阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第19号
脇町の植物

木村晴夫・阿部近一・伊延敏行・加藤芳一・木内和美・木下覚

1.概観
 脇町は南に吉野川が流れ、北に阿讃山脈をひかえた急傾斜地帯で、吉野川やその支流の流域にわずかに平地があり、山麓には河岸段丘・扇状地や台地がところどころにあって平坦地となっている。年間降雨量は県南の半分ぐらいしかないうえに急峻な山地のため雨がふってもてっぽう水となり、川原は天じょう川原となって乾燥がひどく、植物にとっては好い環境とはいえない。
 地質的には和泉砂岩層から構成された砂れき岩の土質で、四国山脈のような肥沃な土ではない。
 したがって植物の種類も貧弱て、生育状態も旺盛ではない。しかしこれらの悪条件のため、かえってそれに適応した特異な植物が生存し、食虫植物・スゲ類、イネ科植物のようなあれ地に強い植物が見られ、北山独特のフロラを形成している。


 一般的にいえることは、全山赤松林といってよいくらいアカマツが多く、10年〜20年くらいの若いアカマツの自生二次林である。大部分の山が植林が行きとどいておらず、赤松亡国論の標本のような山である。
 しかし、木が大きくならないのかというとそうではなく、あちこちに百年以上もしたと思われる大木のスギ、アカマツなどが生えのこっていたり、社そうやお寺のまわりとか、わずかにある谷間の植林地には、みごとな杉や松林があって、今後この地域の植林や樹木の保護管理に、大きな問題をのこしている。


 山麓地帯は暖帯樹がかなり多く、カシ類・ツバキ・クスノキのような県南地域によくはえる植物がある。とくに面白いのはトキワススキのような海岸性暖帯植物が、井口谷の入口にあったことで、トベラ・ウバメガシのような海岸性暖地植物が、かなりはいりこんでいることである。トキワススキは、本調査団の一員である伊延敏行氏が、大井次三郎博士に同定していただいたもので、こんなところで、このような植物に、めぐり合うとは思わなかった。


 つぎに中腹部の植物について概観して見ると高さが高くなるほど温帯樹が多くなる。モミジ類・ホウノキ・トチノキ・モミ・ツガなどであるがこれらの温帯樹と前記暖帯樹とが入りまざった混交林となり、遷移の状況が見られる。山頂になるとブナ帯があらわれ、大滝山頂にはかなり発育したブナ林か繁茂しており、直径1m以上もある大木が峰づたいにはえている。ブナ、イヌブナともに存在するが、ブナのほうが多いように思う。ブナ帯は本県では大体標高1,000m以上で、その前後の高度のところからイヌブナがあらわれはじめ、高度をますにつれてブナがあらわれて混交林となり、さらに高くなるにつれブナが多くなる、というような植生を示すのがふつうのようであるが、大滝山では突然山頂に、ブナ・イヌブナの混交林があらわれ、しかもその純林とまではなりきらずに、他の温帯樹とまざり合ってはえている。山頂や尾根づたいの温帯樹にはモミ・ツガのような針葉樹と、リョウブ・シロモジ・クロモジ・ダンコウバイのような落葉樹などがある。とくに面白いのは、頂上三角点付近にも見られるように、アカマツの大木とブナの大木とが共存していることで、ブナ帯の下限とアカマツ帯の上限が交錯している状態がよくわかる。したがってこの辺は、ブナの生育条件としては好適ではなく、高度944mというブナに取っては低いこの大滝山では、北からの寒風や、やゝ大陸性的気候の傾向をもつ内陸地の寒暖の差異の大きさとにささえられて、やっと生存を保っているといえるだろう。
 最近は伐採や開発がひどくなり、人通りも多くなっている。観光地・開発地として変相の傾向にある。こうなると、しずかなたゝずまいのこれら原生林の危機であって、枯死消滅の心配がある。最近清水峠から西へ龍王山に向けて、広い自動車道路が着々と作られている。開発という面ではよろこばしいことではあるが、山の愛護・植生の保存ということになると、まことに憂うべきものがある。道路の上部は山を切りとり、下部は土砂を押し流し、道路の巾の植物を失なうばかりでなく、両側数m・数十mに被害を及ぼすことになる。香川県は、大滝山北斜面を県民の森として指定し、その保護育成につとめているが、こゝに道路を作ることには同県民の一部に猛裂な反対がある。そこで県としても、この道路作りには、充分の配慮をし、掘り取った土砂は、遠方までダンプで運び去り、下方へ押し流すことのないよう取りはからっている。しかし、現状としては或程度の被害を及ぼしつゝある。本県の剣山や愛媛の石槌山などの道路開発を見れば、いかにその被害が大きいかがうかがわれる。本県としてもこれら前車の失敗をくりかえさないよう万全の注意をしてほしいものである。
 現に開発した道路の両側では、老樹が倒れ雑草や若木にかわりつゝあり、ヒメジョーン・アレチノギク・ダンドホロギクなどの帰化植物やオオバコ・ススキ・シダ類などのあれ地にはえる植物がばつこしつつある。わたしたちとしても、開発や道路造りは絶対にしてはならないとはいわないが、開発者は大木・老樹・植生の愛護・保存に留意して、慎重な措置をしてほしいものである。なお現在の開発地とともに全山にわたる荒地には公私協力して、百年の大計をめざして、すみやかに植林をすゝめるようお願いしたい。

