はじめに 例年行われている阿波学会総合学術調査の一環として医学班では、牟岐町の農村、漁村両地区の住民の栄養調査を実施した。今回は続いて報告されるように両地区住民の検診(臨床検査を含む)が農村医学班(加藤阿南共栄病院院長の指導による)によって同時に施行されたので、当班では摂取栄養調査(24時間思い出し法)とコーネル大学式健康質問表によるアンケート調査を中心に実施した。今回対象に選ばれた牟岐地区は徳島市の西南約67キロメ−トル離れた海部郡沿海の中央に位置し南西は太平洋に臨み漁業が盛んである。他方町の大部分は牟岐川の流域でそれに沿った農業地帯が広がっている。もともと人間の食生活は地理的条件、食習慣、嗜好、栄養に関する知識、食物流通機構、経済性など多くの因子が相互に関連しあっていると考えられる。上記の牟岐の地理的特徴からいって同地区に在住し、漁業、農業にたずさわる人々の職業的差異に重点をおき、2つのグループを相互に比較し、過去において同学会学術調査により施行された脇町、宍喰町、上勝町の調査結果や、さらに全国との比較検討を行った。
〈調査対象と調査方法〉 1)調査対象 徳島県海部郡牟岐町のうち農村地区から男女希望者100名(男50名女50名)、漁村地区から男女希望者70名(男34名女36名)合計170名に対して調査した。年令は農村地区22才〜69才(男22才〜69才、平均48.6才、女25才〜63才、平均43.4才)、漁村地区23才〜66才(男23才〜66才、平均46.1才、女30才〜61才平均45.7才)であった。 2)調査期間 昭和51年7月21日より51年7月30日までの4日間実施した。 3)調査項目および調査方法 a)食事調査 食事調査日の数日前に食事調査表を各自に手渡し24時間中に摂取した食品の目安量を記入するよう依頼した。食事調査日の翌日、身体計測(体重、身長、肺活量)、検診および臨床検査(農村医学班による)と同時に個々面接により食品のモデル、調理食品のモデルを提示し、各自が記入した食品目安量を調査員が確認した上でグラム数に換算した。栄養摂取量の算定および食品郡別摂取量、一日の栄養配分比、栄養比率などあとにのべる調査項目の検討には国民生活センター(東京都港区高輪3丁目13の22)での電子計算機処理によった。 b)アンケートによる健康調査 コーネル大学式健康質問表を前期食事調査表と同事に各自に配布し記入を依頼した。なお不確実な項目は前期面接時に調査員が確認記入した。
〈調査結果〉 1)年令、体重、肺活量(表1) 肺活量において漁村地区の男女とも農村地区の男女に比ベそれぞれやゝ高い値を示した。
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2)栄養調査 今回の食事調査はただ一日の調査であるためこれで個人の日常の栄養摂取状況を判定、評価することはできないが、一方食習慣判定表により極力それをおぎなうよう努力し、集団の摂取栄養状態を推測することは可能である。 a)栄養摂取量平均(表2) 蛋白質摂取量において漁村地区の男女がそれぞれ農村地区により高く、とくに動物性蛋白質にその差は著しい。脂肪の摂取量も漁村地区において高く、消費熱量は農村地区の男女よりも指肪による傾向が強い。それに反し糖質は農村地区の男女に多く摂取され、脂肪と逆の関係にある。鉄は農村地区において漁村地区のそれより低く、農村地区女性の軽度の貧血のみられることと関係があるかもしれない(農村医学班の調査結果参照)。ビタミンAは農漁村地区とも低いが漁村地区の女性に待に低い。糖質/熱量、脂肪/熱量はすべにのベたように農村、漁村地区との間に相反する結果を示している。
![](2313/23igaku_tab02.gif) b)栄養所要量に対する栄養摂取量の比率(表3) 両地区全体でみた場合、熱量、蛋白質(動物性蛋白質)、鉄、ビタミンCはほぼ所要量をみたしているが、脂肪、Ca、ビタミンA、B1、B2においてはそれぞれ100%にみたない。なかでもビタミンAが低い。とくに両地区での摂取量の差の著明なものは蛋白質とくに動物性蛋白質において漁村地区での摂取率が高く231%を示した。鉄も漁村地区に多くとっているがそれに反し、ビタミンCとか糖質比(全カロリーに対する摂取糖質量の比率)は農村地区にて高い。
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c)農村地区における男女の差(表4) 男女とも熱量、蛋白質、ビタミンCは何れも所要量をみたし、男では鉄の所要量をかなり上回っているが女では鉄の不足をみる。(農村医学班の検血結果と対比されたし)。農村地区の男は脂肪、Ca、ビタミンA、B1、B2の不足がみられ、女では脂肪、Ca、Fe、ビタミンA、B2の不足をみる。
