阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第20号
宍喰町の植生

徳島生物学会 森本康滋

I はじめに
 最近の自然破壊に対し、自然保護の立場からその基礎資料として現存植生図の必要にせまられ、環境庁では昭和48年度中に自然度調査を行なうことになり、その一環として植物社会学的現存植生図を作成すべく作業が進められている。この時にあたり、宍喰町における自然の利用、保全、管理などの基礎資料として、現存植生図を作製しようとするものである。
 宍喰町は、徳島県の最南端に位置し、北側は海部郡海南町と西ケ峰(924m)小谷山(680m)鈴ケ峰(395m)などの山々で境され、南は高知県東洋町と、西は馬路町、北川町と連山(500〜1000m)で接し、東は太平洋と面している。県内の西半分に降った雨は、野根川に集められ南に流れ高知県東洋町に流出し、東部では宍喰川となって東流し宍喰浦から太平洋に注いでいる。このように2つの川の分水界で西部と東部に分けられるが、前者は山地で平野が殆どなく、後者も山が海岸までせまっているので、宍喰川下流域に平野がみられるのである。
 地質は中生代四万十層よりなり、砂岩や泥岩が多い。宍喰川下流に発達した沖積平野に町が発達している。
 海岸線は変化に富み、那佐半島や宍喰から竹ケ島に至る海岸では出入りが多く、かつ小島が点在し美しい景観を呈しているため室戸阿南海岸国定公園に含まれている。この景観美の構成要素である植生を現地調査し、同時に自然保護について提案をしたい。
 この調査を行なうにあたり、現地調査に協力された服部泰博氏、鎌田正裕氏、調査に便宜を与えられた宍喰町当局に、ここに謹んで感謝の意を表する。
II 調 査 法
 現地調査の期間は、昭和48年8月1日から7日までの7日間で現地では植生図の作製と植生調査が中心に行なわれた。


1)現存植生図の作製 あらかじめ航空写真〔山―632(第2カイフ)'72.5.7〕により2万5千分の1地形図に群落区分を記入し、これをもって現地踏査を行い修正確認する方法をとった。なお踏査できなかった所は航空写真と遠望とによった。凡例作製に際しては、I 自然および半自然植生、II 代償植生、III 人工植生に大別し、IではA海岸植物群落、B森林植生、ウバメガシ群落、スダジイ群落、ツガ群落、IIでは、シイ・カシ群落、伐採跡群落、IIIでは、スギ・ヒノキ植林、耕作地、竹林及び造成地を区別した。
2)現地調査 あらかじめ航空写真によって区分された群落内で、均質な植分を選び植生調査を行った。各植分では階層別(高木層、亜高木層、低木層、草本層)に出現する全植物について、Braun - Blanquet の調査法に基づいて被度と群度とを測定した。
III 調査結果
1植生概要 宍喰町は山地が殆ど全域を占め、降水量多く、本県でも多雨地帯に属し、高温と相まって丘陵帯では常緑広葉樹林(シイ林)が元来広い面積を占め、やや海抜の高い所では、常緑広葉樹に混ってモミ、ツガなどの針葉樹が混生しているのが普通であるが、本地域は、古来、薪炭の生産が盛んで、択伐がくり返され、シイ・カシ萌芽林がかなり広い範囲にわたってみられ、またスギ・ヒノキの植林も広い面積を占めている。


 海岸線は複雑に出入りし、山が海につき出ているため、断崖や礫海岸が特異な景観を呈している。宍喰川が海に流入する所に砂浜があったが、現在では、護岸工事とバイパス(国道55号線)により砂浜海岸植生は殆ど姿を消した。
 森林面積は8587haで全町の約91%を占めているが、全て民有林で、社寺林がよく保存されているだけで、それ以外の殆ど大部分は人工林及び自然更進のシイ・カシ林である。シイ林は極相林としてよりも萌芽林として広く存在している。
2植物群落
A自然、および半自然植生
 宍喰町は古来民有林が多く、かつ気候的条件に恵まれているため、薪炭林としてまた、スギ・ヒノキ植林として広く利用され、また山奥でも近年広範囲にわたる伐採が行なわれ、現在では幼樹が植林されている。従って自然植生の占める面積は非常に狭く、山奥、社寺林、海岸などにわずかに残されているにすぎない。
1)海岸植生
 宍喰町の海岸は、絶えず太平洋の荒波に洗われており、かつ山地が海岸までせまっているため、断崖、もしくは礫海岸で、よく発達した砂浜はみられない。そして海に面して住宅の並ぶ所では、長い防潮堤が築かれており海岸植物群落の発達は悪い。


