阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第21号
上勝町住民の栄養調査

医学班 中西晴美・鈴木和彦・五味川修三・上田伸男・木内武美・手塚朋通

〈まえがき〉
 阿波学会総合学術調査の一環として、医学班では上勝町の3地区で栄養調査を実施した。当初は数年前に国民栄養調査の対象地区となった上勝町日之地地区で実施する予定であったが、上勝町の衛生担当者との事前の打合せ会で、栄養的に特長のあることが予想される福川、市宇、八重地の3地区で実施することとした。
 人間食生活に影響をもたらす因子は、地理的条件、食物流通機構、経済性、栄養に関する知識・意識、嗜好、習慣、生理的条件、心理的条件など多くの因子が相互に関連しあっていると考えられる。これらの諸条件を把握した上で、個人・集団の栄養状態を判定し、さらに改善へと進めてゆく事が、我々栄養学を実践展開してゆく者の一つの責務と考えられる。
 こうゆう意味で、今回は地域性の差異に重点を置き3地区を比較し、上勝町として前二回の脇町、宍喰町、さらに全国との比較に於て調査検討した。
 まず3地区の食生活環境の概略を示す。
八重地地区は、上勝町の一番奥の部落であるが個々の民家まで車道が整い、雑貨店も3軒あり、行商も小松島、那賀川両方面から入り食生活にあまり不自由はない様である。またあめごの養殖、梅、ゆこうなどを産し、保存野菜も多く作っている。市宇地区は、山の急斜面に民家が点在し、県道より民家までの間、車道が出来ていない事、店が1軒もなく、田野々(バス終点)まで行かなければ買物出来ない点など、奥の八重地に比べ、生活全般に遅れている。その代り自給品も多く、みそ、しょうゆ、豆腐なども自家製を利用している世帯が多くみられる。職業として林業従事者が多く、地形的にもかなり激しい労働条件にあると思われる。
福川地区は、上勝町のうち最も小松島、徳島に近く車で約1時間の距離で、通勤者もあり買物通院等で小松島方面に出かける人も多く食物入手は比較的容易と考えられる。又養鰻、養鶏、養豚も行ない、農業中心の上勝町では比較的裕富な地区と思われる。
なお、過疎化の問題は上勝町でもみられ、特に奥の市宇、八重地では大きな問題となっている様であったが、地区としての共同体意識を強く感じた。


〈調査対象及び調査方法〉
(1)調査対象
 徳島県勝浦郡上勝町のうち福川、市宇、八重地、3地区の男女希望者193人に対し調査を実施した。但し集計は成人男女約170人につき行った。
(2)調査期間
 昭和49年7月29日より8月3日まで6日間実施した。
(3)調査項目及び調査方法
 a)食事調査
 個人に対し24時間摂取食物調査、食生活アンケートを、1世帯1人に対し調味料使用量調査を実施した。
調査前に各地で説明会をもち、代表者に記入要領を説明した上で、食生活アンケート、24時間食事メモ用紙を渡し、個人ヘの配布説明を依頼した。24時間摂取食物調査は、持参された食事メモを参与に、食品モデルを用い、摂取食品の量を個人毎に面接聴取した。また食生活アンケートは空欄や不明な点などの補足を行った。調味料使用量調査は1世帯1人に実施し、月あるいは年単位で購入量を聞きとり、1人1ヶ月量に換算した。
栄養摂取量、栄養比率及び食品群別摂取量の算定には、三訂日本食品標準成分表を用い、電子計算機TOSAC−3400で行った。
 b)体位.体力調査
 身長はマルチン式身長計で、体重は下着のみで、胸囲はプラスチック巻尺で常法により測定した。
皮下脂肪厚(上膊背部、肩胛骨下部、前腹部)は栄研式皮脂厚計を用い同一部位を3回測定し、その平均値をとった。
 握力は握力計を用い、左右2回ずつ測定しその最高値をとり、また垂直飛びは垂直な壁を利用し3回試行し、その最高値をとった。5分間走は、会場により場所条件がかなり異ったが、広場又は道路で5分間に走り又は歩いた距離を測定した。
 c)血圧測定
 常法により測定した。
 d)血液検査
 早朝空腹時に肘静脈より採血し、全血比重、血清比重は硫酸銅法で測定し、へモグロビン濃度は比重法で算出した。血清コレステロールは、ザックヘンリー法で、血清蛋白はビューレット法で測定した。
 e)尿検査
 ラビスティックを用い尿中糖、ケトン体、潜血、蛋白、pHを、ウロビリスティックを用いウロビリノーゲンを定性した。
 f)一般内科検診
 問診、視診、打聴診を行なった。


