阿波学会研究紀要

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郷土研究発表会6・7・8合併号  
徳島県のトンボについて 平井雅男
徳島県のトンボについて

博物同好会 平井雅男

―徳島県にはどんなトンボがいて,いつごろとれるか―

 このことに関しては,さいわい中条道夫博士が,かって鳴門市に在住された当時にまとめられた貴重なご研究がある。

 中条 道夫:四国のトンボ類(1),阿波の自然 第2巻第1号,1950

 中条 道夫:四国のトンボ類(2),新昆虫   第7巻第12号,1954

 これを紹介し,小松島市付近を中心に調査した筆者の知見をも若干加えてみよう。

(表1:徳島県のトンボ類とその成虫が見られる時期の一覧表)

 

(註)

(1)第1及び2欄ホソミイトトンボとホソミオツネントンボの項に於て○印は越年した成虫が出現して活躍していた期間を示すもので+印は他の各種の場合と同様に年内に羽化出現した成虫の活躍期間であり,従ってこれ等の2種には6月中に1〜2旬の“成虫が全くいなかった(種としては卵〜幼生の状態にあった期間”が存在した訳で,△印は+印のものの越冬の為の隠棲期を示すものである。(中条)

(2)この表の中で+印と+印との間の…印は,その旬間に現実にその種を採集してはいないが,間違いなく棲息活躍していると考えているということを示すものである。

(3)この表は,前記のように,大部分は中条博士のご研究をそのまま使用させて頂いた。ただ,月の配列を1〜12に変更し,また,筆者による記入は責任の所在を明らかにするため,確認したものに◎印,目撃等で十分確認出来なかったものに?印を付けて区別した。

(4)出現期と没姿期は,発生地によって相当のちがいがあるものと思われる。

(5)41クロスジギンヤンマ以下には,まれにしかとれないものがふくまれていて調査が十分でない。66オナガサナエは,1956年8月頃三好郡池田町佐馬地佐野小学校生徒が同地で数頭採り,筆者はその標本を検したが,月日が明らかでないので表中に記入出来なかった。

 

 徳島県からは,ここに掲げた66種のほかに,不正確ではあるが,なお,数種の採集記録がある。また,今後の調査により,この上に20種内外が追加されるものと思う。既知の66種については,一覧表で見て頂くこととし,その中興味ある若干種につき述べてみよう。

 

1 成虫で越冬するトンボ

 成虫で越冬するトンボには,ホソミイトトンボ・ホソミオツネントンボの2種があり,ほとんど一年中を通じて普通に見られる。日本には,このほかにオツネントンボがいて,合せて3種が知られている。

 このオツネントンボは,松山市や愛媛県下で採集された確かな記録もあり,不確実ではあるが,徳島県下で採集された記録もあるので,本県から採集される可能性はある。

 

2 春早く見られるトンボ

 越冬した前記の種はもちろんであるが,春新しく羽化して出るトンボで,

(1)平地でも見られるものは,

 シオヤトンボ(4月上旬〜6月下旬)である。これは,シオカラトンボ(4月下旬〜10月下旬)に似ているが,春早く出現し体も小さいのですぐわかる。

 4月下旬〜6月下旬には,この両種が混棲している。

 1952年6月15日徳島市飯谷町日浦川(溪流)のほとりへ採集に行った時,この両種が混棲せずに,すみわけをしているらしいので意外に感じた。

 数メートル上の路上には,シオカラトンボばかりいるのに対し,下の溪流には,シオヤトンボの数が圧倒的に多かった。

 この現象は,たぶん,溪流が気象的に冷涼なため,シオヤトンボが,そこに集まって棲息しているのであろうと解釈した。

(2)溪流で見られるものは,

 カワトンボ(4月上旬〜8月上旬)である。ミヤマカワトンボ(5月上旬〜9月上旬)は体も大きく,色彩・斑紋等もちがうのですぐ区別できる。

 5月上旬から,この両種が混棲している。

(3)4月上旬に見られるものは,この表によれば7種であるが,4月中旬ともなれば15種となり,次第に増加する。

 

3 生ける化石ムカシトンボ

 溪流では,シオヤトンボ・カワトンボとほとんど同じころ,同じところで,ムカシトンボが出始める。

 筆者が見た最も早い日(初出)は,

  シオヤトンボ 1954年4月5日勝浦郡勝浦町生比奈

  カワトンボ  1956年4月6日徳島市中津峰山

  ムカシトンボ 1959年3月27日徳島市中津峰山

である。

 1956年筆者による中津峰山の調べでは,ムカシトンボ・シオヤトンボ・カワトンボの順に出現した。

 このムカシトンボは,日本の特産種といってもよく,ヒマラヤムカシトンボ(ヒマラヤ産のやご一頭)と共に生ける化石として世界に有名である。

 徳島県の既知の産地は,美馬郡東祖谷山村深渕・海部郡日和佐町西河内・阿南市加茂谷・徳島市中津峰山・名西郡神山町雨乞の滝の5ケ所であるが,3月下旬〜6月中旬,特に4〜5月ごろ農薬により汚染されない溪流を探せば広く全県的に棲息しているものと思う。

