阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第18号
松尾川流域の植生

徳島生物学会 森本康滋

 はじめに
 松尾川流域は、剣山国定公園に含まれ、その自然美は剣山と並び称されるものがあった。然し現在では国定公園とは名ばかりで、残り少ない天然林もその伐採がなお続いており、特に第1種特別地域であり、かつて景観美をほこった竜ケ岳の天然林が皆伐されたのをはじめ、すばらしかった自然景観が次々と失われつつある。
 このような現状において、松尾川流域の植生を調査し、現存植生図を作製することは、この地域の今後の自然の利用、保全、管理などの基礎となるとの考えから、本調査が計画された。
 対象面積の広さに対し、調査期間が十分でなかったため、所期の目的を十分達することができなかったが、一応現在までに得られた成果をまとめた。今後さらに機会ある毎に詳しく調査し、より完全なものとしたい。
 なお、この報告書をつくるにあたり、懇切な指導を賜り、校閲の労を執られた。広島大学鈴木兵二教授に衷心より感謝申し上げると共に、同定ならびに種々御教示いただいた阿部近一氏、現地調査に協力された富永彬生氏、服部泰博氏、谷賢太郎氏、調査に便宣を与えられた地元の向井清氏、谷口政信氏、ならびに航空写真の利用に協力された県林業課の諸氏にも、ここに謹んで感謝の意を表する。

 調査期間
 昭和46年5月1日から3日間予備調査をし、7月31日から8月3日までと9月24日から26日迄の前後10日間に本調査を行なった。なお昭和41年7月27日から8月2日までの7日間にわたる西祖谷山村学術総合調査及び、44年8月18日から8月20日までの落合峠付近の調査の資料もあわせ用いた。

 調査地概要
 調査地域は、松尾川の流域(集水域)で、三好郡西祖谷山村の一部と池田町の一部とを含む。東側は風呂塔(1,401.5m)、白滝山(1,526.1m)石堂山(1,636m)、矢筈山(1,848.5m)などの連山が分水界をなし、南側は落合峠(1,520m)、中津山(1,446.6m)、舟山(1,042.9m)など、北側は浅敷峠(1,056m)、日ノ丸山(1,240.2m)、腕山(1,332.9m)などが分水界上の主要な山地で、三方が1,000m以上の山で囲まれている。松尾川は深いV字渓谷をつくって複雑に屈曲しつつ、ほぼ西流し、祖谷川と合流する出合(海抜約200m)まで長さ約25kmの川である。
 自然植生としては、石堂山、矢筈山、烏帽子山など海抜1,600m以上の山頂では、剣山頂に発達しているのとよく似た風衝草原のシコクザサ群落がみられ、それに接して局所的にウラジロモミ林があり、ブナ林へ移行する。ブナ林は国有林にかなり広い面積にわたってみられ、海抜約1,000mまで続くが、深渕国有林では、海抜約1,300m以下はすでに皆伐されている。谷沿いの傾斜地には、下流域でアラカシ林がみられるが、中流域ではケヤキ林が発達している。然しこれも現在では竜ケ岳の少し下流に小面積が残されているにすぎない。水ノ口峠付近には、やや平坦な湿原があり、オオミズゴケが一面に生育しいる上に、アブラガヤを主とする湿原群落がみられる。代償植生としては、海抜約1,000m以上ではミズナラ群落、それ以下ではコナラ・クリ群落がみられる。また地形によってイヌシデを主とする林となる所もある。アカマツ林は、調査地域内ではすくなく、三縄付近と水ノ口峠付近にみられるのみである。腕山牧場には毎年春から秋にかけて牛が数百頭放牧され、そこにはトダシバ群落が発達している。人工植生としては、カラマツ群落、スギ・ヒノキ植林及び幼令埴林地または伐採跡地などに大別できる。

