阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第14号
小松島市4小学校の肥満児、栄養失調児および低身長児に関する調査

医学班(小児科学)

(主任北村義男教授)

幸地佑、松浦孝治、水井三雄、加藤雅子、石川紘士、黒部真知子、浜口正子

 第1章 緒言
 戦後経済力の発展、生活水準の向上とともに学童の発育の伸びは加速現象といわれるようにめざましいものがある。食生活の改善に伴う発育の促進は全般的には結構なことだが、近年肥満児の増加が憂慮されるにいたっている。また地域によっては未だに栄養失調児あるいは低身長児も跡を絶たないのが現状である。
 一般的には栄養失調児、低身長児の多くは栄養の不足に基づくものであり、肥満児の大部分は栄養の過剰に基づくものである。肥満学童は肥りすぎて活動性に乏しく、単に美容上のみならず、運動の不得意から体育に弱く、劣等感を抱くにいたる。Mullins(1)は成人の肥満の1/3はすでに小児期に発症しており、肥満度も高いと述べており、Haase(2)らも小児肥満の70〜80%は成人肥満に移行すると報告している。
 成人肥満は高血圧、動脈硬化症、肝障害、糖尿病等の成人病に罹患しやすく平均よりも短命であることからその対策が最近の課題となっている。したがって肥満児の多くは成人病の前段階として黙視し得ない。肥満児、栄養失調児および低身長児は単に栄養の過不足のみならず、代謝疾患、内分泌疾患、骨疾患等によっても起こりうることはその治療および予防上考慮を要する問題である。
 このたび阿波学会の総合学術調査に参加し、私たちは小松島市の4小学校につき最近数年間の肥満児、栄養失調児および低身長児の頻度の推移に関する調査を行ったので報告する。
 第2章 調査対象および方法
(1)調査対象
 私たちが昨年行った41年度の全県下学童の調査結果を参考にして、小松島市における肥満児頻度の高い学校の代表として、北小松島および千代の2小学校を、栄養失調児頻度の高い学校の代表として南小松島および芝田の2小学校を選んだ。定期健康診断の身体計測記録保存の関係から、南小松島小学校では昭和32〜42年の11年間、北小松島および千代小学校では昭和37〜42年の6年間、芝田小学校では昭和38〜42の5年間についての身長、体重測定値を資料として、肥満児、栄養失調児および低身長児の頻度を調査した。
(2)肥満、栄養失調および低身長の判定方法
 各学童の身長標準体重の120%以上を肥満とし、80%以下を栄養失調とした。肥満の程度は120〜130%(軽度)、130〜150%(中等度)、150%以上(高度)に分け、栄養失調の程度は80〜70%(軽度)、70〜60%(中等度)、60%以下(高度)に分けた。
 学童の身長が昭和35年厚生省発表の年令標準身長(M)より標準偏差(σ)の2倍以上低いものを低身長とした。
 第3章 調査成績
 調査した4小学校の各年度における男女別児童数は表1の通りである。なお4小学校とも完全給食校である。
 表1 4小学校の各年度における男女別児童数
(1)肥満児について
 肥満児頻度の年度別推移については昭和41年度の全県学童調査で比較的頻度の高かった北小松島および千代小学校では40年あるいは39年から肥満児の増加が目立ち、42年の頻度は男女平均それぞれ2.84%および3.76%となっている。また男子は女子より肥満がやや多い傾向がうかがわれた。
 41年度の全県調査で比較的頻度の低かった南小松島小学校で11年間の肥満児頻度の推移をみると、昭和36年を最低としてその後漸増し、昭和40年に最高2.25%を示したが、その後また減少し42年は1.02%となっている。4小学校のうち最も頻度の低い芝田小学校でも40年の0.78%を頂点として以後減少し、42年は0となっている(表2)。
 表2 年度別肥満児頻度(%)の推移
 年度別学年別肥満児頻度の推移については各年度により多少の変動はあったが、4小学校とも一般に1・2年生より5・6年生が高頻度であった。(表3)。
 肥満児の肥満持続年数をみると、2年以上肥満状態であったものは4校肥満児数130名中31名(23.8%)であり、うち男子は63名中17名(26.9%)、女子は67名中14名(20.8%)であった。またこれら2年以上肥満状態を続けたものの多くは年令とともに肥満の程度が強くなることがうかがわれた(図1)。
 肥満程度を学年別にみると、4小学校とも肥満指数120〜130%の軽度肥満が全学年を通じ最も多く、肥満児総数の72.5%であった。なお中等度肥満児は23.0%、高度肥満児は4.5%であった。中等度以上の肥満は高学年ほど多い傾向を示した(表4)。
 表3 年度別学年別肥満児頻度(%)
 図1 4小学校肥満児の肥満状態推移
 表4 4小学校肥満児の学年別肥満程度
(2)栄養失調児について
 栄養失調児頻度の年度別推移については、南小松島小学校では38年、39年がやや高い頻度を示したが、11年間を通じ大体横這いの状態となっている。芝田小学校では41年に平均値2.16%の山がみられたが、その他は0.37〜0.78%の間を上下していた。北小松島小学校では37年には2.58%であったが、以後減少し42年では0となっている。千代小学校では37年に異常に高い頻度(男児25.0%女児23.0%)を示していたが、その後急激に減少し、42年では0.37%となっている。(表5)
 表5 男女別栄養失調児頻度(%)の推移
 年度別学年別栄養失調児頻度の推移については、昭和37年を除いていずれの年度にも5・6年生に頻度が高く、年令が長ずるにつれて栄養失調児が増加している。また昭和41年度の栄養失調児頻度は10年前に比較すれば減少している(表6)。
 表6 4小学校年度別学年別栄養失調児頻度(%)の推移
 栄養失調の持続年数をみると、2年以上続いたものは4校栄養失調児総数128名中4名(3.12%)で、うち男女各2名あり、栄養失調状態はあまり長く続かないことが分った。また2年以上続いた学童の栄養失調程度は何れも軽度でほとんど変わりがなかった(図2)。
 図2 4小学校栄養失調児の栄養失調状態推移
 栄養失調程度別にみると、軽度栄養失調(身長標準体重指数80〜70%)が最も多く87.7%を占めていた。しかし中等度栄養失調児も10.8%にみられ、高度の栄養失調児は3名(1.5%)に過ぎなかった(表7)。
 表7 4小学校栄養失調児の学年別栄養失調程度
(3)低身長児について
 低身長児頻度の年度別推移については、32年以降11年間を調査した南小松島小学校では38年以降急激に減少を示している。4校とも近年減少の傾向が認められるが、そのうちでも芝田小学校では比較的高い頻度を示し、北小松島小学校では38年、39年に、千代小学校は37〜39年に低身長児はみられなかったが、その後39年あるいは40年に山を示し、以後再び減少している。男女別では一般に女子に低身長児が多かったが、芝田小学校を除いた3校とも女子低身長児は近年減少してきている(表8)。
 表8 男女別低躍長児頻度(%)の推移
 年度別学年別低身長児頻度の推移では、年度により一定しなかったが、一般に低学年に頻度が高かった。これは南小松島および千代小学校では低学年に低身長児が多く、芝田小学校では反対に高学年に多くみとめられた結果であった。北小松島および千代小学校では低身長児は少なく、特別な傾向は認められなかった(表9)。
 表9 年度別学年別低身長児頻度(%)の推移
 低身長児の低身長持続年数をみると、2年以上低身長状態を続けたものは4校の全低身長児数62名中21名(33.8%)で、そのうち男子は30名中6名(20.0%)、女子は32名中15名(46.8%)であった。これは低身長児は栄養失調児とは反対に短期間には正常値に追いつけないことを示している。(図3)。
 図3 4小学校低身長児の成長推移

