阿波学会研究紀要

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徳島県郷土研究論文集第二集  
鷲敷町民家調査の一断面 郷土建築研究会員 藤目正雄

鷲敷町民家調査の一断面

郷土建築研究会員 藤目正雄



 去年(昭和28年)鷲敷町(那賀郡)の鷲敷中学校では夏休みの宿題として、小原享先生の指導で三年の男女生徒が住宅の調査を行つた。その調査書が私に届けられた。調査書を整理統計して鷲敷町の住宅をながめてみた。しかし鷲敷町の全戸数990余よりみれば僅の部分である。(1割に充たない)これで鷲敷町の住宅状態を論ずることは出来ない。しかし片鱗をうかゞい知ることはできると信ずる。そして他の町村にもあてはまるように思われる。

 住宅調査の目的は住宅の実態を調査し、それによつて得たる結果をもつて、よりよき住宅政策を樹立し、これを実施することにある。しかし、それは全部ではない。生活改善の資料、住宅研究の資料等になる。いずれにせよ不偏の学理を基礎として「正しい明るい住みよい生活環境を生み出すにある。」鷲敷町では町史編纂の資料を得る一方法として住宅調査を行つた。したがつて研究結果を住宅政策に用いるのではない。又これによつて住宅改善運動を起すという計画もない。近時目ざましい生活改善運動を行つている婦人会の人達が生活改善の手ほどきに用いて下されば何よりの幸である。

 生徒の行つた調査書は全部で143枚、即ち143戸で平面図をつけて私の手元えとゞけられた。それを整理統計してみた。先ず調査したる143戸の家屋所在を掲げる。 第一表(01minka_tab01)

 僅か95戸の住宅調査の結論で鷲敷町全般の住生活を云々するのは余りにも無法である。しかし一断面を見て何かの参考になれば調査を行つた生徒諸君の労を多とし謝意を表せねばならぬ。

 

(一)

 調査事項として家族数、職業、二階建と一階建の別、屋根ふき材料の種別、納屋、便所、釜屋、湯殿、その他の建物の坪数、居間及び畳数(一居間に何帖敷いているか)居間の呼称、飲用水等であつた。その統計表全部を掲げることは紙面の都合でゝきない。が一例として和食の一部を表掲する。

 家屋番号とは、被調査者氏名を匿して調査表の番数を用いたものである。

 職業欄の無=無職、林=林業、農=農業、労=労働者、×=記入洩れ、又下欄の数字、書入れ無く――は不採用のものである。第二表(01minka_tab02)

 

 この「表」の説明は各項目にわたり(後記参照)であり、

 調査統計の便宜上、「密集地域」と「非密集地域」の二区分した。家屋が建並ぶ和食、仁宇を密集地域とし、分散して建てゝいる中山、小仁宇、百合、百合谷、阿井、田野を非密集地域とした。

 先ず調査家屋の全部について「二階建か一階建か」又その屋根葺材料は何であるか、と調べたる結果は次表の如くである。第三表(01minka_tab03)

 

 即ち前掲2表の二階建、一階建の欄に坪数が記入されず、又○印(階層建種別を認めたる印)もなきために不明とした。例 一階建欄に○のある場合、一階建とみとめた。次に屋根葺材料の種類によつて区別したものを掲げる。第四表(01minka_tab04)

 

 第3、4の両表を比較する時、密集、非密集両地域の二階建は63戸である。瓦葺屋根はこの63戸と他の平屋建に用いられている。密集地域には二階建も瓦葺屋根も非密集地域の2倍以上である。この理由は経済的理由というよりも文化的理由である点を見逃してはならぬ。鷲敷町の心臓部的役割を果している地がどこであるかわこの表によりて密集地域の和食であり、仁宇であることが知れる。文化都市ほど密集地域であり、過密住居の多い地である。という定説はこゝに於いても肯定ができる。この事実は他の町村にもあてはまることである。と信ずる。

 居間数を調べてみた。小さい2帖の間より広い16帖の間まで数えれば全計574である。一番多いのは「六帖の間」183と、「八帖の間」123である。この二つの居間数は全計574の半数以上である。「六帖の間」や「八帖の間」がいかに便利であるかを物語つている。