 調査方法
 1)相観を主とした植生図の作製 松尾川流域は、殆ど平地のない山岳地帯で高度差も大きく道も少ないので、全域にわたる踏査は困難である。したがって限られた時間内に厳密な意味での植物社会学的植生図を描くことは事実上不可能に近い。そこであらかじめ航空写真(1970.5.13日撮影 山579 第二オオボケ)により5万分の1地形図に群落区分を記入し、これを現地踏査によって修正確認する方法をとった。なお踏査できなかった所は、航空写真と遠望によって群落を区分した。
 凡例作製にさいしては、まず自然植生、代償植生、人工植生に大別し、自然植生は 1)風衝草原:シコクザサ群落。2)針葉樹林:ウラジロモミ群落。3)落葉広葉樹林:ブナ群落・ケヤキ群落。4)常緑広葉樹林:アラカシ群落。5)湿原:アブラガヤ群落に区別し、代償植生は、ミズナラ群落、コナラ・クリ群落、ススキ群落、アカマツ群落、トダシバ群落。人工植生としてはカラマツ群落、スギ・ヒノキ植林、幼令植林地または伐採跡地を区別した。
 2)現地調査 あらかじめ相観によって区分された群落内で、均質な植分を選び植生調査を行なった。各植分では階層別(高木層、亜高木層、低木層、草本層)に出現する全植物について Braun-Blanquet の調査法に基ずいて、優占度と群度とを測定した。
 3)種組成表のくみかえ 植生調査の資料を素表にまとめ、常在度の高いものから順に並べかえ、区分種群を抽出し群落の区分を行なった。次いで各群落毎の常在度クラスと優占度とによる総合常在度表をつくり、群落の識別種群を見出し、群落識別表を作製した。
 踏査ルートと調査地点は図―1に示した。


 調査結果と考察
 I 自然植生
1.風衝草原 海抜1,500m以上の山頂部に発達するものである。
 1)シコクザサ群落 石堂山、矢筈山、烏帽子山、落合峠などの海抜1,500m以上の山頂や尾根筋には、高木は生育せず、低木を含む風衝草原がみられる。ここではススキが優占していることが多いが、重要な群落構成要素ではなく、シコクザサの密生する中に、ダイセンミツバツツジ、ベニドウダン、コツクバネウツギなどの低木や、シモツケソウ、シコクフウロ、ツリガネニンジン、アキノキリンソウ、ヤハズハハコ、ナガバシュロソウなどがみられる。この群落の識別種としては、シコクザサ、シコクフウロ、シモツケソウ、ナガバシュロソウ、ヤハズハハコなどがあげられる。(表―1


2.針葉樹林
 2)ウラジロモミ群落 烏帽子山頂から東へのびる尾根の南側、石堂山頂の南面、風呂塔山頂などに風衝草原に接して局所的にウラジロモミ群落がみられる。
 烏帽子山の海抜1,540mには、樹高約8mのウラジロモミにアカマツを混生した林分がみられ、その群落組成は次の通りであった。
亜高木層 ウラジロモミ3・2、ダケカンバ1・1、リョウブ1・1、アカマツ1・1、コハウチワカエデ+。
低木層 ヤマヤナギ2・2、ネジキ1・1、コバノトネリコ1・1、コヨウラクツツジ+。
草本層 ススキ5・5、シコクザサ2・2、ワラビ2・2、イタドリ+。
3.落葉広葉樹林
 3)ブナ群落 上記のシコクザサ群落やウラジロモミ群落の下方にはブナ群落が発達している。両者の間には場所によって異なるが、20〜30m幅の推移帯がみられ、そこでは樹高2〜8mのダケカンバ、ナナカマド、リョウブ、コバノトネリコ、オオカメノキ、コミネカエデ、ウラジロモミ、ウリハダカエデ、ヤシャブシなどが叢生し、草本層にはシコクザサまたはススキが密生する中に、クガイソウ、シモツケソウ、ヤマアジサイ、シシウドなどがみられる。
 海抜高がさがるにつれ、樹高は高くなり、次第に本来のブナ群落に移行する。本調査地域におけるブナ林の大部分は深渕、小祖谷、坂瀬の三国有林に含まれるが、中津山頂付近にもわずかながら残されている。高木層にブナのほかミズナラ、コハウチワカエデなどが優占し、亜高木層にはリョウブ、アオハダ、イヌシデ、ツガ、ウリハダカエデ、コミネカエデなど。低木層にはアセビ、シロモジ、ソヨゴ、イヌツゲ、コバノミツバツツジなど。また草本層にはスズタケ、カンスゲ、ツタウルシ、シシガシラなどがよく出現する。この群落は、ブナ、コミネカエデ、アオハダなどで識別できる。(表―1