 第4章 考案
 近年社会経済状態の好転とともに、学童体位の向上は著しいものがある。体位の優劣は遺伝、環境、栄養、内分泌機能など種々の因子によるが、栄養摂取の適否が最大の要因と考えられる。
 従来小児の栄養問題で特に関心の深かったのは栄養失調児であった。近年食糧事情の好転とともに栄養失調児は減少し、昭和39年頃から小児の肥満が目立つようになり、治療医学の面のみならず、学校保健および教育の面からも問題となってきている。都市における急速な発育促進現象と農山村における発育遅滞現象は栄養の適否を反映するものである。私たちは昭和41年度の徳島県下全学童の発育状態調査において、市街地と農山村では平均身長で1.5〜3.7cm、体重で0.6〜1.9kgの格差が認められた。
 そこで私たちは小松島市総合学術調査の機会に4小学校を選び、肥満児、栄養失調児および低身長児頻度の年次的推移を調査した。
(1)肥満について
 小児肥満は成人肥満と同様経済的に豊かな文明国において頻度が高いといわれる。英国ヨークシアの Wakefield の学童調査(4)では2.7%、米国ボストンの学童調査(5)では10%と報告されている。わが国でも都市においては4〜5%以上の高い頻度で肥満がみられる学校も少なくない(6)。昭和41年度大阪市全学童239,729名の調査では2.14%と報告されているが、私たちの行った昭和41年度の徳島県下学童調査では、肥満児は1.55%であり、市街地域2.05%純農村1.05%、山村0.75%で明らかな地域差がみられた。
 菅原ら(7)は大阪市中心部の1小学校の肥満児頻度の推移をしらべ、昭和38年から39年の間に著るしい急増がみられたことを報告している。私たちの調査では市街地にある北小松島、千代小学校および比較的農村に近い南小松島小学校では昭和39年から41年にかけ著しい増加が認められたが、農村地域にある芝田小学校では反対に40年から減少がみられた。
 小児の肥満の出現年令は離乳期に一つのピークを認められるが、多くは5・6才頃から肥満傾向が現われ、特に8・9才頃に最大のピークを認める。
 私たちは昭和41年度徳島県下学童調査で学年が長ずるに従って肥満児が漸増し、5・6年生は1・2年生の約2倍の頻度を示すことを認めた。小松島市4小学校の学年別頻度においても同様の傾向がみられ、さらに肥満の程度においても高学年ほど強くなる傾向がみられた。
 小児肥満の原因は過食、運動不足、脂肪代謝異常、遺伝など種々あるが、本調査で軽度肥満が多く、かつ一時的に肥満となった学童が多かったのは栄養の過剰に起因する単純性肥満症が大部分であったと考えられる。他方2年以上にわたり肥満状態が持続したものが23.8%を占め、これらは次第に肥満度を増強する傾向がみられたが、これは特に予防および治療上注意を要する。
(2)栄養失調について
 栄養失調症は肥満と同様多くは摂取エネルギーと消費エネルギーの不均衡に基づくものである。
 私たちの昭和41年度の徳島県下学童の調査では栄養失調児頻度は0.55%で、肥満児頻度の約1/3にあたり、男子よりも女子に多く高学年ほど頻度が高く、特に6年生では女子が1.74%で男子0.33%の5倍近くを示していた。小松島市4小学校における栄養失調児頻度の推移は最近は横這い状態であるが、市街地の小学校では減少の傾向がみられており、栄養状態改善の現われと思われる。学年別では4校とも5・6年生に、また女子に多い傾向がみられた。栄養失調状態が2年以上にわたるものが少ないことは栄養の補給によって比較的容易に回復することを示すものである。ただ全栄養失調児中3.12%にあたる2年以上栄養失調状態の続く学童については、原因を追求し、適切な治療を要するものと思われる。
(3)低身長について
 低身長は身長が正常より著るしく低いものを指すが、どの程度を異常と定めるかは諸家により一定しない。佐々木(8)、望月(9)らは小人症の定義として同属、同性、同年令の標準身長から標準偏差の2.58倍以上隔ったものと定義している。私たちは昭和41年度徳島県下学童調査に当たり、標準身長より標準偏差の2倍以上低いものを低身長とした。それによると低身長児は全学童0.83%であり、学年別、性別には大差がなかった。今回も同様の方法で調査した。低身長児頻度の年度別推移では近年減少の傾向が現われているが、男子に比し女子に低身長児頻度の高いのが目立っている。日常生活における食習慣の差が身長発育に相当の影響を与えることは容易に考えられる。同一文明社会においても経済的に恵まれた地域の小児が貧困地域の小児よりも、またアメリカで生育した日本人小児が日本国内の小児よりも背が高いこと、さらには本県における低身長児が市街地には少なく、農山村地域に多いことなどは低身長と栄養との関係を物語るものである。2年以上低身長状態が続くものは全低身長児中の33.8%を占めていた。なお低身長の原因は栄養不足のみならず種々の骨疾患や代謝異常によるものも少なくないので、小児科専門医による原因追求が必要であろう。

