阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第16号
徳島県木頭村の方言

言語学班 川島信夫、森重幸

 I 調査の方法
 昭和44年8月、阿波学会の木頭村学術総会調査に参加したわたしたちは、まず調査の目標を次のようにきめた。
 1 方言の実態
 木頭村のことばには、どんな特徴があるか。他の地域との交流関係はどうであろうか。
 2 方言の変遷
 テレビ時代になって数年、そのうえ交通の発達や社会状勢の変化で他町村との住民の交替がはげしい現在、木頭の方言は、どの程度消えつつあるであろうか。
 3 中学生の方言観
 国道の整備につれて、他地域との交流のはげしくなった今日、木頭の中学生は、郷土のことばに対して、どのように考えているであろうか。
 4 調査の方法
 調査の方法として「1」は、調査期間内はテープコーダーの録音作業を主とし、助・出原・南宇・折宇・北川の各地点で、60〜70才のはえぬきの男女の会話や、調査者との対話を採集した。その後は、木頭村出身の川島が、徳島へ旅行してきた村人について追加の調査したものである。
 「2」「3」は、木頭中学校の生徒に対する調査であるが、期間中に、生徒の登校がなかったので、12月に、木頭中学の先生の手をわずらわした通信調査である。

 II 木頭のことばの特徴
1 イントネーションの特異性
 木頭のことばの第一の特徴はイントネーションにある。
 特異な緩急、抑揚のことば調子、特に終助詞「ノー」や「ヤー」「カー」の微妙な感情表現は他町村の人にはなかなか会得し難いものである。
 「木頭の言葉を聞いていると歌を聞いているような」と評した女教師もあるが、無心に話している子供達の会話をきくと、如何にも、可愛い語調である。語調については文字表現が難しいので録音テープにゆずりたい。
2 奥 地 性
 木頭独特のことばというものは殆ど見当らない。それらはほとんど剣山を中心とした、祖谷川、貞光川、穴吹川、那賀川、物部川などの奥地に見られることばの集まりである。これは、故井上一男氏の研究や、森の従来の研究のように、柳田国男の方言周圏論をうらづけて、それぞれの川の流れをさかのぼって文化即ことばが入って来たことを物語っているようである。(地図参照)

