阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第22号
神山町の植物相

博物班 

*阿部近一・木村晴夫・木内和美

・高藤茂

1.はしがき
 本調査は、昭和50年7月28日から8月2日までの6日間と、6月に1回、9月に1回、11月に1回の計4回にわたる調査をまとめたものである。それでもなお全町に脚を入れることができなかったので、行き届かない所の多いのは、誠に遺憾である。
 なお本町では、既に県教育会・県博物同好会・県博物館・大阪読売新聞社の主催によって、昭和39年に自然科学の学術綜合調査を実施し、昭和42年にその詳細な報告書を公表している。したがって、ここでは出来る限り重複を避けながら、それを補足することにしたことを、あらかじめお許し願いたい。(*は、本稿の報告執筆者)

2.植生と植物分布の概況
 神山町は、鮎喰川を挾んで、その両岸に発達した面積174平方キロメートルの広大な地域である。周囲には、標高1495mの雲早山など、高い山もないではないが、そのほとんどは、低山で囲まれている。
 昔から「川井峠を越すと、ミカンは育たぬ」といわれるが、この峠は、ミカンの栽培に一つの境界を画しているようである。本町は、年間の平均気温が14〜15°で、雨量は年2千数百ミリに及んでいる。したがって、気候は温暖で、その豊潤な地味とともに、植物の生育条件は極めて良好である。町内には、暖地の植物がよく繁茂し、ミカンの栽培には好適で、今日ではスダチの有名な生産地ともなっている。
 また町内は、鮎喰川を堺として、その北側が結晶片岩系、南側が秩父古生層からなり、局部的ではあるが、石灰岩の外、凝灰岩やはんれい岩、或は蛇紋岩など、火成岩の露岩地もみられて、特殊な植物の生育地ともなり、本町の植物分布を一層複雑にしている。
 しかし本町には、北に四国八十八番札所の焼山寺、南の高根山に悲願寺があって、古くから広く開発せられているため、原生の自然域は殆んど見る影もなく、僅かに雲早山や柴小屋の一帯に、その片鱗をとどめるに過ぎぬ。


(1)暖温帯常緑広葉樹林とアカマツ林
 鮎喰川やその支流の谷筋では、標高が低いので気温が高く、しかも水流の影響もあって、その変化が少いので、到る所シイ・カシ類の外、ヤブツバキやヤブニッケイなど、常緑広葉樹林が発達している。その区域は、標高が凡そ500m以下の地域で、別図に示す通り、鮎喰川を挾んで、東西竜王山(401〜494m)、二秀峯(401m)、雨乞滝、中津、殿宮、名が平、焼山、釘貫、梨の峠、童学寺峠などの広い地域に及び、その中には、高鉾山に源を発する角谷川の上流や鮎喰川の最上流本根川なども含まれている。こうした上流ともなると、カシ類でも、シラカシやウラジロガシ・アカガシなどが目立ち、南野間にウバメガシの残存林がみられることなども、極めて興味深い分布といえる。
 しかし、何といってもこの地域を代表するものはシイ林で、下流の丘陵地などによく発達し、馬地の八幡神社にその代表的なものがみくれる。所がこの地域は、人間生活にも亦欠くことのできない重要な生活域で、早くから開発せられて、宅地は勿論、農耕地や果樹園として広く利用せられている。またその周辺の山林にしても、その資源は、薪炭材や用材として古くから利用せられ、自然のままの姿をとどめる所としては、皆無といっても過言ではない。

