阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第19号
脇町の植生

徳島生物学会 森本康滋

はじめに
 脇町は、東西に走る阿讃山脈のほぼ中央に位置し、古くから阿北の文化、経済の中心をなし、阿讃交通の要衝として栄えた町である。東は阿波郡阿波町、西は美馬郡美馬町、北は香川県の大川郡・木田郡・香川郡の三郡と海抜300〜900mの連山で境され、南は吉野川で麻植郡穴吹町と接し、北に高く南に低い地形で、町の大部分は傾斜地であり、山すそには、高さ10〜30mの河岸段丘が発達している。
 地質は、中世代の和泉砂岩層よりなり砂岩を主とし、頁岩もみられる。
 阿讃山脈南麓に大規模農道が計画され、また観光の焦点も県南から県北に移ろうとする変革の時期でもあるので、この地域の自然の利用、保全、管理などの基礎資料として、何らかの役に立てたいと考え、脇町の植生を調査し、全域の現存植生図を作製した。
 対象面積の広さに対して、調査期間(47年8月1日〜8月7日)が短かかったため、所期目的を十分達することはできなかったが、一応その成果をまとめた。今後機会あるごとに詳しく調査し、より完全なものとしたい。
 なお、この報告書をつくるにあたり、懇切な指導を賜り、御校閲いただいた、広島大学鈴木兵二教授に衷心より感謝申し上げると共に、植物標本の同定ならびに種々御教示いただいた阿部近一氏、現地調査に協力された鎌田正裕氏、富永彬生氏、服部泰博氏、調査に便宜を与えられた脇町当局、並びに農林事務所吉田正隆氏らに、ここに謹んで感謝の意を表する。

調査地の植生概要
 本地域は、地形が可成り急峻であり、降水量が少なく(1485mm/年)、かつ全体的に南に傾斜していることなどにより、よく乾燥している。森林は町の面積の73%にあたる8062haを占めるが(表―1)、古来より頻繁に伐採されたため殆どが2次林であり、自然林としてはブナ林(大滝山頂)、シデ林(妙体山頂)、ツガ林(御所神社)などが極く一部に残されているにすぎない。
 調査地域の大部分は代償植生(2次林)で占められており、特に、アカマツ林が広範囲を占め、コナラ林が東部の東俣名と、西部の野村谷川上流にみられる。また、人工植生として、スギ・ヒノキ植林、砂防林としてのニセアカシア植林、人家付近の竹林、吉野川沿いの防水竹林などがみられる(現存植生図参照)。

調査方法
1)相観を主とした植生図の作製 脇町は、その大部分が山地で占められてかり、限られた時間内に全域を踏査することは困難である。そこで、あらかじめ航空写真(SI―65―IX)により2万5千分の1地形図に群落区分を記入し、これを現地踏査によって修正し確認する方法をとった。なお踏査できなかった所は、航空写真と遠望によって群落を区分した。
 凡例作製に際しては、まず自然植生、代償植生、人工植生に大別し、自然植生は、1)落葉広葉樹林:ブナ群落,シデ群落,ケヤキ群落。2)常緑広葉樹林:アラカシ群落。3)針葉樹林:ツガ群落。代償植生は、アカマツ群落,コナラ群落。人エ植生は、スギ・ヒノキ植林,ニセアカシア植林,竹林,樹園地,耕作地,伐採跡地を区別した。
2)現地調査あらかじめ相観によって区分された群落内で、均質な植分を選び、植生調査を行った。各植分では階層別(高木層、亜高木層、低木層、草本層)に出現する全植物について、Braun-Blanquet の調査法に基ずいて、優占度と群度とを測定した。


調査結果と考察
 以下各群落の説明中に示す群落組成表は紙面の都合上代表的な群落の一部だけを示した。なお数字は優占度と群度である。
I 自然植生
 脇町には、先史時代の遺跡もあり、阿讃交通の拠点として、古くから栄えた町で、そのためか残存する自然植生は非常に少なく、局所的に、しかも狭い面積で、社叢林として残っているにすぎない。
1.落葉広葉樹林
 1)ブナ群落 阿讃山脈のほぼ中央にある大滝山(海抜946m)にブナ林が残されている。本県の場合海抜1,000m以下にブナ林が発達しているのは大滝山だけであり、その意味でも貴重な群落である。然し、徳島県側では、頂上近くまで伐採されており、かつ国民憩の森に指定され、徳島・香川両県民が、自然を求めてよく登山するため、剣山系などにみられるブナ林とは組成がやや異なっている。