 なお、木頭村はもと奥木頭村と呼んでいたが、ここでは、川や谷の下流方向は「シモ」というが、上流については「カミ」とは言わず「オク」という。如何にも奥地らしい表現であるが、この奥地性を示す現象を以下に列挙してみたい。
 (1)古語の残存
 「シシ」というと宍、肉で、鹿と猪の両方をさし、しいて区別するときは、カジシ、イノシシとして区別する。ただし、これは、ほとんど古語化しているものである。
 「セッショーニン」猟師のことでオイヤマドともいう。
 「ガイケ」咳気で、病気の風邪のこと。
 「ヨマ」節間で竹などの節と節との間隔。
 「サイカケ」才覚で、古い道具などに工夫を加えること。
 これらの名詞は、数多くあったが、生活の変化とともに急速に消滅しつつある。
 「アカイ」明るい。
 「オドロク」目が覚める。
 生活の基礎語彙であるこれらの形容詞、動詞の中には、古形を存するものが多い。
 「ザッタ」打消助動詞「ず」の残存
 ワシャー シラザッタ モン (私は知らなかったから)
 「ツロー」完了助動詞「つ」の残存
 キニョーリャ ヨワッツロー(昨日は困ったでしょう)
 「ツル」
 オラクノカカー センダク シヨッツル(私の家の女房は着物の繕いをしていた)
 これも完了助動詞「つ」の残存と思われ、北川方面で、中年以上に聞かれるものである。
 「エ……ン」 副詞「え」
 ホンナ トエイクイ エーイカンワ(そんなに遠い所へは行く事が出来ないよ)
 一世代前の老人には「こそ」の係り結び用法を話す人があったが、今回の調査では聞くことができなかった。
 (2) 山のことは
 「デヤマ」出山
 ――ノヨメモ トートー デヤマシタチューガ(――の嫁さんも遂に離縁になったそうだが)
 デヤマは、本来はイリヤマ(入り山)の対応話で、山林労務のため長期間山小屋暮しをするイリヤマが終って村へ帰ることであったと思われるが、現在においては、就職や、結婚を解消して、帰宅する場合に多く使われる語である。解放感の伴う、そのものずばりのことばである。イリヤマについては、デヤマに対応するような拡張された意味はない。
 「マエ・ウスロ」前・後
 谷川沿いの細長い平地や斜面で生活している関係か方向や地形を説明するときの、それらしい語彙が多い。マエというのは、その地点から谷や川の方へ寄った処をさし、ウス(シ)ロは、山の方へ寄った処をいう。似た表現でアゼ(川の方)キシ(山の方)というのもある。
 「ビラクル」ぶら下がる。
 カナボーニ ゴフンモ ビラクットッタチュカ(鉄棒に5分間もぶら下がっていたって?)
 ぶら下がるための横木としては、めらめら揺れる並木の枝の場合が最も多い山の生活を表われているような語感のことばである。なお、揺れる状感を表わす副詞として多く使われるものに「ビラビラ」があり、ぶらんこのことは「ビランコ」という。
 (3)生活のことば
 古来、山林にたよる生活を営んできたため・山林関係の俚言や、古語の保存活用されているものが多い。
 「アサギ」植林の対象にならぬ主として広葉樹。
 「クロキ」モミ、ツガなど黒っぽい針葉樹。
 「オガ」マエビキともいう。木挽用の大鋸でオガクズの語源がすぐわかる。
 「ソマ」杣、鋸で、材を作るコビキに対して、ハツリというおので角材を作る山の工人。ソマの作る用材が「バン」である。
 「ツワル」早春に形成層が活動し樹皮がはげやすくなる状態。
 モーダイブ ツワッタノー(もうだいぶん木の皮がむけやすい状態になってきたなあ)
 3 民主的な性格
 阿波の奥地として当地方と併称される祖谷には、マンドコロ、オヤシキ、ナコなどの身分差が有ったようであるが、木頭には認められない。また古くから行政面で、関係の深かった海部沿岸には男尊女卑の傾向が見られるが、木頭では男女差が殆どない。老人になれば隠居して別居生活をするような風習の反映か、年齢による権力差も少ない。孤絶した地域でありながら、一見近代的で、敬語が発達しておらず、男女差の極めて少ない、英語などのような性格もっている木頭のことばである。
 (1)敬語の発達していないこと
 「シュー」
 人名の待遇表現として特に目立つのはシェーである。これは「―公」とでも訳すべきもので、同輩または同輩以下の者に対して親愛感と、やや見下げた気分でいうことばである。
 エイシェーモ エローナッタ モンジャ(英公も出世したもんだ)
 シェーよりもやや敬意のある表現は「―ヤン」で、最上級は「―サン」最下待遇は呼びすてである。
 (2)男女差の少ないこと
 自称の「ワシ」「オラ」対称の「オマエ」など老人層を中心にして男女共に使うことや、終助詞の「ノー」に男女によるニュアンスの差がないことは、特に女性語がないとされるところである。上記の「シェーなどは、数少ない男性専用語である。
4 特異な助詞、助動詞など
 方言差として、いちばん意識されるものは助詞、助動詞、とくに文末のそれであるが、そのうちの顕著な例をあげてみよう。
 「ン」格助詞の「が」
ハヨー イナント ヒンクレルゾ(早く帰らないと日が暮れるよ)
 「ニ」
 スシニ スキナ コージャ(寿司の好きな子だ)
 「ナシ」接続助詞の「から」
 アッコニャ ターン ジョーニアルナシノー(あそこには田が沢山有るからねえ)
 「カエ」疑問助詞の「か」
 ヤマイ オイデトッタカエ(山へ出かけておられましたか)
 疑問の「か」は、カエがいちばん丁寧な表現で、「カー」は親しみのある敬意。「カ」はやや詰問的な表現。
 「ヤー」親しみのこもった反問ホンマヤー(本当?)
 「ノー」東京弁の「ねえ」に相当するものであるが「ノ」はない。疑問の「ノ」はある。ドコイイトッタノ(何処へ行っていたの?)ただしアクセントは東京弁と異なる。
 「ゼカ」「ゼンカ」……ではないか
 コーテヤルッテイヨッタゼ(ン)カ(買ってやると言っていたではないか)
 これは語調によって同意をうながす意になったり詰問になったりする。
 「イヤイ」いやだ。
 アシタモ キテクレヨ(明日も来て下さいよ)イヤイ(いやです)
 イヤイいうのは、否(いや)に断定の「だ」「です」のついたようなものであるが、この「イ」は他の語にはつかぬ独特の表現法である。

