阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第22号
神山町農家と農民の健康状態について

アンケート調査結果

四国農村医学班

 井上博之・多喜田静・井後正

 日下静代

 

集団検診結果

四国農村医学班

 坂東玲芳・市原敏樹・松田千寿子

 住友薫造・井上博之・多喜田静

 四国農村医学会として、阿波学会の総合学術調査に参加し、神山町農家と農民の健康状態について調査したので、その1 アンケート調査結果、その2 集団検診結果として報告します。


その1 アンケート調査結果
〈はじめに〉
 神山町の総合学術調査に農村医学班として参加し、農業従事者を中心に農家の健康について調査したので、その概要を次のとおり報告します。
 同町の農家は2.400余戸で、全世帯数の70%強を占めており、1万1千人に余る農家人口をもっているだけに、広範な調査は困難と考え、主として専業的に農業を経営する250戸を抽出し、そこから経営主または主婦を人選して調査の対象とした。
 具体的には、旧町村単位に男女各25名宛の50名を予定し、町内5農協からそれぞれ抽出人選の上、名簿の提出をいただいた。


〈調査の結果〉
〔1〕生活環境
 (1)家族構成の人数の状況をみると、4人から5人の家庭が多く、7人以上の家庭は甚だしく少ない。これはやはり核家族化や過疎の進行に伴なう一つのあらわれといえよう。中でも注目されたのは、男1人だけの家が2戸、女1人暮らしの家が3戸あることである。
 (2)61才以上の老人のある家庭が150戸あり、対象の236戸に対して63・6%を占めることは、平均寿命の、伸びにみられるように、日本人の長生きの証であるが、それだけに農家生活の全般にわたり、老人問題が大きな課題とされる所以でもあると考えられる。
 (3)対象者の各人について、農業と農業以外の仕事にそれぞれ従事する割合をみると、完全な専業といえる者、つまり10割まで農業に従事しているのは男39人、女20人で、残りの人は農業以外に何らかの仕事をもっており、兼業化の進んでいることがうかがわれる。
 今回の調査では、5割以上農業に従事する者を一応専業とみて取り扱い、調査結果をとりまとめた。その人数は男が81人で68.6%、女が93人で78.8%となり、全体では174人の73.7%である。
 (4)1日の生活時間を大別して平均をみると、農作業は農繁期で約9時間、農閑期でも8時間程度であり、睡眠も、7〜8時間が確保されている。平担地のように農繁多忙のしわよせが、睡眠時間の短縮に強くあらわれるという傾向はあまり見られなかった。
 (5)教養面ではその傾向だけをみたが、概要は次のとおりである。
   イ)新聞を毎日読む人は、男63.5%、女が35.6%で、平均50%しかなく、30%の人は時々読むと答えている。
   ロ)テレビは男女とも1日に2〜3時間見ているが、問題はその内容であり、教養番組等がどれだけみられているかであるが、そこまでの迫跡調査はできなかった。
   ハ)農業専門誌と家庭雑誌についても、毎月買う人が全体の18%と22%でそれぞれ低く、時々買う人を含めても40%と43%で、何れも半分に満たない状態である。また婦人雑誌は毎月買うよりも時々買う人が多く、記事の内容等によって買い求めていると考えられる。
   ニ)各種の研修会などへの出席は、よく出席する人は21%にとどまり、時々出席すると答えた人を含めても全体の59%である。
 (6)衛生面では、風呂、便所、手洗い等の概況について調査した。
   イ)入浴は男女とも夏は1週間に7回以上、つまり毎日入っているのが圧倒的に多く、冬になると毎日入っている人は平均して27%に下がり、1週間に3〜4回の人が多くなっている。
   ロ)便所については、その設備が屋外だけしかない家が52.5%と半数以上もあり、老人のある家庭が全体の64%を占めることから考えても、高令者の特に冬の健康面から一考を要する課題といえる。
   ハ)手洗いは76%まで流水式に改良されているがさらに押上式に改善されることが望ましく、昔ながらの手洗鉢の利用に頼っている42戸は、特に保健衛生上から早い機会の改善が望まれる。
   ニ)飲料水は水道利用が32%を占め、自家水が65%であるが、これらの詳しい内容的調査は把握できなかった。
 (7)嗜好の傾向としては、次のような結果である。
   イ)酒類とたばこについて、毎日飲んだり吸うと答えた人の平均量をみたが、これは主として男性の回答であり、酒は43人の平均で1日に1.6合、ビールは1日約1本、たばこは16本が1日平均である。
   ロ)甘いものと、塩からいものとの好き嫌いをみると、総体的に男女とも甘いものが好きであり、からいものを好む人は少ないが、女の人で5%、男で19%の人は、からいものを好きと答えている。


