阿波学会研究紀要

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郷土研究発表会6・7・8合併号  
徳島県における淡水産魚類の被嚢幼虫について 徳島生物学会 豊岡磊造
徳島県における淡水産魚類の被嚢幼虫について

徳島生物学会 豊岡磊造(徳島県城南高)

(一)はしがき

 淡水産魚類の被嚢幼虫については,古くは長谷川恒治氏(1934)により,岡山地方のモツゴより,肝臓ジストマ,横川吸虫,その他全部で15種の被嚢幼虫が記載されている。また泉松之助氏(1935)は阪神間における21ケ所の池,沼,河川に棲息せる淡水産魚類13種より,やはり15種の被嚢幼虫を得ている。筆者は徳島県における淡水産魚類の被嚢幼虫の研究を志し,現在までに長谷川氏,泉氏と同様に15種の被嚢幼虫を得ることができた。またその中には感染実験を試み,成虫を得たものもある。然し筆者の得た15種は長谷川氏,泉氏の記載したものと同一ではない。したがって調査を進めるならば,徳島県にはこれ以上の種類が見られることが予想できるが,一応これまで調査し得たところを述べることにする。

 この調査をなすにあたり,沢山の文献を御貸与戴いた徳島大学医学部長,高島律三教授,及びこの中の若干種の研究に御指導を戴いた徳島大学学芸学部,岡田克弘教授に深甚なる謝意を表したい。

(二)材料と方法

 材料は徳島市南二軒屋町,八万町,庄町,鳴門市大津町及び吉野川下流より得たハヤ(ハイまたはオイカワとも言う)Zacco platypus,モツゴ(イシモロコ Pseudorasbora parva,タモロコ Gnathopogon elongatus elongatus,フナ Carassius carassius,ドジヨウ Misgurnus anguillicandatans,メダカ Oryzias latipes の6種の淡水魚である。魚類の筋肉或は他の部分より被嚢を取り出すには,次の処方の人工胃液を用いて38度の定温器中に1時間置いた。

  稀塩酸 3.0グラム

  ペプシン 0.3グラム

  蒸溜水 100cc

 被嚢より幼虫を取り出すには,次の処方の人工腸液を用いて前記の定温器中に3時間置いた。

  重曹 0.4グラム

  トリプシン 1.5グラム

  生理的食塩水 100cc

 観察は主として幼虫をタイロード氏液中に入れて,なまのまゝで行ったが,一部は永久プレパラートにして行った。その場合,固定液は無水アルコール,ブアン氏液を用い,染色はデラフィールド氏ヘマトキシリン,エールリツヒ氏ヘマトキシリン,ボラツクス・カーミンを用いた。

 感染実験の宿主となる動物としては,コマネズミと鳩を用いた。

(三)被嚢幼虫と宿主である魚類との関係

 筆者の観察し得た被嚢幼虫と,その宿主である魚類との関係を表示すれば,次の通りである。

(第一表)

(四)各種被嚢幼虫について

 (1)大卵型横川吸虫(図1 , , 

  モツゴ,フナ,ドジヨウの鱗片,ひれに見られる。

 この被嚢幼虫は最初横川定氏(1911)がアユより発見したものであり,氏はこれを犬に試食せしめて,その腸管から成虫を得た。次で武藤昌知氏(1917)の研究により,その第一中間宿主がカワニナ Semisulcospira libertina であることが確証された。後に高橋昌造氏(1922)はセルカリアについて詳しく研究を行い,主にアユに寄生しているものが横川吸虫 Metagonimus yokogawai となるのであって,好んでフナ,金魚に寄生しているものはこれと異り,体も卵も稍大きく,恐らく別種であらうといい大卵横川吸虫 Metagonimus yokogawai var. ovatus と名付けたが,後に鈴木氏によって Metagonimus takahashii なる学名が与えられたものである。