 
 したがって低山では、どちらを向いても、先づ眼に映るものは、アカマツ林かスギの植林である。アカマツ林は、低山のどこにも多いが、その昔常緑広葉樹林を伐採すると、真先に進入して、そこに成立した二次林がそれである。もちろん、それも自然のままに放置すると、やがては元の広葉樹林を復元するが、それには数十年乃至100年以上の長い年月を要する。したがって大ていは、伐採に次ぐ伐採が繰返され、遂に今日のようなアカマツ林の発達を来すに至ったのである。しかも、マツ山が何回か繰返されると、山はやせ、そこにはウラジロやコシダを招来して、全く手のつけようのない瘠山に転落することも少くない。それは、神山町のみならず、県内各地に見られる現象で、松山を解消することは、その経済価値を高める上からも、今日の大きな課題といえる。かくして、今日のアカマツ林は、こうして形成せられた二次林といえる。
 本町の暖温帯常緑広葉樹林は、上述のように、すでにそのほとんどが姿を消しているが、僅かながらも往時の名残りをとどめるものに、橘谷の馬地八幡や川俣の黒松神社の社叢がある。中でも馬地八幡は、典型的な暖温帯の常緑広葉樹林で、植物分布上からも貴重な植物が多数含まれてそる。今その構成樹種を挙げると次の通りである。
高木層  コジイ(優占)周2,37m、1,85m、1,78m 等
 コバンモチ(頂上優占)周1,15m外
 アカガシ、周2,43m、2,15m、2,00m
 イチイガシ、周1,60m
 ヤブツバキ
亜高木層 ヤブツバキ・タカノツメ・ソヨゴヤブニッケイ・ネジキ・シャシャンポ・コバンモチ・リョウブ・タイミノタチバナ(多) カナメモチ・クスノキ・コジイ
低木層 アセビ・ネズミモチ・タイミンタチバナ・タカノツメ・リョウブ・ヤブツバキ・ヤマビワ・ミミズバイ・ヒサカキ・ソヨゴ・コバンモチ・リンボク・クチナシ・サカキ・アラカシ・スノキ・ナツハゼ・モッコク・シキミ・アカガシ・カンザブロウノキ・ヒイラギ・モチツツジ・ウンゼンツツジ・オソツツジ・ヤマハゼ・タブノキ トキワガキ・センリョウ・ヤマハギ
草本層 コウヤボウキ・イズセンリョウ・シュンラン・ヤブコウジ・ツルコウジ・ササクサ・シャクジョウソウ・ムヨウラン・ササバギンラン・ウメガサソウ・コクラソ・ナンカイアオイ・イワタバコ・ウラジロ・ゼンマイ・シシガシラ・コバノカナワラビ・マルバベニシダ・ミツデウラボシ・ヒトツバ・コシダ
 尚黒松神社は、コジイの優占する樹林で、アカガシ・リンボクなどの外、イチイガシが多数含まれていて珍らしい。
(2)冷温帯落葉広葉樹林
 標高が高くなって、900〜1000m以上ともなると、樹林はその姿を全く一変する。それは冬季の寒冷や乾燥に耐え得るもののみが生育するためで、冷温帯の落葉広葉樹やモミ・ツガなどの針葉樹が、よくその樹林を発達させる。その標徴種はブナで、大ていブナの代表的樹林がよく出現するので、広くブナ帯の名で呼ばれている。また、こうした地域は、気温が寒冷なため、その林床には北方系の珍稀な植物が生育することも少くない。
 本町では、低山が多いながらも、別図のように、標高1495mの雲早山を中心として、柴小屋(1200m)や鳥丸(1215m)に伸びる峯筋一帯と、鮎喰川北岸では、標高1090mの東宮山一帯に、僅かにその樹林が発達する。
 こうした地域は、スギやヒノキの植林限界にも近いので、戦前は可成り伐採を免れていたが、戦後は、木材資源の不足と、林道開発などによって、こうした標高の高い所にも次第に伐採の手が伸び、今日では、その姿をとどめる所が極めて少い。
 たゞ雲早山の国有林約150haが風景林として、また柴小屋町財産区のブナ林が、その代表的樹林として伐採を免れ、やっと原生の姿をとどめることは、極めて貴重な存在といえる。


◎ 雲早山落葉広葉樹林とその組成
 雲早山では、現在土須トンネルから、雲早山の中腹を通って、剣山スーパー林道を開設中で、その中腹が帯状に伐り開かれつつある。その附近の林相をみると、道路下部には、ブナを含むトチノキ・イタヤカエデ・ケヤキ・ミズキ・アズサなどの優占する樹林がつづき、道路上部では、アズサが優占し、シオジ・自生スギ・カツラ・ユモトマユミなどがこれに混生する。
 更にその樹林を越えると、見事なカエデ林がみられ、ウリハダカエデ・イタヤカエデ・テツカエデ・イタヤメイゲツ・チドリノキなどが優占する。この附近からブナの巨樹が目立ち、周4,30mに及ぶものが、どかっと見事な樹冠を張るものもみられる。また林床には、スズタケが群生し、ブナ〜スズタケの表日本の代表的群落を発達させている。