〔2〕家族の健康
 (1)調査農家236戸の中で、現在病気の人が52人もあり、かりに1戸に1人とみても22%にあたる家が病人をかかえている勘定になる。これら病人の年令をみると、40才台から70才台までの各階層にそれぞれ17%以上が集中しており、とくに40才台と50才台の家庭的にも社会的にも、重要な立場にある年代の人が、それぞれ9人も含まれているのが注目されます。
 (2)ケガをしている人は、男ばかりで3人と、病気にくらべて人数は少ないが、年令的には20才台と50才台の働らき盛りであり、病気の場合と同様に一つの問題点といえる。
 (3)これらの人の治療の状況をみると、入院しているのは僅か4名で、残りの人は自宅治療あるいは通院治療であるが、そこには当然、治療費と交通費の支出があり、さらに大部人の人は就業を休んでいると考えられる。
 (4)寝たきり老人が7人あり、32戸に1人の割となる。年令別にみると60才台が1人で、70代2人、80名4人となっている。そして寝込んだ期間をみると、3人は1カ年以内で短かいが、残りの4人は1年以上であり、うち2人は既に5年以上も寝込んでいる。
 本人も苦痛の毎日と考えられるが、その世話に当たる家族の心労も大変であろうと考察される問題である。


〔3〕疲労の調査
 (1)農夫症症候群の調査
   イ)肩こり以下8項目について、対象者の自覚症状にもとづいて調査したが、「いつもその症状がある」と答えたのは、肩こりと腰痛に高い比率を示し、「時にある症状」でも、やはり肩こりと腰痛に集中しているのが注目される。次いで、手足のしびれ、夜間多尿、不眠の順であり、腹ばり、めまい、息切れ、等も時々ある農夫症的な症状として訴えている。
   ロ)その内容を、専兼別、性別に分析して考察すると、肩こりの場合は男女が反対で、男は兼業に高く、女性は専業者が高い。腰痛は男女ともに専業者が兼業よりも高い比率を示し、手足のしびれは、女性の専業者に多く出ている。


