阿波学会研究紀要

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第五回郷土研究発表会  
新田に発生する青立について 徳島生物学会 野瀬久義
新田に発生する青立について
徳島生物学会 野瀬久義(徳大学芸学部)
 

 徳島県では特に最近揚水施設の充実や井水灌漑設備の普及によって畑地に新しく水田につくりかえているが、これ等の新田には各所に不稔稲が発生して、その被害は昭和32年は30年・31年にくらべて特に多かった。新田の不稔は既に古くから新田青立病として知られていて、その成因は、新田は水持ちが悪いので苗の活着が遅れ、初期の生育が不良であるが出穂期近くになると土壤の状態が安定して俄に肥効を現わし、生殖生長期に入っても、猶、栄養生長が盛んなために不稔を生ずるものとせられている。然るに筆者の観察している新田不稔の発生環境は、これとは異なり、その病因を異にすることを知ったので、こゝにその試験・調査の結果の大要を述べる。
 

1.新田青立の発生環境
 板野郡・阿波郡及び麻植郡などの各地に、主として青立の少なかった昭和30年・31年と発生の多かった32年に実地調査を行った。それによると青立発生新田についての観察結果は大要次のようである。
(1)栽培年次との関係 改田当年田に多く、2〜3年田にも発生する。また、2〜3年田に初めて発生を見る場合も多い。これは水持ちがよくなった場合によく見られる。その後、年を重ねると殆んど発生しなくなる。
(2)気候との関係 夏季に晴天・高温の年には発生が少く、曇・雨天が続き、気温低き年には多い。然し井戸から直接灌漑する程度の冷水との関係は認められない。
(3)稲品種との関係 徳島県平地帯で早生・晩生稲に比して中生、中でもあけぼの・みおにしき・祝糯などに多く見受けられた。
(4)土壤・湛水との関係 桑園跡・麦跡・馬鈴薯跡など何れの新田にも発生するが、重粘土には症状の著しいものがある。漏水が多い所は常に灌水しても発生なく、水持ちがよくて、或は一筆中でも地面低く常に湛水する部分に発生する。顕著な症状を呈した発生田でも周辺部の道路に接した一植条には殆んど発生を見ないことが多い。
(5)肥料との関係 多量の生草・タバコのかき芽をすき込んで発生を見た例が多い。又未熟厩肥を多施したものに発生したものがある。
 

2.新田土壤の特徴
 熟田土壤中では硫酸還元菌の作用により硫酸が還元せられて硫化水素になり、かくして出来た硫化水素は水に溶けて硫化水素水を作り、又鉄と結合して黒色の硫化鉄に変じ、或は一部は瓦斯体として発散するが土中に滞留せる硫化水素や硫化鉄は硫黄細菌の作用によって再び硫酸に変り、同時に土中の硝酸が還元せられて窒素瓦斯になって発散する。
 観察・実験の結果によれば改田予定畑・改田一年田の新田土壤には、このような熟田に見られるような作用を欠き、栽培年次を重ねて2〜3年田には稍々熟田に近い程度にこれらの作用が行われているものがある。このように新田土壤は熟田土壤にくらべて相違があり、これらの相違点を挙げると次の如くである。
(1)畑地時代に永年にわたって硫安などの硫酸性肥料を施しているので硫酸根が滞留しているにもかかわらず新田では硫酸還元菌の分布がないので硫酸根が破壞されず残っている。
(2)新田では硫化水素が生成されないので、これによる秋落がない。又一面に於ては土壤微生物も害されない。そこで水持ちの悪い新田では恰も畑地のように或る程度空気の流通があるが、水持がよくて常に湛水する新田では土壤中の細菌類は硫酸還元菌の分布する熟田とは違った繁殖振りをして、未熟の有機物があると酸化発酵作用が盛んで醋酸や乳酸などの有機酸の生成が著しい。
(3)新田では硝酸還元性硫黄細菌の分布を欠ぐので、土中に出来た硝酸は、亜硝酸に変るが、窒素瓦斯として脱窒することがない。
 

3.新田青立の原因
 熟田土壤は永年に亘って水田にしている間に土中の微生物の種類、特に微生物間の相互作用が安定を保ち、稲の生育を有利に導いているように見えるが、新田では水持ちの悪い所は恰も畑地の如くであるが、水が常に滞留する水持ちのよい土壤では、湛水下の土壤は空気の流通が悪く殆んど嫌気状態になっているのであるが、このような新田は未だ水田としての微生物活動の釣合いがとれないで、未熟有機物の発酵作用が異常に行われる。室内実験の結果より推論すればかくして出来た有機酸により稲の葉が黄変したり、幼穂形成期以後にあっては青立ち発生の原因になるように考えられる。
 

4.青立予防についての注意点
 以上述べた所より観て新田稲作に於て青立の予防について注意すべき事項は凡そ次の如くである。
(1)水持ちの悪い新田は、肥料の種類・量・灌水など一般的のことを注意すれば安定した作柄が得られる。
(2)水持ちのよすぎる新田では土の状態が熟田に近付くまでの間、改田後3〜4年は、時々3日に1度位落水して土中に空気を流通せしめる。特に幼穂形成期以後は注意して土中に通気を計る。又青草や未熟有機物を入れた時には石灰を加へて酸の中和を計ることが大切である。



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