 農村には古い形式を有する家が残つている関係から間取りも古いとりかたをしている箇所が見られる。「タテ4帖」とか「タテ5帖」の居間がある。(タテ5帖とは巾1間に長さ2間半の居間に畳を敷いたもの、板張でもよい。)特に使い便利の悪い「タテ7帖の間」の間があつた。(後掲平面図 百合の農家参照、さしかけの六帖あり。)(01minka_fig01)こういう居間はあらためたいものである。

 調査戸数143戸の居住人員(家族数のこと)は934人である。平均すると1戸に6.5の住居人員率となる。この6.5の人員率の数字は幼児を1人率と認めたるものであるから正しい率とはいえない。(この点「成人率」のことについては後記する。)図(01minka_fig00)

 

(二)

 次に採用したる戸数について合計したる数字を掲げると、次表の通りである。第五表(01minka_tab05)

 

 上掲の如く調査したる住宅95戸の居住人員は649人で、平均すると1戸6.83人という数字になつて表れている。建坪数は3,072坪であるから1戸平均32.55坪となる。それを1人平均占有坪数を出せば4.76坪となる。又居間数をみると428であるから1戸平均は4.5となり、その居間に1.5人のヒトが居住していることになつている。畳帖数では2451.5帖である。1戸に26.7の畳を敷き、1人が3.78帖を占有している。

 前項で調査戸数143戸 居住人員934人で1戸平均居住率6.5人となつているが、これは正しい数字ではないと指摘しておいた。それは調査書に表われている「人」の数字であつて、年令という点を考慮していない。私の不注意で調査書には成年と少年との区別はしたが、年令で区別せなかつた。そのため先方で20才以上を成年とし未満を少年として区分した。これは社会では正しい区分の方法である。が建築の住居学では妥当とみとめない方法である。建築居住の方では満10才以上を成人となし計算する。(その理由は次の機会にゆずる。)「成人1」とは満10才以上のもの「1人」を指すものであつて、例えば「寝室四帖半は1.5人率が良い。」といえば、四帖半の寝室に起床するは大人(10才以上)1人と幼児1人が適当である。という意味である。(第二表及前項参照)(01minka_tab02)

 この調査表の少年は20才未満のものが入っている。そこで全部の居住人員を成人とみなした。その結果、統計の成人率には幼児が含まれることになつた。この意味で正しい居住占有面積が出ているとはいえない。しかし、20才の青年も、当才の幼児もすべてを「―」と認めたる数より割り出した点において、調査書を基本としたる点においては正確なるものである。

 こう定めて、密集地域と非密集地域との比はどうなつているかを考えてみる。第五表の如く戸数では95戸の中、61戸対34戸で6.4割が密集地域であり、居住人員もこれにならつて6.3割の408人が密集地域に住む。建坪も居間の数も6割余密集地域に多い。

 そこで1人の人間がどれ程の面積を占有しているかを調べてみると(第五表参照)、密集地域では1人の占有建坪は4.55坪、畳帖数は3.47で非密集地域の1人建坪5.11 畳帖4.3と比較せば2割―3割の差が明かに知れる。密集、非密集の言葉もまた適したる数と思はれる。

 こゝに昭和23年8月総理庁統計局が行なつた全国住宅調査の一表を掲げる。第六表(01minka_tab06)

 

 この表でみると、鷲敷町居住人員は全国平均数5.54 全国農村平均数5.7の数より多い6.5の数である。1人居住畳帖数では全国平均3.47という数字は密集地域の平均3.47と同一数である。又居住畳数平3.78は農村平均3.6より0.18だけ上廻つている。非密集地域の4.3は全国都市平均の2.2の約2倍に当たる。1戸の畳帖数も全国平均よりも多い。これで見ると鷲敷は全国農村平均よりも余裕のある農村であるといえよう。

 

(三)

 居住人員は649人である。この人員がどういう形で各戸に入つているかを数字で表せば次の通りである。第七表(01minka_tab07)

 

 この地方では7人前後の家庭が多く、全計の半数以上を占めている。4人以下、又は10人以上の家族数は各1割半程である。又居間数を調べてみる。第八表(01minka_tab08)

 