![](2313/23igaku_tab04.gif) d)漁村地区における男女の差(表5) 男女とも熱量はほぼ所要量に達しているが、蛋白質とくに動物性蛋白質はそれぞれ255%、208%の増加を示しているのが特徴である。鉄は男においてかなり所要量を上回っているが女に多少不足をみる。女におけるビタミンB1、Cは所要量をみたしているが、その他の栄養素Ca、ビタミンB2は不足勝ちであり、とくにビタミンAは50%にしかみたない。以上全体を通じていえることは農漁村とも熱量はほぼ所要量に達しているが、とくに漁村の男において著しい。農村では男女ともほぼ同程度で所要量を充分みたしている。ビタミンではAの摂取量は低く、それに反し、ビタミンCは調査季節が夏であったが比較的よくみたされている。鉄は農漁村とも女に低い充足率を示し、Ca、ビタミンB1、B2は低い充足率である。糖質カロリー比は農漁村の男女とも高く、脂肪カロリー比は、やゝ低い。動蛋比をみると農村地区では、男女それぞれ42.5%、36.8%を示し、漁村地区では97.2%、62,5%と所要量よりかなり高い。
![](2313/23igaku_tab05.gif) e)年令別にみた農漁村地区の摂取量(表6〜9) 熱量では各年令ともほぼ充足率をみたし蛋白質では各年令層に高いが、とくに漁村地区の30〜39才、40〜49才に著明に高い。動物性蛋白質も同じ傾向を示す。脂肪では一般にかなり低い充足率であるが、漁村地区が一般に農村地区より高い。Ca、ビタミンA、B2では各年令とも一様に所要量より低く、ビタミンAにおいてとくに著しい。鉄およびビタミンB1は漁村において所要量に近づいているにすぎない。また興味あることは糖質エネルギー比において農漁村とも老令になるに従って高く、脂肪エネルギー比はむしろ逆の関係で老令にともなって所要量より低くなっている。
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![](2313/23igaku_tab09a.gif) f)食品郡別摂取量(表10〜17) 摂取食品を30の食品群に分け、その摂取量を国民栄養調査による平均値と比率で比較した。穀類、魚介、淡色野菜、海草類、乳製品が比較的高く摂取され、魚介類とか乳製品は漁村地区に特に高い。魚介類の漁村に高いことはその職業、地理的背景から想像に難しくないが、乳製品の高いことは調査の季節が夏であったため飲料としてのコーヒー牛乳とかヨーグルトなどを飲む機会の多いことによると考えられる。男女別では漁村での魚介類が男性に多く摂取されている以外、農漁村とも女性に多く穀類、魚介類、淡色野菜、海草、乳製品が摂取されている。卵類もほぼ全国平均に達している。緑黄色野菜とか果実はかえって全国平均の1/2以下であることは飲料による乳製品の摂取量の多いこととあいまって地理的条件というよりも、調査季節が夏のためと考えたい。このことがビタミンA摂取量の少ないことに反映していると思われる。以上のことは穀類カロリー比は比較的高く、また蛋白カロリー比も高いこと、逆にビタミンA、B2などの低いことを裏付けている。年令別にみても魚介類、肉類は何れも30〜49才において最も多く摂取している。
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![](2313/23igaku_tab17.gif) g)朝昼夕食品数(表18) 食習慣が栄養摂取におよぼす影響の仕方を知る一つのアプローチとして朝昼夕食品数を調べた。日本人一般に夕食に重点がおかれた食事パターンガ多いが農漁村、男女ともこの傾向がみられた。
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〈まとめ〉 1)当地の栄養状態は糖質、蛋白質とくに動物性蛋白質の摂取量は所要量を上回りとくに漁村地区において蛋白摂取量(動物性蛋白質)はかなり上回った。それに反し脂質、Ca、ビタミン類でもビタミンA、B2の不足が目立った。鉄不足は農漁村とも女性に低い充足率を示した。 2)摂取食品では穀類は両地区とも充分であり、魚介、淡色野菜、海草、乳製品が多く摂取されているが、緑黄色野菜、果実、牛乳、油脂の摂取は低い。 3)最近の交通の発達に伴い、加工食品の流通機構は改善され、店舗には種々の品物が並べられているが摂取されている食品では現在なおその地理的条件、食習慣による影響と考えられる傾向が調査期間が夏期であったことと相まって充分うかがえた。 4)食生活アンケートは24時間摂取食物調査を補う意味で、また食生活指導をする場合の各人の食生活の背景を知るためにも重要であると考えられるが、集計が困難であるので今回報告を省略した。
参考文献 手塚明連ら:脇町地区住民の栄養調査、 総合学術調査報告、脇町及びその周辺 郷土研究発表会紀要 第19号 57頁 阿波学会 徳島県立図書館 昭48年 高橋俊美ら:宍喰地区住民の栄養調査 総合学術調査報告 宍喰町及びその周辺 郷土研究発表会紀要 第20号 73頁 阿波学会 徳島県立図書館 昭49年 中西晴美ら:上勝町住民の栄養調査 総合学術調査報告、勝浦郡 郷土研究発表会紀要 第21号 103頁 阿波学会 徳島県立図書館 昭50年 上田伸男ら:神山町の栄養調査 総合学術調査報告 神山町 郷土研究発表会紀要 第22号 191頁 阿波学会 徳島県立図書館 昭51年 国民栄養振興会編:日本人の栄養所要量と解説 第1出版 東京 昭50年 井上五郎訳:エネルギー蛋白質の必要量 医歯薬出版 東京 1973 |