阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第17号
麻植郡内の両生類の調査 −サンショウウオを中心として−

徳島生物学会 曽川和郎

1 まえがき
 麻植郡は四国の屋根剣山(1955m)を頂点に持ち、その北斜面が、細長く、ゆるやかに、そして裾広く展開して吉野川に達する地帯で、吉野川流域の鴨島平野を除いては、ほとんどが山岳地帯である。
 その山地も、川田川の支流東山谷川で東西に区切られた北側の種野山、樋山地、鴻ノ山等東西に走る500m以下の通称“前山”と呼ばれる山塊と後山である高越山、奥野々山、明神岳、天神丸、丸笹山、剣山と1000m以上の奥深い高山地帯に分けられる。
 前者、前山には、吉野川に注ぐ、小谷や小河川が多数あり、その一部である忌部谷は、低地止水性のカスミサンショウウオが棲息していると山川町史(P687)に記載されている。また、高越山南麓の川田川支流奥野井谷には高山性のオオダイガハラサンショウウオが棲息すると同史(P685)に記されている。
 さらに、木屋平村剣山(1955m)北麓の穴吹川上流、コリトリ川支流の渓谷の水源地付近にはオオダイガハラサンショウウオ、ブチサンショウウオ、ハコネサンショウウオの三種の高山性サンショウウオが棲息していることについて私は既に(1962)報告してきた。
 したがって、この度の調査では、つぎの四点に重点をしぼった調査をした。
 1 “前山”地帯のカスミサンショウウオの調査
 2 奥野井谷のオオダイガハラサンショウウオの調査
 3 美郷村の高山性サンショウウオの調査
 4 剣山北斜面渓谷の再調査
 サンショウウオ以外の両生類については、これら調査中、できるだけ注意して採集捕獲したものについて報告する。
 山間渓谷の踏査を主とするこれら両生類の調査では、炎暑の中で、一渓谷の調査に一日を要することもあり、想像以上の困難や危険と相当の労力を必要としたが、さいわい、川島高等学校生物部の河野充憲、寒川充男、片岡茂芳の三君が、大へんな協力をしてくれたので、ここに感謝の意を表したい。

 2 調査方法
 昭和45年8月1日より8日までの8日間、前記調査地域を下図踏査ルートのごとく河川、渓谷に沿って調査を行った。
 両生類の中でも、特にサンショウウオの棲息調査は、その種の産卵期に行うのが最良の方法であるが(産卵のため親が渓谷の溜りや池に降りてきている)この度の調査では、どの種も調査時期が産卵期とずれており、親の直接発見捕獲は困難のため、まず、渓谷の高度、水温、水棲生物等の生態条件を考慮しながら、水中の幼生発見に力を注いだ。幼生発見後は、その周辺およびその上流一帯の岩石、腐木の下、苔類の中あるいは土中の堀り起しを広範囲にわたり行ない成体の発見捕獲を行った。この間で、他の両生類についてもその発見捕獲につとめた。