 4)ケヤキ群落 松尾川筋では海抜約500m付近の渓谷沿いの斜面に、よく発達したケヤキ林がある。かつてはこのようなケヤキ林がかなり広い範囲にわたってみられたが、現在ではこれだけしか残されていない。ここでは高木層に樹高16〜18mのケヤキ、アサガラ、エンコウカエデなどが優占し、亜高木層にイヌシデ、リョウブ、アワブキ、チドリノキ、モミなどがみられ、低木層にケクロモジ、ホソバタブ、シラカシ、エゴノキ、イロハカエデなど、草本層にはトサノミカエリソウ、ジュウモンジシダ、ヤマアジサイ、クマワラビ、イワガラミなどがみられた。この群落はケヤキ、アサガラ、アワブキなどで識別できる。(表―1


4.常緑広葉樹林 松尾川流域では、海抜高や地形などの関係から、常緑樹だけからなる常緑広葉樹林はみられず、落葉広葉樹も混生しているが、相観的にはカシ類を主とする常緑広葉樹林である。
 5)アラカシ群落 松尾川下流域の宮石の下流の河岸の浅土急傾斜地にアラカシを主とした群落がみられる。ここでは樹高6〜7mのアラカシの他にシラカシ、カゴノキ、ホソバタブ、ヤブツバキなどの常緑樹が優占し、その中にイロハカエデ、リョウブ、ヤマザクラなどの落葉樹が混生している。低木層にはアラカシ、ネズミモチ、ガクウツギ、シキミ、ヒサカキなどがみられるが、傾斜が急なのと母岩が露出しているため、草本層の発達は悪く、ホクロ、センリョウ、シシガシラ、マメズタ、テイカカズラ、コカンスゲ、ジャノヒゲなどがわずかにみられるに過ぎない。この群落は、アラカシ、センリョウ、マメズタなどで識別できる。(表―1
5.湿原 本県としては珍らしいオオミズゴケの湿原がある。
 6)アブラガヤ群落 水ノ口峠の東側の谷(海抜約1,100m)は、松尾川流域のうちで最も傾斜がゆるく、かつ平坦になっており、両側の山もけわしくせまっておらず、幅約50m、長さ200〜300mにわたって湿原が発達している。ここでは一面に生えたオオミズゴケの上に、アブラガヤ、イ、モウセンゴケ、チゴザサ、ヒメオトギリ、ウナギヅカミ、ドクダミなどがみられるが、土砂がたまってやや盛り上った所には、アカマツ、ノリウツギ、イヌツゲ、テリハノイバラ、ススキ、クロズル、ゼンマイなどが生育し、アカマツ群落へ更新している。この群落は、アブラガヤ、イなどで識別できる。(表―1

 

 なお、中津山(1,446.6m)の山頂にだ円形の池(約20m×40m)があり、ここにはジュンサイの純群落がある。


 II 代償植生
 代償植生とは、自然植生が一度破壊され、その後自然の復元力によって自然植生への遷移途上にある植生をいう。
 7)ミズナラ群落 瀬戸内部落の西斜面、腕山、坂瀬谷の上部など、海抜約1,000m以上の二次林では、ミズナラを主とする群落がみられる。ここでは樹高約15mのミズナラにクリやミズキなどを混生し、亜高木層にはシロモジ、リョウブ、ノリウツギ、イヌシデ、ヤマザクラ、エゴノキなど、低木層にはヤハズアジサイ、ケクロモジ、タンナサワフタギ、ガクウツギ、ナガバノモミジイチゴ、草本層にはシシガシラ、イチヤクソウ、シコクトリアシショウマ、ヤマジノホトトギス、ミツバアケビ、フジなどがみられた。


 8)コナラ・クリ群落 上記ミズナラ群落より低海抜の所では、一般にミズナラに代ってコナラがクリと共に優占する二次林がみられる。これはかつて薪炭用として定期的に択伐が行なわれていた林である。ここでは樹高約5mのコナラやクリの下にノリウツギやマ
ルバハギなどが散生し、草本層は所によりススキが優占し、その中にナガバノモミジイチゴ、アキノキリンソウ、ワラビ、ゼンマイ、ウド、イタドリ、ミツバツチグリ、ツルリンドウなどがみられる。
 なお地形や海抜高の相違、あるいは以前の群落などによりイヌシデを主とする林分その他もみられた(坂瀬付近)が、小面積すぎるので植生図には示していない。