 図1はフナの鱗片中の被嚢であり,大きさは直径約0.15ミリメートルである。幼虫は体を2つに折って被嚢中に存在する。図2は脱被幼虫であり,大きさは体の伸縮の状態により異るが,縦経0.29ミリメートル,横経0.12ミリメートル位である。図3はこの被嚢幼虫をコマネズミに与えて得た発育途上のものであり,睾丸,卵巣が相当よく発達している。人体寄生虫である。徳島市南二軒屋町附近の体長25〜50ミリメートルのフナ6匹を選び,この被嚢幼虫を検したところ,次表の様であった。

(第二表)

 この表よりして,僅か体長5センチメートル以下のフナ6匹に205匹の被嚢幼虫が寄生していることになる。

 (2)桂田氏メタゴニムスの被嚢幼虫(図4

  ハヤ,モツゴの鱗片,尾びれに見られる。

 この被嚢幼虫は泉松之助氏(1935)がヤリタナゴ,モツゴ,ハヤより発見し,哺乳類に試食せしめ成虫を得て,Metagonimus katsuradai と名付けたものである。その後黒川帝文氏(1939)により,第1中間宿主がカワニナなることが確かめられた。人体寄生虫である。

 図4はモツゴの鱗片中のものであり,大きさは直径0.18ミリメートル位である。大卵型横川吸虫に類似しているが,排泄嚢が小型で不正Y字型であるので,容易に区別することができる。徳島市八万町の園瀬川より得たハヤには特に沢山寄生している。

 (3)Centrocestus armatus の被嚢幼虫(図5

  ハヤ,モツゴに寄生し,肝臓に多いが内臓壁や筋肉,鰓葉にも見られる。

 この被嚢幼虫は田部浩氏(1922)がハヤ,カワムツなどから発見し,これを犬,ネコに与えて成虫とし,名付けたものである。氏はまた魚類を好んで生食するゴイサギ,アオサギ及びネコに於て自然寄生を認めている。更に氏は実験的に自らこの被嚢幼虫を試食し,人体にも感染可能であることを立証した。

 図5はハヤの肝臓中のものであり,大きさは長径0.17〜0.19ミリメートル,短径0.11ミリメートルであり被嚢の両端は肥厚している。嚢内の幼虫は被嚢の長軸と一致して体を動かす。排泄嚢は×字型或はエ字型を呈し,中に暗黒色の顆粒体を入れている。

 (4)Centrocestus formosanus の被嚢幼虫(図6,,,,10

  ハヤ,モツゴ,タモロコ,ドジヨウの鰓葉基部,軟骨組織間の間隙に見られる。

 この被嚢幼虫は錦織正雄氏(1923)が台湾において発見したもので,氏はその発育史についても研究し,第1中間宿主はカワニナであり,第2中間宿主はコイ科,ドジヨウ科,ナマズ科等13種の淡水産魚類であるという。本虫の終宿主については,氏は実験的には犬,ネコ,ウサギ,シロネズミ等殆んどすべての実験動物に感染可能なりという。又氏自身の実験により人体寄生可能なることを確証した。更に氏はゴイサギに本虫の自然寄生を認めている。

 図10はモツゴの鰓葉中に寄生せる被嚢幼虫であり,図6は鰓葉から取出したものである。大きさは長径0.24ミリメートル,短径0.16ミリメートルあり,被嚢の両端は肥厚していない。図8は脱被幼虫である。筆者はこの被嚢幼虫を鳩に試食せしめて,図10の如き成虫を得ることができた。

 Centrocestus 属吸虫の今日までに発表されたものは4種であるが,これと筆者の得た成虫を比較すれば次表の通りである。

(第三表)

