阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第18号
松尾川上流域のサンショウウオ

徳島生物学会 曽川和郎

1 まえがき
 祖谷松尾川は三好郡東祖谷山村深渕の奥、落合峠の北斜面に流れを発して、矢筈山(1,848m)、石堂山(1,636m)、白滝山(1,526m)、烏帽子山(1,970m)など1,500mを越す連山の水を集めて四国電力春ノ木尾ダムに流れ、小祖谷部落を通り、西祖谷山村を東西に横切って、池田町出合で祖谷川に合流する延長約30kmの河川である。
 流域は、ところどころ部落や耕地が点在しているほかは平地はほとんどなく川以外はけわしい山地ばかりで、標高1,000mをこす山々が連なり、これらの山合を削って流れる渓谷は典型的なV字谷で阿波祖谷の渓谷美を形成している。
 地質は三波川結晶片岩質で、約2億5千万年前の地向斜堆積物が古生代末期に変成されたものと推定されている。
 気温は昭和28年の記録によると年平均気温11.6℃となっており、剣山地方とともに県下のもっとも低い地帯である。降雨量も年間2,000mm以上あり、従って河川渓谷は急流であるが水量はゆたかである。
 植生は天然林と人工林が半々であり、山腹の植林できるようなところはほとんどスギ、ヒノキが植林されている。天然林は1,000m以上の高山地帯を占めブナ林がよく発達している。
以上のような地理的環境条件のもとでは高山性のサンショウウオの生息が予測されるので、限られた日数ではあったが、私はアルバイター2名とともに地元協力者の援助を得て昭和46年7月21日から25日までの5日間、松尾川上流域の調査ができたので報告したい。なお、アルバイターとして協力してくれた川島高校生物部の寒川充男、能田雅光の両君と地元向井清氏、上田治三郎氏に対し、心から感謝の意を表したい。

2 調査方法
 昭和46年7月21日よりの5日間、上図踏査ルート(図1)のように、河川渓谷に沿った調査を行った。
 特に松尾川上流域は山が深く谷はけわしく調査に困難が予想されるので、次の点に留意した。
(1)地元部落での聞きこみ調査を念入りにした。すなわち、過去にサンショウウオが捕獲された谷はあるか、ということをあらかじめ地元の古老や知識人に聞いた。
(2)地図の上で標高1,000mをこす渓谷を選び、植生状況を調べた。
(3)実際の調査に当っては、水温、水棲動物の有無、高度、植生(天然林か人工林か)等を考慮に入れながら、渓谷の水中で生活している幼生の発見につとめた。
(4)幼生が発見されると、その上流域の両岸壁の調査を念入りに行ない成体を発見した。


3 調査概要
(1)長谷川流域
 水口峠(1,116m)および腕山(1,333m)から流れを発して松尾川に注ぐ約2kmの河川であるが、戦前に腕山の東斜面の五号谷で子供がサンショウウオを数匹とったという話を聞いたので調査した。
 まず水口峠付近の長谷川上流域を調査したが、現在、土木工事中で渓谷が荒れており、水温も高く、サンショウウオの生息できる環境でなかった。
 次に五号谷は1,150mくらいまでカラマツの植林がよく繁茂しており1,200m付近からスギ・ヒノキの植林もあるが大体天然林となる。1,200mで水温14℃となり植生状況もよく、もしかしたら生息しているのではないかと入念に調査したがサワガニが少数いるだけでサンショウウオは発見できなかった。すぐ上の放牧場で牛が鳴いているようではサンショウウオは棲めない。
(2)カマツチ谷
 地元古老の話では、過去にサンショウウオがいたということで調査した。
 標高1,020m付近の水源地付近まで調査したが、水温15.5℃から下らず、少数のサワガニを除くと水棲動物は何もいなかった。上流水源地付近から上は少量の天然林があるが、950m以下の下流域の天然林は目下伐採中で、木を運ぶウインチがうなりをたてていた。
(3)坂瀬川流域
 坂瀬川は松尾川が西祖谷山村日比原で分岐し、坂瀬部落を経て烏帽子山(1,670m)に達する深い谷である。地図上から見ても東に烏帽子山南に寒峰(1,605m)があり、いくつかのきびしい渓谷がよく発達している。また地元民の話しでもサンショウウオが生息しているらしいので、2日間の日程をかけて調査した。
1 アカツエ谷
 坂瀬川ではヨイチ谷と並んで大きく深い渓谷で鳥帽子山の西南斜面1,500m付近に流れを発している。
 下流850m付近でウツロ谷と分岐し950m付近に四国電力のダムと水取入口がある。右岸は天然林がよく繁茂しているが、斜面が切立っていてきびしい。左岸はややゆるやかでスギ・ヒノキの植林があり、その間を縫って流れる小渓谷は、ダム保護の関係から、砂防工事が行なわれ、よく人手が加えられている。標高1,300mで水温14℃となり条件はよくなったが、幼生も成体も全く発見できなかった。地元の人々の話ではアカツエ谷が本命であったが、少数のサワガニとヤマアカガエルが生息しているのみであった。
2 ウツロ谷山
 山が浅く、その上小滝が多く、調査困難であり、地元の人の話では棲息していないとのことであったので調査をしなかった。
3 コクバ谷
 地元で最近捕獲したとの話があったので調査した。両岸は50年生以上のスギ・ヒノキの植林がよく繁茂している。標高1,050m付近の小谷が分岐している地点で水温14℃を記録、そのやや上流1,100m付近の水中で幼生発見、さらに1,120m付近から1,200m付近までの間でオオダイガハラサンショウウオの成体を発見した。
4 ヨイチ谷
 コクバ谷を南に越えたヨイチ谷の1,220m付近で水温14℃となり、その付近の水中で幼生多数を発見した。また、その上流域南岸の小渓谷でオオダイガハラサンショウウオの成体を発見した。
 ヨイチ谷は烏帽子山の南西斜面一帯をふくむ上流域を持ち植生状況もよいので、オオダイガハラサンショウウオの宝庫と思われる。
(4)深渕川上流
 深渕部落の上田治三郎氏の先導で深渕川上流域を調査した。落合峠北斜面のカラ谷の天然林の中、標高1,420m付近、水温13℃の水中で幼生発見、その上流1,440m付近の右岸天然林中でブチサンショウウオの成体を発見した。
 上田氏の話によると下流の国有林(天然林)を戦後国が伐採してから急にサンショウウオの数が減少したそうである。この付近では落合峠頂上付近にわずかに天然林が存在し、1,300m以下の下流域は丸ハダカである。
 また、烏帽子山の東斜面のオモ谷と矢筈山(1,849m)の西斜面に流れを発する大平谷には、それぞれ少数ではあるが、ブチサンショウウオが生息すると聞いたが、日程の都合で調査できなかった。