 9)ススキ草原 上記コナラ・クリ群落が尾根まで続くマド(地名)の上方で、西祖谷山村と東祖谷山村との堺の尾根(海抜約1,200m)ではコナラの出現度が非常に低くなり、ススキ草原となっている。相観の上からはススキ草原であるが、群落組成上は、コナラ・クリ群落に含まれるものである。


 10)アカマツ群落 本県のアカマツ林は、池田町から下流、吉野川の南北両岸の山地に帯状に発達しており、低海抜地では常緑広葉樹を伴うが、高い山地では落葉広葉樹を伴う。本調査地域内のアカマツ群落は後者に属し、池田町三縄付近(海抜約600m)と西祖谷山村水ノ口峠付近(海抜約1,100m)とにみられた。ここでは高木層にアカマツ、亜高木層には、リョウブ、ミズナラ、エゴノキ、シロモジ、アズサなど、低木層にはタンナサワフタギ、コバノミツバツツジ、コツクバネウツギなど、草本層にはススキ、ワラビ、シシガシラ、サルトリイバラ、ゼンマイ、ショウジョウバカマ、ツルリンドウ、キンランなどがよく出現していた。


 11)トダシバ群落 これは県営腕山牧場(55ha)の中にみられるもので、牛を放牧したことにより生じた群落である。ここではトダシバ、ススキ、ミツバツチグリ、ワラビ、ネコハギ、ウメバチソウなどがよく出現し、またマツムシソウもみられる。アカマツやクロマツを牧場内に栽植してあるが、生育は悪い。また牧場内には部分的にオーチャードグラス、ケンタッキー31、ぺレニアルライグラス、ラジノクローバー、レッドクローバーなどの種子を混播(S.36、37、39)してあるが、現在オーチャードグラス、ラジノクローバー、ぺレニアルライグラスの三種がよく生育している。



 III 人工植生
 12)カラマツ群落 水ノ口峠(海抜約1,110m)から瀬戸内部落へ南下する道に沿って、帯状にカラマツの植林がある。ここでは樹高約6mのカラマツの下に、ヤマウルシ、ノリウツギ、リョウブ、ネジキ、クリ、エンコウカエデ、シロモジ、ヌルデ、ミヤマザクラ、アカマツ、ウツギ、コツクバネウツギ、タンナサワフタギ、ヤマヤナギ、ヒコサンヒメシャラ、ミズナラ、イヌガヤなどの低木層、また草本層としてはシケチシダ、ネバリタデ、ヤマカモジグサ、サワヒヨドリ、ノブドウ、ツルウメモドキ、シコクトリアシショウマ、シシガシラ、ゼンマイ、イタドリ、キンミズヒキ、ナガバモミジイチゴなど非常に多種類の植物が叢生している。
 13)竹 林
 ◯モウソウチク林 各部落の人家近くに、小面積ずつ点在している。あまり小面積であるので植生図には示しえない。池田町上尾後の海抜500mにあるモウソウチク林(E30°S 傾斜50°.10×10平方メートル)の群落組成は次の通りであった。
高木層(15m)モウソウチク 5・4
亜高木層 シキミ1・1 シロダモ+
低木層 マルバウツギ1・1、ヒサカキ1・1、イロハカエデ+
草本層 オオハンゲ+、チャ+、シュロ+、トコロ+、ツヤナシイノデ+、ゼンマイ+、ヘクソカズラ+。
 ◯マダケ林 モウソウチク林よりさらに少ないが、腕山牧場のやや下方海抜1,000m、にあるマダケ林(方位E.傾斜30°5×5平方メートル)の群落組成は次のようであった。
亜高木層(5m)マダケ5・5低木層なし
草本層 ニワトコ1・1、イタドリ+、ツルウメモドキ+、ヨモギ+、ヨツバヒヨドリ+、ヌルデ+、イヌガヤ+、ウツギ+、ハシゴシダ+、フジ+、コアカソ+、ヘビノボラズ+、ラショウモンカズラ+、ビナンカズラ+、ウラジロイチゴ+、ノブドウ+、ウリハダカエデ+、イボタノキ+、カタバミ+。


