- 緒言
小松島湾内海域にウラニン(フローレッセンナトリウム)を投入し、それがどのように拡散して行くかを観測した。将来小松島湾沿岸に工場等が建設され湾内に排水が放流されるような場合に,その排水の拡散状態を予め推定するような場合の基礎資料となれば幸である。
- 調査概要及び組織
次表に示す如く、昭和42年7月25日、27日及び28日の3日間に合計5回、ウラニン溶液を湾内特定地点に瞬間投入し、以後2.5〜3時間、色素の拡散移動状態を、濃度測定、色素帯の航空写真、浮子の追跡等の手段によって観測した。
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- 調査組織は次の如くである。
本部:小松島保健所、各回の出動基地及び器材保管場所とする。
現地基地:小松島海上保安部の10トン巡視艇(5名乗組)を母船とし、総指揮をとる。
採水班:3隻のエンジン付小型漁船に2名乗組み、色素の投入作業及び採水を行なう。
採水船及ひ浮子測定班:母船上からの六分儀(海上保安部担当)及び陸上からのトランシット(小松島市役所6名担当)により、定時に採水船及び浮子の位置を測定する。
陸上観測班:湾沿岸の高所より色素帯のスケッチ並びに写真撮影を行ない、母船と協力して採水船の誘導も行なう。
航空写真班:海上自衛隊小松島航空隊が担当し、ヘリコプターからカラー撮影を行なう。
気象観測班:海岸において気温、湿度、風向、風速を測定する。
上記各班の相互連絡はトランシーバーと一部拡散器で行なった。
- 調査方法
1.ウラニン溶液の投入:10%ウラニン溶液を調製し、第1回目はビニール袋に入れて海水中で剃刀で切って放出した。第2回目以降は、大型ポリバケツに入れて海水中に浮かべ、定刻に放出した。各回共できる限り海水表面に、また約10秒間程度で放出するようにした。
2.採水:ABCの3隻の採水船が、投入後20分毎に0.5m及び1.5mの深さで採水した。採水にはビニール管と200mlの注射筒を用いた。ビニール管は各船2本用意し、先端に錘りを取りつけ、先端より0.5mあるいは1.5mのところに浮きをつけて、絶えず0.5mあるいは1.5mの深さで採水できるようにした。採水場所は次の通りである。
A船:色素帯のほぼ中央部附近で濃度の最も高いと思われるところ
B船:色素帯移動方向の先端部附近
C船:色素帯移動方向の後端部附近
これら各船の誘導は、各船乗船者の判断及び母船、陸上観測班、時にヘリコプターによって行なわれた。採水試料はその日の中に蛍光光度計によりウラニン濃度が測定され、また後日、塩素量及び比重が測定された。
3.採水船の位置測定:各採水船は高さ3mの標柱をたて、先端に赤旗を取りつけた。これを目標に母船上より六分儀で採水時刻に一致して位置が測定され、海図上に記入された。
4.浮子の追跡:ウラニン投入と同時に同じ場所に3この浮子を流し、母船の六分儀及び陸上のトランシットによって追跡された。浮子は45×45cmのブリキ板4枚を直角に組合せて抵抗板とし、その中央が水深1mに沈むようにポリエチレンの空瓶を取りつけ、水面上1mの細い鉄棒の先端に標識の旗をつけた。
5.航空写真:色素投入後1時間目より2時間目までの1時間の間、10分毎に色素帯のカラー撮影が行なわれた。ヘリコプターによる真上からの撮影が不可能であったので、全て斜上方からの撮影であった。
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第1図 下げ潮時の色素の拡散
- 6.水温測定:母船上から水深1mの水温を測定した。
- 調査結果
(1)色素帯の移動及び広がりの概畧を第1図及び第2図に示す。採水船の位置及び航空写真を参照して、色素帯の位置並びに広がりを示したものである。図には同時に気象条件及び潮流速度(浮子迫跡による)も示してある。小松島港内で徳島地方気象台によって測定された潮位自動記録の結果から、ウラニンは上げ潮ないし下げ潮のそれぞれの開始から30分〜1時間後に投入されていた。投入後3時間で色素帯は長さ1,000〜1,300m、巾50〜200m、面積5〜9×10の4乗平方メートル程度になった。
潮流方向は第1、2図の色素帯移動方向で示されている。浮子もほぼ同様に移動していた。
