阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第16号
木頭村の植生概観と植生図

生物学班 森本康滋、和泉誠人

はじめに
 自然の地形や立地固有の潜在自然植生に応じて、自然公園、各種自然施設の設定、管理、利用、保護計画などがなされるのが、最も新しい地域開発の方法である。
 これらの基礎としての対象地域間の植生の群落学的研究は、立地の質や植生の現状診断の最も重要な前提条件とされている。特に植物社会学的な植生調査の結果を一般の人たちに理解させるため。翻訳図といわれる植生図は、その基礎図として最も有効である。
 植物個体や種群が集って形成している植物群落は、それぞれの立地の環境条件の総和が植物の側から具体的に表現されているものである。したがって植物群落と個々の立地条件との相互関係が正しく把握されたとき、我々は環境測定器具では測定し得ないそれぞれの地域の総合的環境を、生命をもっているものの側から読みとることができる。(宮脇1968)
 ヨーロッパの多くの国々でも、新都市や自然および都市公園計画の基礎として、対象地域の植生診断を行い、その研究成果を一般の人たちや土地開発の当局者たちに広く利用されるための植生図の作製が行なわれている。
 我国でも文部省、厚生省や関係諸団体で国立公園や自然保護地域の設定、植生復元について、また神奈川県をはじめ静岡、山梨、福島などの各地方公共団体でも自然公園設定や管理の基礎資料として、植物社会学的な植生診断や植生図の作製が行なわれている。
 本県では植生図は全く書けていないといっても過言ではなく、今回の木頭村の調査にあたり、木頭村全域の現存植生図を作製する事を試みた。然し対象地域が広く、かつ山岳地帯であり、また時間的制限もあって、初期の目的を十分達することはできなかったが、時間のある限り踏査し、航空写真を利用してごく概略の、相観による現存植生図を描いた。今後さらに詳しく調査を続けより完全なものにしたいと考えている。

木頭村の概況
 木頭村は那賀郡の西端に位置し、北は平家平(1603m)権田山(1609m)ジロウギュウ(1925m)丸石(1684m)などの連山で木沢村及び三好郡東祖谷山村と接し、西は石立山(1708m)行者山(1351m)赤城尾山(1436m)などで高知県香美郡物部村及び安芸市と、南は甚吉森(1423m)湯桶丸(1372m)で高知県安芸郡馬路村及び徳島県海部郡海南町と、そして東は神戸丸(1148m)天狗岩(836m)星越峠(556m)などで上那賀町と接している。周囲が高い山で囲まれた村のほぼ中央を、西から東へ向ってよく屈曲した那賀川が、南や北からの支流を集めながら流れている。村は海抜500m以上の高地が91.2%を占め、平地は殆どなく、山林が全体の93%(217.12平方キロメートル)しかも古来より林業が盛んでかつ民有林が森林面積の94.5%で、人工林がその半分以上に及んでいる。

図1 徳島県畧図

図2 木頭村の森林面積


 地質学的には、本村の中央を、仏像一糸川構造線が東西に走り、北半分が秩父古生層に、また南半分が中生代の四万十層群に属している。前者は石灰岩、凝灰岩、砂岩礫岩など、後者は砂岩、泥岩などからなる基岩でできている。
 気象条件は、年間平均気温が14℃〜16℃、降水量が2500mm〜3000mmに達する県下でも多雨地域に属し、土壊条件とあいまって、いわゆる木頭林業地帯を構成し、本県林業生産の中心地となっている。

 木頭村の本来の自然植生は、残存している植生や代償植生などから類推すると、低海抜高の地域では、アラカシ、シラカシ、ウラジロガシなどを主とした常緑のカシ林が主であったと推定される。海抜600m〜700mから上部では、モミ、ツガを主とするモミ、ツガ林、さらに海抜1100m付近から上部はブナ林で占められ、1600m付近に一部ダケモミ林の発達がみられ、1700m以上では風衝草原であるササ帯がみられる。従って、木頭村の高さによる植生の区分は以下のように略示できる。
 1700m以上 ササ帯
 1700m〜1600m ダケモミ帯
 1600m〜1100m ブナ帯
 1100m〜600m モミ・ツガ帯
 600m以下 カシ帯

調査法
1 相観による植生地図
 木頭村は前述の通り、殆ど全村が山で占められ、しかも周囲が1000m以上の山で囲まれており、踏査による全域調査は非常に困難で、かつかぎられた時間内に、全山塊の植物社会学的植生図を描くことは、事実上不可能である。次善の方法として、全域の植生概観を明らかにするために、優占構物によって植生図を描いた。1/5万地形図を基図として踏査しながら、現地で各群落を植生地図として描き、これらを航空写真により比較検討した。
2 群落調査
 主として自然植生について均質な植分を選び、郡落調査を行った。個々の植分の調査にさいしては、植分内の全出現種について、高木層、亜高木層、低木層、草本層に分け、Braun-Blanquetの調査方法に基いて被度と群度とを測定した。(調査時間の関係で、各自然植生林分内で、十分な数だけ群落調査ができなかったので、群落組成については、次の機会に報告したい)

