阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第15号
徳島市眉山の植生と植生図

生物学班 森本康滋

1.はじめに
 眉山は徳島市のほぼ中央にあり、地質学的には古生代の三波川系に属し、主に結晶片岩よりなり、東西約6.5km、南北約3km、海抜291m、県内最大の独立山塊で、数多くの伝説をもち、またロープウェイ、ドライブウェイ、遊技施設などあり、陽春には桜の名所として、人工の美と自然の美とが美事に調和した美しい山で、まさに私たち徳島市民のシンボルであり、行楽の場としても大変なじみ深い山である。
 この山の名は、万葉集(巻6の998 船王作)に「眉のごと、雲居に見ゆる阿波の山かけてこぐ舟とまり知らずも」と歌われたことに由来するといわれ、遠望すると眉のように見える。
 眉山の植物については「眉山植物誌」('43 木村・阿部)があるが、主として分類学の立場から調べたものである。今回は現在における眉山の植物を、主として植物社会学的観点から植生の調査と植生図の作製を試みた。
眉山はその大部分が私有林であるためか、よく伐採され、また山火事もしばしばあって群落がよく破壊される。従って全山殆ど二次林で占められ、中でもアカマツ林が7割以上に及び、雑木林、マダケ林、ネザサ群落、スギ、ヒノキの植林、その他テーダ松やスラッシュ松などの試験植林もある。気候極相のシイ林は新町小学校裏と御岳神社にわずかにみられるのみである。なお徳島市の気象条件は次表の通りである。



 

 

 

 

 

2.調査方法
 現地調査に先立って航空写真により、その樹冠のようすからおよその群落区分をし、現地でそれを修正確認しながら各群落内で植生調査を行なった。現地では各群落内でその群落を代表できると考えられる植分を選び、群落構成種を調査することにより現存植生図(現存植物相観図)を作製した。群落及びその境界は5000分の1の白地図と高度計とによってできるだけ正確に画いた。なお時間の関係で踏査できなかった場所は遠望と航空写真とによって群落の区画と種類をきめた。群落調査は植分内に方形区(10m×10m)を設定し、高木層(>8m) 亜高木層(2〜8m)、低木層(1〜2m)、草木層(<1m)とつる性植物とにわけ、出現する全種類について Braun-Blanquet の調査方法に基いて被度と群度とを測定した。これを持帰り、各群落毎に平均被度、出現度、総合優占度を算出し、群落組成表を作製した。

 なお本調査は1968年8月から1969年3月までの間に行なったもので、その上に以前の資料(1964.65)も含めてまとめたものである。

3.調査結果と説明
 A アカマツ林
 これは眉山で最も広い範囲を占めている。アカマツ林は伐採跡や山火事跡によく生じるもので、眉山ではいろいろな遷移段階のアカマツ群落がみられるが、それは以前の群落が破壊された時期や環境条件の相違によるものと考えられ、アカマツの樹高と下層の植物の優占種によって5種類に区別することができた。然し植生図ではこれらを同じアカマツ林として扱った。
 なお、ここのアカマツ林はアカマツ―モチツツジ群集に属するものである。

A1 アカマツ群落 高木層に樹高20m以上のアカマツが優占し、亜高木層にハゼノキ、ネズミモチ、ネジキなど、低木層にヒサカキ、モチツツジ、ヤブムラサキ、草本層にウラジロ、コシダ、ベニシダ、ヤブコウジなどと陽生植物と陰生植物とが混生した多種類の構成要素をもつ群落で、アカマツ林としては、最も遷移の進んだものと考えられる。忌部神社の上に発達しているものである。(別表A1)。

A2 アカマツ―ソヨゴ群落 高木層には樹高10〜15mのアカマツが優占しているが、クヌギ、ヤマモモ、コナラなども混生し、亜高木層にはソヨゴ、ヒサカキ、ウバメガシ、ヤマモモなどの被度が比較的大で、低木層にはヒサカキ、モツチツジなどが優占し、A1に比べるとアカマツの樹高が低く、アカマツ以外の樹種の勢力が優勢である(別表A2)。これは前記のアカマツ群落より広い面積を占めて、南北両斜面に広範囲にみられる。