 ここでは、高木層に樹高約18m、胸高直径60〜80cmのブナが優占し、イヌシデ、ハリギリ、ケヤキ、ミズナラ、イタヤカエデなどが混生し、亜高木層には、コハウチワカエデ、アオハダ、ブナ、リョウブ、コシアブラなどがみられ、低木層にはケクロモジ、タンナサワフタギ、コバノミツバツツジ、コゴメウツギ、ウスバヒョウタンボク、イヌツゲなどが、草本層には、ヒメホウチャクソウ、テイショウソウ、キバナアキギリ、ヤマトリカブト、ミヤマカタバミ、ナガバモミジイチゴなどがみられる。なおこのブナ林内には、フキ、シュンラン、ヘクソカズラ、カラスザンショウ、オトコエシ、ススキ、ダンドボロギク、タラノキ、サルトリイバラなどがあり、低山性の種や、陽地植物、帰化植物などが混生している。

 2)シデ群落 脇町との境にそびえる妙体山(海抜785m)の山頂に、丁度帽子をのせたように、小面積ではあるがシデ林が残されている。ここでは高木層に樹高約20m、胸高直径40〜70cmのイヌシデ、コアサダ、クマノミズキ、イタヤカエデ、ハリギリ、モミ、アベマキなどが混生し、亜高木層に、コハウチワカエデ、アオハダ、カマツカ、ケヤキ、エンコウカエデなど、低木層にはツリバナ、サンショウ、ケクロモジ、タンナサワフタギ、エンコウカエデなどが、草本層にはコウヤボウキ、ティショウソウ、オカタツナミ、ナガバモミジイチゴなどがみられる(表―3)。


 3)ケヤキ群落 曾江谷川をさかのぼり、平間の下部から西へ支流をつめると相立部落がある。ここの人達は数年前にすでに山を下り、ワラブキの家2軒は荒れるにまかされ、屋根はくずれおち、以前の田畑はススキとクズにおおわれ見るかげもない。この部落から谷を1つへだてた南側の北斜面、海抜500〜600m付近に落葉樹林がある。そこへは道がなく、群落内に入ることができなかったが、相観と海抜や地形などから判断して、ケヤキを主とする林と考えられるので、植生図にはケヤキ林として示した。この他、河岸段丘にも局所的にケヤキ林が認められる。


2.常緑広葉樹林
 4)アラカシ群落 東俣谷川の河岸の急傾斜地や、地形の関係で伐採植林できない河岸段丘上、また上中野の西新田神社の境内(海抜約480m)などに、アラカシを主とする群落が残されている。自然林が伐採される以前はおそらく脇町の海抜約500mまでが立地条件にもよるが、カシ林でおおわれていたであろうと考えられる。


 樹高10〜15m、胸高直径約50cmのアラカシ、ウラジロガシ、シラカシ、カゴノキなどに混ってモミ、イロハカエデなどが高木層を占め、亜高木層にはアラカシ、ヤブニッケイ、アセビ、ツガ、ヤブツバキなど、低木層にはヒサカキ、ネズミモチなど、草本層には、テイカカズラ、ジャノヒゲ、ヤブラン、キズタ、シュンラン、イチャクソウ、サルトリイバラなどが認められる(表―4)。


3.針葉樹林
 5)ツガ群落 東俣谷川の上流、御所野にある御所神社の社叢は、ツガを主とする森林である。このツガ林は、本県内でも他に類をみないよく発達した森林である。ここでは樹高約18m、胸高直径70cmのツガが高木層に優占し、亜高木層には、アセビ、サカキ、コバノミツバツツジなどが散在し、低木層にシロバナウンゼンツツジが多くみられるほか、タカノツメ、カクミスノキ、ヤブツバキ、コシアブラなどが認められる。草本層の発達は悪く、ヤブコウジ、イヌツゲ、ツルアリドウシ、ツルリンドウなどがわずかにみられるにすぎない(表―5)なおムギランがツガに着生していた。


II 代償植生
 6)アカマツ群落 吉野川北岸の阿讃山脈は、西は池田町から、東は鳴門市に至るまで、その殆ど大部分がアカマツ林でおおわれている。脇町もその例外でなく、現存植生図でわかるように、森林の大部分はアカマツ林で占められている。然し、相観上はアカマツ林であるが、下層の優占種により、アカマツ―ススキ群落、アカマツ―コシダ群落、アカマツ―ヒノキ群落、アカマツ―コナラ群落などに区別できる。


