阿波学会研究紀要


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徳島県郷土研究論文集  
郷土の歴史的研究の沿革

阿波郷土会  飯田義資

郷土の歴史的研究の沿革
阿波郷土会 飯田義資

(1)序論
 1.郷土史研究の目的
 郷土史は郷土研究の一環をなすもので、祖先の努力による過去の文化を解明することによつて、現在の生活を理解し、もつて将来の創造、建設に貢献せんとするものである。

 2.郷土史研究の三部面
1 歴史学 文書、記録による。
2 考古学 遺物、遺跡による。
3 民俗学 民間伝承による。
これらはいずれも科学的態度をもつて総合的に行われなければならない。

 3.歴史的研究は具体的にはおゝむね下記の諸項目にわかたれる。
1 史料の所在とその解説。
2 研究の傾向 学風の変遷。
3 主要な学者 研究家の事蹟。
4 主要な著書
5 新聞 雑誌 図書館 学校教育
6 研究団体 学会

 4.本稿においては主として4に属する63種の書籍を選出し、それについて研究の推移を叙述する。但し資料はすべて実見の範囲にとゞめ、かつ阿波国全部にわたるものに限り、一地域、一事項に関するものは特殊の二三の外は省略することとした。

(2)本論
 一 前意識期
 藩制時代末期に及約二百年間で、(1)戦記もの、(2)随筆もの、(3)教訓ものが大部分を占めている。これらは未だ郷土を解明するという意図を持たないと思われることを特徴とする。
1 二鬼島道智―昔阿波物語 慶長四(一五九九)以前
2 香西 成資―南海治乱記 寛文三(一六六三)
3 増田 立軒―渭水聞見録 元文元(一七三六)
4 ――異本阿波志 宝暦一三(一七六二)以後
5 赤堀 良亮―阿府志 天明二(一七八二)
6 横井 希純―阿州奇事雑話 寛政九(一七九七)以後
7 柴野 碧海―阿波志抄 文化二(一八〇五)
8 元木 蘆洲―燈火録 文化九(一八一二)

 二 意識期
 目的意識が明瞭になり、ある一つの意図を持ち、計画的に編集せられるものが現われたのがこの期の特徴であつて、これは明治中期に至る約八十年間継続する。
9 藤原 之憲―阿波志 文化一二(一八一五)
10 永井 精古―阿波国見聞記 文化―文政(一八〇四〜)
11 佐和 直縄―粟拾穂集 天保六(一八三五)
12 野口 年長
 早雲高古―回在録 天保一(一八三〇〜)
13 ―「阿陽記」の類 嘉永三(一八五〇)
14 野口年長―粟の落穂 安政三(一八五六)
15 松浦長年―阿波国後風土記巻一 明治二(一八六九)
16 岡田鴨里―蜂須賀家記 明治九(一八七六)

 三 教育期
 郷土史を教育上に活用する教科書風のものが出版せられたのは、明治二十三年の小学校令改正によつて尋常小学校にも日本歴史を加設し得ることになり、明治二十四年の文部省令で出された教則大綱に「尋常小学校ノ教科ニ日本歴史ヲ加フルトキハ郷土ニ関係スル史談ヨリ始メ云々」と規定せられたことに基くのである。しかしこの法令は明治三十三年の小学校令改正によつて、尋常小学校の加設科目から日本歴史が除かれたので消滅した。
17 廣島秀太郎―阿波国文明小史上巻 明治二四(一八九一)
18 廣島秀太郎―郷土史談小学阿波国史 明治二五(一八九二)
19 三宅五郎三郎―阿波国教育沿革史 明治二五(一八九二)
20 阿波国教育会―阿波国史談 明治三一(一八九八)
21 石黒 徳―阿波偉人伝初編 明治三六(一九〇三)
22 石毛賢之助―阿波名勝案内 明治四一(一九〇八)
23 徳島県―徳島県誌略 明治四一(一九〇八)
24 徳島県教育会―郷土地理歴史教授資料 明治四一(一九〇八)
25 実業報徳講演会―先哲小伝 明治四三(一九一〇)
26 手束愛次郎―阿波誌 明治四四(一九一一)
27 小松島講演会―第一回夏期講演習 大正元(一九一二)
28 井上 一―徳島案内 大正二(一九一三)

