阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第19号
脇町地区住民の栄養調査

医学班 手塚朋通・山本茂・鈴木和彦・岩見玉子・藤田正隆・日下幸子・中西晴美・山本多恵子・石川京子

 本年度阿波学会の調査対象地区に選ばれた旧脇町及びその周辺地区は、徳島市から40km離れ、小さな町とこれを囲む農村である。徳島市へは、一時間以内で交通出来る距離にあり、通勤、通院、買物の可能な条件にある。それだけに、近年ではその住民の一部は、徳島市の住民に近い生活水準にあり、又一部は依然として、昔ながらの純農村的生活を続けていると考えられ、その住民はこれら新旧二様の生活様式が混在し、互に影響し合う生活環境の中で暮していると予想される。このことは、栄養学的には僻地農山村に現在も見られるような、食料の入手面の隘路はごく少くその気になれば、普通の食品なら殆んどの種類のものが、特に高価でもなく購入出来、その上、農産食品は都市よりもむしろ安価に入手可能であるという、有利な条件にあると考えられる。
 一方、栄養を左右するもう一つの面である食習慣を考えて見ると、テレビその他のマスコミの影響、都市との交流の増大により、外見上の生活の近代化は着々と進んでいるように見えるものの、家庭内又は個人生活という見え難い所にある食生活の面では、依然として、親から子へと引き継がれた習慣と、お互の食生活をなんとか伺い知り得る程度の、ごく身近かな範囲の近隣又は交際範囲の家庭の習慣の交流による知識といったものの上に成り立っていると考えられる。
 脇町には高校があり、すぐ隣りの穴吹には保健所もあり、学校で栄養の知識がつけられ保健所では講習やら実演も見せてくれるであろうけれども、幼児以来培われた食事に対する観念は、そのようなもので簡単に変るものではない。一度に食べる飯の量、副食の量、種類、それらの組合せ、といったものは、相当長期間、別の形態のものを強制されない限りは、それまでの習慣が当然のものと思い込んでいるものである。テレビで新しい料理を見ても、それはそれで、特別の場合の参考になるだけで、毎日のパターンの一部には取り入れられるものではない。カレーライスやチャーハンが一般家庭食に取り入れられるようになるには、何十年の経過が必要だったことでもわかる。
 現在の脇町住民の食生活はこれらの条件を背景として、ある程度の必然性をもって行なわれているものであり、そのようにして得られる栄養状態が、住民の健康の基盤となっている。そこで、われわれは実際に住民の一部特に食事担当者に当る成人女子と、栄養の影響が顕著に現われる学童について、食物摂取状況調査を行なって、主な摂取食品の量と傾向、食習慣の特徴、栄養摂取状態を明らかにし、これと併せて、その人々の体位、体力を測定して、栄養摂取との関連の有無、程度を調査した。体位については、特に肥満に重点をおいた。これは、近年全国的に中高年女子及び児童の肥満が増大していることから、徳島県での実態を知る調査の一助にする目的を併せもったものである。
〈調査の対象ならびに調査方法〉
〔1〕調査対象
 徳島県美馬郡脇町の岩倉、旧脇町、江原の三地区の小・中学生234人(各学年男女それぞれ約13人)及び同三地区の30才代、40才代、50才代の主婦73人(一地区約24人)を対象とした。
〔2〕調査期間
 1972年8月4日〜8月7日
〔3〕調査方法
(a)食事調査
 食事調査日の前日に、食事調査表を各自に手渡し、24時間中に摂取した食品の目安量を記入するよう依頼した。食事調査日の翌日、身体計測と同時に個々面接により、食品のモデル、あるいは実物、調理食品のモデルを提示し、各自が記入した食品目安量を調査員が確認した上で、グラム数に換算した。
 栄養摂取量の算定及び食品群別摂取量、一日の栄養配分比、栄養比率の算定には電子計算機 TOSBAC-3004 を用いて行なった。
(b)体位、体力調査
 調査項目
 身長、体重、胸囲、腹囲、上膊囲、前腕囲
皮脂厚(上腕部、背部・腹部)……栄研式皮下脂肪計を用い、同一部位を3回測定し、その平均値をとった。
垂直とび……連続3同試行し、その最高値をとった。
握力……左・右それぞれ2回測定し、左右の最高値の平均をとった。
立位体前屈……3回試行し、その最高値をとった。
5分間走……グランドを5分問任意に走らせ、その距離を測った。
〈調査結果〉
〔1〕栄養調査
 今回の食事調査は、ただ一日の調査であるため、これで個人の日常の栄養摂収状況を判定又は評価することは出未ないが、集団の摂取栄養状態を推定することは可能である。又本調査は8月の夏休み中に行なったため、児童生徒については、ふだんの食事摂取とは、いくぶん異なっていると思われる。
 (a)栄養摂取量
 表1は性別、学年別、年令階級別の栄養摂取量の平均である。データーからもわかるとおりバラツキが非常に大きく、各学年の栄養摂取量を評価することが出来ないので、今回は栄養摂取量が栄養所要量の何%を充足しているかを小学生、中学生、主婦別に計算した。