   ハ)これを症状の程度により、いつもあるのは2点、時々あるのは1点の基準で、8項目を採点し分析してみると、全く自覚症状のない0点の人は僅かに15人しかなく、2点以下の別に対策を要しない−(マイナス)の人は43.7%にすぎない。3点から6点までの±(プラス、マイナス)で、対策を必要とする人が50.8%、さらに7点以上で、高度な対策(治療)を必要とする+(プラス)の部に属する人が5.5%もあり、最高は11点の重症である。
   ニ)また、専兼別にみると大きな差異は認められないが、男女別には女よりも男にその比率が高く、全体的には、その程度の差こそあれ、農夫症の症状が強くあらわれていることは、見逃がすことのできない事実である。
 (2)疲労症状の調査
   イ)次に農夫症の症状調査と別に、疲労度の自己診断法による調査を試みた。
    疲労のあらわれ方には3つの種類があるといわれる。
    第1は、自覚的な症状としてあらわれるもので、どことなくだるい感じとか、イライラ気分、ぐったりした無気力感、など疲労独特の自覚症状である。
    第2は、客観的な行動とか、仕事のうえにあらわれるもので、仕事がなげやりになったり、動作が乱れてミスが多くなり、行動も鈍くなるもの。
    第3は、生理的な機能の低下であり、体や脳の働らきが低下してくるもの。
    今回は、このうち、第1の自覚症状を中心に、1 身体の疲れ 2 精神の疲れ、 3 神経感覚の疲れ、の3点について調査した。
   ロ)A群の身体的疲労症状の10項目についてみると、236人中、横になりたい、が51.7%と圧倒的に高い比率を占め、足がだるい34.7%、目がつかれる28%、全身がだるい27.1%、ねむい24.6%などが高い位置に出ている。
    男女別にみると、女性の目がつかれる。足がだるい、の3項目がとくに男に比べて高いのが目立っている。
   ハ)B群の精神的疲労症状は、対象者の仕事が農作業など肉体的労働が主であるだけに、全体的にはA、Cの各群よりやや低い結果であり、僅かに高いのが一寸したことが思い出せない、根気がなくなる、等である。男女別には違いがあり、一寸したことが思い出せない、のは女性に多く、根気がなくなる、いらいらする、の2つは男性に高い結果が出ている。
   ニ)神経感覚的症状では、農夫症の項に示されたとおり、肩がこる、腰が痛い、等の症状を訴える人が極めて多く、山間地であるために農業の機械化も十分でなく、手作業あるいは前かがみの姿勢での作業を長時間くり返す現在の農業そのものに起因した疲労が、うきぼりにされているといえる。
 そして、肩こりは女性に高く、腰痛は男性に多いのが特長といえる。


〔4〕調査対象者の病気
 (1)慢性の病気についてその有無をみると、調査対象者236人の中、35%にあたる83人が、何らかの慢性的病気に悩まされていると答えている。慢性病が無いと答えた人は144人(61%)である。
 (2)どのような慢性の病気をもっているか、その内容を病名別にみると、胃病が断然多くて24.4%、次に高血圧の13%がこれに続いている。これは主食(米食)中心と塩分の多い食生活に習慣づけられた農民の宿命的特異な傾向とも考察される。
  以下、神経病、リュウマチ、気管支炎、腸の病気、結核の順であり、肝臓や心臓病などの慢性病は、平坦地農家の調査に比べ少ない結果が出ている。
  また、2つ以上の慢性病を併せもって悩んでいる人が32人もあるのが注目され、結核は男7人に対し、女0人というのも目につく点である。
 (3)慢性病のうち、高血圧と心臓病をもつ19人について、肥満度との関係をみると、普通または太りすぎの人が84%(16人)を占め、やせすぎの人は僅か3人である。
 (4)次に、病気とまではいかなくても、最近に医師から健康上の注意を受けたことがあるか、どうかを高血圧、心臓病、貧血の3点に限定して調査した。
    それによると、男で32人(27.1%)女で29人(24.6%)、合計61人(25.8%)が注意を受けている。中でも高血圧が断然多いのが、ここでも注目に値する。
    また、高血圧と心臓病で医師から注意を受けている者48人のうち、やせすぎの人は僅か5人で、普通の体格31人(65%)、太りすぎ11人(23%)となり、これらの病気と肥満との関連からも、中年以降の太りすぎは要注意といえる。
 (5)自分の血圧について、健康時の平常値を知っているか、どうかをみると、知っているか、どうかをみると、知っているのは男39%、女23.7%で、平均して三分の一しか知っていない。残り三分の二に当たる人は、自分の健康時の血圧の値を知らないで毎日を過ごしていることが判明した。
 (6)対象者各人の肥満度について、標準体重計算法により、太りすぎ、普通、やせすぎ、の3分類でみてみると、太りすぎの人は男の8.5%に対して女が、19.5%と高く、やせすぎの人は男女とも19%前後で、全体の60%程度が普通の体格である。