 この表及び黒川氏,泉氏の記戴よりして,黒川氏は氏が変種として認めた重要な特徴として,頭棘数を挙げているし,泉氏も頭棘数と宿主の相異を挙げて別種としている。この頭棘(図10)は2列に竝び非常に数え難く,筆者の数えた場合32本数えられたり,42本数えられたりした。泉氏も38本として発表したり(東医新誌第2949号),42本として発表したり(東医新誌第2948号)している。恐らく42本というのが本当であろう。終宿主の点においては,本来この Centrocestus 属吸虫はサギの如く魚食をする鳥類の寄生虫であるので,(上記より明らかであるが,更に山口左仲氏は1939年にチユウサギ,ヘラサギから Centrocestus formosanus を,カワウから C. armatus を得ている。)サギを実験動物として選べば感染実験も容易であり,泉氏の C. nycticoracis も実験の方法によっては犬,ネコ等にも感染可能の様に思われる。更に綿織氏のアヒルにおける感染実験が陰性であるのも,実験方法の為としか考えられない。筆者は鳩に魚類のみを与えて実験に成功したが,魚類の外に植物性食物を多量に与えた場合は成功しなかった。筆者が今まで行って来た感染実験からして,吸虫類の被嚢幼虫の感染と食物とは大いに関係があると確信している。尚黒川氏(1939)は兵庫県下のカワニナより得たセルカリアの1種が C. nycticoracis に発育することを証明しているが,筆者は以上の諸点からして,C. formosanus var. kurokawai 及び C. nycticoracis は C. formosanus を詳細に観察したものとして,Centrocestus 属吸虫は C. armatus と C. formosanus の2種しか存在しないとする次第である。

 (5)Echinochasmus perfoliatus の被嚢幼虫(図12

  ハヤの鰓葉基部の軟骨棘条間に見られる。

 この成虫は Rutz(1908)がハンガリーにおいて,犬,ネコの腸より発見したものであり,本邦において最初にこれを記載したのは田部浩氏(1915)であり,氏は淡水魚を犬,ネコ,人に試食せしめて感染することを証明した。第1中間宿主は武藤昌知氏(1917)により,マメタニシであることが確かめられた。

 図12はハヤの鰓葉基部の軟骨棘条間に見られるもので,大きさは長径0.097〜0.086ミリメートル,短径0.54〜0.5ミリメートルである。被嚢幼虫は体を屈曲して嚢中に存在する。排泄嚢は赤色の色素を含み,中に50個余りの球状体を含んでいる。

 (6)Echinochasmus japonicus の被嚢幼虫(図11

  ハヤの鰓葉に見られる。

 この被嚢幼虫は田部浩氏(1926)がタナゴ,ハヤ,ドンコ等19種の淡水産魚類より得たもので,ネコに感染させて成虫とした。氏は恐らく人体にも寄生可能ならんと述べている。長谷川恒治氏(1929)によると,「E.perfoliatus の卵は被嚢幼虫を感染せしめて第18日目に糞便中にあらわれるのに反して,E. japonicus の卵は第9日目にあらわれ,前記武藤氏のマメタニシのセルカリアをモツゴに感染させて得た被嚢幼虫を,犬,ネコに試食せしめると,第8日目に成虫が得られるので,武藤氏が E. perfoliatus のセルカリアとして発表されたものは,実は E. japonicus のものであろう。」という。この種が E. perfoliatus と同一種か或は別種かということについては,尚綿密に発育史を調べる必要があるようである。

 図11は E. japonicus の被嚢幼虫と思われるが,大きさは長径0.075〜0.078ミリメートル,短径0.046〜0.057ミリメートルあり,E. perfoliatus のものに比し長径にくらべて短径が長い。かつ被嚢幼虫は被嚢の長軸に体の長軸を一致させて存在する。また排泄嚢の球状体も20個あまりを有するに過ぎない。

 (7)Exorchis ovifomis の被嚢幼虫

 この成虫は小林晴次郎氏(1915)がナマズの膀胱中から得て記載している。被嚢幼虫は岡部浩洋氏(1936)が,ミズゴマツボ Sieuothyra japonica(HiraseM.S)Kuroda より得たセルカリアを,金魚に試食せしめて得ている。