 14)スギ・ヒノキ植林 深渕には広範囲にわたりよく生長したスギ林があるが、小祖谷では谷が深く山腹は傾斜が急なためか、植林は小面積ずつ点在しているにすぎない。全体的にスギの生育は木頭村などに較べて劣り、また密植しすぎ手入れがよくないものもみられた。


 15)幼令植林地または伐採跡地 原生林、自然林または人工林が伐採された直後、あるいは幼令植林(約10年未満)などをまとめて示した。竜ケ岳は剣山国定公園第1種特別地域に含まれているのにすでに数年前に皆伐されており、その下流にあるケヤキ林も伐採されつつあり、伐採跡地の面積は年毎に広くなっている。竜ケ岳のすぐ下流の皆伐された跡に一面にベニバナボロギクが生育していたが、ここではベニバナボロギクとオオアレチノギクとが密生していて、その中にケヤキ、コバンノキ、ニワトコ、イヌガヤ、ケクロモジ、ヤマグワ、アカメガシワ、タラノキなどのひこ生えや芽生えがみられた。ここは伐採前は4)で述べたケヤキ林であったと考えられる。


 16)耕作地 本調査地域は急傾斜地と谷ばかりであるにもかかわらず、民家近くでは山腹を耕した段々畑に、陸稲、キビ、コンニャク、ムギ、マメ類、イモ類などが栽培されている。

 おわりに
 松尾川流域も、春ノ木尾ダム建設のための車道や、林道がついて以来、天然林の伐採や青石(緑色片岩)の無計画な採石などによって、自然の破壊が急速にかつ大量にすすみ、かつての岩をかむ激流は、水量を著しく減じ、採石された河は砂の河原と変り、昔日の面影を全くとどめなくなった。
 また竜ケ岳(剣山国定公園、第一種特別地域)は、かつてその自然美をほこり、特に秋の紅葉は美しく、多数の観光客の足をとめていたが、現在では無残に伐り倒された木や、あらわれた岩肌で非常に見苦しい姿に変った。これも「民有地なるが故に伐採を許可せざるを得なかった」とする県当局の態度も理解できないではないが、もっともっと自然を保護する基本的姿勢をうたった法律が早くできており、そして学術的価値の高いところや、自然景観のすぐれたところの公有化あるいは適切な経営管理の方法がとられていたならばこんなことにはならなかったであろうと悔いられる。
 特に竜ケ岳の下流にある、本県でも数少ないケヤキ林が伐採(年次計画として46年度から)されようとしている。これはぜひとも伐らずに保存してほしい林である。さらに水ノ口峠付近のミズゴケ湿原は、池田町黒沢の湿原と並んで、本県では珍らしい大規模の湿原である。また、原生林としてのブナ林は国有林地によく保存されている。
 これらの自然植生は、本地域の自然の多様性を保持する意味でその価値が極めて高いものであると考えられるので、ぜひとも保護し、保全するよう県ならびに地元町村当局にお願いする次第である。
 なお本報告が自然保護や賢明な土地利用の参考資料として役立つことを期待したい。

 要 約
 松尾川流域においても自然の破壊は例外でない。そこで本地域の植生調査を行ない、群落識別表をつくり、現存植生図を作製した。その結果松尾川流域の植生を次のように区分することができた。
I 自然 植生
 1.風衝草原
  1)シコクザサ群落
 2.針葉樹林
  2)ウラジロモミ群落
 3.落葉広葉樹林
  3)ブナ群落
  4)ケヤキ群落
 4.常緑広葉樹林
  5)アラカシ群落
 5.湿原
  6)アブラガヤ群落
II 代償植生
  7)ミズナラ群落
  8)コナラ・クリ群落
  9)ススキ群落
  10)アカマツ群落
  11)トダシバ群落
III 人工植生
  12)カラマツ群落
  13)竹林
  14)スギ・ヒノキ植林
  15)幼令植林地または伐採跡地
  16)耕作地

 参考文献
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 自然教育園の生物群集に関する調査報告 第1集、1〜14、東京
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山中二男:1963四国地方の中間温帯林、高知大学学術研究報告 12、I、3、17〜25


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