〔5〕農薬の散布
 (1)現在の日本農業の中で、作物栽培に欠かすことのできない農薬散布の問題は、ひとり農業者のみでなく、環境汚染や公害の面からも、社会的な課題とされているが、農薬散布の作業は兼業化の進行に伴ない、従来の男性中心から順次女性の手に移りつつあり、神山町においても例外でなく、40%近くの主婦が自ら中心となって農薬の散布を行なっている。
 (2)農薬による中毒と考えられる散布後の自覚症状についての調査では、男女に若干の差があり、男性では1 息苦しくなった。 2 頭が痛くなった。 3 吐き気がした。 4 目が痛い 5 ノドが痛い、の順序であるが、女性では1 頭が痛くなった。がトップで2 に皮フのかぶれが高い比率で続いているのが注目され、3 目が痛い、吐き気がした。4 息苦しくなった、などの症状が訴えられている。
 (3)これらの考察として、総体的には散布時における防除衣など予防装備の不完全に起因すると思われる症状が多く、その対策として、最近は使用農薬が低毒性に順次移行されてきたとはいえ、今後もこの点には十分に注意を払う必要があるといえる。
 (4)また、散布時やその直後におこる急性中毒はさけられたとしても、慢性的な中毒は、その症状が直ちにあらわれないだけに、かくれた恐しさに対する自覚と予防措置への配慮が大切である。
 (5)農薬散布後における作業衣の洗たく状況をみると、散布の都度に洗剤で洗う人が80%を占めているが、残りの20%に当たる水洗いや時々洗う程度の処理で済ましている人は、皮フのかぶれや慢性中毒につながる危険性の面からも一考を要する問題である。


〔6〕食べものの好き嫌い
 (1)健康につながる栄養面で、食生活の内容について、24品目の食品を示し、これの好き嫌いからその傾向を調査した。
 つまり、24品目のそれぞれについて好き、普通、嫌い、の3分類により、その比率をみると、次の順序である。
 イ 好きな食べもの
  1.果物
  2.生野菜
  3.海藻
  4.漬物
  5.牛肉
  6.米飯
  7.とり肉
  8.豚肉
  9.たまご
  10.生魚
 ロ 嫌いな食べもの
  1.チーズ
  2.レバー
  3.納豆
  4.マーガリン
  5.ソーセージ
  6.バター
  7.冷凍魚
  8.ラーメン
  9.パン食
  10.麦飯
 (2)この内容を考察すると、総体に日本的食べものは好きであるが、洋風的な食べものは嫌いという傾向がこの結果にあらわれている。さらに、嫌いと答えた食品の中には、俗に食べず嫌いといわれるものが含まれているとも考えられ、栄養価等を考慮した献立や食生活は、十分といえない現状のようである。


〔7〕救急の用意と保健資材
 (1)救急箱の設置状況をみると、全体の64%に当たる151人が備えているが、残りの23%(55人)の家はその備えができていない。
 また、昔から置き薬と呼ばれ愛用されてきた配置薬の設置は、180人(76%)の家が置いており、準備されていない家は31人(13%)である。
 (2)医師にかかるほどでもない軽症の病気や、程度の軽いケガやヤケド、或いは夜間の突然の場合等に備えて、救急箱と配置薬の何れか一方だけでも、全戸に準備したいものである。このことは、神山町が山間地をかかえ、医療機関にも恵まれないだけに、その必要性は強いといえる。
 (3)配置薬の購入状況をみると、農協利用は4%(8人)で、92%(165人)までが業者からの受け入れで占められている。
 その場合の1戸当たりの数をみると、最近はある程度整理され、21%(34戸)が1業者にしぼっている。2業者が25%(42戸)、3業者20%(33戸)、であり、4業者以上は僅少である。
 (4)保健資材の所有状況について、全体の調査対象者236人に対する比率でみると、次のような結果である。
 体温計    93%
 水枕     70%
 氷のう    53%
 体重計    53%
 病人用便器  49%
 吸い呑み   34%
 マッサージ機 25%
 電波治療器  10%
 血圧計    1%
 (5)私どもは農家の健康管理指導を行なう中で、自分の健康は自分で守ることを基本に、家庭での健康管理として、1 体温計、2 体重計、3 検尿試薬、4 小血圧計、の4点を家庭に備え、それぞれ活用することを提唱しているが、とくに今回の調査では、高血圧に悩む人が多いのに比べ、血圧計の普及が極めて低い状況を知らされた。血圧は自分で測るものだという説もあり、最近、精度の高い安価なホーム血圧計も開発されているので、活用してほしいものである。