 (b)栄養所要量に対する栄養摂取量の比率
 小学生全体でみた場合、熱量、たん白質、鉄はほぼ所要量を充たしているが、カルシウムは70%の充足率、ビタミン類は調理による損失を考慮する(損失率をビタミンA 20%、Bl 30%、B2 25%、C 50%とする)と、ビタミンA 45%、B1 57%、B2 63%、C 79%の充足率であった。充足率は、男女間に差があり、熱量、たん白質、カルシウム、鉄については、女子は男子より約10%充足率が悪くなっている。


 中学生充足率は小学生の平均よりも悪く、又男女差も大きくなっている。中学生全体の平均は、熱量80%、たん白質73%、カルシウム48%、鉄78%、ビタミン類(調理による損失を考慮すると)はA、Bl、B2が47%、C77%の充足率となっている。女子の鉄充足率が男子の鉄充足率より50%近く低くなっているのは、この時期の女子の鉄所要量が男子の所要量を上回っているためである。



 主婦充足率は、熱料90%、たん白質105%、カルシウム77%、鉄72%であり、調理による損失を考慮した場合、ビタミンA41%、B1 61%、B2 63%、C85%となっており、中学生の充足率より、良い傾向にある。


 動たん比は、男女とも中学生よりも小学生が高い。中学生は、主婦よりも動たん比が低くなっているが、いずれも基準(40%)を上まわっている。穀類カロリー比は、小・中学生とも男子より女子が低く特に主婦の穀類カロリー比が42%で非常に低くなっているのが注目される。(基準は60%)


〔2〕体位
 体位の基準として、小学1年(6才)〜4年(9才)は「学校保健統計調査報告書」の全国平均値を用い、小学5年(10才)〜中学3年(14才)は「体位、体力、運動能力調査」の全国平均値を、又主婦は「昭和46年原国民栄養調査成績」の令国平均値を用いた。
 なお、児童生徒の全国平均値は、「学校保健統計調査」が毎年4月実施、「体位、体力、運動能力調査が毎年5〜6月実施のため、今回の調査(8月)との問に約3ヵ月のへだたりがあるので、各年令の一年間の増加量の1/4を令国平均植に加えたものを、かりに8月推定全国平均値として現わした。
 表2―a、bは今回の調査の実測値を表わし表2―cは体格指数を表わしている。図2は全国平均値を100とした場合の実測値の割合を表わしている。


 (a)身長
 今回の調査の実測値と全国平均値及び8月推定全国平均値とを比較すると、中学2年までは男女とも、いずれの学年においても実測値の方が高く、小学6年男子の実測値は、全国平均値及び8月推定全国平均値との間に5%の危険率で有意差が見られたが、他の学年においては有意差はなかった。中学3年は、男女とも全国平均値及び8月推定全国平均値より低い値を示しているが、統計的に有意差はなかった。主婦の身長は、全国平均値なみかあるいはやや高い程度であるが、どの年令階級においても有意差は見られなかった。