 更に高度を加えて頂上近くなると、それに加えるに、オオイタヤメイゲツを始め、自生ヒノキやウラジロモミの混生が目立ち、低木層では、特にサワフタギやニシキウツギ・アワノミツバツツジ・マメグミなどが珍らしい。また頂上近くでは、高山性のタカネオトギリやホソバシュロソウ・タマカラマツなどもみられるが、頂上は面績が狭く、全り見るべき姿はない。
高木層(中腹より頂上に至る)
キハダ・トチノキ・イタヤカエデ・ミズキ・ケヤキ・アズサブナ(周4,30m,2,00)・スギ(自生)・シオジ(周1,26m)・サワグルミ(1,37m)・ユモトマユミ(3,05m)・ウリハダカエデ・テツカエデ・イクヤメイゲツ・シナノキ(2,60m)・ヒメシャラ・ハリギリ・オオイタヤメイゲツ(2,05m)・ヒノキ(自生)・カツラ(周4,16m)
亜高木層 チドリノキ・アワブキ・タンナサワフタギ・エンコウカエデ・フサザクラ・カナクギノキ・オオバアサガラ・アサノハカエデ・アオハダ・サワフタギ・アラゲアオダモ・リョウブ・コハクウンボク・コミネカエデ・コマユミ・ウラジロモミ・オシャゴジデンダ・アオベンケイ・フガクスズムシ・ホテイシダ
低木層 ニワトコ・シロモジ・シュクウワギ・ミヤマクロモジ・ヤハズアジサイ・ニシキウツギ・ケカマツカ・サイコクイボタ・タンナサワフタギ・ベニドウダン・クロズル・マメグミ・アワノミツバツツジ・ミヤマイボタ
草本層 ホソバイラクサ・トサノミカエリソウ・ミヤマクマワラビ・ギンバイソウ・タイミンガサモドキ・ツヤナシイノデ・サカゲイノデ・アイツヤナシイノデ・ヤマアジサイ・ムカゴイラクサ・テバコモミジガサ・トサノモミジガサ・モミジガサ・シコクトリアシショウマ・ハルトラノオ・キヨタキシダ・タカクマヒキオコシ・ミヤマトウバナ・ハガクレツリフネ・ウマノミツバ・シシウド・オオヤマハコベ・ジュウモンジシダ・ヒケゲミツバ・オオバショウマ・トチバニンジン・ヤマトグサ・シコクヤマトリカブト・ベニイトスゲ・ミヤコアオイ・スズタケ・ヤマジオウ・ミヤマガンクビソウ・ミツバテンナンショウ・マムシグサ・ユキザサ・アオホウヅキ・オタカラコウ・ホガエリガヤ・コミヤマカタバミ・ミヤマタニタデ・オニノダケ
◎ 柴小屋樹林の組成
高木層 イヌシデ(周3,85m、2,40、2,35m)・ハリギリ・ヒメシャラ(1,40、1,38m)・ブナ(2,90、2,25)・カツラ(2,35m)・アズサ(1,66m)・イタヤカエデ・サワグルミ・テツカエデ(1,0m)・イワオモダカ・タンナサワフタギ・ウリハダカエデ
亜高木層 ヒメシャラ・カツラ・カジカエデ・シラキ・トチノキ・イタヤメイゲツ・コハクウンボク・リョウブ・コバノトネリコ・アサガラ・フサザクラ・ヤマボウシ・チドリノキ・アオハダ
低木層 ミヤマホウソ・ナイコクイボタ・ウリカエデ・シロモジ・タンナサワフタギ・ツリバナ・ミヤマクロモジ・ハリギリ・コハウチワカエデ・ヤハズアジサイ・シラキ・モミ・ホンシャクナゲ(群生)・オトコヨウゾメ・ウリノキ・クロカンバ・コミネカエデ・ベニドウダン・ユモトマユミ