〔8〕検診と健康診断
 (1)本年度の受診状況をみると、検診を受けた人は全体の55.5%(131人)で、残り44%は受けていない。
 当町における過去1年間の検診は、成人病検診7回、胃集検4回、子宮ガンと乳線検診が各2回、それぞれ町内で実施されている。したがって、特別な事情のない限り、自分で受診する意志があれば受けることができた筈であり、町民に対する健康教育として、検診の必要性をさらに徹底することが望まれる。
 (2)検診を受けた人について、どんな検診を受けたか、その内容をみると、胸部69%、胃部14%、子宮ガン4%の割で受診しており、検尿は8%、血液検査は4%となっている。
 ここで特に注目されるのは、子宮ガンと乳ガンは婦人のみが対象の検診であり、118人の中、子宮ガン6人、乳線2人という低い受診状況をみるとき、婦人に対するこの面の啓蒙指導が大きな課題として今後に残されている。
 (3)検診を受けなかった人について、その理由をみると、現在は健康だからとするものが最も多くて55%、忙しくて行けなかった37%となっており、病気が見つかると恐しいから、と、料金が必要だから、の2項目はゼロ回答であった。
 現在は健康だと自分で信じていても、それは確証のないことで、知らない間に自覚症状のないまま、体のどこかに病巣が進んでいるかもわからないし、特にガンは初期の自覚症状が殆んどない点からも、健康だからこそ、今のうちに検診を受けることが大切なのである。
 そこで、町当局や農協としては、今までの受診状況や内容を究明し、効率的な検診の機会を設けると共に、その重要性を徹底して、住民の自覚を高める必要がある。
 (4)この次に機会があれば検診を受けるか否か、その回答をみると、全体の86%に当たる203人が受けると答え、受けないと答えたのは僅か6%(15人)で、アンケート調査の上では、殆んどの人が検診を望んでいると解釈できる。
 ここでもやはり、町や農協が計画的に検診の機会をつくることが先決だといえる。
(5)この次の検診では、どんな内容の検査を受けたいか、その希望をまとめてみると、胃部検診の36%(124人)が最も多く、胸部X線が15%(51人)、血液検査12%(41人)、糖尿病7%(25人)と続いている。
 また、婦人対象の子宮ガンと乳ガンの希望を調査対象118人に対する比率でみると、50.8%、29.6%となり、それぞれ相当に高い希望のあることがわかった。


〈おわりに〉
 以上のとおり神山町における農家の健康実態について、調査結果の概要を報告しましたが、今回の調査に当たり、対象者の抽出と連絡、検査当日の会場設営と進行など各般にわたってご協力いただいた、町内5農協の関係者に厚くお礼を申し上げます。

 

 

その2 集団検診結果
〈はじめに〉
 四国農村医学会は、50年1月18日に設立された新しい学会である。したがって,阿波学会に参加して,このような調査に参画するのも初めてのことであった。農村医学としての立場から、私達は、神山町在住農民の健康状態について、従来の集団健康診断の方式には準ずるが、より詳しく、より深く、調査して農民の健康の実態を明らかにし、その対策の確立を図りたいと考えた。なお、この医学的診断と同時に、健康に関するアンケート調査、および、徳島大学栄養学会による栄養、体力調査が、婦人について実施された。