調査結果
相観を主とした植生図
 踏査ルートは図―3の通りで地形上その他の関係で現地踏査できなかったところは航空写真と、双眼鏡による遠望により相観や植生の区分を行った。
1 自然植生
 1)ブナ林 木頭村の高い山で人工林になっていない部分は天然のブナ林で、平家平、権田山、石立山、行者山、赤城尾山、甚吉森、湯桶丸等にみられる。(これらの天然林が今も伐採されつつあり、次第に減少している)ブナ林の下限は海抜1100m〜1200mである。郡群区分の1がブナ林で、高木層はブナ、アズサ、イタヤカエデ、オオイタヤメイゲツ、ハリギリ、ヒメシャラなどからなり、亜高木層にはアオハダ、シャラノキ、チドリノキ、アサノハカエデ、コハクウンボク、エンコウカエデ、クマシデなどが多く、低木層にはシロモジ、ミヤマクロモジ、タムシバ、タンナサワフタギ、ナンキンナナカマド、オオカメノキ、ミヤマガマズミ、コバノミツバツツジ、アワノミツバツツジ、サラサドウダン、オオバメギ、クロイチゴ、ツリバナなどがみられ、草本層にはスズタケヤテンニンソウなどが林床全体を覆っていることもあるが、ハイシキミ、トチバニンジン、ハシリドコロ、ツクバネソウ、キヌタソウ、イワセントソウ、タマカラマツ、テバコモミジガサ、オオヤマハコベ、シコクトリアシショウマ、ミヤマクマワラビ、オタカラコウ、メタカラコウ、クサヤツデ、ヤマトリカブト、レイジンソウ、オヤマボクチ、バライチゴ、ニシノヤマタイミンガチなどがよくみられる。
 2)モミ・ツガ林 ブナ帯の下限に接して、海抜約1100m〜600mの間には遠望すること高木層に他よりぬきんでて、モミやツガがみられるモミツガ帯がある。時にスギの自生も混えている。ここでは、モミやツガの優占度が非常に大であるというのではないが、相観によればモミやツガが優占種として認められるものである(郡落区分の2)。ここでは高木層にモミ、ツガ、イロハカエデ、オオモミジ、コハウチワカエデ、イタヤカエデ、イヌシデ、アカシデ、クマシロ、サワシバ、リョウブ、アサダ、アワブキ、クマノミズキ、トチノキ、ホオノキ、アサガラなどの樹種が多くみられ、亜高木層には前種のほか、ウリカエデ、エンコウカエデ、シラキ、コサザクラ、アセビ、アブラチャンなど、低木層にはクロモジ、タンナサワフタギ、ダンコウバイ、タムシバ、ミヤマガマズミ、アワノミツバツツジ、コバノミツバツツジ、コウツギ、ノリウツギ、イヌツゲ、エゴノキ、キブシ、ガクウツギ、アセビなどがあり、そして草本層にはトサノミカエリソウ、コアカソ、ナガバモミジイチゴ、コカンスゲ、ヒカゲスゲ、モミジガサ、ウバユリ、ヤマシロギク、ルイヨウショウマ、フタリシズカ、シシガシラ、クマワラビ、ヤマシャクヤク、スズタケなどがみられる。高ノ瀬峡の紅葉が美しいのはこの群落である。

図4


 3)カシ林 モミ・ツガ帯の下限や、河岸に沿って、海抜600m〜700m以下には常緑広葉樹のカシを主とする群落がみられる(群落区分の3)。カシ林にはモミが混生している所もある。ここでは高木層にアラカシ、ウラジロガシ、ツクバネガシ、モミ、ツガ、ケヤキ、オニグルミ、フサザクラ、イロハカエデ、オオモミジ、クマノミズキ、トチノキなどが多く、亜高木層には前種のほかカゴノキ、ホソバタブ、アワブキ、アカメシワ、エゴノキ、ヤブツバキ、ケンポナシ、ハゼなどをを含み、低木層にはガクウツギ、アセビ、ヤマフジ、イヌツゲ、クロモジ、サンショウ、シロバナウンゼンツツジ、サカキ、アブラチャン、コバノミツバツツジ、ヒイラギなどがみられる。また草本層にはヤマアジサイ、クマワラビ、ススキ、ナガバモミジイチゴ、タニジャコウソウ、ヤマシロギク、ハガクレツリフネソウ、イナカギク、ウツギ、ゼンマイ、コアカソ、シシガシラ、オトコエシ、ヤブムラサキ、ガクウツギ、ヤマブキ、カンスゲ、イタドリ、テイカカズラ、河岸ではキシツツジ、トサシモツケ、キハギ、ヤシャゼンマイ、ウナズギギボウシ、タニガワコンギク、アワモリショウマ、ウメバチソウ、リョウメンシダなどがみられる。
 4)ダケモミ林 群落区分の4がダケモミ林で、これは丸石(1684m)から西の尾根すじにかけて、細長く発達しており、遠望により区分はしたが、時間の関係で踏査できなかった。
 5)ササ群落 群落区分の5、ジロウギュウの山頂付近の風衝草原で、剣山から三嶺にかけて尾根に発達している。この部分も踏査できなかったが、剣山及びジロウギュウの山頂の北斜面のデータから推定すると、シコクザサを主とし、ショウジョウスゲ、コメツツジの矮生、シコクフウロ、カニツリススキ、コモノギク、タカネオトギリ、コガネギク、ホソバシュロソウ、コメススキ、ウシノケギサ、トゲアザミ、イシズチコウボウなどから成る群落と考えられる。
2 代償植生
 自然植生が破かいされたあとに生育している遷移途上の各植生や、人為的影響下に成立している人工林などの人為植生などは、自然植生の補償的群落で、代償植生とよぶ。