 被嚢はだ円形を呈し,大きさは長径0.2ミリメートル,短径0.16ミリメートル位である。脱被幼虫はダルマ型を呈し体表は微棘で覆われている。口吸盤は先端近くに位置し,短い前咽頭に次で,だ円形の咽頭がある。食道は非常に短く直ちに腸管となり,腸管は体の後端附近で盲管に終っている。腹吸盤は小さく,体中央部より少し前端に位置する。咽頭の少し下方両側に眼点を有す。眼点は1側に1個,他の側に2個存在する。腹吸盤の少し下方で,腸脚の両側には大きな睾丸がある。腹吸盤に接して生殖系原基らしい細胞塊が見られるが,恐らく貯精嚢に発育するものであろう。咽頭と腹吸盤の間には小さな腺細胞が沢山存在する。排泄嚢は大きく,V字型又はY字型であり,その先端は咽頭附近にまで達する。中に黒色顆粒を入れている。

 (8)Pseudexorchis major の被嚢幼虫(図2122

 この被嚢幼虫は高橋昌造氏(1929)がカワニナに寄生するセルカリアを魚類に感染させて得たものである。山口左仲氏(1938)はモツゴに寄生する本種被嚢幼虫を,ナマズに試食せしめて,成虫を得ている。この成虫は長谷川恒治氏(1935)により Exorchis major と名付けられたものであるが,後に山口氏(1938)により Pseudexorchis major と属名が変えられた。被嚢幼虫はタモロコの外に,アユ,タビラ,ドジヨウ,シマドジヨウ,ドンコにも見られるという。

 図21はタモロコの尾びれ中に見られる本種被嚢幼虫であり,大きさは長径0.22ミリメートル,短径0.17ミリメートルある。図22は脱皮幼虫であり,大きさは縦径0.30ミリメートル,横径0.18ミリメートルあり嚢内においては普通体をこゝに折って存在する。体表は微棘で覆われ,口吸盤は大きく,縦径0.065〜0.069ミリメートル,横径0.078〜0.082ミリメートルあり,すぐ咽頭となる。咽頭は大きさ直径0.021ミリメートルある。咽頭に次で短い食道があり,腹吸盤の前方において左右の腸脚にわかれる。腸は睾丸にまで達する。腹吸盤は小さく,大きさ直径0.039ミリメートルである。睾丸は大きく,体後端部の両側に相対して,左右相称的に位置する。右睾丸の上部には卵巣原基がみられる。排泄嚢はY字型である。食道の両側には眼点がある。眼点から体後端附近にかけて,黄褐色の色素が散在している。

 (9)Asymphilodora macrostoma の被嚢幼虫(図1819

  タモロコの口腔内,鰓に見られる。

 この成虫は尾崎佳正氏(1925)が発見したもので,ドンコ,ハス,モツゴ,ニゴイ,ウグイ,アブラハヤに寄生する。山口左仲氏(1938)はこの被嚢幼虫をゴリ,モロコ,シマドジヨウの口腔,鰓より得ている。第一中間宿主は不明であるが,長野寛治氏(1930)はマメタニシにおいてこの属のセルカリアを認め,その体内に形成された被嚢をフナ,コイに試食せしめて Asymphilodora japonica(長野氏は A. tincae なりとして発表したが,後に山口氏により訂正された。)に発育させた所からすれば,恐らくマメタニシの類が本種吸虫の第一中間宿主となるのであろう。