〈対象と方法〉
 神山町には、下流より、阿野、鬼籠野、神領、下分、上分の5つの農業協同組合がある。
 対象農民の選定については、この5農協に依頼し、各組合男女各25名、計50名、総計250名を目標対象人員とした。選定条件として、農業を専業、または、主たる職業とする健康な一家の中心の経営主とその婦人とした。診断場所は、各農業協同組合事務所で、調査日は50年7月28日より8月1日の5日間で、1日の人員は50名である。
 表1に、実施した対象農民の男女別、年令別、地区別人員を示した。表の如く、調査人員は男女各118名、計236名となり、年代別には、40〜50代の人々が大半を占める。


 診断項目は、一般内科的診察、血圧測定、胸部間接レントゲン撮影、心電図検査、検尿(蛋白、糖定性)、血色素量測定、血清蛋白量測定、肝機能検査(血清GOT、GPT定量)、血清総コレステロール、中性脂肪等の血清脂質の定量、血液尿素窒素定量等、かなり広汎な診察、検査を施行した。胃部レ線検査は,同地区が対癌検診実施直後であったため、これを割愛した。
 これらの各種の検査の測定方法と、異常値の判定基準はつぎのようである。
 血圧は、診察時、背臥位にて測定し、WHO基準により最高160mm/Hg、最低96mm/Hgのいずれかを満たすものを高血圧、最高100mm/Hg未満を低血圧とした。検尿はテープ法により、血色素は、シアンメトヘモグロビン法により定量して、男子14.0g/dl、女子12.0mg/dl未満を貧血とした。
 血清蛋白量は屈折計によるもので、64%未満を異常とした。
 血清トランスアミナーゼは、ライトマン・フランケル法により測定し、GOT8〜40単位/ml(分)、GPT5〜35単位ml/(分)が正常値である。
 血清総コレステロールは、ミドリ十字社製テストキットにより定量して、241mg/dl以上を異常とし、血清中性脂肪は、同社製によるデイド法によるキットを用いて定量して、161mg/dl以上を異常とした。
 血中尿素窒素は、ウレアーゼ、インドフェノール法により定量し、9〜17mg/dlが正常値である。
 心電図検査は、全員に施行したが、I、II、III、V1 V3 V6 の6誘導法によった。判定基準は、ミネソタコードに準じたが、わずかに異常とせられて、日常生活上問題ないと考えられたものは、異常の中に含めなかった。


〈調査成績〉
表2に、綜合した調査成績を示している。


以下、各項目につき概略を述べる。
 一般内科的診察、この診察で、例えば、著明な皮膚の異常、心、呼吸音異常、肝、脾の腫大、腫瘤の触知等の病的異常所見を認めた例は皆無であった。
 胸部レントゲン間接撮影、有所見者は236名中15名(6.4%)であった。しかし、この中、要精検と考えられたものは、男子7名、女子4名の計11名で、とくに結核〜結核疑と思われたのは、その半分であった。この有所見者率は、一般集団検診と大差ない成績と考えられる。
 心電図、要精検、また、要治療と診断せられたのは、男子4名(3.4%)、女子9名(7.6%)であった。これも、一般住民検診と同様の結果と思われる。
 蛋白質、尿糖、男子9名(7.6%)、女子4名(3.4%)に蛋白尿をみ、男子5名(4.2%)女子2名(1.7%)に尿糖陽性であった。一般住民検診でも、数%の異常をみることが常であるので、問題はないと考えられる。
 高血圧 高血圧は、男子11名、女子12名にみられ、それぞれ、9.3%、10.2%の高血圧者率である。49年度の徳島県厚生連の施行した集団検診における40〜50才代の高血圧者率は15〜25%であるから、神山町農民の高血圧は、他地域に比し、多いものではないと言うことができよう。
 血色素量 血色素量の測定は、すなわち、貧血の有無についての検査である。平均値は男子14.8±1.46g/dl、女子13.1±2.10g/dlで、貧血を認めた人、男子18名(15.3%)、女子12名(10.2%)であった。
 血清蛋白量 男子平均6.7±0.47%、女子7.1±0.43%で、男子の異常者数37、31.4%と違い、極めて大きい。女子は6名、51%の低蛋白血症者で、これは正常と考えられる。
 この男子の貧血と、低蛋白血症は問題多く、項を改めて、論ずることにする。
 肝機能 血清トランアミナーゼを、GOT、GPTの両者について測定した結果、両者とも、高値を示して70〜150単位となり、肝障害が考えられた人は、男子3(2.5%)、女子1(0.8%)であった。とくに問題はない値である。
 血清脂質、血清総コレステロール値は、男子172.8±32.42mg/dl、女子183.2±35.33mg/dlで、241mg/dlの異常を示した人は計7名の少数であった。血清中性脂肪は男子平均118.3±63.54mg/dl、女子108.6±51.19mg/dlとなり、高値を示したのは男女とも19名、16.1%であった。
 以上は、今回の対象者全員の平均値につき、検討した成績であるが、以下、観点を変えて、検討した2−3の成績を示す。
 表3は、神山町の旧町村にある5農協の地区別に異常者率、諸検査の平均値等を示したものである。各地区の人数は男子22〜25名、平均年令46.5〜51.4才、女子21〜27名、平均年令43.8才〜49.2才で、相似した人数、年令である。結果は、表3〜1(男子、)、表3−2(女子)にみられるように、男子の貧血において、地区により多少の変化がみられるが、問題の血清蛋白量は、よく似た異常者率を示し、神山町農民男子全般の問題であることを示している。女子にあっては、地区別の差はまず認められない。