 3 結 果
(1)カスミサンショウウオ Hynobius nebulosus SCHLEGEL
 平地止水性の小形サンショウウオで、前述のように山川町史では、山川町忌部、忌部神社一帯の谷川が棲息地であると記されており、また、この度の聞きこみ調査中、昭和42年10月、忌部神社西方の権現谷のダム工事中、松田土建の者が、体長8cmの個体を2個体捕獲し、自宅で飼育していたが逃亡したとの話を聞いた。
 したがって、前山の北麓一帯の谷川口は本種が棲息しているものと推定して川島町の湯吸谷、久保田谷、峰八谷、八幡谷、山川町の忌部谷、どんど谷、権現谷を調査したが、いずれの谷川にも、カスミサンショウウオの幼生、成体は発見できなかった。これは、カスミサンショウウオの産卵期が本県の場合1月下旬から2月上旬にかけて行われるため、幼生は成長して、上流山地の土中に入ったためと思われる。
 さらに、つぎの産卵期に再調査して、その棲息をつきとめたいと考えている。
(2)オオダイガハラサンショウウオ Pachypalaminus boulengeri THONPSON
 日本産サンショウウオの中で、その分布域がもっとも狭い高山性の大形サンショウウオで、和歌山県の紀ノ川以南から、四国山脈をへて大分県の一部の古世層のおよそ800m以上の高地に棲息している。
 この度の調査では、すでに棲息の確認されている剣山のほか、美郷村の川田川上流で2個所棲息が確認されたことは大きな成果だった。なお山川町の奥野井谷を調査したが、幼生も成体も発見できなかった。
  発見捕獲場所等
 ◯美郷村中村山  川田川上流水源地付近(奥野々山東麓)
   標高 880m―940mの間の溪谷
   日時 S45.8.3 pm1.00
   天気水温  晴 15℃
   発見幼生  40以上
   捕獲幼生  6
   獲捕成体  2
 ◯美郷村木屋ノ浦  東山谷川支流木屋ノ浦谷水源地付近
   標高 730m―840mの間
   日時 S45.8.4 pm2.00
   天気水温  晴 15℃
   発見幼生  50以上
   捕獲幼生  11
   成体  発見できず
 ◯木屋平村 剣山 穴吹川上流コリトリ川支流経塚谷水源地付近
   標高 1740m―1800m
   日時 S45.8.8 am11.00
   天気水温  くもり 9℃〜13℃
   発見幼生  20以上
   捕獲幼生  4
   捕獲成体  4
(3)ブチサンショウウオ Hynobius naevius SCHLEGEL
 西南日本の高地に広く分布しており、体色は青紫色または黒褐色の基地に白色または黄色の斑紋がある小形のサンショウウオである。産卵習性が同属の止水性のものと異り渓流性で、日光の射しこまない岩石の下、または伏流で洗われるような岩の裂目の奥で行われる。
 この度の調査では、剣山以外の地区からは発見できなかった。
  捕獲場所等
 ◯木屋平村 剣山 穴吹川上流コリトリ川支流経塚谷
   標高 1700m―1760m
   日時 S45.8.8 am12.00
   天気水温  くもり 12℃〜14℃
   発見幼生  20以上
   捕獲幼生  5
   捕獲成体  5
(4)ハコネサンショウウオ Onychodactylus japonicus HOUTYUN
 体は細長くて大形で、体色は暗赤褐色の基色に、縦に橙黄色の巾の不規則な縦条があり美しい。中国地方を除く本州と四国に分布しており、四国では剣山と石槌山から知られている。産卵は急流の水源に近い場所で行われ、日光の射しこまない岩石の下、岩の隙間の奥の水中で行われる。その幼生は前後肢とも指の先に黒い爪があるのでよくわかる。
 この度の調査でも剣山以外の地区からは発見できなかった。
  捕獲場所等
 ◯木屋平村 剣山 穴吹川上流コリトリ川支流経塚谷水源地付近
   標高 1740m―1800m
   日時 S45.8.8 pm1.00
   天気水温  くもり 9℃〜13℃
   発見幼生  20以内
   捕獲幼生  4
   捕獲成体  3
(5)その他の両生類
  イモリ(Triturus pyrrhogaster BOIE)は、この度の調査中、非常に多数みられた。特に吉野川流域の平地部の河川、池沼、用水、水田の溝等にはかならずといってよいほどその群棲が見られた。山地では前山北麓一帯の池、谷川の溜り、山田の溝等にもかなり多くの群棲が見られた。また美郷村の東山谷、中枝谷にもときどきみられた。さらに、美郷村月野の池(520m)高越山高越神社庭の溜り(1110m)等1000mを越す山地にまで棲息していたが、剣山周辺にはみられなかった。
  ヒキガエル(Bufo bufo japonicus SCHLEGEL)
 平地から山地にかけて、その数は少なかったが、広範囲に棲息していた。
 捕獲場所は、川島町水神の滝(170m)川島町峰八の谷(70m)美郷村倉羅谷(600m)木屋平村剣山お花畑(1720m)でそれぞれ1個体ずつみつけた。
  カジカガエル(Rhacophorus buergeri SCHLEGEL)
 美郷村中村山の川田川上流ボロボロの滝(670m)美郷村木屋の浦谷(560m)でそれぞれ1個体ずつ捕獲した。美郷村の川田川上流、中村山谷および東山谷とその支流に多数棲息しているものと思われる。
  シュレーゲルアオガエル(Rhacophorus schlegeri GUNTHER)
 麻植郡川島町湯吸の大正池支流(80m)で1個体発見捕獲した。
 その他、平地ではトノサマガエル(Rana nigromaculata HALLOWELL)とツチガエル(Rana rugosa SCHLEGEL)が、農薬の影響でその数は減ったが、それでもかなり多数みられた。
 また、山地の谷川ではツチガエルとアマガエル(Hyla arborea japonicus GUNTHER)が、多数みられた。

 4 写真標本
(1)オオダイガハラサンショウウオ

 

(2)ブチサンショウウオ

 

(3)ハコネサンショウウオ

 

(4)シュレーゲルアオガエルとカジカガエル


 5 まとめ
 この度の調査は、日数の不足、時期のずれ、要員の不足と悪条件の中で行い十分な成果ではなかったが、一応つぎのようなことがわかった。
 (1)美郷村では、川田川上流の奥野々山谷、倉羅谷、東山谷川上流の木屋ノ浦谷、中ノ谷、栩谷とその主な谷川を調査した結果、つぎの二個所にオオダイガハラサンショウウオの棲息が確認できた。
  美郷村中村山、川田川上流奥野々谷、標高900m付近
  美郷村木屋ノ浦、東山谷川上流木屋ノ浦谷、標高800m付近
 (2)木屋平村の剣山北斜面の穴吹川上流コリトリ川支流の経塚谷一帯の標高1700m〜1800m付近の渓谷には、オオダイガハラサンショウウオ、ブチサンショウウオ、ハコネサンショウウオの3種のサンショウウオが棲息している。
 (3)前山北麓のカスミサンショウウオについては、この度の調査ではその幼生も成体も確認できなかったが、過去の事実からおして棲息していることは間違いないと思われるので、さらに再調査して棲息場所を確認したい。
 (4)山川町の奥野井谷のオオダイガハラサンショウウオについても、この度の調査で確認できなかったので、再度調査したい。
 (5)他の両生類については、有尾類のイモリは、平地にも山地にも多数の群棲がみられた。無尾類では、ヒキガエル、カジカガエル、シュレーゲルアオガエルが捕獲数は少なかったがそれぞれ山地部で発見され、一般的なものとしてトノサマガエル、ツチガエル、アマガエルが多数みられた。

  参照文献
   佐藤井岐雄 (1943) 日本産有尾類総説
   伊藤猛夫他 (1960) 石槌山系の動物
   曽川 和郎 (1962) 剣山のサンショウウオ
   保育社(1963)原色日本両生爬虫類図鑑
   曽川 和郎 (1966) 徳島県産サンショウウオについて


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