2.各地域の植物
A.妙体山 標高731m
 全山アカマツの若い二次林が多く、その他の部分も若い雑木林である。南方の立派な杉・桧の植林を見てきたものには、その貧弱さにおどろくほどである。カエデ類やコナラ・クリなどのどんぐりのできるもの、ノブノキ・カナクギノキ・ネジキ・ヤマハゼ・ソヨゴなどの小木が、ブッシュとなって荒れた植生を呈し、二次林の初期的様相を呈している。頂上近くなって高度をますとホウノキ・トチノキ・ミズキ・アセビなどの温帯樹がある。
 曾江谷川の上流に下清水という地があり、その谷間に、四国女子大生の東条久恵氏が発見したクサレダマがある。本県で野生はここだけで、元来は北方中部地方以北に見られるものであるが、こんなところにこのような植物が生えているとは、不思議なもので、その経路は検討する必要がある。


B.大滝山 標高944m
 脇町の北方、香川県境にそびえる貴重な山である。阿讃山脈を代表する、各種の珍奇植物がある。頂上付近をのぞき、アカマツと雑木のまざり合った二次林であるが、九合目以上は、やゝ原生林の形態をとどめている。ここに数々の珍らしい植物があるが、まず五合目付近で、もと鳥居のあったところの田のちかくの草地に、南方植物であるリュウキュウコザクラが、ただ一本だけあった。非常に面白い分布で、この山が南方のものと、頂上のブナ林のような北方のものとの入りまざった植生のシンボルのような存在である。その後何人もの人が、何回もさがしもとめたが、見つからなかった。残存植物的な存在であったのだろう。
 九合目にあるヒメシャガの一大群落は、みごとなものであり、もし開花時にこれを見ることができれば、その可れんさ、美しさに、見とれることだろう。

 また水の取入口付近にあるユキワリイチゲ(ルリイチゲ)は山植物のようなるり色のあざやかな花を咲かせている。その付近に地面にくっついてアズマスゲ(中北部地方の植物)があり、葉のひろいササノハスゲや地下茎が地上茎にかわっているワタリスゲなどの珍らしいスゲ類がある。も少し上へのぼると、ニリンソウのこれもまた美しい群落があり、まえにのべたヒメシャガとはちがったあでやかさがある。


オオタチツボスミレの花も美しく、道の両側を、うすむらさきの花と、まるいかわいい葉とでうづめている。
 頂上あたりではコウヤシロカネソウ・クロフネサイシン・ムカゴツヅリ・アワコバイモなど、珍奇植物が続々と出てくる。神社のうらのやゝ下ったところでは、シコクカツコソウ・キクガラクサの群落、ミドリワラビ(本県唯一の産地)ハコネシケチシダなどの草本やシダ類がはえている。樹木ではブナの存在が面白く、頂上の木にはヒノキバヤドリギがかなりついていて、冬枯れのこの地をおとずれた人は、奇妙なこの植物におどろかされることだろう。

 