草本層 フタバアオイ・ミヤコアオイ・オオダイトウヒレン・シコクヤマトリカブト・トサノミカエリソウ・モミジガサ・ハルトラノオ・シロバナエンレイソウ・ムカゴイラクサ・ルイヨウボタン・ハエドクソウ・イチヤクソウ・マルバイチヤクソウ・キヨタキシダ・ナベワリ・ホウチャクソウ・ナガバノスミレサイシン・ヤマジオウ・トチバニンジン・ミツバテンナンショウ・アオテンナンショウ・ツヤナシイノデ・シシウド・ツルシキミ・コゴメウツギ・シコクトリアシショウマ・ヒメコウモリ・オオバショウマ・キバナアキギリ・テバコモミジガサ・コミヤマカタバミ・ミヤマクマワラビ・ミヤマトウバナ・ミヤマタニソバ・クルマムグラ・サワルリソク・ウスバアザミ・メギ・ウスバヒョウタンボク・シコクスミレ・ヒカゲミツバ・ヤマヒナノウスツボ・オオヤマハコベ・イワボタン・ジンジソウ・タカクマヒキオコシ・ヤマトグサ・ヤマルリソウ・シンジュギク・ヤマウツボ・エビラシダ
 尚頂上から旭丸に至る峯筋には、次のようなものがみられる。
 ダケモミ・アカマツ・モミ・ツガ・ウリハダカエデ・コハウチワカエデ・タンナサワフタギ・ケヤマハンノキ・シロモジ・エンコウカエデ・アワノミツバツツジ・リョウブ・アズサ・アオハダ・イヌシデ・ブナ・ハジカエリヤナギ・ベニドウダン・アセビ・マンサク・ネジキ・イヌガヤ・オクヤマヤナギ・クマシデ・ヤマボウシ・シロドウダン・ヤマナラシ・カマツカ・スノキ・ミヤマザクラ・ヤマシグレ・アサマリンドウ・ミヤマママコナ・マンネンスギ・ギンリョウソウモドキ・ショウジョウバカマ・ハバヤマボクチ・ヒメコウモリ・マルバイチヤクソウ・シシガシラ・ホソバヤマハハコ・ヒメノガリヤス・カワラナデシコ・オミナエシ・チャボツメレンゲ・ホウチャクソウ・モウセンゴケ
(3)中間温帯林
 本県の暖温帯林は、大体標高500m以下に、また冷温帯林は、標高1000m以上によく発達する。その中間は、暖温帯から冷温帯へと移行する中間帯で、常緑広葉樹や落葉広葉樹がよく混生する。しかし、高度を増すにつれて、常緑広葉樹は次第にその姿を消し、遂に落葉広葉樹林へと移行する。またこの地帯には、よくモミ・ツガ出現するので、温帯針葉樹林帯などといわれることもある。
 本町の中間温帯林は、高根山(740m)や神通滝、壁岩峠、焼山寺(山の中腹)、一本杉、柳水庵などを含む地域によく発達する。しかしこの地帯は、地域住民の生活域にも近いので、早くから開発せられ、その資源も度々伐採せられたようである。しかもそれに代って、スギやヒノキの植林が広く行われ、その多くは人工林に置き代えられている所が少くない。
 ただ断崖地など、人工の余り及ばない所では、モミ・ツガなどを交える樹林が若干残されるが、それとても余り広い地域ではない。
(4)特異な蛇紋岩植物の分布
 県内には、石灰岩に次いで、蛇紋岩の露岩地が少くない。こうした所では、その特殊な化学的土壌条件に加えて、貧栄養や水分欠乏の乾性的諸条件が重なり、植物の生育は余り良好でない。しかし、その環境が特異なだけに、そこには、こうした環境に適応した耐乏型の植物や、またそれに適合した好石灰岩や好蛇紋岩植物が生育するなど、興味ある植生や分布を示すものが少くない。したがって、こうした所に脚を入れると、誰しも、低矮多枝で、特殊化した植物群に眼をひかれないものはない。


