阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第18号
西祖谷山村及び松尾川流域の植物

木村晴夫・阿部近一・伊延敏行
加藤芳一・木下覚・木内和美

 

 1.概 観
 調査対象地域は本県の奥地で、海岸から100kmほどもある遠隔地である。四国山脈の中央やや東よりの急峻な山地であって、烏帽子山・国見山・中津山・腕山・日の丸山など千数百mの高山が至るところにそびえている。
 植物は温帯性の夏緑広葉樹や針葉樹が多く、下部谷ぞいにはところどころに暖帯性の常緑広葉樹がある。全地にわたって植林が行なわれていて杉が大部分を占め、桧がところどころにまじっている。原生林はすくなく、山頂付近・絶壁・河岸などに僅かに残存している。絶壁の奇勝と紅葉が美くしい竜ケ岳などの樹木も、上流地方から切り倒され、貴重な植生を失ないつつある。

 2.小祖谷・坂瀬方面
 調査日 昭和46年5月2・3日、8月21日、9月24・26日
 5月2日 宿舎の向井さん宅を出て谷へ下りる。白いコンロンソウの花があった。谷ぞいの道を坂瀬峠に登ると、ウバユリやイチリンソウが咲いている。これらの白い花は、樹下のうすぐらいところでもくっきりとうき出て、遠くからでもよく見える。コオニユリは日当りの雑草地にあざやかな紅い花を見せている。紫色の花ではヤマフジ・エンレイソウ・ヒゴスミレ・ラショウモンカズラなどがあった。坂瀬の谷ぶちにアワコバイモが二本だけあって凹三角のかわいい実をつけている。本日採集したうちの珍種である。ツクバネウツギやユキモチソウの白花もよく見かけた。調査を終え夕食のときウドを沢山とってきてみそあえにしてくれた。わたしたちは、まだ芽が出たところぐらいだから、山では全く見かけなかった。山の人は、去年の枯れ葉を目標にしてさがすということである。
 8月21日 今ごろになると5月とはちがったいろんな植物が目につく。ヤワラスゲのみはほとんどおちているが、ビゴクサのみはのこっている。シダ類ではイヌシダ・ジュウモンジシダ・イノデ類などが多い。イネ科のものではヒメノガリヤス・オオネズミガヤがほが出ていた。キツリフネが黄色い花を咲かせていたのは珍らしい。ネバリタデは、坂瀬峠などにあった。上部にねばい液が出ていて手につく。このほかアキノタムラソウ・クサアジサイ・ミツバベンケイソウ・エイザンスミレなどの花が見えた。樹木ではコナラ・ヤマコウバシ・ノリウツギなどが多かった。坂瀬峠から少し下ったところ海抜800mぐらいに小さいイヌブナがあった。こんな低いところにでも生育するとはおどろいた。
 9月24日 宿舎を出発採集に出かけると、道ばたにヒエらしいものが生えている。ノビエかと思ったが、食用のヒエである。栽培されているものは殆んどないのにかつて逸出したものが残っているのであろう。道ばたや山地の低いところに、アキメヒジワが多い。ミヤマササガヤ・ヌカキビもある。キバナアキギリ・アカバナ・アケボノソウはやや湿った地に、ヘクソカズラ・コシオガマ・カラスノゴマ・キッコウハグマは、やや乾燥した地に生えている。
 9月26日 宿舎の対岸に、1,000mぐらいの山があって、自然林になっている。雨がふり出したので近いところということになり、午前中この自然林中を登る。川岸の絶壁に、クモノスシダが群生していた。石灰岩でないのにかなりよく伸びている。オシャグシデンダが一ケ所だけ岩の上にかたまって生えていた。テキリスゲ・アブラススキもある。水ぎわや谷にそって淡紅色のミカエリソウの花があった。高度は600mぐらいしかないのに、かなりよく出てくるのは、奥地だからだろうか。
 烏帽子山 昭和46年5月2日
 小祖谷を出て坂瀬を通り抜け、烏帽子山頂を右に見ながら、谷道を行く。まわり道になるので、なかなか陵線までたどりつけない。おまけに採集しながら行ったので、八合目ぐらいしか行けなかった。陵線から対岸の山を見ると、あちこちにサクラの花が満開である。何ザクラだろうか、距離が遠いのでわからない。高度千mぐらいの対岸は、今や春らんまんというところである。千mぐらいから上には、ミヤマシキミの群落があって、淡紅色の花を咲かせている。

   

 昭和46年8月22日
 車でダムまで行く。途中腕山登山口の近くで、カワミドリを採集する。本県では珍らしい。春ノ木尾ダムは、大きなダムで、山中によくこんな大きな工事をしたものだとおどろいた。ダムのすぐ横の谷に、カマツカがよく実っていた。ダム管理者の家があって、その花畠にマツムシソウが咲いている。浅敷峠などの高い所にある植物であるが、こんなところにさいていた。ダムの下へ下り、谷ぞいに烏帽子山への道を進む。アブラガヤ・ハガクレツリフネ・オシャグシデンダ・ツルニンジン・コオニユリが見え、メグスリノキ・ヒナウチワカエデもあった。4kmほど進んで行くと、深渕へ行く道がある。この分岐点の谷間には、狭い面積だが、よく茂った原生林があり、クサギが満開であった。暗い木の下をはうように採集していると、ツチアケビが真赤なきれいな実をつけていたので、写真にとった。深渕への道を進む。以前にあったクルマユリをたずねて、阿部先生と二人で行く。ところがこの道の両側は、尾根まで全部切り倒され、大木がめちゃくちゃに散らんしている。かつては、昼でも暗い密林であったろうに、おしいものである。この木のみきには、地衣類がいちめんについていて、昔の様相がしのばれる。がらがらの山道を登ったが、クルマユリのかげさえもない。これではだめだと引かえす。
 9月25日 秋になると、同一地域でも、またちがった花が咲く。山すそでは、ウナギツカミ・リンドウ・ツルリンドウ・アキチョウジなどが咲きみだれている。頂上近くになると、アキノキリンソウ・テンニンソウなどがあった。木本では、アクシバ・ミヤマシグレ・コバノガマズミが、ところどころに生えている。ナナカマドやコミネカエデが、木いっぱいに実をつけているのが美しかった。春来たときは花であったミヤマシキミが、今は真赤な実をつけている。頂上ではヤマハハコ・ウメバチソウ・シモツケソウなどの花がさいていた。朝鮮の智異山で発見されたチイサンウシノケグサがあった。その他珍種としてフッキソウ・ヒゲネワチガイソウ・ヤマソテツの大群落などは、特筆したい。