A3 アカマツ―ウラジロ群落 アカマツは前2者程被度は大でなく、草本層にウラジロが一面に密生するのがこの群落である。コシダも混生するが、草本層は他植物の生育を殆ど許さない。亜高木層、低木層の発達極めて悪い(別表A3)。これは北斜面の谷沿いに局所的にみられる。

A4 アカマツ―コシダ群落 アカマツ―ウラジロ群落が谷沿いに発達するのに対し、アカマツ―コシダ群落は山腹の日当りのよい場所に広範囲にわたってみられ、樹高8〜10mのアカマツの下に、低木層にモチツツジが優占し、草本層にコシダが密生しているものである(別表A4)。

A5 アカマツ―ネザサ群落 高木層にアカマツが優占し、亜高木層にネズミモチ、クヌギ、低木層にはヒサカキをはじめ、ネジキ、クチナシ、コナラなどが可成りみられ、草本層にネザサが密生しているもので、前記アカマツ―コシダ群落の上部、尾根の頂上近くに多くみられるが、また山腹にも発達している(別表A5)。

 B シイ林
 徳島県南にはシイの純林が社叢として保護され残っているところが可成りあるが、徳島市内では、よく発達したシイの高木林は、保護林として指定されている眉山北東部、新町小学校裏だけである。然し眉山町の御岳神社や川西の諏訪神社の境内にも狭い範囲ではあるがシイ林が残っている。樹高約20mのシイに、クロマツ、ヤマモモなども混生しているが、亜高木層、低木層にも共にシイが優占し、草本層にベニシダが多く生育している。県南のシイ林とよく似た群落組成をもっている(別表B)。

 C アラカシ林
 樹高5〜8mのアラカシが優占する群落で、シイ林と並んで、眉山では少ない常緑広葉樹林である。低木層にもアラカシが優占し、草本層にはネザサを含むもの(下町の伏拝八幡神社北側)もあるが、川西の諏訪神社上の南斜面、及び眉山橋のすぐ上などではネザサを含んでいない。構成種は大部分が隠生植物である(別表C)。

 D ウバメガシ林
眉山の東端部に局所的にみられるもので、急傾斜地で母岩が露出し土壌が十分にないような場所に発達している。このようなウバメシ林は、海岸の断崖に発達するものであるが、これに近い環境条件と考えられる。地形の関係で1方形区しか調査できなかった(別表D)

 E コナラ・クヌギ林
E1 コナラ林 特にコナラが優占しているというのではないが、コナラの被度が他植物より大でこの他ヤマザクラ、ノグルミ、ヤマモモなどが雑然としかも胸高直経1〜10cmの木が密生した群落で、光は林床まで十分には達せず発達が悪く、非常に多種類の植物が混生している不安定な群落である(別表E1)。アカマツ林に次いで眉山では広い面積を占めている。

E2 クヌギ林 これは谷沿いに所々みられるもので、樹高6〜8mのクヌギが亜高木層に優占し、ノグルミも高い頻度で現われている。低木層にはヒサカキが多く、またコナラも混生している。草本層にはネザサが疎に或は密に生えていることが多い(別表E2)。植生図ではコナラ林に含めてある。

 F 竹林
F1 マダケ林 山すそや山腹の谷あいにごく狭い面積で、局所的にみられるもので、高さ6〜7mのマダケの下に、ヤマウルシ、アラカシ、ヤブムラサキ、ヒサカキなど被度は小であるが高頻度に出現し、草本層にはネザサがあって、その間にシシガシラ、フユイチゴ、ゼンマイなど多種類の植物が生育している。なおこの群落内にコクランが可成り多くみられた(別表F1)。
F2 モウソウチク林 山すその人家の裏や、山腹にもみられるが、栽植したものと考えられる。眉山ではマダケ林よりモウソウチク林の方が多い。群落組成表は人家裏のものであるが、狭いので、1形区しか測定できなかった。高さ約10mのモウソウチクの下に、イヌビワ、ネズミモチ、ヤブツバキ、クロバイ、アラカシなどがわずかに生育していた(別表F2)。また佐古六番町大安寺付近にはメダケの群落がある。