 本町の大久保から南野間にかけては、従来蛇紋岩が露岩すると考えられていたが、その多くは、はんれい岩や凝灰岩であるといわれる。これらの地域では、いづれも地肌がもろく、がらがらした崩壊地が多い。したがって、蛇紋岩の露岩地とよく似た植生を現わし、その種類も又それらと共通する。
 即ち、この地域では、蟠踞するアスナロを始め、コウヤミズキ・ウラジロイワガサ・イワツクバネウツギ・アサマツゲ・ツクバネ・ナガバノコウヤボウキなどの低灌木が目立ち、而かも特殊なそれらの植物が、到る所小群落をつくることも少くない。また、それらの林床には、ジンリョウユリを始め、トサトウヒレン・ミヤマナルコユリ・シライトソウ・イワザクラなど、これまた特殊な草本が各所にみられて珍らしい。
 さらに、こうした特異な環境地では、一般植物が侵入し難いためか、古い地質時代の寒冷期に南下した植物で、今日に至るまで残存するものも少くない。フクジュソウやヒメニラ・ホソバノアマナ・スハマソウ・カタクリ・ムラサキなど、北方系とみられる植物がそれで、その他フキヤミツバなど、全国的にも分布の少い植物が生育して、極めて興味深い。


3.特記すべき植物


(1) Liparis fujisanensis F. Maekawa フガクスズムシ
 和名 富岳鈴虫は、富士山を中心に産するので、この名がある。花は、6、7月頃に開き、側花弁が垂れ、唇弁に紫色があることなどはスズムシソウに、また側がく片が側方へ開出することや、唇弁が反巻することなどは、クモキリソウに似る。したがって、スズムシソウとクモキリソウの雑種でないかとも考えられている。
 雲早山のブナの樹幹に着生することが明らかとなったが、剣山にもみられるようである。
(2) Yoania amagiensis Nakai at F. Maekawa キバナノショウキラン
 ショウキランに似て、もと伊豆の天城山で発見せられたので、この学名を得ている。ショウキランが、裏日本系であるのに比し、本種は、表日本系といわれる。地下茎は団魂状で、全体ショウキランより大形で、花の数も多い。花は、黄かっ色を帯び、唇弁の先端凹所に長い黄色の毛を束生するので、この名がある。焼山寺山の林内に稀産し、7月頃開花する。
(3) Chamaele decmbens form. flabellifoliata y. Kimura オオギバセントウソウ
 セントウソウに似て、葉が1(〜2)回3出複生となり、終片が巾広く扇形となるものである。本町大久保の谷筋が Type - Iocality となって、木村博士によって命令せられたものである。雲辺寺山や脇町大滝山にも産し、一名イブキセントウソウの名もある。
(4)Asarum asperum F. Maekawa ミヤコアオイ
A. nankaiense F. Maekawa ナンカイアオイ
A. dimidiatum F. Maekawa クロフネサイシン
 ミヤコアオイは、花筒の先がくびれるもので、柴小屋・雲早山・東宮山などの林内にみられる。
 ナンカイアオイは、花筒は開出して鐘形をなし、大久保・杖立峠・馬地八幡・柳水庵などにみられ、花期は早く、1〜3月頃花を開く。
 クロフネサイシンは、5、6月頃鐘形の花を開き、深山のブナ帯に生える。ウスバサイシンが裏日本系であるのに対し、表日本系で、前者は6花種12雄ずいで、本種は3花種6雄ずいであるので、容易に区別できる。この種は、古来漢名を細辛といい、その根茎には、特有め芳香を有し、味辛く、約3%の精油を合有するので、うがい、発汗、鎮静剤として用いられる。東宮山・土須峠一帯に生育する。
(5)Quercus gilva Blume イチイガシ
 葉の下面に、黄褐色の星状毛を密生するカシの一種で、台湾から中国に分布する。現在県内には自生が少く、僅かに社叢などに伐残されるに過ぎぬ。町内には、馬地の八幡神社に周1,6mのものが、また川俣の黒松神社に周1,5mの大木がみられて珍らしい。
(6)Quercus phillyraeoides A. Gray ウバメガシ
 暖地の海岸に多いが、海岸性ではない。ただ乾燥や貧栄養にもよく耐えるので、他の植物が入込みにくい海岸や河岸の岩壁などによく生育する。したがって耐乏型の植物の一つといえる。本町では、はんれい岩などが露岩し、ジンリョウユリの生育する南野間の一角にその群生がみられ、分布的に珍らしい。
(7)Spiraea blumei var. hayatae Ohwi ウラジロイワガサ
 落葉の小灌木で、時に葉の裏や、若杖.花序.果実などに微毛があり、イワガサとイブキシモツケのやや中間型を呈する。この種は、よく蛇紋岩地や石灰岩地に生育するもので、大久保の特殊な地域を限って多数群生し、四国でも珍らしい分布を示す。
(8)Buddleja japonica Hemsl. フジウツギ
 落葉の小灌木で、夏枝頂に穂状の花序を垂れ、偏側に淡紫色の花を密につける。町内の南野間に所々生育して珍らしい。