図5
人工植林 木頭村は前述の如く古来より林業の盛んな所で、村全体の半分以上がスギ、ヒノキの植林地で占められ、海抜の低い山地や林道がついた山地では自然林は皆無にひとしい状態で植林可能な所は全て植林してあるといっても過言ではない。植林地の中心は那賀川の本流から支流に沿って奥へと広がり、これらが皆伐法によって伐採され、そのあとに再植林が行なわれている。
 伐採踏地には、ダンドボロギクやベニバナボロギク、タケニグサなどの先駆植物を含むススキ群落が発達し、ニガイチゴ、ナワシロイチゴ、ナガバモミジイチゴ、サルトリイバラなどの陽生のとげの多い植物がよくみられる。然し、スギやヒノキ林の林床植生は、大体その立地の潜在自然植生の構成種が出現している。植生図の群落区分の6には、スギ、ヒノキの成木から幼樹まで全ての植林地を含めて表わしてある。
 なおこの他にアカマツ林やクヌギ、コナラなどの夏緑広葉樹林も局所的にあるが、地図上に表わせる程の範囲でない。また木頭村のアカマツ林は、土壊の浅い岩塊地などにわずかに疎林としてみられるが、本県の他の地方にみられるような発達したアカマツ林はない。
 以上、木頭村全域にわたって植生図を作製し、各群落について概略を述べたが、これは対象地の面積が広く、全村殆ど山岳地帯である上、調査期間が短かかったので、まとめられる範囲でまとめたもので、今後さらにくわしく調査して完全なものにしたい。

要約
1 1969年8月、木頭村の総合学術調査が行なわれたが、われわれは主として植生図の作製を担当した。調査期間が限られていた関係上、現地踏査と航空写真(約18000)により、全域の植生図を相観により画いた。

図6
2 自然植生として、次の5つの群落が区別できた。
 1)ブナ林海抜約1100から上、モミ・ツガ帯の上に発達するもの。
 2)モミ・ツガ林海抜約600mから1100m間にみられるもの。
 3)カシ林海抜約600m以下の河岸にみられる。
 4)ダケモミ林海抜1600mから1700m付近、丸石の尾根にみられる。
 5)ササ群落山頂の風衝草原で、ジロウギュウの頂上付近に発達するもの。
3 代償植生としてのスギ・ヒノキ林は山林全体の半分以上を占めている。

参考文献
1 阿部近一、'61:木頭村の動植物、木頭村誌248〜263(木頭村)
2 宮脇昭、'64:丹沢山塊の植生、丹沢大山学術調査報告書、54〜102(神奈川県)
3 宮脇昭・奥田重俊、'66:箕面勝尾寺周辺の植生、箕面勝尾寺付近の生物生態調査報告書、3〜14(大阪府企業局)
4 宮脇昭、'68:藤沢市「西部開発地域」の植物社会学的研究調査報告(藤沢市西部開発事務局)
5 宮脇昭・大場達之・村瀬信義、'69:箱根・真鶴本島の植物社会学的研究(神奈川県教委)
6 森本康滋、'60:石立山の植物とその紀行木頭村調査報告書、32〜39、徳島県博物同好会
7 森本康滋、'61:東祖谷の植物、阿波の自然(東祖谷山村調査報告書)37〜51徳島県博物館
8 森本康滋、'65:南四国の植生概観、南四国の自然、17〜21、六月社
9 森本康滋、'68:剣山県民の森の植生、徳島県理科学会誌、9、34〜41 徳島県理科学会
10 森脇定雄、'60:木頭地方の地形と地質、木頭村調査報告書、4〜14 徳島県博物同好会
11 徳島県、'67:那賀地域森林計画書県林業課
12 山中二男、'63:四国地方の中間温帯林、高知大学学術研報12(3)、1〜9
13 山中二男、'56:四国地方に於ける暖帯林から温帯林への移行について、高知大学学術研報5(20)、1〜6


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