 G ネザサ1)群落

1)ネザサとしてまとめたが詳しく調べる必要がある。

 高さ60cmから所によっては200cmにも達するネザサが密生し、所々にコナラ、ネズミモチ、モチツツジなどが、その上にぬき出ているかまたはネザサの間にうずまって生育しているもので、亜高木層以上の木はない。眉山の頂上の尾根すじを東から西にかけて可成り長くのびており、西端の下町付近にも広いネザサ群落が発達している(別表G)。

 H 植林
H1 スギ林 眉山では他の山に見られるような広い面積にわたって植林されたものはなく、谷間に沿って細長く植えられたものがあちこちにみられる。ここでは樹高8〜10mのスギの下にヤマウルシ、ノグルミ、ヒサカキなどがごくわずかに生育しているのみで、草本層はネザサが密生しており、その中にゼンマイ、シシガシラなどのシダ類や、ヒサカキ、イヌツゲ、ネズミモチ、ヤブムラサキなどの実生が可成りみられた(別表H1)。
H2 ヒノキ林 ヒノキ林は眉山では非常に少ない。尾根近くに最近植えられたのもあるが、ネザサにおされて発達が悪い。調査した群落はたまたまよく手入れができており、樹高約9mのヒノキの下生は、低木層、草本層共に人工による破壊のあとがみられた。然しこの群落組成から判断すると、ここには以前にヒサカキ、ネズミモチ、モチツツジ、ヤマウルシなどが生育していたものと考えられる(別表H2)。
 なおこれ以外に県林産業試験場が試験的に栽植しているスラッシュ松やテーダ松などの群落が佐古の諏訪神社上に広範囲にみられる。また竹林院の南にシキミの栽植地もある。
以上まとめてみると眉山にみられる群落は次のようになる。
 A アカマツ林
  A1 アカマツ群落
  A2 アカマツ―ソヨゴ群落
  A3 アカマツ―ウラジロ群落
  A4 アカマツ―コシダ群落
  A5 アカマツ―ネザサ群落
 B シイ林
 C アラカシ林
 D ウバメガシ林
 E コナラ・クヌギ林
  E1 コナラ林
  E2 クヌギ林
 F 竹林
  F1 マダケ林
  F2 モウソウチク林
 G ネザサ群落
 H 植林
  H1 スギ林
  H2 ヒノキ林
  H3 スラッシュ松、テーダ松林
  H4 シキミ林

4.植生図
 どのような群落が実際にどのように分布し、どのような広がりをもっているかを地図上に具体的に画いたものが植生図である。植生図の作製には莫大な労力と時間とを要する。然し一旦植生図ができれば、群落の配置や他の群落との相互関係、さらに尾根部と谷部、高地と低地などという立地条件と群落との関係などが明確に把握できるばかりでなく、さらには自然を開発し利用するための立地評価にも役立つ。植物がそこに生活しているという事は、その立地の気候的要因、土壌的要因、人間的要因が植物に働きかけ、それらの総合された要因の中でなおかつ生活できるものが集ってそこに群落を構成している。すなわち過去から現在までの立地がもつすべての環境条件の総和を植物を通してとらえることもできる。従って植生を図に示した植生図は立地を評価するその基礎となるのである。
 植生図の画き方には、1)相観を主とした植生図(これは優占種に基礎をおく)、2)種組成に基礎をおいたものに大別できる。また対象とする群落をとらえるのに現存植生単位をそのまま作図する現存植生図と、原始植生複元図、及び現在その立地が支え得る潜在自然植生に基礎をおく潜在自然植生図の三通りがある。本調査では普通行なわれている相観区分に基礎をおいた現存植生図を作製した。これが何かの役に立てば幸いである。
 おわりに本調査にあたり最も新しい眉山の航空写真を提供して下さった海上自衛隊第3航空群、資料を貸していただいた県林業課、植生調査に協力してくれた城東高校鎌田正裕君等に謝意を表します。

参考文献
奥田 重俊・宮脇  昭:1966 自然教育園の植生と現存植生図、自然教育園の生物群集に関する調査報告第1集、P.1〜14
佐々木好之、宮脇 昭他:1967 生観学実習書、朝倉書店、P.50〜86
正宗 厳敬:1962 森林植物生態学、朝倉書店 P23〜48
宮脇  昭:1968 植生図の類型と立地評価、地図Vol.6 No.2 P.1〜9
森本 康滋:1968 剣山県民の森の植生、徳島県高等学校理科学会誌 No.9 P.34〜46


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