 III 周辺地域との関連
 北川を中心として土佐弁と強い近親関係があり、三好、美馬、麻植の奥地と似ているが、特に関係深いのは土佐弁であり、次に注目すべきは祖谷弁との係りと思われる。
(1)土佐弁との交渉
 木頭弁の特異な助詞としてあげた「ン」「ニ」「ノー」「カエ」なども土佐弁にあり、その他頻繁に使われる次のような表現も土佐弁で、全般的に木頭弁は阿波よりも、土佐に近い特徴を示すことばである。
「ネヤ」
 アイツニャ ヤラレタネヤ(あの男には参ったよ)
 「ヨイ」「エー」呼びかけ、応答。
 タケヤンヨイ。(竹さんよ)エー。(はい)
 「シ」衆。―の人々の意。
 アシコナシワ ショーラシケンノー。(あの家の人々は勤勉なからねえ)
 「土佐のマトコ」といわれる「マコト」もよくつかわれる。
 「アマル」落蕾する。
 その他語彙の点に共通するものは非常に多い。
(2)祖谷弁との近似
 古語の残存であげた「ザッタ」「ツル」など語法的な面の他「イリタイ」欲しい。「オモテ」客間。など語彙面で共通性が多いが、祖谷だけでなく、その他近隣山間地域と同様であろうと推測されるが、調査不十分で、いま断定することはできない。

