阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第14号
小松島市の地質 −古生層の地質−

地学班

岩崎正夫(徳島大)、小川棋文(城東中)加治敦次(小松島高)、北山 清子(徳島大)、塩田次男(城南高)、

寺戸恒夫(阿南工専)、二宮栄一(徳島大)、坂東ハルエ(一宇中)、

藤本信毅(徳島大) (アイウエオ順)

小松島市地質図

まえがき
 本報文は小松島市総合学術調査の地質部門の報文である。
 本市には、第四系、白亜系、古生界を含み、その分布はつぎのようになる。
(新しい順に)
  第四系  ちゅうせき層……小松島の平野をつくる。
       こうせき層……田野・芝生・櫛淵の段丘に小規模に分布
  白亜系……櫛淵から羽ノ浦にかけて分布
  古生界  三波川結晶片岩……日峯山塊に分布
       秩父帯北帯古生層……田浦・芝生・田野・赤石の山地部に分布
 このうち、日峯山塊の結晶片岩については、剣山研究グループの論文があり、また、白亜系についても、山下の論文や阿波富岡図中にくわしい。さらに、第四系についても、この地域の段丘について、寺戸がまとめている。
 小松島のちゅうせき平野については、最近各種のボーリングがすすみ、それらについて須鎗のまとめが発表されている。
 したがって、本調査にあたっては、未解決の古生層の調査に重点をおいて、ほぼ、その構造解析に成功した。この報文では、この結果に日峯山塊の結晶片岩を加えて、古生界の地質として、報告する。
  古生界―三波川結晶片岩―
 徳島県には、三波川結晶片岩が広く分布し、特徴ある岩石を産し、変成岩の研究に、よい条件をそなえている。日峯山塊に分布する結晶片岩は、泥質片岩(この地方では、やわらかいのと、風化した色がにているので“ミソ石”と呼んでいる)を主とし、少量の石英片岩(赤鉄鉱を含んで赤味を帯びているものが日峯頂上や、芝山三角点付近にゴツゴツ露出している)と緑色片岩を含み、剣山グループの焼山寺層に相当する。
 地層は、ほぼ東西に走り、全体に北に傾斜している。
 徳島市眉山や城山に分布する結晶片岩に比べて、結晶の粒度も小さく、したがって変成作用の程度も低い。
 泥質片岩は、例外なく、石英の分化脈が発達し、南の秩父帯の古生層の泥岩と比べて、分化脈は大きい。

  古生界―秩父帯北帯古生層
 田浦から赤石にかけての山地に分布する古生層の大きな特徴は、チャートが多いことと、火山噴出物起源の岩石(凝灰岩やよう岩)の多いことである。
 秩父帯古生層の厚さは、本地域では、1800mに達するが、そのうち、40%強が凝灰岩を中心とする緑色岩であり、35%がチャートで占める。たい積時の火山活動の激しさを思わせる。
 構造は、全体として、ゆるく波うちながら南に傾斜した単斜構造であるが櫛淵の白亜系に接する付近になると、45°〜60°の南落ちの傾斜が見られ、部分的に逆転があるかも知れない。
 最下部の赤鉄鉱を含む赤色チャートは、しばしば、リーベカイト片岩をはさんでいる。
 火山噴出物起源の緑色岩は、多くは、凝灰岩起源のもので、淡緑色のものが多く、曹長石を多量含んで、むしろアジノールといった感じのものもある。
 天王谷から田中山にかけて分布する緑色岩中には、集塊岩をしばしば伴ない。その礫は20cmに達するものもあり、リーベカイトを含む。また、輝石の残晶を含むこともある。
 泥岩は、本地域全体で、いちぢるしく片理が発達しているが、石英の分化脈は、南ほど弱く、すなわち、勢合では、石英脈の中は0.5mm程度のものでありその南方の小田ノ浦では、石英脈は消失する。
 したがって、秩父帯の古生層も、日峯山塊の結晶片岩と同じく変成作用を受けたのであり、ただ、その程度が弱かったということになる。
 なお、赤石トンネルには褐色カクセン石を含む輝緑岩が露出する。櫛淵の湯谷の奥に、Neoschwagerina craticulifera を含むフズリナ石灰岩のレンズがある。この化石の時代は、二畳紀中頃のものであり、これは、本地域古生層の最上位のものだから、本地域古生層の年代は、二畳紀下部から中部にかけてと推定される。

  小松島の地史
 以上の新しい資料に、従来の資料をつけ加えて、小松島の地質時代の歴史をつぎのようにまとめることができる。
1.地向斜の海の時代(二畳紀)
 本州を広くおおった地向斜の海の一部分であり、海底火山活動が盛んで、厚い古生層をたい積させた。
2.しゅう曲と変成作用の時代(不明)
 地向斜にたい積した地層が、しゅう曲と変成作用を受ける時期で、現在、三波川結晶片岩の形成された時期に2つの説があって、はっきりしたことはいえない。
3.白亜紀の入海
 上述のしゅう曲と変成作用ののちには、小松島付近は陸化したに違いない。そして、白亜紀になると、立江―羽ノ浦地域が、たい積盆地をつくり、この地域の地層をつくった。この海には、アンモナイト、二枚貝(三角貝等)が生息し、しだの流木もたい積した。火山噴出の証こはない。
4.人間の時代―第四紀―
 白亜紀以後は、全般的に陸地となり、第四紀こうせき世に入ると、氷河期の海面変動にともなって、段丘たい積物をつくった。
 ちゅうせき世に入ると、勝浦川が小松島平野をうめたててゆく、そして、古墳時代に入ってゆく。

  むすび
 以上、調査結果の概略を述べたが、凝灰岩や集塊岩の性格、小松島平野のちゅうせき層のボーリング資料の総括など、問題は残されている。しかし、小松島市の山地部の岩相図が、ほとんどでき上ったことは、なんといっても今回の調査の大きな収穫であったと考えている。調査に協力いただいた、県立図書館や小松島市に深く謝意を表する。

   文献
☆三波川結晶片岩
 岩崎正夫・加治敦次・安田治男・笠井正也・小川棋文(1963):徳島市周辺の地質と岩石、徳大学芸紀要、13巻、55―63
 平山健・田中啓策(1955):7万5千分の1徳島図巾および説明書
 剣山研究グループ(1963):四国東部結晶片岩地域の地質、地球科学、69号、16〜19
 岩崎正夫(1963):四国東部高越・眉山地域の変成岩(英文)、東大理紀要、SecII,Vol XV.
☆秩父帯の地質
 山下昇・須鎗和己・中川衷三・平山健(1958):7万5千分の1富岡・日和佐図巾および説明書
 山下昇(1949):徳島県勝浦川盆地の白亜紀層について地質学雑誌、55、117
☆第四紀
 寺戸恒夫(1966):徳島県東部の段丘とその形成、阿南工専紀要、第2号
 須鎗和己・原田一(1964):勝浦町・小松島市付近の第四紀地史
 中川衷三・須鎗和己:鈴木好一(1964):徳島臨海地帯の地質および地質構造:建設省計画局、徳島県、徳島臨海地帯の地盤、32―33


徳島県立図書館