 四 組織的
 組織的、体系的な著述が現われはじめ、一方御大典の影響による国家思想、愛国思想の興隆に伴い、町村史、郡史の編集が始まつた。これを町村史編集の第一期とする。
29 小杉 温邨―阿波国徴古雑抄 大正二(一九一三)
30 田所 市太―小松島 大正二(一九一三)
31 学校職員・役場吏員―入田村史 大正二(一九一三)
32 物産陳列場―阿波藩民政資料 大正三(一九一四)
33 徳島県―蜂須賀蓬庵 大正三(一九一四)
34 神河庚蔵―阿波国最近文明史料 大正四(一九一五)
35 徳島県実業協会―実業・功績先人小伝 大正四(一九一五)
36 美馬郡教育会―美馬郡郷土誌 大正四(一九一五)
37 徳島日々新報社―徳島名鑑 大正四(一九一五)
38 徳島県―御大典記念阿波藩民政資料 大正五(一九一六)
39 島田麻寿吉―八桙神社と長国造 大正五(一九一六)
40 徳島県教育会―徳島県郷土史 大正七(一九一八)
41 徳島県教育会―徳島県教育沿革史 大正九(一九二〇)
42 美馬郡役所―美馬郡政誌 大正一二(一九二三)
43 笠井高三郎―徳島県旅行案内 大正一三(一九二四)
44 徳島日々新報社―御大典記念阿波人物鑑 昭和三(一九二八)

 五 科学期
 昭和の御大礼と共に国民意識が旺盛になり、遂には反動、右傾にはしつたが、これに伴い郡史、町村史の編集が勃興した。これを町村史流行の第二期とする。また昭和五年文部省は各府県師範学校に対し、郷土研究施設費の第一回交付を行つたので、中等、初等教育方面において研究が活溌化した。この期の特徴は研究が科学的になつたことである。
45 笠井藍水―郷土研究徳島県誌 昭和三(一九二八)
46 近藤辰郎―郷土雑考 昭和五(一九三〇)
47 農林省―日本林制史資料 徳島藩、宇和島藩 昭和五(一九三〇)
48 橋本亀一―阿波の昔語 昭和六(一九三一)
49 島田麻寿吉―徳島市郷土史論 昭和七(一九三二)
50 長江正一―阿波略史 昭和七?(一九三二)
51 徳島県女子師範学校・徳島高等女学校
 ―郷土教育の概覧 昭和九(一九三四)
52 徳島県女子師範学校・徳島高等女学校
 ―郷土教育紀要 第一輯 昭和一〇(一九三五)
53 田所眉束―粟種袋 巻一 昭和一〇(一九三五)
54 徳島県教育会 日本青年教育会
 ―新制青年学校教科書 普通科巻一徳島県版 昭和一四(一九三九)
55 徳島県教育会―国民学校郷土の観察 昭和一六(一九四一)
56 徳島県教育会―郷土の観察指導書 昭和一六(一九四一)
57 鈴木 善作―地方発達史とその人物 四国の巻 昭和一七(一九四二)

 六 敗戦後
 アメリカ軍の占領によつて歴史教育は禁止せられ、神がかり的歴史は打倒せられて神代の代りに考古学が登場し、小学校、中学校に社会科がおかれて庶民の生活史が重視せられるようになつた。また昭和二十四年近世庶民史料調査委員会の設立により、各府県に組織網がはられて、地方的資料が徹底的に調査せられることになり、昭和二十五年地方史研究協議会の発足により、全国的に研究上連絡する道が開かれた。なおこの期には町村史編集の第三次流行がみられる。
58 徳島県教育会―阿波のすがた 昭和二二(一九四七)
59 徳島県教育会―阿波の足跡 昭和二四(一九四九)
60 沖野舜二―概観阿波史 昭和二五(一九五〇)
61 徳島県教育会―徳島県学習指導資料 社会科 理科篇 昭和二六(一九五一)
62 阿佐宇治郎―井内谷村史 昭和二八(一九五三)
63 横山春茂―おもしろい阿波人物伝 昭和二八(一九五三)

(3)結論
 凡そ書籍というものは、人類精神の社会的表現の一様式と考えられる。したがつてそれらを通じて各時代の生活・文化ならびに思想の跡を追及し、これを把握することが出来ると信じてうたがはないものである。

備考 本編は別稿「郷土の考古学的研究の沿革」、「郷土の民俗学的研究の沿革」と共に三部作をなし、合せて「阿波国郷土史研究史」を形成するものである。(昭和二八・一一・六朝記)

 


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