第5章 結語
 小松島市内の北小松島小学技、千代小学校、南小松島小学校、芝田小学校の学童につき、過去数年間の肥満児、栄養失調児および低身長児頻度の推移を調査した。その結果
 1)肥満児については昭和39年から昭和41年にかけ急増が認められ、高学年ほど肥満児が多くなり、肥満程度も強くなる傾向がみられた。肥満状態が2年以上続くものは全肥満児の23.8%を占めていた。
 2)栄養失調児については高学年で特に女子の頻度が高かったが、最近減少の傾向がみられた。学校差が著るしく、芝田小学校では昭和37年に1・2年生のみ異常な高頻度を示したが、その後は1・2年生に栄養失調児は全くみられなかった。栄養失調状態が2年以上続いたものは全栄養失調児の3.12%に過ぎなかった。
 3)低身長児は女子に頻度が高く、最近減少の傾向が認められた。2年以上低身長状態が続いたものは全低身長児中の33.8%であった。
文献
1)Mullins, A. G.:Arch. Dis. Childhood, 33:307,1958
2)Haase, K. E. et al:Ztschr. Kinderh., 78:1,1956
3)日比逸郎:診療と保険8:651,1966
4)Wolff, O. H.:Recent Advances in Pediatrics.,9:216,1965
5)Johnson, M. L., Burke, B. S. &Mayer, J.:Amer. J. Clin. Nutr., 4:231,437,1956
6)日比逸郎:総合臨床 15:1189,1966
7)菅原重道他:小児科診療 29:901,1966
8)佐々木哲丸:小児科学 医学書院 1957
9)望月俶:千葉医学会雑誌 35:357,1959

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