〈調査結果と考察〉
 調査対象者計193人中、成人につき、地区別、性別、年令階層別に集計した。但し、統計処理上、対象人数が少ないので、年令階層は20〜39才、40〜59才、60才以上の3区分とした。
(1)栄養調査
 a)栄養摂取状態
 栄養摂取量の評価は、各人の栄養所要量に対する栄養摂取量の比率でみた。所要量は、昭和55年目途の日本人の性・年令・労作強度別所要量を基にして、各人の体重を昭和50年目途の体位(体重)と比較した百分率で補正した値である。
これらを地区別に図1に示した。

所要量を満しているのは3地区の熱量と福川地区の蛋白質のみである。蛋白質、鉄はほぼ充足しているが、脂質、カルシウム、ビタミン類(調理損失を加味する)は低い充足率となっている。なお、ビタミン類の調理による損失は、ビタミンA 10%、ビタミンB1 20%、ビタミンB2 15%、ビタミンC 50%とした。全体的に見て、市宇の充足率は悪く、特に脂質は他の2地区より統計的に有意に低い充足率となっている。また調査が夏であったので、ビタミンA.Cが他の季節より低くなっている可能性は考えられる。
b)摂取栄養比率


 図2に示す如く、地区別にみると、市宇で穀類カロリー比(総熱量に対する穀類カロリーの割合)は高く、動蛋比(総蛋白質量に対する動物性蛋白質の割合)は低くなっている。また、年令階層別にみると、年代を増す毎に穀類カロリー比は高く、動蛋比は下がるという一般傾向を示しているが、昭和47年国民栄養調査の町村平均値と比較すると、穀類カロリー比は高い、動蛋比は低いレベルにある。このことは、この地区の摂取食品は、穀類が多く、動物性食品の少ないことを、特に高令者に、また市宇地区にそれが顕著であることを示唆している。
c)食品群別摂取量
 摂取食品を30の食品群に別け、その摂取量を昭和47年国民栄養調査町村平均値と比較し図3−a.bに示した。図は1人1日当りのグラム数で示したが、この値は成人の平均値であるのに対し、町村平均値は子供も含めた平均値であることを考慮に入れておくべきである。

米類は、市宇.八重地で全国平均よりやや多く、これに対し米以外の穀類は市宇.八重地でパンの摂取がほとんどないためか少くなっている。菓子.油脂.豆類共に3地区で全国平均の1/2程度で特に市宇で低い値を示している。魚介類は全国平均より少ないが、奥にゆく程むしろ摂取が多いのは、八重地のあめご、福川のうなぎ養殖も含め、魚に対する伝統的な摂取がうかがわれる。これに対し肉類の摂取は少く、特に市宇では全国平均の1/7程度である。福川でやや多いのは、養鶏場からの廃鶏の供給が豊富であるためと考えられる。卵類は3地区とも全国平均を上まわっている。これは、この地区が魚肉類に恵まれず卵を利用しやすいこと、全国平均が下ってきているためと思われる。牛乳は地理的条件により摂取者は非常に少く福川で11人、市宇で1人、八重地3人であった。しかし一部で粉乳の利用がみられたことは、栄養関係者の指導の跡がうかがわれる。緑黄色野菜は、夏の調査のためか全体的に少く、その他の野菜は市宇で全国平均より少い。これに反し、果実類は市宇で多くなっている。生は主にもも.すももで、加工品は主に自家製ミカンジュースであり、果実類は手近かなものをよく利用していることがわかる。海草類は、全国平均の半分程度であるが、市宇で少し多いのは、乾燥海草は貯蔵がきくので、行商から一年分くらいまとめて購入するためと考えられる。酒類は、成入のみの集計であるが、全国平均の2倍以上となっている。
 以上の如く、米は十分であるが、他のものは少ない、つまり穀類カロリー比は高く、動蛋比は低いことを裏付けている。

