当らない。一方、漁業者には十二指腸(2人)、腸の病気(2人)、肝臓病(1人)があり、農業者には居ない。
 高血圧は、農業者3人、漁業者2人である。

 ロ 女子では、農業者のリウマチ(5人)と漁業者の気管支炎(4人)が最も多く、次いで漁業者の高血圧と腎臓病が各3人、農業者の心臓病3人となっている。
 ハ また、1人で2つ以上の慢性病をもって苦しんでいる人が13人(男6、女7)あり、中には病名のつかない病気で30年も悩まされている男性がある。
 ニ 慢性病のうち、高血圧と心臓病をもつ14人について、肥満度との関係をみたが、太りすぎ4人(29%)、普通8人(57,%)、やせすぎ2人(14%)となり、今回の調査では、特別に顕著な傾向は見られなかった。
(3)次に、病気とまでは進んでいないが、健康上の注意を医師から受けたかどうかを、高血圧、心臓病、貧血の3点に限定して調査した。
  それによると、170人中、60人(35%)の人が注意を受けている。


  とくに女子には貧血の注意を受けた人が多く、農家で50人中13人(26%)、漁家は36人中7人(19%)と高い率を示している。
(4)自分の血圧について、建康な時の平常値を知っている人は、男53.6%、女57%で、およそ半数に近い人は、自分の血圧について、平常値を知らないままで毎日を過ごしていることが判明した。
(5)対象者の肥満度についても調査したが、これは実測でなく、本人の感覚にもとづくものであり、太りすぎ25.3%、普通が58.3%、やせすぎ15.3%となっている。

〔農薬の散布〕
(1)現在の営農には農薬散布が大きな役割りを占めているが、その反面では、近時農業者ばかりでなく、環境汚染や公害の面からも、社会的課題とされてきている。
  今回、農業従事者だけを対象として調査した結果、誰が散布するかをみると、経営主79%、主婦17%で、他の地区に比べて婦人の散布する率は低い結果が出た。
(2)散布時の中毒予防のための措置についてみると、必らず守っている人は、防除衣25%、マスク74%、腕や手を覆う人36%であり、防除衣を着ないときもある人が34%で、男女とも必らず着ると答えた人の数を上まわっているのが注目され、総体的には十分といえない状況である。
(3)農薬による中毒と考えられる散布後の自覚症状についての調査では、男女に若干の差があり、男子では1 目が痛い(7人) 2 ノド、頭痛、皮フのかぶれ(各4人) 3 手足のしびれ(2人)となり、女性では 1 頭痛(8人) 2 目が痛い(6人) 3 ノドが痛い、皮フのかぶれ(各5人)の順で症状が訴えられている。
  これらの点から考えられるのは、散布時における防除衣などの予防装備が不完全なことであり、それに起因する症状が多いことである。
  近年、農薬は順次、低毒性に移行されてきたとはいえ、農薬自体は毒劇物であることを忘れてはならない。また、急性の中毒は免れたとしても、慢性的な中毒は、その症状が直ちに表われないだけに、潜在的な恐しさに対する自覚と予防の措置が絶対に大切だといえる。
(4)散布後における作業衣の洗だくは、83%までが散布の都度洗剤で洗っているが、約1割の人は水洗い、または時々しか洗っていない。最近農薬による皮フのかぶれが急増している点からも、散布後の処理には十分な配慮が必要である。

〔救急の用意〕
(1)救急箱の常備は、農家で62%、漁家で70%備えられている。昔から置き薬と呼ばれてきた配置薬は、農家で73%、漁家で54%の家庭に置かれている。
(2)軽症の病気や程度の軽いケガ、或は夜間の突然の場合などに備えて、救急箱か配置薬の何れか一方だけでも、全戸に用意したいものであり、少なくとも年に1回は中味を点検して、不足のものは補充することを心掛けてもらいたい。
(3)保建資材の所有状況について、対象者170人を170戸とみなして、それに対する比率を普及率の高い順でみると、1 体温計、2 水枕が何れも85%以上で、3 体重計56%、続いて4 氷のう46%、5 マッサージ機45%、6 吸いのみ41%、7 病人用便器40%の順となっている。平均して農家が漁家よりも僅かに所有率が高くなっているが、マッサージ機と電波治療器は反対に漁家によく普及している。
  また、血圧計の普及が極端に低く、農家12%、漁家3%しか所有していない。最近手ごろな価格で精密なホーム血圧計も出まわっているので、家族の健康管理に役立てるため、体温計や体重計と同様、必需品として備えたいものである。