 この表でわかるように4居間か5居間が最も多い。1戸1居間というのが7戸ある。この反対に9居間以上という間数の多い家が4戸ある。これによつて生活様式(生活程度)の差がみとめられる。生活程度といえば物質生活を基本としたる経済的方面をいう割合が普通である。しかし、今の場合は建築様式的意味を加味してみるのであつて貧富ということを採用していない。(この点誤解なきように)

 家の広さ(居間数や畳数)と居住している人類が調和されている家庭、それが理想である。が実際はさうとはいかぬ。余裕のある居間数と、これに反して余裕のない居間数をもつ住宅が実在する。これを例を挙げて説明する。

 小仁宇の一労働者の家は家族6人(男2女4)で建坪7坪、6帖間の1居間である。7坪中に炊事場、便所を含みている。6人の家族が6帖1間の生活は余りに好ましいものではない。和食においても林業家の10人(男8女2)暮しの家庭は建坪13.5坪、8帖1居間である。小仁宇の労働者の住居と同一1間であるが、帖数と人員とに差がある事を見逃がしてはならぬ。前者は6帖に6人、後者は8帖に10人であるから畳占有帖は前者は1人に1帖、後者は1人に0.8帖の率となる。1居間に親子、夫婦、兄弟が雑居している。いくら肉親とはいえ他のヒトに見られたくない場合があるであろう。こういう問題を取上げるのが住宅調査の目的の一つである。

 1居間に家族が雑居している住居は外にもある。2居間又3居間でも帖数に比して余りにも居住人数の多い住宅―その住宅を過密住宅という。過密住宅は風紀上、衛生上好ましからぬことは論を待たぬ。

 これに反して居間数を十分に持つている住宅も多く在る。その一例は中山の農家で10人(男4女6)の家庭は建坪69坪 居間数12 畳帖数79という広大な住居や、小仁宇の職業に明記はないが5人(男3女2)の家族で70.5坪、9の居間、56帖の広さを持つ住宅、又同地の農業で4人(男3女1)暮しで建坪35、居間7畳帖39.5を有する住宅や、阿川の4人(男2女2)の家族は坪数40.5の住宅で十分に余裕ある部落である。

 この調書には寝室の調査ということを取上げていないのは町史編さんという目的(住宅の構造や平面間取の調査)であつたゝめである。しかし、調査表に表れている数字を住居学方面より見れば参考になる点が多い。

 

(四)

 鷲敷町といえば林業家が多いといはれている。調査表に現れている職業別は農業が半数に近い43戸である。それを表示せば 第九表(01minka_09)

 右の中の勤人、商人、林業家等兼農の家庭があるであろう。半農家といえる住宅形式は平面図を見れば分る。多くの住宅は農家建築といつてよい田字形平面である。

 

(五)

 こゝに調査表と平面図を照らし過密住居の実例をあげておこう。(前記の部は論外として除く)。百合の農家(図の1)(01minka_fig01)は男3女4の7人の居住人員で居間は4であり、畳帖数24で1人の占有帖は3.4となる。鷲敷の1人平均占有帖3.78より0.38少い。又全国の1人平均帖数の3.47よりも僅少である。7人で4つの居間の生活はどういうふうになしているかは聞かなかつたから知らない。しかし、7人といえば、その7人の所有物(衣服、身廻品、使用道具等)寝具、家具等は相当の量にのぼるであろう。これを格納配置すれば空間面積は何程になるであろう。7人が就床する時、どういう形態をとるであろう。