 竹ケ島東北部の海岸では、汀線から約10mまでは礫で群落はみられず、それより山側では、礫の間に砂がみられ、そこにはハマアザミ・ツワブキ・シオギク ハマアオズケなどが育成しているハマアザミ―ツワブキ群落がみられる。そこから上は断崖で、アゼトウナ・ハマヒサカキ・トベラ・ヒメユズリハ・ナワシログミなどが岩の割れ目にはえ、海岸断崖植物群落を形成している。また、那佐の海岸は、大小さまざまの礫が防潮堤の外側に数十〜百米にもわたって広がり、特異な海岸の景観を呈している。


調査地点では、汀線から防潮堤まで75mの広さがあり、植物群落はその約1/2より内側にみられ、ハマゴウやテリハノイバラを優占種とし、ハマウド・イワタイゲキ・ハマヒルガオ・ハマエンドウなどが、わずかにみられる。
 砂浜海岸植物群落は、広い砂浜がないため典型的なものはなく、局所的にコウボウシバ・ハマエンドウ・ハマヒルガオ・ハマボウフウ・チガヤなどがあるにすぎない。
2)森林植物群落
(1)ウバメガシ群落 海岸に面する断崖で浅土の急傾斜地によく発達している。本調査地内では那佐半島から那佐の海岸一帯と古目から竹ケ島にかけての海岸線にみられる。海岸自然植生としてのウバメガシ―トベラ群落は那佐半島付近にごくわずかにみられるだけで、他の場所ではシイ・カシ萌芽林的要素も含んでいるが一応種組成の上から判断してウバメガシ群落に含めた。ここでは高木層にクロマツがぬきん出ていることもあるが、亜高木層に樹高約5〜6mのウバメガシが maqui 状に密に茂り、また場所により地形によりウバメガシが疎になり、草本層にはウラジロやコシダが優占している。


(2)スダジイ群落 スダジイ林として最も広いのは鈴ケ峰山頂付近で、久保の八幡神社・竹ケ島の神社の境内にもみられる。前者は天然記念物(ヤッコソウ)自生地に指定されていることもあって、よく保存されている。
高木層に約18mのスダジイが優占し亜高木層にもスダジイが優占し、その他にタイミンタチバナ・ヤブツバキ・イスノキ・クロバイなどが多くみられる。低木層にスダジイ・タイミンタチバナその他サカキ・コバンモチ・クロバイ・ルリミノキ・ミサオノキなどが出現している。草本層にはベニシダが高い出現度であらわれ、アリドウシ・センリョウ・タイミンタチバナの芽生、スダジイなどが多くみられるものである。

  
3)ツガ林
 常緑広葉樹林の上部てはツガやモミを交え、これらが林の上にぬきん出るので、四国地方ではモミ・ツガ林と呼ばれているものである。調査地内では山奥の海抜高が300〜500m以上の所に現われている。植生調査した場所は小面積なツガ林で、やや2次林的要素も含まれているが、ここでは樹高約9〜12mのツガが優占し、それに混ってコジイ・シロバイ・イヌシデ・アラカシ・ソヨゴなどがみられ、低木層にネジキ・アセビ・シロバナウンゼンツツジ・サカキ・シヤクナゲなど、草本層は光が十分とどかないため発達が悪くサカキやアセビ・ヒサカキ・ヤマウルシなどの芽生がわずかにみられるにすぎない。


B代償植生
 自然植生が破壊され、そのあとにできてきたのが代償植生である。このように、伐採された自然林のあとに二次的に生じてくる林を二次林とよんでいる。二次林も代償植生の1つで、本調査地における二次林は、シイ・カシ萌芽林が大部分を占めている。(県北域や海抜の高い山地ではクヌギ・コナラ林が二次林としてみられる
4)シイ・カシ林
 ヤブツバキクラス域の自然植生の代表がシイ林であり、このシイ林が伐採されたあとに萌芽林として生じたものである。したがって伐採前の群落構成種と、伐採後に新に侵入した種とが混生しており、また伐採後の年数や立地によりスダジイが多いシイ林(海岸近く)、コジイが多いもの(山地)、アラカシ林アカガシ林などさまざまである。一般的に高木層はなく、亜高木層に7〜8mのアラカシ・スダジイ・コジイなどが優占し、低木層にヤブツバキ・カナメモチ・ネジキ・リョウブ・モチツツジなどが多く、草本層にはウラジロ・コシダ・サルトリイバラ・シュンラン・ベニシダなどが多くみられるものである。