 つぎに、農業の専業、兼業別について、検討した成績が、表4である。こゝでは、血圧、血清脂質について、兼業者に、多少の都市化傾向的なものが、傾向としてみられる程度で、まず、大差ない成績である。


 表5は、年代別の成績である。血圧は年代とともに上昇し、血色素量は逆に低下するのは、当然と言えるが、男子の低蛋白を示す人は、ことに50才に41.2%の多数をしめる。


 男女とも、血清脂質は、年とともに、僅かながら増加の傾向があり、動脈硬化との関連が、今後の問題となり得ることを示している。
 考察
 以上の如き調査成績であるが、以下、若干の考察を加えてみたい。
 まず、一般の成人病住民検診の対象となっている胸部レ線異常、心電図、血圧等には、特徴的異常はなく、高血圧者率も低率と言うことができる。男子60才代の高血者率37.5%は、他地区の集団検診結果と大差はない。
 血清総コレステロールについてみると、従来の多くの報告よりむしろ低い水準にあり、悪くはない。表6に、農協連職員の1日人間ドック時の検査成績と対比して示しているか、40才、50代ともに平均値で30mg/dlほど低い値である。血清中性脂肪については161mg/dl以上を異常とすると、男女とも16.1%に高い異常者率であったが男子で、上記農協連職員と比較した値は神山町農民が低い。女子の場合、表示していないが、県連女子職員の平均値は70〜80mg/dlであり、神山町農民女子の方が高値を示している。中性脂肪は、食事摂取後の経過時間との関連が深く、今回の神山町の採血は、朝食摂取後であるので、今後の検討が必要である。