(2)ウラニンの濃度測定結果は第1表の如くである。採水船Aの測定濃度と投入後の経過時間を両対数グラフにプロットすれば、かなりよく直線上にのっている。採水船Aの測定濃度(水深0.5mと1.5mの平均濃度)より求めた拡散係数と時間の関係は第3図の如くである。第1回目(25日am)のk値がやや大きいが、このときはウラニンの投入方法が他の場合と異なり、かなり深くまで投入されて、ある程度深層流にのったためと思われる。また第5回目(28日)は、投入後120分頃に大型船によって色素帯が分離したためにその後のk値が大きくなったものと思われる。
(3)水温、塩素量、塩分量、比重等の測定成績を第2表に示した。
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第2図 上げ潮時の色素の拡散
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第1表 ウラニン濃度測定成績(×10の−1乗ppm)
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第3図 拡散係数
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第2表 水温、塩素量、比重測定成績
- 説明及び考察
海域における拡散は潮流及び吹送流による乱流拡散、潮汐混合稀釈、恒流による湾外流速など極めて複雑な諸因子3)〜5)があり、それぞれの現場におけるこれらの長期観測データを必要とする。今回の観測結果はこれら諸因子が複合された特殊条件下に得られたものである。
色素による拡散実験においては一般に、色素の濃度測定を行なったり、色素帯の目視限界範囲(一定濃度範囲)の面積測定を行なって、色素帯の移動、広がりの観測と共に拡散係数の算出が行なわれ、普辺化が試みられる2)〜5)。
今回の実験でも濃度測定と面積測定の両者を試みたが、面積の方は実験全時間中の試料が得られず、また斜上空からの写真撮影のため、その面積修正がかなり困難であった。また写真に写る限界濃度は予め知っておく必要があると共に、その濃度は撮影時の諸条件によってもかなり左右され、実際には多くの困難性があろう。今回の航空写真は色素帯の大凡の広がりと形を観測するのに役立たしめた。
濃度測定による拡散の解析5)は次の如く行なった。
拡散方程式は一般に次式で示される。
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- c:濃度、t:時間、x・y・z:3方向座標
ux、uy、uz:x・y・z方向の流速
kx、ky、kz:x・y・z方向の拡散係数
k:吸着、沈澱、自己減衰などによる減衰係数
上式において x
方向を平均流方向に y
を横、z
を水深方向にとると、左辺の3、4頃は0になる。また
z 方向の拡散は x、y
方向の拡散に比して極めて小さいのでこれを無視し、減衰項も無視し、さらに
kx、ky を一定とすると1
式は
-

- となる。ここで一方向の流れをもつ無限に広い水域において、t=0、x=y=0で深さZまで
M
の量が投入されだとすると、2
式の解として
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- が得られる。ここで等方性拡散
kx=ky=k
とすれば、中心部の濃度は
-

- となる。
4
式においてCにA船の水深0.5mと1.5mの測定濃度の平均値を用い、Z=2mとして求めたKの値が第3図に示しているものである。
但しA船が色素帯の中心部の最高濃度のところでいつも採水していたかは不明であるが、肉眼的にほぼそのような場所で採水することが可能であったし、また濃度測定成績からも、ほぼ満足できるような場所で採水しているようであった。
連続的に放流されたときは、次式によって一定濃度を与える等濃度線を画くことができる。
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- Co:放流濃度、q:放流量、r:放流点からの距離、k:拡散係数
(4 式のk値代用)Θ:流下方向と径
r のなす角、z:混合の深さ、u:流速