d)調味料使用量(表1.)


24時間思い出し法が1日調査であることから、この欠点を補うために特に調味料につき1人1ケ月間の使用量を調査した。調査したのは、砂糖.植物油.マヨネーズ.ソース.醤油.塩.日本酒.味淋で、昭和46年国民栄養調査町村平均値と比較した。砂糖は、全国平均より比較的摂取量は多く、前述の食品群別摂取量の結果とは一致しなかった。これは砂糖が果実酒等へも利用されるためであろう。稙物油は全国平均より3地区とも少い。マヨネーズは福川で全国平均並で、他の2地区では少い。これに対し、醤油は福川で少く、他の2地区で多くなっているが、これは何れも全国平均より多い値である。これより、この地区では油料理より、醤油.砂糖を多く使う煮物が多く作られることがうかがわれる。塩は全国平均の2〜5倍と多いが、これは漬物.みそ.醤油製造用もまとめて購入するためと思われる。しかし市宇より持ちかえった、みそ.醤油.たくあんと、徳島市内の市販品のたくあんを分析した結果.みそ.醤油は、ほぼ食品成分表の値と同じであったが、たくあんは市販品より約1.5倍の塩分を含んでいたことより、塩の摂取は多いと言えるであろう。日本酒は全国平均より3地区とも多く、これは成人のみの集計ではあるが、かなり多飲な地区と考えられる。
e)朝昼夕間食別摂取状況


 食習慣が栄養摂取に及ぼす影響の仕方を知る一つのアプローチとして、朝昼夕間食別に熱量.蛋白質の配分を調べ、咋年の宍喰町一昨年の脇町と比較し表2に示した。日本人一般に熱量.蛋白質共に夕食に重点が置かれた食事パターンが多く、宍喰町.脇町共にほぼそのパターンを示している。これに対し上勝町は昼.夕食の配分がほぼ同じく、朝の配分も他の町より多い。これは労働がきついので昼間の摂取量が多くなるものと考えられ、林業従業者は昼食を2回取るのが普通であることもその理由の一つと推察される。
(2)体位
 a)身長
 昭和50年目途の身長と比較すると、福川 100.1%、市宇100.4%・八重地98.7%と八重地でやや低い値となっている。
 b)体重
 昭和50年目途の体重と比較すると、福川の女、市宇の男女、八重地の男で平均並(100.1〜101.6%)であるが、川の男は97.6%、八重地の女は96.7%と低い値である。
八重地の女は、身長.体重共に小さい。
(3)皮下脂肪厚
 肥満の一つの指標となる皮下脂肪厚を上膊背部と肩胛骨下部の合計で図4に示した。


男は19mm未満の人が全国平均では30〜40%であるのに対し、当地は70〜80%とやせ型の人が多く、40mm以上の肥満と思われる人はごく少数であった。女子は全国平均では30〜39mmが一番多く山型に分布しているが、当地は30mm以下の人がむしろ多く、又年代が進むにつれて mm以上の肥満者が増える一般傾向とは、むしろ逆の傾向を示している。
 皮下脂肪厚より推定した肥満者は宍喰町よりやや少なく、脇町より少ない事がうかがわれる。
(4)体力
 昭和46年体位.体力運動能力調査結果と比較すると、握力は市宇の20〜39才男女、八重地の20〜39才、40〜59才男で全国平均を少し上まっている以外は低い値で、特に八重地の20〜39才女は全国平均の87%と低い。垂直飛びはすべて全国平均の80%前後であった。
5分間走は、場所条件も3地区で異なり判定は一概にできないが、福川でやや成績が悪かった。
(5)血圧(図5)