〔健康診断〕
(1)昭和51年になって健診を受けた人は、170人中68人で、全体の40%にとどまり、残り60%の人は受けていない。
  内訳をみると、女性の受診率がよくて漁家47%、農家46%と約半数に近いが男子では農家42%、漁家21%と下がっている。
(2)健診を受けた人について、どんな検査を受けたか、その内容をみると、胃部54%、胸部41%、検尿検便40%、血液検査25%という状況である。


 とくに女性を対象とする検診では、86人中に子宮ガン7人、乳ガン4人しかなく、極めて遺憾な状況といえる。


(3)健診を受けなかった人について、その理由を聞いてみると、1 忙しくて行けなかった48%、2 現在は健康だから33%で、全体の8割までがこの2つの理由で占められている。次いで3 病気が見つかると恐しい9人(9%)、4 一度受けているから7人(7%)である。
  真に「自分の健康は自分で守る」という意識が徹底していれば、忙しいのは理由にならないし、さらに、現在は健康だと自分で信じていても、それは確証のないことで、ガンのように自覚症状のないまま、病状が進行する場合もあり、健康だからこそ、今のうちに受診することが大切なのである。


(4)次に機会があれば受けるかどうか、その回答をみると、全体の90%に当た 152人が受けると答え、受けないと答えた人は僅か14人(8%)で、このアンケートの上では、殆んどの人が健診を望んでいると解釈できる。
  したがって、行政や農協、漁協などが計画的に健診の機会を設けるとともに、健康教育に心掛けて受診率の向上につとめることが先決だといえる。
(5)この次の健診では、どんな内容の検査を受けたいか、その希望についてみると受けると答えた人のうち、男子72人では農漁とも同じ傾向で1 胃部59人、2 胸部26人、3 血液検査26人、4 糖尿病16人となり、女子80人では、1 胃部57人、2 子宮ガン51人 3 乳ガン24人、4 胸部19人、5 血液検査18人、6 糖尿病8人の順となる。

〔行政や農漁協に対して望むこと〕
 健康管理のため、行政や農漁協に対して望むことをまとめると、次のとおりである。
 1  健康診断を行なってほしい (69%)
 2  ガン検診など特殊検診の希望 (46%)
 3  保健教室、衛生講話、農薬の安全使用などの指導 (28%)
 4  栄養料理講習 (24%)
 5  健康増進の事業 (19%)
 6  近くに診療施設の設置 (15%)
 7  保健や育児の相談 (12%)
 8  農休日の設定 (8%)

〔おわりに〕
 以上のとおり、牟岐町における農漁業従事者を対象とした健康に関するアンケートの集計結果について、概要を報告したが、今回の調査に当たり各般のご協力をいただいた地元教育委員会、農協、各漁協の関係者に厚くお礼申し上げます。

 

 

その2 集団検診結果

〈はじめに〉
 農村医学班のこの学会への参加は、昨年の神山地区につづいて、第2回目である。従って前回との比較についての期待と、それ以上に、牟岐地区の農業と漁業従事者の比較健康調査に強い関心をもって、昭和51年7月27日から4日間、牟岐農協において、この調査を実施した。