イ)アカマツ―ススキ群落 中谷の東側や、滝山にみられるもので、樹高約12m、胸高直径15〜20cmのアカマツが高木層に優占し、亜高木層、低木層ともに発達が悪く、ネズ、ヒサカキ、ヤマハゼ、コバノトネリコなどがみられるにすぎない。草本層にはススキが一面に密生しており、ワラビ、サルトリイバラ、イヌツゲ、カマツカ、ヒカゲスゲ、ヘクソカズラなどが高頻度で出現する(表―6)。


ロ)アカマツ―コシダ群落 馬木付近の河岸段丘の上部にみられるもので、樹高約8mのアカマツの下層に、コシダが一面に密生しており、低木層にはわずかにネジキ、アセビ、シャシャンボ、ヤマハゼなどがあり、草本層にはコシダ以外にはナツフジ、テリハノイバラなどがみられるにすぎない。このようなアカマツ―コシダ群落は、海岸に近い徳島市や鳴門市の低山によく発達しているが、脇町としては少ないものである。


ハ)アカマツ―ヒノキ群落 大滝山の海抜700〜900mにかけて、アカマツ林中にヒノキを混植したものがみられる。ここでは10〜15mのアカマツがヒノキと共に真すぐ生長している。亜高木層にコナラ、アカシデ、エンコウカエデ、ヤマウルシ、低木層にナガバモミジイチゴ、クリ、ヒサカキ、コバノミツバツツジ、ノリウツギ、リョウブ、ネジキ、ケヤキなどが叢生し、草本層にはススキ、ワラビ、ゼンマイ、ミツバアケビ、ヨモギ、トコロ、ケクロモジ、コバノガマズミ、ヤブムラサキ、ヤブコウジ、コアカソ、シシガラシなど、以前の群落構成種と、侵入種とが入り混って、非常に多くの種類が共同社会を構成している。
 

ニ)アカマツ―コナラ群落 脇町内のアカマツ林のうち最も広い面積を占めるのがこの群落で、立地条件によつて群落組成は異なるが、上記のアカマツ―ススキ群落やアカマツ―コシダ群落などよりもやや湿った、山奥の地域に発達している。高木層には樹高10〜15m、胸高直径20〜30cmのアカマツが優占し、亜高木層にはコナラが可成り密に生育しており、その他にソヨゴ、ヤマウルシ、イヌシデ、コバノトネリコなどがよく出現する。低木層にはアセビ、ネジキ、モチツツジ、イヌツゲ、カマツカ、カクミスノキ、コバノミツバツツ
ジ、アラカシなどがよくみられるが、優占度はそれ程高くはない。また草本層にはコウヤボウキ、サルトリイバラ、シュンラン、ナガバモミジイチゴ、ゼンマイなどがよく出現する(表―7)。これは、次のコナラ林へ移行を暗示するものと言える。

 

 7)コナラ群落 これは脇町東部の東俣付近を中心とした地域に可成り広範囲にみられる外に、野村谷川上流、西ノ谷付近にもまとまったものがある。小規模のものは各所に点在している。この群落は、以前のいわゆる薪炭林であるが、プロパンガスが普及したために、炭焼きは殆ど行なわれず、最近では全く放置された状態にある。樹高7〜8m、胸高直径10〜15cmのコナラが亜高木層に優占し、その他ヤマザクラ、コバノトネリコ、ヤマウルシ、クヌギ、などが密に混生し、低木層にモチツツジ、カマツカ、ヤブムラサキ、コバノミツバツツジなどの出現度が高く、草本層にコウヤボウキ、ミツバアケビ、サルトリイバラ、イヌツゲ、ヘクソカズラなどがみられ、アカマツ林の種組成とよく似ている(表―8)。なお局所的にクヌギ林、アベマキ林なども確認したが、小面積のため、現存植生図には図示できなかった。


III 人工植生
 8)スギ・ヒノキ植林 脇町ではスギ・ヒノキなどの植林は、県南の多雨地域ほど広くは行なわれていない。大滝山の中腹から尾根にかけては数十年を経た植林地もあるが、生長はあまりよくない。
 9)ニセアカシア植林 大谷小学校のすぐ下の傾斜地に、まとまった植林がみられる。ここでは高木層に樹高約13mのニセアカシアが密に生育し、亜高木層にも、低木層にもニセアカシアがみられる。草本層には、シャガが密生し、更にジャノヒゲ、ノイバラ、ヤブソテツ、ヤマノイモ、ウバユリ、アケビ、クサイチゴなども高い出現度を示している(表―9)。この他にも谷すじの処々に砂防林として植栽されたものがある。