(9)Euonymus sieboldianus var. sanguineus Nakai ユモトマユミ
 本種は、母種のマユミに似て、その葉裏助脈上に軟毛を密生するもので、深山の溪側などに生える。雲早山では、その古木があり、周3,05mに及ぶ。
 この材は、質が緻密で堅く、粘り強いので、彫刻や細工用材とせられ、檀紙即ち真弓紙は、古来格式のある日本紙として有名である。漢名には、檀の字が当てられ、その材で弓を作るので、マユミの名で呼ばれる。藩政時代の延宝年間(1673)、檀は、禁制七木の一つとして、自由な伐採が禁ぜられたこともある。
(10)Fraxinus spaethiana Lingelsh シオジ
 高木となるモクセイ科の一種で、材質は粗いが、耐朽力強く、光沢があって、工作が容易なので、床柱の外、家具や農具・彫刻材などとして利用せられる。雲早山にはよく生育し、周1,5mに達するものがある。
(11)Poa tuberifera Faurie ムカゴツヅリ
 仏人フォーリーが、明治33年6月剣山で始めて採集、命名したもので、稈の基部節間が肥厚し、麦粒状にふくれるので、この名がある。町内には、雨乞滝や土須峠一帯に稀産する。
(12) Carex sachalinensis var. sikokiana Ohwi ベニイトスゲ
 オオイトスゲに似て、鞘が帯赤色を呈するもので、県内のブナ帯に稀産する。雲早山中腹の林内に群生し、石立山の頂上近くにもみられる。
(13)Carex laticeps C. B. Clarke オオムギスゲ
 全草軟毛を密生する一種で、5月頃30cm余の稈上に花をつける。四国の外、朝鮮・中国にも分布するもので、県内では、柳水庵近くの草原に生えて珍らしい。


(14)Typha angustata Bory et Chauberd ヒソガマ
 ガマに似て、雌穂と雄穂との間に空間をつくるので、容易に区別できる。その昔欧亜大陸の湿地を広く蔽うた植物で、今日では、海岸や谷川筋の湿地に、僅かにその名残りが見られる。本町では、中津の元中学校前の滞水地に、その小群生がみられて珍らしい。


(15)Chelidonium japonicum Thunb. ヤマブキソウ
 ブナ帯の林床に生える多年草、花が黄色くヤマブキの花に似るので、この名がある。県内には分布が少く、本町では、旭丸や土須峠の林下に稀にみられる。


(16)Rhododendron metternichii var. hondoense Nakai ホンシャクナゲ
 本種は、母種のツクシシャクナゲに似て、葉の下面の毛が平臥して少く、色のうすいものである。県内では、山地の空気温度の高い溪側の岩壁などによく生育する。
 本町には、柴小屋のブナ林内にその群生が所々みられる。しかし近年は、この花が高級な盛花としてよく利用せられ、しかもその産地が少くなったので、花屋がここにも着目している様で、この調査中にも、大量に盗伐して負出しているのを目撃した。したがって、速かにその保護対策を講じないと、絶滅する恐れも多分にある。


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