 さて、これらの種々の検査成績の中で、とくに注目されるのは、男子における低蛋白を示した人々が、異常に多いことと、貧血である。
 血清蛋白量は、6.5〜8.0g/dlが正常値である。神山町農民男子の平均値は、6.7±0.47g/dlで、女子7.1±0.43g/dlより低く、6.4g/dl以下の異常者は、37名で31.4%に達する。これを農協地区別にみると、22.7〜36.4%と若干の変動を示すものの、全地区とも平均6.6〜6.9%と低く、年令別にみると、40才代26.5%、50才代41.2%と、とくに、50才代において、異常者率が高い。この低蛋白血症は、一般に、その栄養状態の不良なことを、もっとも端的に示すものとされているので、神山町農民男子の栄養摂取は、極めて問題が多いと言うことになる。
 ちなみに、病院における患者の成績でも、低蛋白を示すのは、15%位であり、また、表6に示したように、農協連職員のドック検査で、異常を示したのは、43名中1名である。神山町農民男子の低蛋白血症多発の原因追究と、その対策の早急な樹立が望まれる。
 また、この低蛋白血症と関連するように、貧血者率も、50才代の男子農民には、51名中11名(21.6%)に認められている。一般に貧血は婦人において高いのが、通常であって、例えば、献血時の非適格者は男子5%、女子20%前後である。神山町50才代の男女は、全く逆の関係にあり、栄養との関連が考えられる。
 血中尿素窒素をみると、対比すべき適当な材料を現在、私達は持っておらないので、確定的なことは言えないが、男子50才代の17.1mg/dl以上の高値を示すもの11名(21.6%)は、血清蛋白の低値と関連して考えると、その原因は、体蛋白の消耗によることも推察されうるので、血清蛋白の今後の追究とともに、血中尿素窒素も併せて追跡してみたいと考えている。
 このような、男子にみられた変化に比べて、女子には、貧血者率も10.2%と、県平均の18.9%よりも低く、この検診時期が、酷暑期であることも考慮するとき、まず、良好な健康状態であると言える。血圧、血清蛋白量、血清脂質等の変動も、全て、年令による変化で十分説明できるものであり、男子に比べて、はるかな自然な健康状態であるとみることができる。
 最近の集団健康診断は、昔の結核検診、10年前からの癌検診より、全般的な成人病検診へと歩も進め、しかも、これの内容が、血液化学的検査を広く包含する方向に広がり、精密化が進んでいる。本県の場合、このような集検は、一部職域では、実施されつゝあるが、一般住民、また、農民を対象として、実施せられたのは、ほとんど例がないように思われる。したがって、神山町のこの結果をそのまゝ他と対比して、検討することができないのは残念であるが、今回のこの結果は、貴重な経験となり、得難い資料となった。現在、農林省や、県の事業として、健康モデル地区育成事業が進捗しつゝあるが、この事業の健康診断は、今回の調査と相似た方法で行われており、これらの結果が判明すれば、より興味ある結論が期待できると考えている。
 今後の課題と対策:今回の調査で、もっとも大きい間題は、結局、男子にみられた低蛋白血症と貧血である。この原因は、第一に農家男子の栄養摂のひずみにその原因があろうと考えられ、これに加えるに、農業そのものの各種の社会的悪条件か、経営責任者である農家男子の個人的負担を倍加し、しかも、老化と言う人間のもつ宿命がこれに輪をかけて、40才代、とくに50才代男子に、このような、旧い言葉で言えば、栄養失調症的な状態を招いたのではあるまいかと考えられる。したがって、根本的な対策は、基本的な農業政策にまで遡らなければならないことになる。しかし、同様の環境条件下にある女性に、問題が少ないことは、より日常の具体的な対策での改善の可能性があることを示している。
 例えば、婦人にあっては、婦人会や、農協婦人部活動、貧血追放運動、料理講習会、その他、健康を守るための各種の団体活動がみられるが、男性には、このような運動は、殆んどみられない。これらの男性に対する健康問題の教育、啓蒙運動が、もっとも、大切な目下の課題であり、対策ではあるまいか。
 まとめ
 阿波学会の神山町綜合学術調査に、農村医学会より参加して、神山町農民の健康状態を調査した。
 1)一般診察、検尿、血圧、胸部レ線検査、心電図、血清トランスアミナーゼ、血清脂質等は、ほぼ、満足すべき状態にあった。
 2)男子、ことに、50才代男性に、低蛋白血症、貧血が、意外に多く認められ、栄養摂取のあり方に問題があると考えられた。
 3)今後の対策としては、女性に対する健康教育と同様な施策が、男性にこそ、必要なのではないかと考えられる。
 4)女子には、殆ど、問題点は認められなかった。


徳島県立図書館