これら植物の宝庫といえるこの付近も近年荒廃がひどくなり、また今できつゝある道路が近くを通るので、それにおしつぶされはしないかと心配でならない。
 

C.平地力よび谷川流域
 平坦部の民家や、社寺には、植えられた木が茂っていたり、山足では大体低木の雑木林か、アカマツの若木が多い。この下草として雑草や、しだ類が生えている。割合にあたゝかいところに生える木が多く、ツバキやヤブニッケイ・アラカシなどの暖帯植物がある。大木には、岩倉の大樟や猪尻のお寺のもっこくなどあり、何百年もの老木である。神社仏閣には、アカマツ・クロマツ・スギ・ヒノキなどを主とした社そうがある。河川敷とか山すその平地・山足のあれ地には、ススキがはびこり、ナガバキイチゴ・フユイチゴ・サルトリイバラ・タラノキ・ノブノキ・センダ・ヤブツバキなども生え茂っている。谷川へはいると、カワヤナギ・ハイヨシ・ヤシヤゼンマイなどが水ぎわにあり、すこし上った日かげの岩場には、イワタバコ・カンスゲ・コイワカンスゲ・シヤガなどが生えている。あれ地で日あたりのよいところには、ジャケツイバラ・ハコベ類・テンツキ・イグサのようなカヤツリグサ類・チガヤ・ススキ・チカラシバ・エノコログサのようなイネ科のもの、タデ類などが生え茂っている。水辺にはクロモ・マツモ・ヒシ・ヒルムシロのような水生植物や、よどみにはタヌキモのような食虫植物がある。水田中にはウリカワ・コナギ・ヒエ類・ウキクサ・カヤツリグサ類などの雑草が生えている。
帰化植物には、ヒメムカシヨモギ・アレチノギク・ヒメジョン・オオアレチノギク・ホウキギクのようなキク科植物やオオニシキソウ・マメグンバイナズナ・ダンドホロギク・ニオイタデのようなさいきん帰化した植物が荒廃地を中心にして見られる。


3.特記すべき植物
(1 Drosera rotundifolia L. モウセンゴケ 小星
(2 Utricularia japonica Makino タヌキモ 猪尻
(3 Poa tuberifera Faurie ムカゴツヅリ 大滝山
(4 Sasa senanensis Rehd クマイザサ 大滝山
(5 Schonus apogon R.et S. ノグサ 小星
(6 Scirpus juncoides var. triangularis Ohwi サンカクホタルイ釧
(7 Hosta capiatata Nakai イヤギボウシ 曾江谷
(8 Lilium speciosom var. clivorum S. abe et Tamura タキユリ 曾江谷
(9 Fritillaria japonica var. japonica アワコバイモ 大滝山
(10 lris gracilipes A. Gray ヒメシャガ 大滝山
(11 Asarum dimidiatum F. Maekawa クロフネサイシン 大滝山
(12 Gentiana nipponica ミヤマリンドウ 大滝山
(13 Polygonum viscosum Hamilt. ニオイタデ 猪尻
(14 Anemone keisukeana T. Ito ユキワリイチゲ 大滝山
(15 Anemone flaccida Fr. Schm. ニリンソウ 大滝山
(16 Captis japonica var. disecta Nakai セリバオウレン 大滝山
(17 Isopyrum numajirianum Makino コウヤシロカネソウ 大滝山
(18 Epimedium diphyllum Lodd バイカイカリソウ 小星


(19 Prunus verecunda koehne カスミザクラ 大滝山
(20 Oxalis griffitihii E. et H. ミヤマカタバミ 大滝山
(21 Viola makino H. B. マキノスミレ 大滝山
(22 Viola kusanoana Makino オオタチツボスミレ 大滝山
(23 Sium sisarum L. ムカゴニンジン 曾江谷
(24 Primura kisoana Mig カッコソウ 大滝山


(25 Androsace unbellata Merrill リュウキュウコザクラ 大滝山
(26 Scopodia japonica Maxim ハシリドコロ 大滝山
(27 Lathraea japonica Miq ヤマウツボ 大滝山
(28 Gymnaster savatieri kitam. ミヤマヨメナ 大滝山
(29 Saussurea nipponica Miq オオダイトウヒレン 苫尾
(30 Synurus polmatopinuatifidus kitam キクバヤマボクチ 大滝山
(31 Athyrium viridifronus Makino ミドリワラビ 大滝山
(32 Fagus crenata Blume ブナ 大滝山
(33 Fagus japonica Maxim イヌブナ 大滝山
(34 Quercus variabilis Blume アベマキ 大滝山
(35 Carex lasiolepis Franch アズマスゲ 大滝山
(36 Carex sachalinensis Fr. var. conicoides Ohwi ワタリスゲ 大滝山
(37 Lysimachia vulgaris L. var. davurica R. K. クサレダマ 下清水
(38 Miscanthus floridulus Warb. トキワススキ 井口谷
(39 Ellisiophyllum pinnatum Makino キクガラクサ(ホロギク) 大滝山


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