 IV 方 言 語 彙
 語彙の面で、木頭村独特のものは非常に少ないと思われるが、他町村の人に耳馴れぬものは相当多いようである。金沢治先生の「阿波言葉の辞典」にも載せられていないものに次のようなものがある。なおこの語彙集は、木頭村誌を参考にしてまとめたので大半は村誌に載っているものであるが、※印のものは村誌にも洩れている語である。
※アカイ〔形〕 明かるい
 アツクロシー〔形〕 暑い、むし暑い
 アンカゴブジ のんきなさま
※イキル〔動五〕 いばる、自慢する
※イク〔動五〕 帰る モー家イケ(帰れ)
※イゾイゾ いらいらするさま
 イッチョーナ〔形動〕 良く似ている
 イノス 柚、柚の酢
 イヤシリ 弥地
※ウグロ(オグロ) もぐら
※ウシ 堰の支櫓
※ウシチチコ 川魚の名
※ウスロ 後、川に対して山の方
※ウッシャ 牛小屋
 オードー 大太鼓
 オイコ 背負梯
※オカマ 滝壷
 オジッポ 婚期すぎた独身男
 オチン 膝を揃えて坐る、正座
 オツゴモ 大晦日
 オットロシヤ びっくりするさま
 オッチー〔形〕 こわい(童)
※オデ 鮎の友釣りのおとり
 オドケル〔動下―〕 びっくりする、驚く
 オロ 雑木の小枝、焚火用の小枝
※カイシ 小作料、加地子
※ガキ 蛙
 カズワラ 軽業
 カタヨサ 僻地、へんぴ
※カマエ かまのや、台所に続く間
 カミデ 床の間
※カヤシ 裏返し 着物カシヤニ着ル
※ガロ 淵の主、河童
 カンダメシ 生煮でしんのある飯
 カンポ かん詰のかん
※キエス〔動下―〕 消す、火ヲキエス
 キコツキ 啄木鳥
 ギサ 側、そば近く
 キシ 棚田の山手側、田圃の石垣
 キチ 粳米
 キメッシャル〔句〕 叱りつける
 キャーケ 欅
※ギレ〔接尾〕 二番ギレ(二番め)
※キンマ 木馬 木材や刈草運搬用そり
※クツバイ 〔形〕 こそばゆい
 ケケ 糞(童)
 ゴームシ かげろう(川の水中の虫の名)
※コショム(動五) 急に勢がとまる、虫ニヤラレテコションダ(虫害のため成長が止った)
 コズメル 片づける、つづめる
 ゴゼ ごきぶり
 ゴソヤブ 潅木のしげみ、竹薮
 ゴタイ 身体
※コッサエスル〔句〕 化粧する、衣装をつける
 コッツリ〔副〕 ちょうど、ぴったり
 コッポ ゴム風船
 ゴト(ゴトビキ) がま蛙
※コナ 焼畑、山作の適地
 コミキリ 押し切り
 ゴリタ〔句〕 こりた
※サイカケ 才覚、工夫
 サキサキ〔副〕 あちらこちら
※サシウデ 得意の手、常套手段
 サデル〔動下―〕 いきおいよく、勢よく落とす
※サレ〔接尾〕 動詞につく罵称の接尾語川イ行カサレテ居ランワ(川へ行きやがって居ないよ)
 サンザイ かわがらす(鳥)
※サンスイナ〔形動〕 寂しい、疎な
 シッタカ〔句〕 知るものか
 シトジケスル〔句〕 はにかむ
 ジャセ いのこずちの実
※シェー〔接尾〕 名の下につける親しみの称
 ジョーギ 牛舎の入口の横木、錠木
※ジョーニ〔副〕 たくさん
※ジリ〔接尾〕 作地 シャエンジリ(野菜畑)
 シリカワ 腰にさげている敷物用毛皮
 ジントリ 子供の遊びの一種
 スイコッポ すかんぽ(植)
 スッポール〔動五〕 投げる
 スド 藁を束ねたもの、ワラスド
 ズンギリ 木の切れはし
※セーダイテ〔副〕 しきりに、熱心に
※ゼカ(ゼンカ)〔助〕 ユータゼカ〔言うたではないか)
 センダク 着物の繕い
※ゾ〔助〕 ターゾコヤシゾイワン(田であろうが畑であろうが平気だ)
 ソーナイ〔句〕 病気の軽いこと
 ソセラ とげ
 ダキ 崖
 タケタケ〔副〕 毎々、タケタケイーフラシテイタ(順々に言いふらして行
 った)
 タダシニ〔副〕 むやみに
 ダボ 風呂や桶の栓
※タマギリ 材木に切る
※タヤス〔動五〕 浪費する
 ダンサ 優劣
 チソ 紫蘇(植)
 チチコ 川魚の名
 チチクワス〔句〕 水面をジャンプするように小石を投げること
 チメタイ〔形〕 つめたい
 チンリ じゃんけんの拝声、チンリデホイ
 ツケイモ たけにぐさ(植)
 ツネリコ 川魚の名
※ツモイ〔形〕 きつい、窮屈な
※ツリボ 編物用かぎ針
 ツワル〔動五〕 早春樹皮がうごきはげやすくなること
 ツンドル〔句〕 沢山ある
※デヤマ 出山、帰る、退散、離縁
 ドーラン 煙草入れ、印篭
※トダス〔動五〕 出す、取り出す
※ナシ〔助〕 から、ので、イクナシ(行くから)
※ナロ 平坦地
 ナンチュー〔句〕 何だって?
※ニーナ〔形動〕 新しい
 ニク かもしか(動)
※ネヤ〔助〕 ヨワッタネヤ(困ったよ)
 ノカナ〔形動〕 鍬などの柄の角度が大きく役に立たぬ状態
※ノケタ 仰向け
 ノケタハジク(仰向けになって寝そべる)
 ノメゴ 目高程度の稚魚
※ハエル〔動下ー〕 薪などを積み上げる
 ハイゴ はや、はい(川魚)
 ハダイタ 板間
 ハッチュー 広い所
 ハッチャタル〔動五〕 衝突する
 バライモ 里芋
 ヒカランパチ 水気のないさま
※ヒジニナル〔句〕 曲っている
 ヒジコ 肘
※ビス 鉄砲仕掛けのわな
 ヒスバル〔動五〕 干からびる
 ビシャコ ひさかき(植)
 ヒッカケ ひたき(小鳥)
※ヒトキリ〔副〕 一時、ヒトキリャヨワリコンドッタワ(一時は衰弱しきっていたよ)
 ヒトモジ ねぎ(野菜)
 ヒヌケル〔動下―〕 乾く
 ヒョッカリ〔副〕 だしぬけに
 ヒョーゲサク ひょうきん者
 ヒヨコグサ はこべ(植)
 ビラクル〔動五〕 吊り下る、ぶら下る
 フエグサす ずめのてっぽう(植)
 フグツ 蕎製運搬具
 フム〔動五〕 精米する
 フレマウ〔動五〕 食事を出す
 ヘコサカ さかさま
 ベラ 舌
 ヘナモサン 水痘、みずぼうそう
 ヘリャコリャ 逆、さかさま
 ホークリ 春蘭
 ホーケニスル〔句〕 馬鹿にする
 ホーシ 支柱、ホーシック(支柱を立てる)
 ホゼル〔動五〕 掘り出す、小穴を掘る
※ホヤル〔動五〕 自慢する、見せびらかす
 ポンチキ〔副〕 すっかり 全部
 クソテンゴ 無駄な事
 マウ〔動五〕 茄子が青枯病で倒れる
 マケマケ いっぱい
※マコト 本当
 マソット〔副〕 もう少し
 ミーダ〔句〕 見ろ、わかっているでないか
※ミシル〔動五〕 むしる、こわす
 メガ 牝鹿
 メメ 女陰
 メンチ めんこ
※モタス〔動五〕 重石としてのせる、イシモタス(石をおもしにする)
 モッタサン 金持
 モトル〔動五〕 よくしゃべる
 モモ むささび(動)
※モンガラ むぎわら
 ヤサネ 辺地
 ヤスベル〔動下―〕 馬鹿にする
※ヤチモナイ つまらない
 ヤレヤレ〔感〕 ヤレヤレシモータ(やあとうとう失敗した)
 ヤンガテ〔副〕 やがて
※ユタエル〔動下―〕 川などが堰きとめられてあふれること
※ヨイ〔助〕 終助詞呼びかける人名の後につき、親しみがこもる
※ヨー〔副〕 どうして、ヨーソンナコトンアローカエ(どうしてそんな事があるものか)
 ヨシ 川魚の名
 ヨボウ〔動五〕 液体を移すとき口からこぼれること
※ヨホーイ〔感〕 ざまみろ
※ヨマ 節間、竹などの節と節との間
 ヨメシ タ食
 ヨモ 泥酔者の繰り言
 リンキリ 横挽鋸
 ワンク 自分の家
※ン〔助〕 主格助詞 ヒンクレル