 図19はその被嚢幼虫であるが,大きさは長径0.83ミリメートル,短径0.72ミリメートルあリ,普通集合して口腔内の結合組織中に存在する。図18は脱皮幼虫であり,大きさは縦径1.17ミリメートル,横径0.68ミリメートルある。口吸盤は先端近くに位置し,これに続いて短い前咽頭がある。食道は非常に短くすぐ左右の腸管となる。腸管は膨大して中に沢山の食物塊を入れている。腸管は体後端より体長の3分の1の所で盲管に終っている。腹吸盤は体中央附近にあり,口吸盤よりやゝ小さい。生殖系は比較的よく分化している。体後端附近には大きな睾丸が1個存在する。卵巣は睾丸のすぐ前方正中腺上に小さな塊として存在し,これから子宮が出ている。子宮は細い管として認められ,後体部をうねって腹吸盤の附近の陰茎嚢の所で外に開いている。排泄嚢は嚢状である。第一中間宿主は不明である。

 (10)Ornithodiplostomum podicipitis の被嚢幼虫(図2324

  メダカの肝臓,腎臓,生殖腺,腸間膜,心臓,胆嚢に見出される。

 この被嚢幼虫は筆者等(1953)が発見したものであり,徳島県の外に,広島県,愛媛県にも見られる。筆者等はこれを鳩に試食せしめて,Ornithodiplostomum podicipitis に発育させた。この成虫は山口左仲氏(1939)が京都産カイツブリより得ている。第一中間宿主は不明である。

 被嚢は透明で非常に薄く容易に脱被する。被嚢の大きさは長径0.54〜0.99ミリメートル,短径0.27〜0.68ミリメートルである。脱被幼虫(図23)は微細な鱗片で覆われ,大ききは縦径0.63〜0.81ミリメートル,横径0.25〜0.37ミリメートルあり,前体部と後体部に分れている。前体部には口吸盤,腹吸盤,咽頭,吸着器,腺細胞があり,後体部には睾丸,卵巣,交接嚢等の生殖器を入れている。排泄器は図の如く特異な形態をしている。図24はこれを鳩に与えて小腸より得た成虫である。

 (11)Diplostomum 科の一種の幼虫(図28,29

  メダカの腹腔中に見出される。

 この幼虫は筆者等(1953)が発見したものであり,吉野川下流のメダカには特に多く寄生している。被嚢を有しない。筆者等はこれを鳩に与えて Diplostomum 科の一種に発育さすことができた。前種によく似ているが,卵子の色,卵黄腺の分布,生殖円錐体(Genital cone)をもたないことその他よりして Ornithodiplostomum 属よりはむしろ Neodiplostomum 属に属すると思われるが,まだ種名を断定するに至っていない。第一中間宿主は不明である。

 図28は幼虫であるが前種よりは少し大型で繊細である。大きさは縦径0.81〜0.12ミリメートル,横径0.22〜0.38ミリメートルあり前体部と後体部にわかれている。全体としては前種に類似するが,後体部が短いこと,腺細胞の分布,生殖円錐体をもたないこと,その他よりして明らかに異っている。図29はこの幼虫を鳩に与えて得た成虫である。

 (12)Tetracotyleの一種(図1314151617

  メダカの腹腔中に見出される。

 Tetracotyleなる名前はStrigea科吸虫の被嚢幼虫に名付けられたものであるが,筆者(1957)はこれに属する1種を吉野川下流,徳島市南二軒屋町のメダカより得ることが出来た。