 10)竹林 人家の近くに、古く植えられたモウソウチク林や、マダケ林などが山腹に点在しており、相立の下流には、モウソウチクとマダケとが混生した群落がみられる。吉野川岸には防水林として、流れに沿った細長いマダケ林がみられる。
 11)樹園地 広棚をはじめ、曾江谷川に沿ってクリがかなり広く栽培され、河岸段丘にはハッサクも栽培され、また梅林も各所にみられる。これらをまとめて現存植生図には樹園地として示した。


 12)耕作地 吉野川平野と河岸段丘の上にみられる田畑の他に、山腹や谷間に点在する部落付近に、古くから耕されてきた段々畑や水田がある。苫尾には、高冷地野菜の栽培地やヒノキの苗畑がある。耕作地としては水田に次いで桑畑が広く、タバコ、ダイズなどもかなり栽培されている。これらを全部まとめて耕作地として、植生図に示した。なか休耕田の雑草群落は低地の湿った所ではハハキギクを主とし、山地ではオオアレチノギクやヒメムカシヨモギが優占していることを付記する。
 13)伐採跡地 大谷川の白木・尾崎の対岸と、勘場の東側に最近伐採された地域がある。この他にも小面積の伐採地はあるが、伐採後数年を経た所には、大体ススキ群落が見られ山地では萠芽林として更進している所も認められる(表―10)。ここでは樹高約1mのヌルデ、タラ、アラカシ、クサギなどが叢生し、陽生低木が優勢であるが以前はアラカシ群落であったことを暗示するものと言えよう。


おわりに
 脇町全域を踏査して、今までの総合調査の対象地域(松尾川流域・剣山周辺など)にくらべ、自然植生が非常に少ないことを痛感した。大滝山のブナ林、妙体山のシデ林、相立のケヤキ林、御所神社のツガ林などは、いずれもごく狭い面積しか残されておらず、町の潜在植生を知る上にも、自然林のしくみの多様性を知る上にも極めて大切な群落である。今後これらの群落を十分保護し、これ以上破壊しないよう、県ならびに町当局に対し切望する次第である。
 豊かな自然があって、はじめて豊かな人間生活がある。大規模農道も結構であるが、自然との調和を十分に考えた上で、五十年先、百年先を見越した計画を立てた上で、実施に移してもらいたいものである。
 本報告が、自然保護や賢明な土地利用の参考資料として役立てば幸いである。

要約
 脇町全域の植生調査を行ない、相観による現存植生図を作製した。区分された植生単位は、下記の通りで、そのうち代表的な群落の群落組成表を掲げた。
I 自然植生
1.落葉広葉樹林
 1)ブナ群落
 2)シデ群落
 3)ケヤキ群落
2.常緑広葉樹林
 4)アラカシ群落
3.針葉樹林
 5)ツガ群落
II 代償植生
 6)アカマツ群落
  イ)アカマツ―ススキ群落
  ロ)アカマツ―コシダ群落
  ハ)アカマツ―ヒノキ群落
  ニ)アカマツ―コナラ群落
 7)コナラ群落
III 人工植生
 8)スギ・ヒノキ植林
 9)ニセアカシア植林
 10)竹林
 11)樹園地
 12)耕作地
 13)伐採跡地

参考文献
宮脇昭:1964 丹沢山塊の植生、丹沢大山学術調査報告書、54〜102、神奈川県
宮脇昭・大場達之・村瀬信義:1969 箱根・真鶴半島の植物社会学的研究
 箱根・真鶴半島の植生調査報告書、3〜59、神奈川県
宮脇昭・藤原一絵:1968 藤沢市「西部開発区域」の植物社会学的研究調査報告 1〜44、藤沢市
宮脇昭・奥田重俊:1966 箕面勝尾寺周辺の植生、箕面勝尾寺付近の生物生態調査報告書、3〜14、大阪
森本康滋:1961 東祖谷の植物、東祖谷山村調査報告書、37〜46、徳島県
森本康滋:1969 西祖谷山村の植生、西祖谷山村調査報告書、13〜22、徳島県
森本康滋:1971 剣山周辺の植生、徳島県博物館紀要第2集、29〜40、徳島県
森本康滋:1972 松尾川流域の植生、郷土研究発表紀要18、1〜12阿波学会
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