 昭和45年国民栄養調査の性.年令階層別全国平均値と比較すると、全体的に最高血圧は低く、最低血圧は高い傾向にあり、八重地で市宇より最高血圧が有意に低くなっている。これをWHO基準でみると、低血圧者は1入もなく、高血圧者21%、準高血圧者17%の発現率であった。高血圧発現率は昨年の宍喰町の10%より高い値であるが、全国平均と比べると高い値ではない。
(6)血液性状
 a)全血比重
 男で1.052未満の者は市宇.八重地でそれぞれ14.3%.7.4%.1.052〜1.055の者は福川.市宇.八重地で60.0%.57.1%.37.0%居た。女では、1.048未満の者が市宇で11.5%.1.048〜1.051の者が福川、市宇、八重地でそれぞれ22.2%.38.5%.38.1%居り、全体的に市宇で全血比重の低い人が多くみられた。
 b)血中ヘモグロビン濃度
 男で14.0g/dl 以下は福川.市宇.八重地でそれぞれ58%.57%.41%.女で12.0g/dl 以下は、42%.31%.31%と低い人が多いことが目立った。
 c)血清蛋白
 6.5g/dl 以下の人が男女それぞれ数名にみられた。
 d)血清コレステロール
 地区別.年令階層別平均でみると、福川.八重地では年令を増す毎にコレステロール値も上昇しているが、市宇ではそれがみられず40〜59才、60才〜 で市宇は他の2地区より有意に低くなっている。これを高及び低コレステロール発現率で図6に示した。250mg/dl 以上の高コレステロール者は市宇の男女、八重地の男では1人も居ないのに反し、130mg/dl 以下の低コレステロール者は市宇で40%近くの人にみられた。
これらのことは、日本の東北地方の米作食塩多量摂取地帯にみられる高血圧、低コレステロール傾向と、市宇で以かよった傾向にあることを示唆している。


(7)尿性状
 尿蛋白は福川で5名、尿糖は福川で1名、八重地で2名にそれぞれ認められた。
(8)一般内科検診
 一般検診で目立った事は、腰痛者が多く、う歯、欠損歯の多い事で、労働条件、栄養状態、又歯料医の居ない事等を反映していると考えられる。
〈まとめ〉
(1)当地の栄養状態は、脂質.カルシウム.ビタミン類の不足が目立ち、蛋白質摂取も少なく、最近町村及び農家の栄養状態改善が著しいのに比べ、上勝町はなお後進性がみられる。
(2)摂取食品は、穀類は十分であるが動物性食品の不足が目立ち、その摂取パターンは昼間にかなりの重点が置かれている。
(3)労働がきついためか肥満者は少ない。
(4)市宇は、血圧は全国平均並ではあるが他の2地区よりは高く、またコレステロールは低く、東北地方の米作食塩多量摂取地帯に以たパターンを示している。
(5)3地区を比較すると、福川が一番都市化しつつあり、八重地・市宇の順で遅れていると言え、ことに市宇で車道が整備されていないことが大きな要因と考えられる。しかし、この3地区の比較でも見られた様に、生活環境の都市化は必ずしも全面的に歓迎されるべきものとは言えない。
(6)食生活アンケートは、24時間摂取食物調査を補う意味で、又食生活指導する場合の各人の食生活の背景を知るためにも重要であると考えられるが、集計が困難であるので、今報告には省略した。
〈参考文献〉
1)科学技術庁資源調査会:三訂日本食品標準成分表
2)厚生省:日本人の栄養所要量(昭和49年)
3)厚生省:国民栄養の現状(昭和48年)
4)文部省:体位.体力運動能力調査(昭和46年)
5)Itaya, kand Vi, M:J, Lipid Res,6 : 16, 1965


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