 図13はその被嚢幼虫であり,淡褐色を呈し,大きさは長径0.95〜1.13ミリメートル,短径0.74〜0.9ミリメートルある。被嚢の外側は宿主から由来したと考えられる透明なうすい膜でつゝまれている。被嚢とこの膜の間は淡褐色の厚い顆粒の層からなっている。人工胃液を用いてこの層を除くと,図14のような被嚢幼虫が得られる。更に之を人工腸液中に入れて置くと,図16の脱被幼虫が得られる。図15は固定,染色をほどこしたものである。脱被幼虫は2体部に分かれ,前体部は心臓型を呈し,縱径0.66〜0.70ミリメートル,横径0.59〜0.54ミリメートルであり,後体部は前体部の後方腹側より伸び,切株状を呈し,縱径0.087〜0.095ミリメートル,横径0.087〜0.091ミリメートルである。口吸盤は先端に位置し,直径0.078ミリメートルである。これに続く咽頭は筋肉があまり発達していないので,認めることがやゝ困難であるが,縱径0.026ミリメートル,横径0.03ミリメートルある。食道は短く0.087ミリメートルあり,間もなく分岐して前体部と後体部の境で盲管に終っている。腹吸盤は前体部の中央附近に位置し,直径0.1ミリメートルであるが時に横径が長くなり縱径0.095ミリメートル,横径0.12ミリメートル位のこともある。腹吸盤の後方に非常に大きな吸着器があり,その内葉は伸びると腹吸盤の上方にまで達する。この吸着器は長さ0.17ミリメートル,幅0.22ミリメートルあり,腺細胞に富んでいる。この吸着器の基部には吸着腺があり,大きさは縱径0.074〜0.108ミリメートル,横径0.104〜0.165ミリメートルである。この吸着腺は2種の腺細胞からなっているようである。口吸盤の後方両側には横径0.14ミリメートルの大きな体側吸着盤があり,その周囲には腺細胞が沢山存在する。腹吸盤と吸着器の境界線附近には横に大きな溝があり,吸着器はこの溝の中にたゝまれている。収縮した時には腹吸盤もこの溝の中には入ってしまう。生殖系原基は後体部の前方中央附近に0.061×0.026ミリメートルの小さな塊として存在する。排泄系はよく発達しており,前体部には非常に広い側管があり,之が口吸盤の背側において合一している。口吸盤の両側においてこの側管から1対の枝が腹側中央に向って出て居り,口吸盤のすぐ下方において,この枝が合一し,中央管を形成する。この中央管は腹吸盤の上方において二岐して,各枝は外方に進み側管にそゝいでいる。一方体側吸着盤のすぐ上方において,側管から細い枝を腹側中央に向って出し中央管にそゝいでいる。更に側管は吸着器から来た縱に走れる管を受けて,前体部の後端附近で左右が合一し体後端附近の背側において大きな排泄嚢となっている。この排泄嚢及び前体部の側管から1対の管が出て,後体部の末端附近の腹側において左右が合一し排泄孔を形成する。

 邦産の Tetracotyle の発育史については,山口左仲氏(1933)がナマズ及びギギに寄生する Tetracotyle をアヒルに試食せしめて,Apatemon fuligulae に発育せしめている。この成虫の自然宿主はキンクロハジロである。また氏はドンコに寄生するTetracotyleをアヒルに与え Apatemon pellucidus に発育せしめている。筆者の Tetracotyle も恐らく上記2種に類似のものに発育するものとの予想の下に,これを鳩に与えて10日後に剖見したところ,図17の如き虫体が得られた。後体部及び吸着腺がよく発達しているが,日数が足りなかった為か成虫を得ることが出来なかった。然し体制よりして Strigea 科吸虫に発育することは明らかである。第一中間宿主は不明である。

 (13)Cyathocotyle 科の一種の被嚢幼虫(図25

  フナの筋肉に見られる。

 図25はその被嚢幼虫である。被嚢は円型を呈し大きさは直径0.25ミリメートルである。被嚢の壁は2層からなり,外側の層は宿主から由来したと考えられる厚さ0.01ミリメートル位の結合組織から出来ており,内側の層は厚い透明なガラス様物質からなっている。虫体は被嚢内に充満して存在し,口吸盤,咽頭,吸着器が認められる。体の大部分は排泄系で占められている。そしてこの排泄系中には沢山の顆粒体を入れているので,全体が黒ずんで見える。