 調査対象及び検診方法
 調査対象は農業従事者100人(男性50人、女性50人)、漁業従事者69人(男性34人、女性35人)計169人であり、夫々の年令的内訳は表1の如く、20才代、60才代は少なく、主として、40〜60才代で占めておるが、平均年令は農業従事者46.3才、漁業従事者46才と略類似している。
 検診方法は、昨年の神山町に準じて行ったが、本年度は、胃部レントゲン検査も実施することが出来、血液は確実に朝の空腹時に採取し、生化学的検査としては、表2の如く、6項目の定量はオート・アナライザーを使用し、更にβリポプロテイン、コリンエステラーゼ、電解質及び蛋白分画の測定も追加し得た。
 又、農業と漁業従事者の体力比較を意識して、肺活量の測定、身長、体重の計測を、栄養班の協力を得て実施した。


調査結課
 結論を先に記すと
1)肺活量測定では、少くとも、40才代の比較において、漁業従事者の方が男女ともに農業従事者より勝っていると傾向を認めた。
2)一般検査では、貧血は農業女性に多く認められ、低蛋白血症は意外にも、漁業男性に多く認められた。
3)肥満、高コレステロール血症が女性、特に漁業女性に多く認められた。
 最近の日本農村医学会の報告から、農業と漁業従事者の健康比較調査の成積をみると、長崎大学衛生教室が昭和48年に宮崎県で行なった成積では、肺活量や腰椎の前後屈可動域値(どの位、腰の運動が出来るか)の測定で、漁業従事者の方が農業従事者より加令底下が少ないことを報告しており、又、同年秋田県厚生連平鹿総合病院の調査、即ち、農村地帯である平鹿地区と岩手県の漁村の30才〜40才代の婦人の比較調査では、高血圧、貧血は農村婦人に多く、コレステロール値は漁村婦人の方が高い。又、トリグリセライドは逆に農村婦人に高い傾向を認めたと発表しており、今回の私達の調査結果と類似している。


 検査器具は、携帯用のバイテーラー(Vitaler)を使用したが、その年代別の実測値は男子では表3の如くであり、全体として加令低下の傾向がはっきりと認められる。農業(○印で表示)と漁業(×印で表示)の比較では、夫々の年代別調査人数のちがいもあり、困難であるが、40才代では漁業従事者に肺活量4,000を超える人が4人もいて、農業従事者より勝っている印象をうけた。
 又女子でも全体としての加令低下傾向は男子ほどはっきりしないが、50才代で急に低下している。農業と漁業の比較では、男子と同様に、40才代にて漁業従事者の方が高い値を示している人が多い。(表4)
 肺活量は、性別、身長、体重によってその直が左右されるが、今回の調査では男女両群共に夫々の平均身長、平均体重は表5の如く、女子の体重を除いて略似た様な数字であった。


 更に、個々の身長、体重からパーセント肺活量(%VC)を算出し、両群で差の感じられた40才代の平均値を求めてみると、表6の如く、いずれも正常値80%以上であるが、男女共に漁業従事者の方が明らかに高い数字を示し、漁業女子の平均値は、農業男子のそれを上廻る結果となった。


 60才代の調査人数が少かった為に、加令低下のパターンの差異を明らかにすることは出来なかったが、一般に、老化が著名にはじまるとされている。40才代におけるこの両者の差は一応注目すべきことかと考える。


 表7の如く、尿の検査では漁業女性に蛋白陽性4人、糖陽性1人、が目立つ程度で、他の群には異常者は少ない。血圧も真夏の為もあり、高い人は比較的少なく、それでも農業、漁業共に女性に5人づつ高血圧を認めた。
 血情蛋白量では、漁業に低い人が多く、特に漁業男性では軽度ながら異常者が10人もあり、平均値も6.62と低いのが目立つ。
 血色素量の検査では、逆に農業の方が低く、特に農業女性では12人(24%)に貧血を認めた。
 血清蛋白量と血色素量の年令別の平均値及び異常者数を調べてみると、表8の如く血清蛋白量の低い漁業男性では、異常者10人のうち5人が50才代であるが、略各年代に分布している。一方農業女性の異常者、即ち貧血は、30才代と40才代に集中しており、特に今回の調査で、血色素量8.8〜9.8g/dlと云う強い貧血を認めた3人は、いずれも農業女性のこの年代の人であった。