5)アカマツ林
 徳島県としての代表的な二次林はアカマツ林である。しかし宍喰町は気候的に温暖多雨地域に属するためアカマツ林はあまり発達せず、前述のシイ・カシ林となっている。しかし坂瀬川の奥で、以前山火事があったと思われる所にアカマツ林がみられた。ここでは樹高3〜5mのアカマツが疎生し、草本層にはウラジロやコシダが密生し、中にヤマウルシ・ネジキ・アカメガシワ・コジイ・ノリウツギ・ヒサカキ・モチツツジ・アラカシ・ヤマハギ・ナガバモミジイチゴ・マルバウツギ・シャシャンボ・コバノガマズミ・ススキなどが散生している。アカマツ林は面積が狭いので植生図には図示してない。
6)伐採跡群落
 以前にあった群落が伐採され、その後の年数が浅く、まだ木本類が十分生育せず草本類が主な構成種である群落で、これらの場所ではススキが最も優占し樹高約2mのヌルデ・アカメガシワがみられるが、オオアレチノギク・ケナシヒメムカシヨモギ・ベニバナボロギク・ヨモギ・イタドリ・タケニグサ・タンドボロギク・コアカソなどの陽地植物や好窒素性植物がその構成種となっている。
C人工植生
7)スギ・ヒノキ植林 海岸を除く全域にわたって植林がみられる。
8)耕作地 平野部には水田がつくられ、また陽あたりのよい斜面には、おもにミカンが植栽されているが、面積は広くない。ミカンは常緑広葉樹林域に適した果樹の1つである。
9)竹林 人家の近くに植えられたモウソウチク林や、山中にマダケ林などが認められた。
10)造成地 道路建設、宅地予定地などで、海岸沿いに観光開発やそれに伴う宅地造成のために自然植生の破壊が進み、山がけずられ地肌が露出している。これらの場所では、ホウキギク・オオアレチノギク・ヒメムカシヨモギなどの先駆植物がわずかに侵入しているかまたは、まだ植生が発達していない。
IV 提 言
 宍喰町は常緑広葉樹林帯に属し、その海岸線は、阿南室戸国定公園に含まれ、その自然美をほこっているが、植生図からわかるように、スダジイ林やウバメガシ林などの、暖帯としての自然景観が保持されている所は、ごく一部に限られ、殆ど大部分が、シイ・カシ萌芽林及び植林となっている。
 最近の全国的観光開発の波にのり、これまで困難とされていた急崖や海浜も容易に堀削や埋立てが行なわれるようになり、宍喰町でも観光施設の建設や宅地化などによる自然破壊が、国道沿いに目立ってきている。植生は自然を対象としたもっとも重要な観光資源であり、かつ人間の生存にも本質的な基盤である。今まで残されてきた貴重な遺産である郷土の自然は、万人共有の財産として保護育成されなければならない。特に海岸では自然環境がきびしいので、一旦破壊されると復元がむつかしい、従って、できるだけ自然の状態で保持することが必要であるが、止むを得ず観光のために行なわれる自然破壊は最少限にとどめ、破壊された所は緑化につとめなければならない。緑化は、在来の群落構成種をもってあたることが望ましい。このように緑と海の青とを基盤とした景観の保持と自然の保護が強く望まれる。
V まとめ
 昭和48年8月1日から1週間、宍喰町において、植生調査をし現存植生図の作製を行った。ここでは次のような群落が認められた。
A自然、および半自然植生
1)海岸植物群落
2)森林植物群落
 (1)ウバメガシ群落
 (2)スダジイ群落
 (3)ツガ群落
B代償植生
 (4)シイ・カシ林
 (5)アカマツ林
 (6)伐採跡群落
C人工植生
 (7)スギ・ヒノキ植林
 (8)耕作地
 (9)竹林
 (10)造成地
 調査地全域にわたって、古くから伐採や植林が行なわれ、在来種であるスダジイ アラカシ・ウバメガシなどの再生林と、スギ・ヒノキ植林とが広い面積を占めている。自然林は少く、社寺林としてわずかに残されており、そのうちでも鈴ケ峰のスダジイ林は質的にきわめてすぐれ、学術的価値が高い。山が海岸にせまった傾斜地にはウバメガシ林がみられ、海岸には本県としても特異な礫海岸があり礫海岸植物群落(ハマゴウ・テリハノイバラ群落)が認められた。

 

付表 昭和48年度 宍喰町およびその周辺、宍喰町の植生

  

   

 

付図 宍喰町現存植生図(昭和48年8月)


   参 考 文 献
1)宮脇昭他1971:熊野・枯木灘県立自然公園域の植生・熊野枯木灘自然公園学術調査報告(付植生図)45〜82.日本自然保護協会、東京。
2)宮脇昭、奥田重俊1966:箕面勝尾寺周辺の植生、箕面勝尾寺付近の生物生態調査報告書3〜14.大阪府企業局。
3)森本康滋、藤井孝也1965:県南のシイ群落、阿波の自然 県南地方調査報告書41〜49.徳島県教育会他。
4)森本康滋1970:徳島県海部郡の植生、理科学会誌11.12〜19.徳島県高等学校教育研究会 理科学会。
5)森本康滋1973:小松島市の植生、理科学会誌14.6〜10.徳島県高等学校教育研究会 理科学会。


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