 長谷川恒治氏(1934)はモツゴより,A,B,Cの3種の Cyathocotyle 科の被嚢幼虫を発見し,泉松之助氏(1935)もモツゴ,モロコ,ムツ,ドジヨウからA,B,Cの3種を記載している。山口左仲氏(1939,1940)は長谷川氏のA,B,Cの型に属する Cyathocotyle 科の被嚢幼虫の発育史をそれぞれ追求し,A種は Holostephanus metorchis,B種は Cyathocotyle orientolis,C種は Holostephanus nipponicus,に発育せしめている。筆者の得た種類は長谷川氏のA種に類似するので H. metorchis に発育することが想像されるが,多少異った点も見られるので,何れ機をみて感染実験をやってみたいと思っている。尚 C. orientalis の第一中間宿主は,Taust(1921)によるとタニシの類 Vivipara lapilliorum であり,山口氏(1940)によるとマメタニシ Bulinus striatus japonicus であるという。

 (14)A被嚢幼虫

  フナの筋肉に見られる。(図2627

 図26はその被嚢幼虫であるが,大型の種類に属し卵円型を呈する。大きさは長径0.43ミリメートル,短径0.38ミリメートルあり,被嚢壁は厚く,一様の物質からなっている。脱被幼虫(図27)は縱径0.57ミリメートル,横径0.23ミリメートルあり,体表には微細な皮棘をもっている。口吸盤は大きく縱径0.13ミリメートル,横径0.11ミリメートルあり,これに続いて短い前咽頭がある。咽頭は縦径0.043ミリメートル,横径0.0478ミリメートルであり,食道は腹吸盤の前端で左右の両腸脚に分かれている。腹吸盤は体の中央附近に位置し,大きさは直径0.094ミリメートルである。排泄嚢は非常に大きく,体の大部分を占め,中に黒色顆粒を含んでいるので虫体は全体として黒ずんだ色を呈する。この顆粒を除くと,体は僅かに淡褐色を帯びている。

 この被嚢幼虫は泉松之助氏(1935)のA被嚢幼虫に似ているが,被嚢幼虫の大きさ,排泄嚢その他の点において明らかに異っている。

 (15)B被嚢幼虫(図20

  ハヤの肝臓及び腎臓に寄生する。

 図20で見られる如く球形を呈した大きな被嚢幼虫であり,大きさは直径0.52ミリメートルあり,被嚢の壁は比較的うすく幅約0.013ミリメートルである。被嚢は2層からなっており,内層はうすくガラス様であり,外層は厚く繊維様である。この被嚢は宿主から由来したと考えられる結合組織に包まれている。嚢内における幼虫は弓状に体をまげて存在し,時々僅かに運動をする。スライドとカバーの間で微圧をかければ,幼虫は容易に脱被する。脱被幼虫は体に微棘を有する。口吸盤は球形で直径0.091ミリメートルあり,比較的短い前咽頭に続いて小さな咽頭がある。腸管は体の後端附近で盲管に終っている。腹吸盤は体中央よりも少しく後端に位置し,口吸盤よりも大きく直径0.126ミリメートルある。口吸盤の後方両側には数個の腺細胞があり,口吸盤の先端附近で外に開口している。排泄嚢はI字型で腹吸盤の後端附近に達し,中に小さな多くの顆粒体を入れている。体後端から腹吸盤の附近にかけて生殖細胞の原基がみられる。

 泉松之助氏(1935)はこの種に似た被嚢幼虫をモツゴ,モロコ,フナ,ヤリタナゴから得ている。但し氏の記載が簡単であるために比較することが出来なかった。

 

(五)むすび

 筆者は徳島県における淡水産魚類6種の被嚢幼虫を検して,次のことを確かめることができた。

1,徳島市周辺及び鳴門市大津町より得た6種の魚類には,15種の被嚢幼虫が見られ、この中の5種は人体寄生虫の被嚢幼虫であり,1種は人体に寄生可能と思われるものである。

2,メダカの被嚢幼虫はまだ記載されていなかったが,筆者等はさきに2種の被嚢幼虫を得て,感染実験を行い,Diplostomum 科吸虫に発育することを証明した。又別に他の1種を見出し,感染実験の結果 Strigea 科吸虫に発育する事を明らかにした。