 (b)体重
 男女とも殆んどの学年で、全国平均値より体重が重く、学年により全国平均値からのへだたりはまちまちで、男子小学4、6年、中学1、2年は全国平均よりも、6〜11%重くなっているが、中学3年は全国平均値以下である。女子小学2、3、4、6年、中学1年は全国平均値よりも5〜10%重くなっている。(中学2年男、小学3年女、中学2年女の実測値は全国平均値との間に5%の危険率で有意差があった)。8月推定全国平均値と実測値を比較すると、男子小学1、2、3、5年、中学3年及び女子小学1年、中学2年は実測値の方が低くなっているが、それ以外の学年は実測値が高くなっている。然し小学3年女子以外は、有意差は見られなかった。主婦の体重は30才代がほぼ全国平均値と同じであるが、40才代、50才代は6〜7%実測値が高くなっている。


 (c)胸囲
 小学男子は、ほぼ全国平均値、及び8月推定全国平均値なみであるが、中学男子1、2年は全要国平均値及び8月推定全国平均値より約5%大きく、中学2年男子は統計的に有意差があった。中学3年は全国平均値よりやや小さい。(有意差なし)、女子の小学2、3年、中学1年は全国平均値及び8月推定全国平均値より3〜4%大きい(小学3年、中学1年は統計的に有意差あり)以外はほぼ全国平均値なみである。


〔3〕体力
 小学1年〜4年は、全国平均値がないので、比較することが出来なかった。小学5年〜中学3年の基準として「体位、体力、運動能力調査報告書」の全国平均値を用いた。主婦の握力の基準としては「昭和46年度国民栄養調査成績」の全国平均値を用い、垂直とび、5分間走の基準として「健康の指標作成委員会報告書」の平均値を用いた。
 結果は表3と図3に示した。

 


 (a)握力
 小・中学生、主婦とも大巾に全国平均値を下まわっており、中学2年男子と中学1年女子以外は全て5%の危険率で有意差があった。


 (b)垂直とび
 小・中学生とも全国平均値よりやや下まわっているが中学3年女子以外は、統計的に有意差が見られなかった。


 (c)立位体前屈
 男女とも測定値のバラツキが大きいので検定は行わなかった。又主婦の全国平均値のデーターがないので此較出来なかった。


 (d)5分間走
 小・中学生の全国平均値がないので、比較することが出来なかった。主婦30才代40才代とも全国平均値以下である。


〔4〕肥満傾向について
 児童生徒の体位を全国平均値、及び8月推定全国平均値と比較して、特に体重が重く、肥満傾向が見られたので、肥満の程度を調べた。
 (a)皮下脂肪厚(上腕部+背部)による肥満の判定
 肥満は、本来体脂肪の過多を意味するものであり、脂肪量を直接示すものとして皮下脂肪厚をもって、長嶺らの方法(表4)により児童生徒の肥満を判定すると表5―aのようになった。一般に小・中学生とも、男子よりも女子の方が肥満傾向が強い。主婦の肥満の出現率は表5―bに示している。


 年令が進むに従って(肥満+極度肥満)の割合が多くなっている。主婦の肥満程度を地区別に見ると、旧脇町地区は(肥満+極度肥満)の割合が10%であるのに対して岩倉、江原地区はそれぞれ42%、48%にも達している。
 (b)ブローカ指数(体重/身長×100)による肥満の判定
 主婦の年令階級別及び地区別のブローカ指数の集計を表6に示した。