 中津峰山では、3月下旬〜5月下旬に見られる。

 

4 タイリクアカネ

 朝比奈正二郎博士によれば,「タイリクアカネの分布は,国外では,東シベリア・華北・南満州・朝鮮。国内では,北海道東半および千島国後島・瀬戸内海をかこむ各地で,その間(北海道の西半部から近畿地方にかけて中間部)には全く見つかっていない。すなわち,アジア大陸産のものが日本海をめぐって,北方と西方から分布してきているような形となっている。」と。

 本県では,中条博士が発表された撫養(鳴門市)と,筆者が1956年5月20日1♀を採集した中津峰山が産地として記録されている。

 中条博士は,夏季平地から冷涼な山地へ,秋季また平地へと避暑移動する種として,オオアオイトトンボ・アキアカネと共に報告されている。

 

5 剣山山頂のトンボ

 剣山山頂には,毎夏無数の赤トンボが群飛している。筆者が検した限りでは,すべてアキアカネである。一度,オニヤンマらしい巨大なものを目撃したことがあるが,確認できなかった。また,二・三度,ウスバキトンボと疑問を持つものを目撃したが,これも確認できなかった。

 まず,アキアカネ1種だけといって間違いない。

 ただ,少し下った見越で,珍しくウスバキトンボ1頭を採ったことがある。

 

6 ウスバキトンボ

 このトンボは地球を一周して,世界の熱帯・亜熱帯・温帯の各地に広く分布し,夏季南風の吹く極東では,北満州・千島・カムチャッカ・樺太(いずれも定着不可能)にまで及んでいる。九州では4〜5月の採集例があり,北海道や千島に及ぶのは8月末・9月であるという。

 徳島県で多数見られ,また羽化したものと思われるのは,7月以降であるが,6月にも時々見られる。

 筆者は,小松島市で,1958年5月17日と5月25日の両日に各1頭が飛翔しているのを目撃することができた。この2頭が,当地で羽化したものか,または遠く南方から移動して来たものかは不明である。

 

7 ハネビロトンボ

 前種同様,南方の定着地から毎年北方へ拡がることを繰返しているようである。極めてまれではあるが東京でもとれ,三重県や愛知県に定着したらしい。

 本県では,中条博士により,1950年9月中旬,板野群住吉村で分布が確認されたのがはじめてで,近年,県南の日和佐町付近に定着したらしい。一覧表のハネビロトンボも日和佐町山王の浜田一彦君の調査により記入した。

 

8 秋おそくまで生き残るトンボ

 11月ともなれば,見なれたシオカラトンボやギンヤンマの姿が見られなくなり,トンボ類も急激に減少する。

 ヤンマ類で最後に残るものは,カトリヤンマである。筆者は,1956年12月2日飛翔している1頭を目撃したことがある。

 12月の晴天の日,中津峰山をおとずれると,コノシメトンボ・マユタテアカネ・ナツアカネ・アキアカネなどの赤トンボ類がまだかなり活動している。

 おもしろく感じるのは,コノシメトンボが追われても,また路面へ帰って来て静止することである。中津峰山では,9〜12月に多い。

 それにもまして,おもしろいと思うのは,夏のころは,木や草などにとまって静止するマユタテアカネが,コノシメトンボ同様,路面に静止することである。

 曇天の寒い時には赤トンボ類は姿をあらわさないが,日光が当たり出すと路上へ出て来て盛んに活動する。路面へ静止しないアキアカネ・ナツアカネも付近の木の枝にとまる。

 思うに,太陽熱が路面をあたため,暖をとろうとしてマユタテアカネがコノシメトンボ同様,路面へ静止するのであろうか。

 マユタテアカネが路面へ静止するようになる時期や気温等について十分研究はしていないが,寒くなれば毎年路面へ出て静止するのは確かである。

 12月も終りに近づけば,トンボ類の姿は見られなくなる。越冬する二種のトンボは間違いなく生きているのであるが………。

 これ等の具体的資料は,徳島県博物同好会機関誌阿波の自然,その姉妹誌徳島むしの会機関誌阿波の虫に毎号掲載しているので,その方をご覧頂きたい。

徳島県立図書館