 更に、血清蛋白量について、各群の分布をみてみると、表9の如くになり、黒塗りの漁業男性では全体にグラフの左側、即ち低い方に片寄り、血清蛋白量7.0g/dl以上の人はわずかに3人のみで7.4g/dl以上の人は1人も認めず、他の3群とは明らかな差を示した。


 その他の生化学検査では、脂質は後述するが、その他の項目では、各群に特別な傾向を認めず、又、図表も割愛したが、トランスアミナーゼの異常者は女性には1人もなく、GOT異常(36〜44)は農業男性に2人、漁業男性1人に、又GPTもごく軽度の異常者(30〜35)が農業男性2人、漁業男性1人に認められたのみである。
 コリンエステラーゼの異常者は1人もなく、尿素窒素と軽度異常(24〜32mg/dl)が7人に認められ、電解質では低カリウム血症(3.0〜3.5mEg/dl)が31人に認められたが、各群には差がなく、そのメカニズムも不明である。
 レントゲン検査では胸部で23人(14%)の異常を認めたが、胸膜ゆ着像6人、(うち3人には胸膜炎の既往症があった。)心臓肥大像12人が含まれており、後者では診察において高血圧6人、弁膜症、高度の貧血、心不全、不整脈が夫々1人づつ認められていた。肺野の異常は5人で、慢性気管支炎1人、胸膜炎の既往の持ち主1人が含まれていたが、これらは当然再検、精密検査を要する人達である。
 胃部の異常者は18人(11%)に認められ、潰瘍の疑3人、ポリープ1人、はんこの疑12人、要再検2人であった。

 

III.肥満度と血清脂質
 対象者の身長と体重を実測し得たので、(身長−100)×9/10 の標準体重と実測の体重を比較して各人の肥満度を計算し、各群毎に作成したのが表10である。一般に±10%以内を正常としているので、+20%以上を肥満とすると、男性では農業・漁業共に60%の人が正常に属し、肥満は農業7人(14%)、漁業4人(12%)である。然し、女性では農業、漁業共に肥満者が夫々14人づつあり、農業では28%、漁業女性では実に47%の人が肥満の部類に属している。


 肥満と関連して考えられている生科学的な血清脂質の検査では、先ず、総コレステロールの定量結果(表11表)をみると、231mg/dl以上の異常高値は22人に認められ、うち男性は5人のみで、女性が17人を占め、漁業女性では11人(31%)が高コレステロール血症である。
 次に、βリポプロテインの定量でも、表12の如く前の総コレステロールと略類似したパターンを示しており、異常高値者は21人あり、男性7人、女性14人、うち漁業女性が9名を占めている。
 3番目のトリグリセライドの定量結果は表13の様に前二者とは様相が異なり、異常値者はわずかに4人、即ち農業男性3人、農業女性1人に認められたのみで、漁業従事者は全て正常範囲であった。


 血情脂質の異常高値は最近、高脂血症と呼ばれ、その代謝も次第に解明されつつある新しい研究分野であるが、臨床的には総コレステロール及びその運搬体であるβリポ蛋白の増加は動脈硬化の発生と関係があり、トリグリセライドの増加は、脂肪肝、膵炎を発生し易く、又、アルコールの多飲との関係も問題になっている。


 文部省総合研究班(班長 大島研三)による「健康日本人の血情総コレステロール及びトリグリセライド値に関する研究」(昭和48年)によると、農村居住者の総コレステロール値は都市居住者のそれに近似しているが、トリグリセライドは、男性では農村に高く、女性では都市に高い傾向がみられ、漁村居住の男性では、総コレステロール、トリグリセライド共に都市や農村に比べて低く、又、年令による変動も認められない、と報告している。この研究では、漁業の調査地域が熊本県と静岡県の2地域のみで少なく、又男性のみに限られているので、今回の調査で問題となった漁業女性との比較は出来ないが、その他の群については私達の今回の結果と略同じ傾向を示している。