 ブローカ指数110以上のものが、脇町30才代21%(全国平均23%)、40才代29%(全国平均31%)、50才代44%(全国平均37%)と年令が進むにつれて増加していることが認められる。脇町平均と全国平均との間には、いずれの年代においても、統計的に有意差は見られなかった。
 さらにブローカ指数120以上のものは、30才代で13%(全国平均9%)、40才代8%(全国平均14%)、50才代40%(全国平均18%)であるが、50才代のみ、脇町平均値と全国平均値との間に統計的に有意差が見られた。
 地区別にみた場合、ブローカ指数110以上のものが旧脇町地区では20%であるのに対して、岩倉、江原地区はそれぞれ38%、33%で、この地区に肥満傾向が強いことがうかがえる。
〔5〕皮脂厚と体格指数及び体力との相関について
 体格指数による肥満の判定方法では、筋肉発達による体重増加と、脂肪沈着によるものとの区別が出来ないので、皮脂厚と体格指数との相関から肥満傾向を調べた。合せて皮脂厚と体力との相関も調べ、表7にまとめた。


 (a)皮脂厚と体格指数との相関
 相関係数は大島らの報告とよく似た傾向を示している。即ち、体格指数の中では一般に、カウプ指数が他の指数に比べて僅かに高い相関があり、又相関は、年令と共に若干高くなる傾向がある。小学1年男女は、全ての体格指数において、又小学2年男子のローレル指数、カウプ指数において、共に有意性は見られなかった。その他のものは5%の危険率で有意であった。一般に相関は、男子より女子の方が高い傾向にある。
 皮下脂肪厚による肥満の判定で、肥満の出現率の高かった中学1年男子と、小学3年女子の相関係数は0.9以上で、他の学年の相関係数より高い。即ち、この学年の体重が全国平均値より高い値を示しでいるのは、脂肪ぶとりによるものであると思われる。
 (b)皮脂厚と体力との相関
 皮脂厚と垂直とび、及び5分間走との間には、殆んど全ての学年において負の相関があった。即ち肥っているものほど、垂直とび及び5分間走の値が低いといえる。皮脂厚と握力との間には、多くの学年において正の相関が見られたが、あまり有意性は見られなかった。また、皮脂厚と体前屈との間には、一定の傾向が見られなかった。
〈総括〉
 1)一般に栄養所要量の充足率は小学生より中学生が悪い。即ち小・中学生は年令に応じて所要量が増加しているのに対して、それに見合った宋養摂取が行われていないことを示している。又男子より女子の方がより栄養的に劣っている。
 全体を通じて、カルシウム、ビタミン類の摂取量が所要量をかなり下回っているのは国民栄養調査の成績と同じ傾向である。
 2)児童生徒の体位は、ほぼ全国平均なみかあるいはそれを上回っているが、中学3年生のみについては、全国平均値よりやや下回っている。脇町地区は中学生の学校給食が行われていない。体位がやや劣っているのは学校給食と関係があるかどうかについては今後例数を多くして検討する必要がある。
 主婦の身長、胸囲は全国平均値なみであるが体重は全国平均値より6〜7%上回っていた。
 3)体力、運動能力は全般に令国平均値に比べて劣っている傾向にある。特に握力は殆んどの児童・生徒が統計的に有意に弱かった。
 4)皮下脂肪厚より肥満を判定した場合、年令の増加に比例して肥満の割合が増加している。主婦の地区別肥満傾向をみると岩倉、江原地区に肥満が多い。
 5)皮下脂肪と体格指数との相関は年令と共に若干高くなる傾向が見られ、男子よりも女子の方が相関が高い。
 皮下脂肪厚と垂直とび、五分間走との間には負の相関がみられた。

  参考文献
1)科学技術庁資源調査会 三訂日本食品標準成分表
2)厚生省 日本人の栄養所要量(昭和44年)
3)文部省 学校保健統計調査報告書(昭和45年)
4)文部省 体位・体力運動能力調査(昭和46年度)
5)厚生省公衆衛生局 健康の指標作成委員会報告書(昭和46年)
6)長嶺晋吉 日本医師会雑誌(第68巻)
7)大島寿美子他 栄養学雑誌(第25巻第5号)


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