阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第19号
脇町の地衣植物

四国女子短期大学 伊延敏行

 脇町は人工造林がよく行きとどき地衣植物の主たる着生基物となる原生林は非常に少く、したがってこれ等に着生する地衣植物は少く岩石や地面に着生する地衣植物が調査の対称となる場合が多い。自然脇町は地衣植物には余り恵まれていない。然し、一般植物は筆者や四国女子短期大学生の東条久恵氏の発見にかかるアズマスゲやクサレダマの如く四国初発見の地となっているなど学術的には見捨て難い地である。今を去る9ケ年前にこの脇町を中心に阿北地帯の学術調査を博物同好会が中心となって行った。この報告書で当時の地衣植物の状況をつかんでいただくことにして、ここでは現況とその後の推移を述べてみることにする。

◇大滝山とその周辺
 脇町では地衣植物の最も豊富な地点と言うことができたが、開発が進み車道が新設されそれに伴ない樹木の伐採などによる地衣植物の基物が除去されたことや火災などの災害による地衣植物の減少や絶滅がおびただしい。カラタチゴチ・バンダイキノリ・アカサルオガセ・センシゴケ・ウメノキゴケ・ゲジゲジゴケ類やモジゴケ類が旧参道には可なり豊富に見られたが、今ではそれ等の姿も余りみられない。寺の周辺にみられたアカサルオガセやウメノキゴケ類なども火災にあって見られなくなった。神社の前庭にそびえる老杉にはウメノキゴケ類の径50糎に及ぶ地衣体の群生や、社殿わきにある老杉に珍しくも子器をつけたヨコワサルオガセの姿も失われて今は見られなくなっている。
 山頂地帯の原生林にはゲジゲジゴケ類・ウメノキゴケ類・センシゴケ・バンダイキノリ・カラタチゴケ・トコブシゴケ・カワラゴケ・モジゴケ類・ザクロゴケ類・ヘリトリゴケ類・カブトゴケ類・クロアカゴケ類・ムカデゴケ類・ヨロイゴケ類等が可成見られたが今はモジゴケ類やヘリトリゴケ類・クロアカゴケ類のような固着地衣が見られる位いでウメノキゴケ類の如き大形の葉状地衣は余り見られなくなっている。

◇清水峠(曾江谷川沿線)
 この地区は県道添いのこととて葉状地衣の基物となる老木も少く、固着地衣の基物となる岩石や地面が主体となっている。ここも路線の拡張によりこれ等の基物は大部分が削り取られてイボゴケ類やキゴケ類・ゲジゲジゴケ類が僅かに余命を保っているにすぎない。曾江谷川の支流をなす小さい谷々にはイワノリ類やアオキノリ類・イボゴケ類が見られ、谷の両岸にそびえ立つ岩壁にはウメノキゴケ類やサビゴケ類の仲間が点々と見られるに過ぎない。この区内ではハナゴケ類やツメゴケ類の減少が特に目立っている。ただ一ケ所清水峠道の路線より約200米山裾にはなれた社叢にはウメノキゴケ類が前回の調査の時と同様に繁茂している姿がみられたことは非常に面白い。
 ※昭和39年4月、龍王山で筆者が発見したアズマスゲが、その後大滝山で採集して以来他の地からは知られていなかったが、今回の調査のみぎり清水峠の谷間で多数みられたので報告しておく。
 ※清水峠の谷間で昭和46年8月、四国女子短期大学の東条久恵氏が、クサレダマを発見されたので報告しておく。この植物は北方系のもので、四国では初見のもので貴重な存在であるが、最近この地も荒されて将来があやぶまれる(北陸の植物Vol. xx. No.3参照)

◇東俣名川沿線
 この地帯の地衣植物も清水峠の沿線と大差なく、又余り目立ったものは見られない、清水峠に比してハナゴケ類が多く見られるがこれも減少の一途をたどっている。この地区は社叢が点々と見られるがいずれの社叢も同じく地衣植物は半減或は絶滅に近く、葉状地衣の如き大形の地衣植物は見られなくなり僅かに固着地衣が樹幹に見られる程度となっている。谷間の岩壁にはアオキノリ類の姿が見られ時々陽光地にはイボゴケ類が姿を見せている。
 ※フモトシダで胞膜に全く毛のない型や僅かに見られる程度の極端型と言うべき一種が群落状に叢生したものが谷間に見られたので報告しておきたい。
(北陸の植物 Vol. xx. No.3参照)

◇相票峠(野村谷川沿線)
 この地区も路線の拡張や新設による地衣植物の基物の除去による減少は大同小異であるが岩石を基物としたウメノキゴケ類が平帽子にかけて所々に見られるが、ハナゴケ類はこれまでの地区に比して少ない。峠近くに見られる社叢も地衣植物は半減して固着地衣が僅かに姿をとどめている。人家の岩崖等に見られたウメノキゴケ類の大型の葉状地衣は姿を消してウチキクロボシゴケが見られるに過ぎない。平帽子より山頂にかけてはハナゴケ類やウメノキゴケ類が点々と姿を見せている。平帽子の社叢にもウメノキゴケ類の葉状地衣は数えるほどしか見られない。所々の谷間にはアオキノリ類の発生が見られる程度になっている。

◇井口谷川沿線
 この路線も他の調査地区の谷川沿線に似たもので開発につれて地衣植物の基物が除去せられ、地衣植物の推移も同じ過程を歩んでいると推測しうる。人家の石崖にはウチキクロボシゴケやウメノキゴケ類やアオキノリ類が所々に見られ、山地の杉の古株や露出地面にはハナゴケ類が僅かに見られる。この地区の社叢の森林にはウメノキゴケ類やハナビラゴケ類の小片が見られる程度でいたって乏弱であった。
(この地区は今回の調査が初めてで単に現況を報告しておきたい)

 両調査の結果9ケ年間にこの地区内の地衣植物は半減或は全滅した地点が多く、どのように慾く目で見ても総体的には半分以下に激減しているものと推測せられる。
 地衣植物は古くから言われている如く、一般植物に比して大気汚染に対しては甚だ抵抗力が弱く、この植物は大気の清純な地帯にはよく繁殖し都会地の如き汚染地帯にはほとんど見られない、人跡未踏の地と言われているような高山や深山にはよく繁茂している。樹幹に手の触れる所なきまで繁茂していた数十年前の剣山が思い出される。所が社会の進歩に伴い登山者も年毎にかさみ、やがては道路の開発となり自動車の利用者が現われその数も年を追って激増し自動車の排気ガスによる大気汚染を生ずるに至っている。ことここに至るまでにはこれ等の植物は人的な災害を蒙っている。地衣植物の基物となる地面や岩石は削り取られ樹木の伐採などの被害は大きい。これに併せて気象的な災害や火災その他の災害、又は森林植物や基物になる植物の盛衰による環境の変化等々の災害にひたされている。自動車の排気ガスによる大気汚染と共に忘れてはならないものに遠隔地で如何にも災害とは無関係のように思われやすい工場の媒煙がある。この媒煙が気流に乗り遠隔地まで運ばれて来ることである。この媒煙による被害も大きいもので見捨てがたい。
 今回の調査区内もこの例にもれずこれ等の総合的な公害によりこの調査結果となったものと推測する。ここで考え直していただきたいことは、開発と自然の調和を計り残されたこれ等植物の保護である。一方排気ガスその他により生じつつある大気汚染の防止によるこれ等植物の保護である。
これ等の公害防止によるこれ等の自然保護はやがて人間保護につながっていることを再認識していただきたい。


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