 建築研究といえば家の構造とか、平面間取の研究位である。と思つている人が多い。それはもつての外だ。建築研究に「計画」という一部門のあることを忘れていては大変である。特に「住宅の計画」ほど面倒なるものはない。寝室を例にとる。寝室とは人の眠る居間である。その居間も住居学一筋では計画はできない。空気衛生学の助力が必要である。空気衛生というと温度、湿度、炭酸ガス量、空気換気量、呼吸、呼気の成分等である。それが家屋(室内)計画に関連性があるという事実を忘れてはならぬ。人は眠つていても呼吸をしている。この眠つている時の呼吸の現象から割出して、何帖敷の居間には何人が寝床するのが適当であると定める「寝室時収容人員許容限度」という言葉がある。では寝室時の許容限度とはどの位(数)かといえば、3帖に成人1、4.5(四帖半)に1.5(成人1 幼児1)、6帖は成人2が適当だといわれている。百合の農家(図の1)の場合を考えて、この間取に7人の家族を割当てゝみると、8帖に3人、さしかけの6帖に2人茶の間の6帖を利用して2人とすれば収容許容限度内にある。しかし、茶の間の6帖は中央に「ろ」を切つているから実際の寝床方法は適当なる方法を、とらずにすごしているであろう。又小仁宇の9人(男5女4)の労働者の家(住宅)は田字形平面(図の2)(01minka_fig02)をなしている。玄関を入れば「取次ぎ」の形式をなした間が「中の間」といつて3帖である。他の三つの居間は三つとも四帖半の間である。1居間(4.5帖)に3人づつの寝床であるため許容限度を越えている。この労働者住宅の状態は前項の1居間に6人又は8人の家族雑居生活と同様好ましいものではない。親子、夫婦、兄弟の雑居生活は鷲敷のみではなく、日本全国の多くの住居に見える現象であつて、建築方面ばかりでなく、社会問題とし、政治面よりも研究せねばならぬ問題である。肉親とはいえ雑居生活は改めなければ住生活の向上は心細い次第である。

 この寝室占帖度とゝもに考えなければならぬ問題は居住室占帖度である。我々が居住している居間の畳数(寝室を含む)はどの程度がよいのであろうか。1人で6帖といはれている。標準を掲げると第十表(01minka_tab10)   

 

 

この標準表を見て鷲敷の農家の居間数及び畳数(前掲の各表参照)を見る時、余裕ある住居と過密住居との差が明かに知れる。全95戸の4分の1は過密住宅ということになる。

 

(六)

 住居調査書の下欄に感想文を書くようにしてあつた。調査に携さわつた男女生徒はいろいろなる感想を書いてあつた。その中で多くあつたもの(主なるもの)を記すると、

1.家の中が暖かいから窓を多くとること。居間を明るくし、衛生的であつてもらいたい。

2.「筋違」が入つていない家が多い。これはいけないから筋違いをいれてもらいたい。

3.自分の室がほしい。勉強室として静かにゆつくり勉強がしたい。

4.家や家の周囲をキレイにしたい。

5.台所を改めたい。

 台所の問題については、多くの女生徒たちは感想というよりも意見という方が適当であると思われる文章が多くあつた。

 台所の炊事用具についてはこまかく書いてある。調理台、流、釜等の高低や配置順序、採光や照明又は通風、保健衛生の点にまでふれていた。この事実からして多くの男女少年は住宅(家)に関心をもつていることが知れる。

 自分の家はどうすればよいか。わが住宅はどうあるべきか、という問題を持ちつゝ若き学びの子たちは伸びゆく。

 

結び

 990余の戸数 9800余の人員を包含する鷲敷町の一部分の調査において、比較的余裕面積があると思われる農村に於て過密住居の存在することを認めた。過密住居の問題は現在日本国内の重要問題の一つである。

 鷲敷における過密住居の解決は本当の住生活の改善であり向上である。本稿に記せないが調査にある飲用水の問題や、主屋と附属建物(釜屋、湯殿、便所等)との配置(第二表参照)(01minka_tab02)。これは主屋と釜屋、湯殿、便所が連絡して建つているか、又独立して建つているかの問題で、この家屋の配置によりて「家庭活動の時間」ということが考えられる。「居間の配置」についても、「台所」の問題にしても、「動線」ということを考える。「住宅平面の動線」を考慮せぬ住宅改善は机上の空文である。農村の台所改善についてもいゝたいことはあるが余分であるため略するが「居間と居間との連絡―動線」という事実を認識しておいてもらいたいものである。

 時代の波に乗つて生活改善を叫びつゝも実際の己が住生活を省みないオトナ達の多い中に無心にいて住む家を凝視している童心に描いた理想の住宅、やがて新しい町として次代のヒトによつて建設されるであろうと期待して、調査に携さわつて下さつた学童の皆さんに有難うとお礼をいう。

 おはりにのぞみて、本調査に際して理解と協力で支持された鷲敷中学校長下司善躬先生、指導の任を負いて努力して下さつた同校小原享先生及び連絡の労を賜わつた今市正義学兄に厚く謝意を表してペンをおく。 終。(2月9日稿)

 




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