 

IV 診察所見から
  診察所見のうち、肝腫脹と下肢浮腫をとりあげてみると、今回の検討では表14の様な所見を得た。


 診察時、肝臓を触知した人(A)は31人(18%)であるが、そのうち、一横指又はそれ以上に触れ、辺縁の性状や硬度の増強を伴う例(B)は23人(14%)に認められた。男性と女性の比では、肥満と反対に男性に多く、農業男性11人(22%)、漁業男性6人(18%)となっている。農業女性9人(A)のうち5人は1横指以下の触知であり、辺縁も軟であり、体型その他の所見から内臓下垂に伴うものと考えられる。
 下肢の浮腫については、問診時には28人の人が時々足が腫れると訴えていたが実際の診察時には12人に認めたのみである。診察が午前中であったこと、夏で血圧、血行の状態が良好であった為とも考えられる。然し、12人中10人は女性であり、農業女性3人では2人に貧血を認め、漁業女性7人のうちには高血圧2人、不整脈2人、慢性腎炎1人が含まれていたので、潜在疾病の発見のためにも、下肢浮腫は大切な所見であると痛感した。
 肝腫脹(B)を認めた農業男性11人、漁業男性6人について、その既往症と現症を分析すると、17人中高血圧4人、肝炎2人、強度の胃下垂2人、脂肪肝、腹部手術で輸血、肺疾患でコバルト60の治療、過去にパラチオン中毒及び高脂血症、夫々1人づつあり、残りの4人には肝腫脹と関連する疾病の存在は認められなかった。尚、これら肝腫脹例のトランスアミナーゼは15人は全く正常であり、脂肪肝例がGPT30、コバルト60、既往例がGPT36と異常の2例もごく軽微な上昇にすぎなかった。従って、肝腫脹は過去の歴史、既住症を秘めていることが多い様に思える。
 最後に、漁業女性の肥満者14人について今回の検診所見を見ると、表15の如くになり、所見のだぶっている人もあり、異常所見の認められなかったのは14人中わずかに4人のみであった。


 尚、下肢浮腫を認めた4人の肥満度は、+44.8%、+47.4%、+30.6%、+64.5%であり、浮腫による体重増加が肥満度を高めていたことは容易に想像出来る。
 尚、低蛋白血症と関連して、漁業男性の診察時の印象を付け加えると、診察所見として舌の性状不艮(色、答、ひだ)腹部所見でも腹壁緊張柔、腹鳴等の所謂胃弱な感じの人が他の群より多い印象が残っている。作業に伴う食事時間の不規則さ、更に煙草、酒も影響しているのかも知れない。

まとめ
 阿波学会に参加し、牟岐町における農漁業従事者の健康調査を行った。
1)肺活量は、農業従事者より漁業従事者の方が勝っている傾向を認めた。
2)一般検査では、貧血は農業女性に尚かなり多く、低蛋白血症は漁業、特に漁業男性に多く認められた。
3)肥満、高脂血症が女性、特に漁業女性に多く認められた。
4)検査結果のみでなく、個々の既往症や診察所見にも注目した検診を推進することによって「自分の健康を守る」運動に役立ちたい。

参考文献
1)阿賀倶子他(長崎大、衛生)「同一地域に居往する農民と漁民の体位、身体機能の比較」第22回日本農村医学会総会(昭48年)で発表。
2)佐々木紀三郎他(秋田、平鹿総合病院)「農村と漁村における主婦の栄養摂取調査及び健康調査成積」 同上総会で発表
3)葛谷文男他(名古屋大、内科)「日本人高脂血症の疫学」日本臨床 33(11):3169(昭50年)
4)文部省総合研究班(班長 大島研三)「健康日本人の血清コレステロール及びトリグリセライド値に関する研究」動脈硬化 1(2)、101、1973


徳島県立図書館