 V 方言の変遷
 戦後、とくにテレビの普及以後、方言は急速に消滅しつつあると考えられている。果してそれはどの程度のものであろうか。それを知る一つの手がかりにと思って次の調査を行ってみた。
 調査語は、昭和9年刊の「海部郡郷土資料」に載っている「木頭村の方言」によるもので、調査対象は木頭中学生136名である。調査実施は昭和44年12月であったが、2年女子だけは遅れて45年2月に行った。
 アンケート(1) 方言について知っていること、
 次のカタカナのことばは、古い木頭弁です。カタカナのことばについて、自分が使っているもの、または使ったことのあるものは◎、他人(おとなや老人など)が使っているのを聞いて知っているものは○、知らないものは×をつけて下さい。
1 自分のことは (1)オラ、 (2)ワシ、 (3)ウラという。
2 「あなた」や「きみ」のことは (4)オマエ(5)オンシという。
3 父は(6)オトウ 母は(7)オカア、または(8)カカ、祖父は(9)ジイ、または(10)ジイサン、祖母は(11)バア、または(12)バアサン、兄は(13)ニイ、姉は(14)ネエという。
4 身体の部分で、ほお―(15)ホータブ、舌―(16)ベラ、あご―(17)アギト、お尻―(18)ツベ、(19)ケツ、(20)イド、腕―(21)ヤデ、ひざ―(22)ツブシ、かかと―(23)キリブサ、動物のしっぽ―(24)オバタ、(25)オベタ
5 動物の名前で、かえる―(26)ガキ、(27)ビキ、魚―(28)イオ、うなぎ―(29)オナギ、うさぎ―(30)オサギ、かたつむり―(31)カッタイコンゴウ
6 道具や品物の名で、むしろ―(32)ミシロ、みの―(33)ニノ、ふご―(34)フグツ、手拭―(35)テノゴイ
7 動作を表わすことばで、泣く―(36)ホエル、引っ込む―(37)スッコム (山が)崩れる―(38)ツエル、ぶら下る―(39)ビラクル、叫ぶ―(40)トエル、出す―(41)トダス、驚く―(42)オドケル、腹が立った―(43)クソゴワイタ、(風をひいて)せきをする―(44)タグル、投げる―(45)スッポール 打つこと―(46)ドヤス、(47)ドズク(48)シバク、帰る―(49)イヌ
8 ようすを表わすことばで (顔が)みにくい―(50)メンドイ、苦しい―(51)セコイ、湯が熱い―(52)イタイ、沢山―(53)ドッサリ、少し―(54)チョッピリ
9 呼びかけや近事などで あのねえ―(55)アノノウ、名前を呼ばれた返事―(56)エー、(57)オー、(58)ヤー、「何ですか」―(59)ナンチュー「いやです」―(60)イヤイ
10 その他のことばで 此処―(61)ココナク、彼処―(62)アシコナク、(63)アッコ、それなら―(64)ホンナラ、しかし―(65)ホンデモ、知らなかった――(66)シラザッタ(何々を)するから―(67)スルナシ
調査結果