 中津山(1,446.6m) 昭和46年8月23日
 小祖谷を下り、山風呂から中津山に登る。竜ケ岳の絶壁を前景にして、そのうしろに腕山の牧場が美しい高原状をしているのが見える。ふもとでは、アブラチャン・ヤマコウバシ・ネジキなどの低木があり、ホドイモもある。中腹では、フシグロセンノウが、至るところに紅い花を咲かせていた。登るにつれ、ノギラン・タイミンガサモドキやヤマトリカブトなどの高い所の植物が出てくる。ヤマトリカブトは、ちょうど花ざかりで、大群落をしていて、紫色のお花畠のようだ。ミヤマママコナ・フシグロも見られる。頂上近くでエビネが、伐採され植林してあるところにある。高度からいって、サルメンエビネだろうと思う。持ち帰って植えておいた。頂上の池近くで、サルメンエビネをさがす。原生林の中で、一本だけあった。以前には一面にあったそうだが、神社の参道の近くに生えていたので、堀り取られたものであろう。頂上は、ブナ・アカマツ・ヒノキなどが、入り混って生えている。ブナの生えるような高いところにアカマツの群落があるというのは、面白い植生である。アカマツ帯と、ブナ帯との境界であると考えられる。頂上の神社の前に、小さい池がある。池の中には、ジュンサイがぎっしりはえている。純群落である。こんなところに、こんなものが勢力をはっているのかと、おどろいた。珍らしいものとして、野生のフクジュソウがあるとのことであるが、今回の調査では見ることができなかった。


 竜ケ岳 昭和46年8月24日
     昭和46年9月23日
 竜ケ岳は、腕山の西端が松尾川におちこむところであって、松尾川にそって長さ4kmぐらいの、断崖絶壁である。高さ数十米から、百米にもあまるような岩が、岸にそそりたっていて、カエデ類・シデ類などの落葉樹が多い。秋ともなると、紅葉が岩と水に照りはえて美しい。紅葉の名所として、この奥地を尋ねる人も少なくなかった。ところがこの名勝も、時代の荒波には勝てなかった。この切りにくい絶壁をつたい、太さもそう太くないこれらの木は、伐採されつつある。個人の所有であるので如何ともしようがないのである。これが現在のように復原するには、百年も二百年もかかるのに残念なことである。前回にあったというムヨウラン・ベニシュスラン・イワチドリなどの珍らしい植物も、今回の調査では、ついに見ることができなかった。

  


 黒沢盆地(池田町・高層湿原)
     昭和46年8月24日・昭和46年10月3日
 黒沢盆地は、池田町漆川にある。海抜550mぐらいの盆地である。東西を山にかこまれ、南と北に谷川が流れ出ている、長さ約2kmぐらいの細長い高層湿原である。中央部は水田として耕作されたり、廃田となって草原に帰しているものもある。周囲や畦畔は水湿が多く、特有の植物が生えている。
 昭和46年8月24日 中央部の水湿地やみぞにはミズトンボ・ムカゴゼリ・ミズオトギリ・アカバナ・ミクリ・ミソハギ・カヤツリグサ類・テンツキ類マツバスゲなどのスゲ類があり、池中にはクログワイ、水田の中や水たまりに、エビモの類が多い。山地とのさかいの乾そう地には、キキョウ・タチカモメズル・ヤマドリゼンマイ・イヌノハナヒゲ類がある。水湿地と山地の境界には、いちめんにミズゴケがあり、毛せんのようにしきつめられている。
 昭和46年10月3日 山をのぼりかけると、南谷の人家に、フジウツギが紫色の美しい花をさかせていた。盆地では、いねがみのったところで、こがねの波にゆれていた。いねの株間や水たまりには、白いかわいい花を見せている。山地のやや乾燥地には、すすきがいちめんにある。ススキによく似たウンヌケもあるというが、今回の調査では見つけることができなかった。山地にスイラン(黄)・タムラソウ(紫)・オミナエシ(黄)・リンドウ(紫)・サワヒヨドリ(紅)など、いろいろの花がさいていて見事であった。食虫植物のイシモチソウや小さいムラサキミミカキグサなどもある。北の入口に小屋があって、休憩所になっている。この横にシラカバの木がある。白い幹をしているので、よくわかる。むろん自生でなく、移植したものであるが、珍らしい。山地は一面にアカマツの若い木が生えていて、マッタケもはえるといって、とりに来ている人もあった。前々にあったサギソウは、もう全滅してしまったのか、さがしまわったが発見できなかった。町や地方の人が、これら貴重な植物を保存しようとして努力しつつあるようであるが、みんなで協力して、自然を保護したいものである。

  

 


徳島県立図書館