3,肝臓ジストマの被嚢幼虫は,筆者の調べた範囲では見られなかった。

4,大卵型横川吸虫は,徳島市周辺部の溝に棲息するフナに多く,桂田氏メタゴニムスは八万町を流れる園瀬川のハヤに多い。

5,Centrocestus formosanus の被嚢幼虫の感染実験に,鳩を宿主として選び,実験の結果ハトにも感染可能なることを示した。

6,Asymphilodora macrostoma の被嚢幼虫の自然宿主としてタモロコを加えた。

 

主要文献

 錦織 正雄(1924),スタムノゾーマ属の一新種並に其発育史について,理学病誌14:526〜531.

 田辺  浩(1926),淡水産魚類を中間宿主とする吸虫類の研究,第3,エキノカスムス属の一新種 Echinochasmus japonicus n.sp 日本医学会誌第16年:295〜299

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図版説明

第1図……フナの鱗にみられる大卵型横川吸虫の被嚢幼虫

第2図……大卵型横川吸虫の脱被幼虫

第3図……大卵型横川吸虫の被嚢幼虫をコマネズミに試食せしめて得た発育途上の幼虫

第4図……桂田氏メタゴニムスの被嚢幼虫

第5図……Centrocestus armatus の被嚢幼虫

第6図……Centrocestus formosanus の被嚢幼虫

第7図……Centrocestus formosanus の頭棘

第8図……Centrocestus formosanus の脱被幼虫

第9図……C.formosanusの被嚢幼虫を鳩に与えて得た成虫

第10図……モツゴの鰓葉中に見られる C. formosanus の被嚢幼虫

第11図……Echinochasmus japonicus の被嚢幼虫

第12図……Echinochasmus perfloliatus の被嚢幼虫

第13図……メダカよリ取出したTetracotyle の被嚢幼虫

第14図……人工胃液を用いて外側の被膜を除いた Tetracotyle の被嚢幼虫

第15図……固定染色をほどこした Tetracotyle の脱皮幼虫

第16図……人工腸液を用いて取り出した Tetracotyle の脱皮幼虫

第17図……Tetracotyle を鳩に与えて得た発育途上の幼虫

第18図……Asymphilodora macrostoma の脱被幼虫

第19図……Asymphilodora macrostoma の被嚢幼虫

第20図……B被嚢幼虫

第21図……タモロコのひれに見られる Pseudexorchis major の被嚢幼虫

第22図……Pseudexorchis major の脱被幼虫

第23図……Ornthodiplostomum podicipitis の脱被幼虫

第24図……O. podicipitis の被嚢幼虫を鳩に与えて得た成虫

第25図……Cyathocotyle 科の1種の被嚢幼虫

第26図……A被嚢幼虫

第27図……仝上の脱被幼虫

第28図……Diplostomum 科の1種の幼虫

第29図……仝上の幼虫を鳩に与えて得た成虫

 

略字解

Acet 腹吸盤(Acetabulum)

Adh. gl. 吸着腺(Adhesive gland)

B.C. 交接嚢(Bursa copulatrix)

Eg. 卵(Egg)

Es. 食道(Esophagus)

Inn. L. 吸着器の内葉(Inner lobe of holdfast organ)

Int. 腸(Intestine)

Ho. 吸着器(Holdfast organ)

L.s.p. 体側吸着盤(Lateral sucking pockes)

 

Oe. 眼点(Eye spot)

O.s. 口吸盤(Oral sucker)

Out. l. 吸着器の外葉(Outer lobe of holdfast organ)

Ov. 卵巣(Ovary)

Ph. 咽頭(Pharynx)

P. ph. 前咽頭(Prepharynx)

Test. 睾丸(Testis)

Ut. 子宮(Uterus)

Ves. 排泄嚢(Excretory vesicle)



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