 調査結果についての考察
 残存度とは筆者が仮につけた名称で、残存度「大」は◎で示し、生徒の過半数が例用しているもの、「中」は○で、その語を聞いて知っている生徒が過半数以上のものとした。
 ▲は消滅度「大」とし、その語を知らぬ生徒が2/3以上のもの、△は消滅度「中」で、その語を知らぬと答えた生徒が1/2以上のものとした。
 この結果考えられることは、
1 残存度の高いもの
 「オマエ」「ジイサン」など二人称や「ベラ」「ホータブ」など身体部分名で、あまり粗野を考えられないもの、「セコイ」「トエル」「オドケル」などの日常生活語、「アノノー」「ナンチュー」「イヤイ」など日常会話に最も頻繁に使われる生活の基本語彙的なものである。
2 消滅度の高いもの
 「ウラ」「ヤデ」「オサギ」など訛語と見られてしかも矯正のたやすいもの「ニノ」「フグツ」など生活面から姿を消したもの、「ビキ」「カッタイコンゴウ」「ドタス」のように以前から勢力の弱かった語である。
 「スルナシ」については設問の不備が考えられる。

 VI 中学生の方言観
 アンケート(2)方言について思っていると、
 自分の思っているところの記号に○をつけて下さい。(○は1項目に2個以上つけてもよろしい)
1 あなたは町で(徳島などへ出たとき)次のどちらですか。
 a 平気で方言(木頭弁)で話す。
 b その町で例っている言葉をまねて話す。
 c 標準語(教科書やテレビなどに出てくる東京弁)で話す。
 d なるべく話をしないようにする。
2 あなたは木弁べんについてどう思いますか。
 (1)いつまでも残したいと思う。
 理由 a 自分の考えか気持ちをそのまま表わすことができるから
   b 木題弁は聞いてみて感じがよいから
   c 古くから伝わっていることばだから
   d その他(  )
 (2)標準語に変えていくのがよいと思う。
 理由 a 標準語は日本中の人によくわかるから
   b 標準語は聞いていて感じが良いから
   c 木頭弁ではよその人に聞かれてはずかしいから
   d その他(  )
調査結果

 その他の(  )には、1のdとして「今まで使ったものは急に改まらぬから」「悪いと思うことばにもたいせつな意味があるから」「なれているるので使いやすい」などがあり、2のdとしては「残していくのはよいが先の世になって困るだろう」などがあった。

木頭弁について

町で話すとき

 VII 結 語
 調査の目的のうち、木頭のことばの特徴という項目に重点をおいたため、調査対象が老人層にかたよったうらみはあるが、調査の結果として、方言の生命力の強さを、今更の如く知られた思いである。
 ことばは生きものであり、生活環境や時代の変化とともに推移していくものである。木頭のことばも、その例外ではなくて、たしかに大きな変化を起こしているが、それは目につく表面的な語彙面の現象である。そして骨格的な語調や、語法には、その変化がほとんど見られなかったのは、方言のために心強いことであった。
 ことわるまでもなく生活の中から生まれた方言は、標準語とその価値において何等上下の差はないとされているものである。
 中学生の調査で標準語を持向する生徒の多いのは、それなりによい傾向であると思われるが、その反面に方言に対する正しい理解もほしいものである。これは町へ出るとなるべく話をしないと言う生徒の多い事と共に考えてみたいことである。
 この小文を終わるに当り、今回の調査に御協力くださった多くの村民の方々中学校の先生方や生徒諸君、村当局とくに臼木主事、古富昭二氏に深い謝意をささげたい。

 主な参考文献
  安岡茂樽他編「木頭村誌」 金沢治著「阿波言葉の辞典」
  原三正、久米惣七編「祖谷」 土居重俊著「土佐言葉」
  奥里将建著「四国の方言」など


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