上記の解析は表面拡散としてのみ取り扱われている。工場排水等の多くは海水より比重が軽いと思われるので、深くに放出されてもやがては表層流にのると考えられ、また当海域は水深が7〜8m内と比較的浅いので、表面拡散のみの取り扱いでオーダー的には誤りがないであろう。拡散係数は他の海域での測定例、例えば東海村沖1)6)における×10の3乗、各種河川の河口3)〜5)7)における×10の4乗〜×10の6乗よりはかなり低い値を示している。
潮流方向は色素帯の移動として第1・2図に示されているが、これは表層流(少くとも1.5m以内)である。上げ潮下げ潮時とも調査海域では、東部陸地に沿って反時計方向に流れている。この点湾内表層水の換水には都合がよいが湾口附近では下げ潮時に西北西の流れを示し、湾口中央部近くで一部が湾内に向う流れを生じているようである。ただこれらの表層流は風向風速による影響が大きいと思われる。しかし以前に徳島県水産試験場が調査した資料(8)によると、北西風の場合にも上げ潮下げ潮時とも上記とほぼ同様の潮流方向を示していた。このように湾内水はある程度反時計方向に循環しているようである。深層流については不明であろ。
B地点以内は多少とも淡水の影響をうけており、上げ潮時と下げ潮時における表層と深層の流れをかなり複雑にしているが、いずれにしろ換水の効率はA地点に近づくほど悪いようである。この附近が立江川から運ばれたパラチオン剤によって汚染された報告(9)もみられる。
- 結論
小松島湾内の特定地点にウラニンを表層に瞬間投入して拡散調査を行ない次の結論を得た。
1)表層流は上げ潮、下げ潮時とも湾の南東部では陸地に沿って反時計方向に流れ、湾口附近では上げ潮時に西北西に向い、その一部は湾内に向う。すなわち湾内水は一部循環しているようである。
2)ウラニン色素の広がりは細長い帯状を呈し、投入後3時間で長さ1000〜1300m、巾50〜200m、面積5〜9×10の4乗平方メートル程度になった。
3)平均拡散係数は色素投入後20分で2.4〜4.8×10平方センチメートル/秒、3時間後には1.5〜7.8×10の2乗平方センチメートル/秒を示した。ただし投入方法が異っていた第1回目(A地点)はそれぞれ5×10の2乗、1.9×10の3乗平方センチメートル/秒であった。
4)湾南東部の陸地に近づく程換水効率は悪いようであった。また淡水の影響をかなりうけているようであった。
本調査は昭和42年度阿波学会総合学術調査の一班として行ったものである。小松島海上保安部の藤原善武部長、山本新一郎警備救難課長、巡視艇で測定を担当していただいた西岡氏他4名の乗組部員の方々、海上自衛隊小松島航空隊の宮原実司令、一木栄市隊長他隊員の方々、小松島市役所の藤本恵一技師他5名の方々、小松島保健所(平野義夫所長)、徳島県水産試験場(加藤孝場長)及び徳島地方気象台の御協力なしには本調査を行ない得なかった。ここに深く感謝の意を表します。
文献
1)Fukuda, M., et al.:Diffusion
Phenomenon in Costal Areas, The
Proceeding of the Socond
International Water Pollution
Research Conference, Tokyo, p.193,(1964)
2)Harris, T.F.W., et al.:Mixing
in the Sulf Zone, Advances in Water
Pollution Research,Proceedings of
the International Conference held in
London 1962, Vol.3, Pergamon
Press, p.177(1964)
3)市楽誉:海中の拡散と混合―汚水処理の基礎資料、海岸工学講演会講演集、56(1956)
4)松江吉行:水質汚濁調査指針、P.314、恒生社厚生閣(昭36)
5)大橋文雄他:衛生工学ハンドブック、P.867〜894、朝倉書店(昭42)
6)日本原子力研究所、原子燃料公社:昭和39年度海洋調査報告(昭40)
7)樋口明生、杉本隆成:潮流による水理模型実験について、京大防災研究所年報第10号、B.
343(昭42)
8)徳島県水産試験場:小松島湾附近における潮流調査、同場試験場報告 P.12(昭35)
9)大恵正博、片岡哲:パラチオン剤による河川水の汚染について、衛生化学、4,
44(1956)
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