4 調査結果
松尾川上流域の調査の結果次の2種の高山性サンショウウオが発見捕獲できた。
(1)オオダイガハラサンショウウオ Pachypalaminus boulengeri T.
捕獲場所等
◯三好郡西祖谷山村坂瀬
 坂瀬川上流 コクバ谷
 標高 1,100m―1,250m
 日時 S.46.7.23 pm.2.00
 天気・水温 雨・14℃
 発見幼生 10以上
 捕獲幼生 4
 捕獲成体 2
○三好郡西祖谷山村坂瀬
 坂瀬川上流 ヨイチ谷
 標高 1,220m―1,300m
 日時 S.46.7.24 pm.1.00
 天気・水温 雨・14℃
 発見幼生 20以上
 捕獲幼生 4
 捕獲成体 2
(2)ブチサンショウウオ Hynobius naevius S.
捕獲場所等
○三好郡東祖谷山村深渕
 深渕川上流 カラ谷
 標高 1,420m―1,480m
 日時 S.46.7.25 pm.1.00
 天気・水温 晴・13℃
 発見幼生 10以上
 捕獲幼生 2
 捕獲成体 3

5 写真標本


6 考察
 松尾川上流域は、1,000mを越す高山の間に多くの渓谷が発達し、それらは険しく深い。また降雨量も多いため、植物はよく繁茂成育している。そこで調査前に考えられたことは生息する種類な少くても、多数のサンショウウオが生息しているだろうということであった。ところが、実際に調査してみると、その数の少いのに驚いた。このことについては過去の資料がないので確言できないが、次に述べる(1)の事柄が、また、分布状況から判断して(2)の事柄が考察される。
(1)“自然破壊”ということ
1 長谷川の場合
 過去にオオダイガハラサンショウウオを捕獲したことが事実なら、また、私の五号谷の調査状況から判断して、一応生息条件はよいが、現在生息していないことは、道路開発や牛の放牧による汚水害のため死滅したのでないか。
2 坂瀬川の場合
 地元の人達の話では過去にもっとも多くオオダイガハラサンショウウオが生息していたそうであるし、また生態条件もよいアカツエ谷で現在その姿が見かけられないのは、ダム建設、それにともなう広範囲の砂防工事、植林などの人工手段のため、その生息が脅かされ、一山越えた、とても小さな谷であるウツロ谷に移住したのではないか。
3 深渕川の場合
 地元の人の話では、国有林伐採前はカラ谷にはブチサンショウウオが取って売るほど生息していたそうであるが、伐採後は極度にその数が減少している。
(2)“すみわけ”では
 この度の調査結果からその分布状況を考察すると、烏帽子山、春ノ木尾ダム日ノ丸山(1,240m)を通る南北稜線を境として、西側渓谷にはオオダイガハラサンショウウオのみが生息し、東側渓谷ではブチサンショウウオのみが生息する事実から、この線を境界線としてすみわけ現象がみられるようである。


7 まとめ
(1)祖谷松尾川上流域の渓谷には、オオダイガハラサンショウウオとブチサンショウウオの2種の高山性サンショウウオが生息している。
(2)オオダイガハラサンショウウオは松尾川の支流坂瀬川の上流のコクバ谷とヨイチ谷の標高1,100m以上の渓谷に幼生が棲み、その上流域の天然林には成体がかなり多数生息している。
(3)ブチサンショウウオは松尾川上流深渕川上流のカラ谷の標高1,400m以上の渓谷にその幼生、その上流域の天然林中で成体が生息している。その数は近時極度に減少している。また、地元民の話では、モト谷、大平谷の上流にもブチサンショウウオが生息しているようである。
(4)これら2種のサンショウウオが、それぞれ別々に生息していることは、この両種の間ですみわけ現象がみられるのではないかと思われるが、その断定には更に詳しい調査が必要である。
(5)この度の調査では、今までサンショウウオが生息していた場所が、放牧、道路開発、ダム建設、天然林伐採、植林などの人工手段により自然破壊が進行したため、それらが死滅したり、その数を減少したり、他所へ移住したらしいと推定される現実に出くわしたので自然保護の大事さもあわせて訴えたい。

参考文献
 伊藤猛夫他 石槌山系の動物の調査(1960)
 徳島県博物館 西祖谷山村調査報告書(1969)
 曽川和郎 麻植郡内の両生類調査(1971)


徳島県立図書館